21 下着、つくります
斎藤さんの作った隔離空間の中で、1人頭を抱えた。
莉亜はさすがに哀れに思ったのか、「よしよし、可哀想に……」とかつぶやいてるが、お前にそれ言われても何の救いにもならないから。
結局、オレは下着を作り続けるしか選択肢がないらしい。
その結果、魔王が復活しちゃうとしても。
『うーん、仕方ないなぁ。ね、お兄。元気出してぱんつ作ろっか』
お前は他人事だと思ってるんだろうけどな……! 怒りが込み上げてきたが、斎藤さんの前であんまりおかしな態度はとれない。黙って聞いていると、言葉が続いた。
『ぱんつ作れば、お兄の魔力上限が上がるんでしょ? そのときに、お兄がこっちに戻ってくるんじゃなくて、あたしをそっちに喚んでよ。そうすれば、あたしは魔王に対抗できるし、また封印することも出来る。魔王の復讐対策になるよ』
……なるほど。言いたいことは分かった。
現状、オレは莉亜の言うことを頭から信じてはいない。だけど、拮抗勢力を作るっていうのも1つの方法かもしれない。魔王サイドにも言い分はあるだろうが、復活した魔王に復讐がてら世界が蹂躙されるようなことになってはたまらない。
つまり……莉亜を頼るんじゃない。
オレが、自分で力を付けて、魔王に対抗する。
そういう方法もあるワケだ。
ここまで斎藤さんと莉亜に振り回され続けたのは、オレに力がないからだ。
それなら、それが分かってるなら――オレは。
良いだろう。下着、作ってやろうじゃないか。魔力も体力もガンガン上げて、誰かを信用したいのに信用出来ないなんて、泣き言言わなくてすむように!
やるべきことが明確になって、ちょっとやる気が出てきた。
顔を上げ、斎藤さんに告げようとした途端――ぐらり、と部屋が揺れた。
「……何?」
「これは――外から攻撃を受けてますね」
この状況で、外から攻撃してくるヤツって――1人しかいないだろ。
「――【聖光翼刃斬】!」
高い声が響き、左手側の白い壁が、無数の刃に打ち崩された。
崩れていく壁の向こうから、長い金髪を風に散らす美しいエルフの姿――アルセイス!
「――レイヤ! 無事か!?」
どうやら、オレのことを心配して助けに来てくれたらしい。
オレ、あんたにとって嫌なことするばっかりで、何にもあんたのためになることしてやれてないのに。
オレが勇者だと思ってるから、かもしれないけど、それでも、今のオレをこうして気遣ってくれる人がいることがありがたかった。
「アル!」
名前を呼んで駆け寄ると、1つ頷いたアルセイスは斎藤さんの方をきっと睨み付ける。オレを背中に庇うために大股で一歩足を進め――そこで、「ひゃっ?」と可愛い声を上げて、チュニックの裾を掴んだ。
ひらり、とその服の下から落ちてきたピンクの小薔薇柄の布。
それが何なのか、他でもないオレには分かる。
つまり、これ。さっきまでアルが穿いてた……
「ああ、ついに限界を迎えましたね、あのボロ布」
「ボロ布って言うな!」
反射的に言い返したオレの腕を、アルセイスが横からつかむ。
縋るように腕に抱きついてきた。
「や、ややややヤバい! 何だコレ、ヤバい!」
「ど、どうした!?」
「すごいすーすーする! ケツが……すごいすーすーするっ! 防御力が一気に落ちた感じがして……何か――何か穿くモノないか!?」
ないか、と言われれば……なくはない。
例のツギハギの方で複製した2枚目のぱんつだ。
斎藤さんがにやにや笑いながら近寄ってきた。
「あなたのその感覚は間違ってないですよ、レスティキ・ファ」
「アルセイス!」
「……失礼、アルセイスでしたね。そこにいる勇者が【下着解放】したことで、この世界の下着は他には替えがたいパワーを持つ防具となったのですよ!」
「ぱんつが、そんなすごい防具になるなんて」
呆れ半分で呻いたオレの横を、斎藤さんは素通りしていく。
「……ま、そんなワケで私からのプレゼンは終了です。今の私はあなた方に危害を加えるつもりはありませんから」
「危害を加えるつもりはないだと!? ならば、アルフヘイムの森に攻め込んできたゴブリン達は何だと言うんだ!」
アルが槍を構え――ようとして、やめた。
足を開くのが何か……アレだったらしい。内股でもじもじしている。
「ゴブリン? そう言えばさっきクラーケンもいましたね。ああ……まあ、大体予測がつきました。クラーケンと言えば、アレが暗躍してるんでしょう。今あなた方を追い詰めても魔王さまの再臨が遅れるだけですから、私から言い聞かせておきましょう。千年ぶりの同僚との邂逅か……」
「その言葉、俺が信じると思うのか!」
「信じようが信じまいが、そもそも、ぱんつが復活しきっていないこの世界で、ぱんつを穿いてない今のあなたには【聖光翼刃斬】は使えませんよ。止められるものなら止めてみなさい」
斎藤さんが白い部屋から足を踏み出した途端、出来たときと同じ耳鳴りのような音がして、部屋の形を保っていたモノがきらきらと宙に崩れた。森の空気が周囲に戻ってくる。
「父も援軍を率いて向こうへ向かってるんだぞ!? 淫魔シトーをここで見逃す訳には……!」
リガルレイアを握ったアルが追いかけようと足を踏み出すけれど、これまたすぐに足を戻した。やっぱ何かキモチワルイらしい。ぱんつないと。
「父……ああ、アルフヘイム王ですか。ま、そっちも見逃しましょう。権力は開発に有利だ。あなた方はあんまり余計なこと考えずに、より心地よい下着の開発に精を出してください」
数歩進んで距離を取ったところで、斎藤さんはこちらを振り向いた。
満面の笑みを浮かべ、ゆるゆるとお辞儀をする。
「勇者オスィリアの魂を継ぐ者レイヤ、レスティキ・ファの子孫アルセイス。お2人の未来に祝福を。それでは失礼――【虚空の門の守り手よ 鍵持つ獣の名を問い ここに扉を開け―― 転移】!」
止める間もなく転移の魔術が輝き始め、光が斎藤さんの身体を包んだ。
「斎藤さん! 待てよ、オレは――」
「良い下着製作を、音瀬さん――!」
声だけを残し、光が消えたあとには斎藤さんの姿はなかった。
言葉が事実なのだとしたら、ゴブリン達――を操っている人物?――を止めに行ってくれたのだろう。
斎藤さんが消えると、耳元でため息が響いた。莉亜だ。
『シトーは行っちゃったか、よしよし。じゃあ、あたしもちょっと抜けるね。お母さんが晩ごはんだって呼んでるから』
「お、おい……!」
『あ、お兄については友だちんちに泊まりに行ってるとか、そゆ感じでうまいこと言ってあるから心配しなくて良いよ。夏休みで良かったね』
「待てって。そもそも、オレがお前と取り違えられてるとしたら、何でオレは下着製作が使えるんだ!?」
『えっとそれはね……あっお母さん上がってきてる、ごめん! じゃーねー』
ぷつん、という音を最後に、莉亜からの言葉は途絶えた。
母さんの晩ごはん……ついこないだまで食べてたはずだったのに、今のオレにとっては何か懐かしいものになってる。別にこれ以上、莉亜と話がしたいワケじゃないんだけど、呑気な言葉が羨ましくて、少しだけ寂しさを感じた。
「……レイヤ」
袖を引かれて振り向けば、顔を赤くしたアルがオレを見上げている。
「その……何か穿くモノを早く……」
「あっあ、ごめん! 悪い! ちょ、待って……!」
懐をごそごそと弄って鎧の裏にしまってあったぱんつを引っ張り出す。
「あの、布とかツギハギだけど、コレでよければその……」
「…………」
アルは何も答えなかったけど、何よりもその情けない表情が雄弁に語っていた。
余った布で作った分、前のより縫い目の多いヒドいぱんつ。
こんなシロモノを穿かせるのはオレだって嫌だ。でも、他に道はない。
しばしの逡巡のあと、オレの手からぱんつを受け取ったアルは、黙って木陰へと消えていった。
ごめん、アル。
オレ……やっぱ、ぱんつ作り頑張ります。
うちに帰るため。アルの身体を戻すため。
復活する魔王にも負けないくらい強くなるために。
そして何より……アルを満足させられるような触感を生み出すために。




