20 選択肢があるようなないような
『ね、淫魔シトーの言うことに従っちゃダメだよ。あいつは、この世界に勇者がかけた封印――『下着』を解き放って、世界を再び混沌の堝に巻き込もうとしてるの』
「お願いです、音瀬さん――いえ、勇者オスィリアの魂よ。千年前にあなたがこの世界にかけた封印は、あなた自身の手によってすでに解かれました。ですが、まだ魔王さまの魂は封じられたままです。魔王は悪者だと信じているかもしれませんが……旧版ラン・ジェ・リのストーリィを決定する段階で私の意図せぬ改変が行われたために、音瀬さんは誤解していると思うのです。魔王が絶対悪で、勇者が絶対善だという誤解を」
『ふーん、旧版で色々なところがお綺麗な話になってたのは、あれはシトーが反省した、とかじゃなかったんだ。ま、そりゃそうか。千年やそこらで反省するタマじゃないよね』
真っ白い部屋の中、双方向から語られる千年前の物語。
どうやら、莉亜の知る千年前のストーリィと、旧版ラン・ジェ・リのストーリィには食い違いがあるらしい。
どっちの言うことも信用できないとしても、特に莉亜の言うことは信用してはいけないとしても――2人の言葉が一致するならそこには事実がありそうだ。
オレは頭を掻きながら、思いついたままに斎藤さんに問いかけた。
どっちも信用出来ないけど、どこからどこまで信用するかは……自分で決めなきゃいけない。
「じゃあ、あんたが本当に信頼出来るかどうか……この世界での出来事について聞きますけど」
「ええ、何でもどうぞ。こうなったら素直にお答えしますよ」
「こっちに来てからの、あのメニュー画面は何だったの?」
「フィールドで見て貰ったのは本物のVRですが、そのあとは私の魔術です。幻影の」
「クエストクリアやレベルアップのアナウンスは?」
「私の魔術です。幻聴の」
「アルを仲間にしたのは?」
「私の魔術です。人を操って思い通りに動かせます」
『やだ、悪人ー。ここぞとばかり力任せに解決してるじゃん。探し続けてた勇者が見つかったと思ったからこそ、千年貯め込んだ分の魔力を放出したんだろうけど』
「じゃあ……あの【変容】は? あれは何のために――」
「ああー……それはあの……嫌がらせです。千年前の話になりますが、封印の指揮を取ったのは勇者ですが、レスティキ・ファも相当なレベルで力を貸してまして……恨みがあったので、つい……顔を見たらカッとなって……」
どことなく悄然とした様子ではあるが、嫌がらせのやり口がヒドすぎる。ゼルスィを殺したのもこの人なのだから、話を信用するにしても許せるワケじゃない。
ついでに、レスティに恨みがあったのなら、その相方である勇者――つまりオレ(だと斎藤さんは思ってる)にも恨みがあるはずだ。
今までオレが騙されてるのをニヤニヤ見てたのも、そのせいなのだと思う。
オレはため息をついて問いを続ける。
「で、その、解かれた勇者の封印ってのがつまり――ぱんつなんですね?」
「ええ、あなたが先程、解放してくれたものです」
『ドヤ顔でね』
「ってことは、千年前の勇者――オレ(仮)は、わざわざこの世界のぱんつを封印してたってこと? 何のために?」
「下着自体と言うか、それに起因する世界全体の色欲を封印されちゃってたんです。下着が封印――脱ぎ着出来ないがために起こること、いくつか考えられませんか?」
「……え? 下着が脱ぎ着出来ないってことは……」
そう言えば、この世界の人たちの黒いアンダーウエア、ゲームと同じ状況なら着脱が出来ないはずだ。
下着を脱ぎ着できないとなれば――いろんなことができなそうな気がする。
例えば、排泄。入浴。そして――
「……せ、せせせ……っ!?」
「そう、生殖です」
「あっそれ、生殖! 生殖な!」
『お兄……何か別の単語言おうとしてなかった?』
「生殖な!」
ため息まじりに『不潔……』と囁いた後、莉亜は説明を始めた。
『あのね、千年前のあたしの――勇者の封印を象徴するのがあの黒いアンダーウェアなの。色欲を力の源とするのが魔族だから、解放したせいで、シトーがこっちに戻れるようになっちゃったの。アルセイスが女の子の身体で【聖光翼刃斬】を使えるようになったのもそのせい。色欲を封じるために聖槍リガルレイアは本来の力が発揮できなくなっちゃってたから、その封印がなくなったことで、元の力が戻って女の子でも扱えるようになったの。……あーあ、千年前、あんなに頑張って世界を清浄に保ったのになぁ。お兄のせいで解放されちゃったなぁ。お兄とシトーのせいで』
「……待て」
「どうしました?」
『何?』
人の罪悪感を煽る莉亜の言葉をそのまま受け取っていると、うっかりまた騙されそうな気がする。
これまで、莉亜の言うことはどれも一部事実ではあるけど、すべてが正しいわけじゃないのだ。
「アンダーウェアと聖槍リガルレイアは、封印があったからああいう設定になってるのか?」
「リガルレイア……あ、気付きました? そうです。下着の封印にはリガルレイア始めとする聖武具の力が使われてます。その封印を解いたので、アルセイスはあの身体でも【聖光翼刃斬】を使えるようになったんですよ」
それを聞いて、ふとひらめいたことがある。
「待てよ。じゃあ、魔王が封印されたから色欲が封印されたってワケじゃない……ってことか?」
『……げ』
「そうだろ? 色欲の方が先ってってことだよな」
旧版ラン・ジェ・リのゲームには、すでに黒いアンダーウェアは存在していた。
そして、旧版のレスティキ・ファは最初から【聖光翼刃斬】を使えなかった。
もしこのゲームの設定に、現実と食い違いがないなら。つまり――
「だからそこは――あなたが! 千年前の勇者が! ぱんつをはじめとする世界の色欲を封印したのが、そもそも魔族と勇者の長い長い対立の始まりなんですよっ!」
斎藤さんが、今までになくイライラした様子で顔を歪めた。
相対するように耳元で聞こえるのは、てへ、という莉亜の悪びれない笑い声。
が、ここは笑って誤魔化せるような話じゃない。
勇者が絶対善じゃないってのは、そういうことらしい。
勇者の方が先に仕掛けてる。
一般的には、先に手を出した方が悪いってもんだろう。
ほーら、莉亜の言うことはまるっきり信用できない。
だけどまあ、斎藤さんの言うことも、全てをそのまま信用するワケにはいかない。
……さて、どうするか。
「お願いです、音瀬さん。魔王さまは未だ行方不明のままなんです――あの方を探すのを手伝ってください!」
「手伝うって」
「魔王さまを探すには、もっと魔力が必要です。だからこそ、あなたにはクエストを――更なる下着の開発を行って欲しいんです! あなたにしか出来ないことです!」
『ダメだよ、お兄! 淫魔の口車に乗っちゃダメ!』
莉亜の言葉は無視。
だけど……さすがにオレだって、斎藤さんの言うことをそのまま聞く気はない。多少は頭を使う。
「じゃあさ、その……下着の開発を進めて、魔王を復活させたとしてさ」
「はい」
「あんたら、この世界の人たちに、封印されたことの復讐しようとは思わないの?」
「いえ、まあ……はい、それは」
斎藤さんの声が、途端に小さくなった。
『さっすがー! お兄、賢い!』なんて莉亜の声も聞こえるけど、再び無視。
「あの……えっとそうですね……復讐とかは多分……えっと、多分……しないような気がしますよ? 多分、今のところ」
「その言い方じゃ、さすがのオレも信用はしないぞ」
「あー……いや、うーん……。あっ……私、我慢しようかなってちょっと思い始めてます」
「百歩譲ってあんたが復讐しないとしても、復活した魔王までそのつもりかは本人に聞かないと分かんないよな」
この世界はゲームじゃないってことは――やり直しは効かないってことだ。
リセットできない。オレが決めたことの痕跡はずっと残る。
何も考えずに誰かを信用して判断を任せると……またアルを困らせたようなことになるかもしれない。ちゃんと考えて、決めなきゃ。きちんと責任を取る覚悟で。
今度こそ。
オレの表情から断られる風を感じた斎藤さんが、肩を落として長く息をついた。
「……そうですか。そこまで言われては仕方ありませんね」
「うん」
「あなたがどうしても嫌ってことなら、これ以上の下着開発を強要する訳にはいきません」
「まあ、な」
「ですが、それだとあなた、ずっと元の世界には帰れないですし、アルセイスも元の身体に戻れませんよ?」
「……は?」
気が付けば、斎藤さんの顔にニヤニヤ笑いが戻ってきている。
「だってあなた、自力で向こうに戻る力ないでしょう? アルセイスを戻す方法も知らないでしょう?」
「まあ……」
魔術は使えるっぽいけど、異世界に行く呪文も性転換する呪文も知らない。正確に言えば性転換の呪文――【変容】については、一度は唱えたから知ってるけど…ぶっちゃけ覚えてない。旧版であれだけ繰り返し耳にした呪文は別にして、初見(?)で呪文が覚えられるほどオレは賢くないのだ。
確か……禁断のなんちゃらとか闇の王がなんちゃらとか……だったような?
「ってことは、私が戻さなきゃ戻れない訳ですよ、どっちも」
「戻せよ、どっちも」
「嫌です」
魔王サイドの姿勢としては、そうなるのが当然だろう。
信用できないけど、莉亜に頼むしかない……のか?
『あのさ、お兄……』
「ん?」
『あたしも無理だからね? そんなおっきな魔術使うの』
「……は?」
『は、じゃないよ。そもそも【変容】の呪文なんて怪しげなもの、あたし知らないよ。転移の呪文だって、それが出来るならとっくの昔にお兄を助けにそっち行ってるっての。今のお兄、そんなに魔力ないのは分かりきってるし。さっきシトーも言ってたでしょ、こっちの……今あたしがいる世界じゃ魔力の貯まり方が遅いって。今のあたしもそんなに魔力ない、こうして会話してるのが精いっぱい。この会話も繋がってる間、ずっと魔力食ってるから、いつまで続くもんだか……』
待て。斎藤さんは千年かけて溜めたって言ってただろう? じゃあ、同時期にそっちの世界に来てたお前だって――
『何だかんだで小さい魔術は、普段からちょこちょこ使ってるからなぁ。学校の席替えで良い席引くためとか、期末試験の赤点回避とか……』
――お前、日常的に魔術使いすぎだ!
いや、待て。……ってことは、オレもアルセイスも、自力で戻る以外に選択肢がないってことか?
自力で戻るには、異世界に転移したり性転換するための呪文を調べなきゃいけないっていうのと、ついでにそんなスゴイ魔術が使えるくらいまで魔力キャパをあげなきゃいけない……?
「ええ、音瀬さんも困りますよね。普通に訓練してても、魔力上限なんてそうそう上がらないですから。異世界転移のために必要な魔力は――そう、旧版のMPで言えば『999』くらいですかね。性転換に必要な魔力は4桁超えです」
……マジでか。ちまちま上げてくしか方法がないってこと?
「でも安心してください。あなたの作る『下着』っていう存在は今、この世界には存在しないもの。世界に存在しない概念を育てるなんて大偉業です。これを成し遂げていけば、魔力上限なんてあっという間に上がりますから!」
「え、じゃあ、あの最初の頃のレベルアップって……」
「音声は幻聴ですが、実際あれくらいの速度であなたの魔力上限は上がってます。それにともなって器たる肉体の強度も多少は上がってますから……その様子を音声にしたのがあのアナウンスです」
「本当にあの速度でキャパが上がってたのか……」
「ええ。あのスピードならあっという間に――って、思いません?」
「つまり……オレが元の世界に戻るには」
ごくり、と唾を飲み込んだ。
「『下着』を開発して私と魔王さまの慈悲にすがるか、『下着』を開発して魔力上限を拡大し自力で戻るか――の、二択ですね」
「結局ぱんつ作らなきゃだめなのかよ!」
結論。何もかも元通りにするには、ぱんつを作らなきゃいけないらしい。
オレのことも、アルセイスのことも。




