19 かき集めた真実
呆然と立ち尽くすオレから手を放し、アルは斎藤さんに向き直った。
「おい、淫魔シトー! コレが勇者なら、何故お前はこいつを守ったんだ! 【下着解放】を果たしたからには、用済みじゃないか!」
「さあ……? そもそも彼が勇者かどうか、私が決める訳でもありませんからねぇ」
『お兄、怒ってる……?』
鋭い視線を受けても、斎藤さんの飄々とした態度は変わらない。アルの声はますます尖る。
その裏で莉亜がおそるおそる声をかけてくる。
「ふざけるな! 確信があるからこそ、あいつをこの世界に呼び寄せ、【下着解放】をさせたんだろう!」
「そう思っているなら、私の答えは不要なのでは?」
『……あの、ほんとゴメンね、今まで黙ってて。騙すつもりじゃなかったんだよ? でもさ、妹の前世が勇者だったなんて、普通すんなりとは受け入れられないでしょ? だからさ、ほら……告白するタイミング図ってたって言うか』
斎藤さんとアルセイスのヒートアップする会話をよそに、こちらはこちらで家族の秘密告白大会勃発。
それぞれがオレの知らないことを勝手にぶちまけるから、混乱と脱力で、頭がまとまらない。
「……結局、どういうことなんだよ」
何なんだ、この世界は。
オレはゲームをしてたんじゃないのか。
勇者だ、魔王だなんて言われても、そんな。
呟いてみたけれど、斎藤さんとアルには聞こえなかったらしい。
いや、聞こえてても答えるまでもないと思われたのかも知れない。
「そもそも、アルセイス。この時代に生きるあなたが、本当の意味でかつての『下着』とは何なのかを知ってるんですか?」
「知ってるさ、この……今俺が服の下に着ている布だろう!? 我が祖レスティキ・ファが勇者とともに力を合わせ、魔王を封じた淫欲の象徴、邪悪の根源だ!」
「や、本当にそんなものが『下着』だと思ってるんです? そのツギハギのボロボロの布切れの塊が?」
作ったぱんつが馬鹿にされたってことだけはわかったから、オレもさすがに顔を上げて斎藤さんを睨み付けた。そもそもあんたが作らせたんだろが。「なかなか良いですね」とか言ってたじゃん。
指さされたアルセイスは、もじもじと両足をすり合わせている。
指先でチュニックの裾を直して、噛み付くように叫び返す。
「これがどんなにヒドいシロモノかは、俺だって分かってる!」
「なるほど。とすれば、もっとちゃんとしたの穿きたくありませんか? あなたはもう、元の黒のアンダーウェアを着ることは出来ないんですから」
『ま、そうだよね。『下着』が解放されちゃったんだから……』
つまり――この世界では、魔王と一緒に封じられたのが、ぱんつを始めとする『下着』の数々?
それが【下着解放】で解放されたから、もう元の黒のアンダーウェアには戻れない?
そして、【下着解放】が使えたオレは勇者――だと誤解されてる……ってことか?
そもそも、この世界って一体何なんだ。ここが現実だとしたら、何でラン・ジェ・リそっくりなんだ。
ここは現実の世界で、ここまでに起こったこともやったことも何もかも現実で――オレは勇者に間違われてて、でも本当の勇者はオレじゃないって……じゃあ一体、誰を信じれば良いんだ!
斎藤さんが、ちらりとこちらを見た。
「音瀬さん、色々行き違いがあったのは確かですけれど、私、音瀬さんのことは頼りにしてるんですよ。ほら、さっきクラーケンからも助けて差し上げましたし、私があなたに危害を加えたことはないでしょう? そもそも、アイツの邪魔が入らなければ――最後まで私の言うとおりにクエストをクリアしてもらったところで、きちんと元の世界に戻すつもりだったんです。だから変に緊張しないように、ゲームだって言っておいたんですよ。ね、信じて頂けませんかね?」
信じたい。だけど。
あんた、これはゲームだって言ってたじゃないか。
ただのテストプレイだって。アルはNPCだって。
愚かにも、そんな言葉を頭っから信じて、何にも考えずに言うこと聞いてた結果が今のこの状況じゃないか。
莉亜が、ひっそりとオレに寄り添うように囁く。
『ね、お兄。そいつの言うこと信じちゃダメだよ。誰を信じるべきか分かるよね? 今まで14年間、一緒に暮らしてきた絆があるもんね? 一応ほら、シトーみたいな魔族とは違って、あたしはこっちの世界で何度も転生してるんだもの。そっちの世界から飛ばされたあたしが生まれ変わって、赤ちゃんの頃から一緒に成長してきたの見てるもんね』
信じたい。だけど。
お前、その14年間、勇者だなんて話、黙ってたじゃないか。
一緒に旧版ラン・ジェ・リの画面見てた時も、何も言わなかった。
そもそも――オレを騙して、斎藤さんのところにバイトに行かせたのは、お前じゃないか。
どちらを信じれば良いのか、分からない。
どっちもどっちで信じられない。
視線を逸らした先で、アルの青い瞳にぶつかった。黙ってオレを睨み付けている。
最初っから突っかかられて、喧嘩腰で。だけど、自分を隠すようなことは何も言わない、真っ直ぐなヤツ。
選ぶ、なんて偉そうなもんじゃない。ただ。
オレに嘘をつかなかったのは、彼だけだ。
ふらりと、アルセイスの方へ歩み寄る。
斎藤さんが、慌てたように声をあげた。
「待って……まずは私の話を聞いてください! ――セット、全詠唱破棄【極限空間】!」
途端、耳鳴りのように甲高い音が響く。
痛みに近い感覚で、一瞬閉じた瞼を上げた時には……アルの姿も、アルフヘイムの森も全てが消えていた。
周囲を見渡せば、真っ白な壁に囲まれた小さな部屋。
スーツ姿の斎藤さんと2人、閉じ込められていた。
「あんた、これ以上まだオレを騙すつもりかよ――」
「大したことはしてません。外界から隔離する部屋を作っただけです。少し2人きりで落ち着いて説明をさせて頂きたいんですよ」
『……ま、あたしの声は断絶出来てないみたいだけどね』
隔離の魔術も、異世界――オレ達の生まれ育った世界の方にいる莉亜には通じないらしい。
アルセイスよりもこっちをシャットアウトする方が、斎藤さんの思う通りに話を進めるには良いはずだけど……そうしなかったってのは莉亜の声がオレに聞こえてることを、斎藤さんが気付いてないからだろう。
「……説明ってなんだよ。今更」
「もうおわかりになったと思いますが……このラン・ジェ・リの世界――あなたがゲームだと思ってた世界は、本当はゲームじゃなくって実在の異世界なんです。でも、ゲームに慣れたあなたからすれば、淫魔シトーは悪者だと思ってませんか?」
確かに、旧版ラン・ジェ・リでは、淫魔シトーは魔王の片腕とも言える大魔族。
序盤から終盤まで、主人公である勇者の邪魔をし続けるウザいヤツだ。
「あなたも勇者としてラン・ジェ・リの記憶が少しでも残っているなら分かるでしょう。あの物語はこの世界を元にしてはいても、事実そのままではないって」
残念ながら、ゲームじゃないラン・ジェ・リの記憶なんて、これっぽっちもない。
ないと思う、多分……ない。ちょっとゲームやりこみ過ぎて、分割して考えられなくなってるけど。
だって――
『はーい、残念でしたー。お兄は勇者なんかじゃないよー。だって勇者はあたしだもーん』
――ってことだ。
そこまで考えて、ようやく理解した。
ラン・ジェ・リのゲーム世界とこの世界が、酷似してる理由を。
斎藤さんが眉を顰めて言い募る。
「ねえ、良いですか? 私達は千年前に歪められたこの世界を、元の形に戻そうとしているだけなんです。あなたの記憶が完全ではない今だからこそ、かつての無駄な反目を繰り返すことなく、私達に力を貸し――」
「斎藤さん」
「――この世界に魔王さまを取り戻す……はい、何ですか?」
「あんた、ラン・ジェ・リを開発したって……旧版もリメイク版も担当してたってのは、嘘じゃないんだよな?」
視線を向けると、一瞬だけ空白のあった後、斎藤さんは余裕の笑みを取り戻した。
「ええ、ええ! ラン・ジェ・リは正真正銘、私が開発に携わったゲームです。私の名前は出ていませんが、世界設定や魔術設定、キャラクター原案まで私のものです。正確に言えば……私からちょちょっと各担当者に吹き込んだ内容です」
「異世界の魔族であるあんたが、どうやって」
「言ったでしょう。旧版はこの世界の千年前が舞台になってるって。力の大半を封じられて、向こうの世界に飛ばされて――私に残されたのは魔族としての長い寿命と乏しい魔力だけ。それから千年も向こうの世界で暮らし続けてきたんですよ? 魔王さまの気配も勇者の居場所も見付けられないまま、千年かけて何とか魔力を溜め込んで、ほそぼそと生きてきたんです。そりゃ私だって、手に職つけて働いたりしますよ。ちょっとばかりこっちの世界の記憶が――呪文が怪しくなるくらい、向こうの世界に馴染みましたとも」
つまり。
オレ達のいた世界で、ゲーム会社に普通に就職してたのだ。この哀れな魔族は。
旧版の頃から……ずっと。
『ふん、だけどお兄を騙してたのは事実だよ』
お前もな、と言いたくなる莉亜の言葉。自分は斎藤さんとは違うんだ、と主張するように、莉亜もまた説明を繰り返す。
『シトーのヤツはね、ラン・ジェ・リの世界からこっちの世界に飛ばされてから、いろんな方法で勇者を探してたの。旧版ラン・ジェ・リもその試みのうちの1つ。他のに比べて再現性や拡散性において一番成功したことでようやく……こうしてあたしに届いたんだね。勇者の魂を探すために作られた創作物としては。この世界を舞台に、千年前に起きた勇者と魔王の諍いを原案として組み立てられた、一番直球なモノ』
「もちろん、リメイク版ラン・ジェ・リも本当に開発中ですよ。『VR完全触感体験装置』――いやあ、開発には苦労しました。社中から猛反発食らいながら何とかこうしてテストプレイまでこぎつけて……最も私がこちらに戻った以上、この先販売までは届かないような気がしますけど。だから、あなたが足を踏み入れたのは紛れもなく『VR完全触感体験装置』です。その中で一番最初に立ったはじまりのフィールド。あそこからコリナの町に転移したとき――現実感が違うって思いませんでした?」
「……思った、けど」
それは、人工物や人間がいるからだと思ってた。
だだっ広い草原に比べて、モノがある場所は違うなあ、って。
だけど、つまりそれは。
『あー、じゃあ、きっとそこを媒介にしてお兄はこっちに連れてこられたのね。こっちの世界よりもこのラン・ジェ・リの世界と近いゲームのフィールドから、装置の中にいたお兄は着替えさせられて、異世界に転移させられちゃったんだわ。そこにいるシトーの魔術で。シトーのせいで』
言いたいことは分かった。
だけど――今、莉亜は意図的に話を飛ばした。多分、自分に都合の良いように。
斎藤さんが探していたテストプレイヤとは、勇者の魂を持ち、ラン・ジェ・リの世界に反応する人間――それは分かった。
……と言うことは、それに気付いていてなおオレをテストプレイヤに応募させたのは、莉亜の企みだったということだ。
オレという囮を使って、斎藤さんの出方を見るための。
どっちも信じられないのは変わらない。
でも――これ、より信じられない方って、もしかして。もしかして。




