3 王族の思惑
久々のエルフの森だけど、ゆっくりしている暇はない。
早くドワーフの山に戻って、莉亜の結婚とやらが何なのか調べねば。
こっちの世界では一般的なのかもしれないが、中学生に結婚を迫るなんて許せるもんじゃない。
とっとと【転移】で移動して、メイノ王に報告したら、今度こそラインライアに戻らなきゃ。
先を急ごうとしたオレのシャツを後ろから掴んだのは、アルセイスだった。
「うわっ、こけるかと思った。なんだよ、アルセイス?」
「少し待て。俺は、対ラインライア戦、アルフヘイムも参戦するように王を説得しに来たんだ。あと一歩で詰め切れるから、そうすれば一緒にドワーフの山に戻れる。まずは、ルシアのところへ寄ろう」
「ルシア?」
その名を聞くと、別れたときの険しい表情を思い出す。
オレのぱんつ作りの師匠とも呼べる人だが、アルと仲が良かった分、アルが王様になれないなんておかしいと最後までアルを引き留めたがっていた。
「あのさ、アル。彼女に会うと、やっぱり……」
「黙ってついてこい。あいつの気持ちは俺が一番知ってる」
「は、はい」
仕方なくアルの後ろをついていくと、手持ち無沙汰なバアルがとととっと早足でオレの横に並んだ。
「あんた、斎藤さんを追っかけていかなくていいのか?」
「そもそも、私があれを追ってるんじゃない、あれが私を追ってドワーフの山に来ていたんだ。あれがいようがいまいが関係ない。今度こそ女神と対峙するため、私はお前についていくつもりだ」
「頼もしいな」
「そもそも、お前が私を必要だと言ったのだ。役目を果たさねばなるまいよ」
照れ笑いを浮かべるバアルに答えようと口を開いたとき、前方で立ち止まっているアルがじっとこっちを見ていることに気付いた。
実際には何も悪いことをしていないのだけど、何となく居心地が悪い。慌ててアルの元に駆け寄った。
ただ、オレが追いつく頃には、アルは目当ての相手を見付けて先に向かっていたけど。
「――ルシア!」
「アル!? 戻ってきてたの?」
ぱっと振り向いたルシアが、アルセイスの姿を見て笑顔になり――ついでに、その後ろにいるオレを視界に入れて、一気に渋面を浮かべた。
「レイヤくんもまだ一緒なのね……」
「お前、まだレイヤのこと恨んでるのか」
「当たり前じゃないの。あなたを王位継承者から引きずり下ろした相手でしょ!」
獣なら牙を剥いてる――そういう顔で、オレをぎっと強く睨み付ける。
その肩に、アルがぽんと手を置いた。
「そのことだが、ルシア」
「なによ」
「今の王位継承者は俺の弟だ。俺じゃない。これはもう確定事項だ」
「そんなの知らない。わたしはわたしが下につきたいと思う相手に従うわ」
「それが、俺だって?」
冷ややかに問いかけるアルに、オレを睨んでたままの顔で、ルシアが頷いた。
傍から見ると喧嘩してるように見えるのに、忠誠を誓うやり取りなのだから変な二人だ。
アルは肩をすくめて、頷き返す。
「であれば、問題ないな。対ラインライア戦、お前には俺の命令を聞いて貰うぞ」
「アルフヘイムに戻ってくるのね!?」
「まあ、そう言っても誤りではない、かもしれない」
「……ちょっと、本当に?」
微妙に歯切れ悪そうな態度は、ルシアにとっても違和感のあるものだったらしい。
問い詰めるように至近距離から睨み付けている。
アルはゆっくりと頷いた。
「本当だ。ラインライアに対して弟が前に立つのは変わりないが、俺が補佐する」
「第二王子と話がついてるのね?」
「ああ」
今度こそきっぱりと答えたアルを、ルシアがぎゅっと抱き締める。
「おかえり、アルセイス……! あなたが戦うなら、もちろんわたしも加わる。ラインライアの奴らに目に物見せてやりましょう」
「お前ならそう言ってくれると思った」
軽く抱き返して、アルはにこりと笑った。
「じゃあ、他に誰を連れていくかはお前に任せる。俺達は他の国々と連携するため、少しユーミルに行ってくるから」
笑顔で手を振るルシアと別れ、森のはずれの方へ向かう。
ひとの姿が見えなくなってきた頃合で、オレは先を行く背中に声をかけた。
「なあ、あんた、アルフヘイムへ戻るつもりなのか?」
「対ラインライア戦の間はな。終わったらどこへ行くかは分からんが」
「……今のルシア、多分、勘違いしてるよな」
「そうか? 俺はラインライア戦のあとのことは、何も言ってないが」
しれっとこちらを振り向く表情からして、確実にわざとだろう。
こういうところを見るに、やっぱり王族の子だな、とか思うワケなのだが……。
「さて、後は弟と父王を口説いたら、ユーミルに戻るか。ルシアは仕事が早いからな。すぐに風向きが変わってくるはずだ」
満足げな微笑みはめちゃくちゃ美人だけど、ほんとこの人、戦うべき相手が明確なときに輝く人だな、とか思ってしまったりもした。
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ユーミルに転移し、その足ですぐにメイノ王の元へ向かう。
少年王と共に囲む卓には、既にフェアリーのヘルガと地魔ベヒィマ、そしてサラマンダーの王エルネスティがそれぞれの席を取っていた。
ぱっとこちらを振り向いたベヒィマがまず最初に、そしてその隣にいたヘルガが次に、入ってきたオレ達に気付く。
「――魔王さま、レイヤ!」
途端に満面の笑みで駆け寄ってきたベヒィマを、バアルが抱きとめる。
その後を追ってきたヘルガも両手を開いたので、「まさかオレか!?」なんてハラハラしてたが、すっと前に出たアルセイスがそつなくハグを受け止めてたので、ちょっとだけ安心した。
いや、ははは、オレじゃないよな、そりゃ。
「相変わらずね、アル」
「お前も諦めないな、ヘルガ」
にこにこしながら至近距離で見つめ合ってるけど、火花が散ってるような緊張感があるのは、オレの見間違いだと思う。
その姿勢のままで、ヘルガがこっちに目を向けてきた。
「レイヤ、バアル。二人とも無事だったみたいで、良かったわ。あの……淫魔シトーの姿が見えないけど?」
「や、それどころじゃないから、先にラインライアに行くってさ」
「そもそも、正直な話、あれは味方ではないからな。偶然あちこちで出くわすだけの赤の他人だと思った方がいい」
バアルが陰鬱な表情で補足し、ベヒィマがうんうん頷いている。
そのせいか、ヘルガは一瞬困ったようにオレの方へ視線を向けてきた。
多分、「複製とは言え、千年前からの仲間なんじゃないの?」的なことを言いたいのだと思うけど、斎藤さんに関してはバアルの方が正しい。黙って頷き返しておく。
「よくぞ戻ってきたぞ、レイヤ。ちょうど先の計画を話しておったのだ。こちらへ来い」
扉の前で再会を喜びあってると、奥の椅子に座ったままのメイノが声を上げてこちらを手招きした。
王を奥に置いた長机、それぞれに席につく。
オレの両隣をアルとバアルが挟んで落ち着いたところで、メイノはおもむろに口を開いた。
「さて、互いに長いこと顔を合わせておらなんだゆえ、それぞれの状況を擦り合わせておこうかの」
「我らは、進軍の準備を整え終えたところだ。加えて、間者の働きにより、我らが末姫ユスティーナの居場所を突き止めた」
口火を切ったのは、砂漠の王エルネスティだ。
重々しい声で、鋭い爪のついた両手を組んだ。
「ユスティーナと話すことは叶わなんだらしいが、大枠は、ぬしらの想像しておった通りだろうな。ラインライアの魔族が、我らの目を盗んで連れ出したのであろう」
「ユスティーナ嬢の考えが分からぬのがやや危ういの。本人が好きでついて行ったならどうするのだ?」
「どうもこうもない。なぜ間者がユスティーナと言葉を交わすことができなんだかと言うと、ユスティーナの部屋が閉ざされている――つまり監禁されておるからのようなのだ。そうでもなければ、あの娘が我らに一言もなしに出ていくなどあり得ぬ。そも、本人が望んでおれば、誰も止めはせぬはずだ」
「ふむ……」
メイノが頷き、次にヘルガが手を上げた。
「私とベヒィマは、メイノの使者と共に妖精の川辺へ戻り、お父さまや国のひとびとを説得したわ」
「あんた達、魔族の味方、フェアリーの敵! みたいな勘違いされてたんじゃなかったっけ?」
主に、ティルナノーグで暴れ回った斎藤さんのせいで。
思わず問うと、胸を張ったベヒィマに堂々と言い返された。
「だから行ったのよ!」
「メイノが顔見知りの使者をつけて、わたしのことを『間違いなく我が婚約者ヘルガ嬢である』って証明してくれたのよね」
「我が婚約者殿がいつまでも偽物扱いされておっても困るからの」
「婚約の話、進めるかどうかは別なんだからね!」
ふふん、と笑ったメイノに、ヘルガが言い返してるけど、その言葉は華麗にスルーされた。
続いて、アルセイスが声を上げる。
「エルフの森もこの連合軍に全面的に協調する。国王及び王位継承者からその言質を取ってあるからな」
さらっと言ったが、あの後、割とえぐい手口で王様と弟殿下を脅したり宥めたりしてたのを、オレは見てる。
その場を一緒に見てたバアルが、オレの横で、げふぅとむせかけてるのが聞こえた。
このオレ達の反応も見えてるはずだが、メイノは無視して話を続ける。やっぱこの辺り、王族に共通の技能なのだろうか。
「なるほどの。しかし、先に聞いた話では、アルフヘイムからは聖武具が奪われていたのではなかったか?」
ちらりと見た先がこっちだったので、発言を促されてることが分かった。
オレは頷いて、周囲を見回し口を開く。
「聖槍リガルレイアは、無事に人魚の海底から取り戻し、アルフヘイムに返すことができたよ。ニライカナイのマーメイドたちと、海魔レヴィも、この連合軍に加わるそうだ」
「海魔レヴィが?」
疑いに満ちた声を上げたのは、人魚の海底から地理的に最も遠い火竜の砂漠のエルネスティ王だった。
が、周りのみんなの表情も、それに遠からずだったので、大体言いたいことは同じなのだろう。
そもそも、ニライカナイ自体が、他のどの国とも国交がないことが原因でもある。
オレは深く頷いて、そして大事な話を始めた。
そもそも、ラインライアがなぜ危険なのかって話だ。
「ここにいるのは、各国を代表するひとたちだろうから、ここではっきりさせておくぞ。オレたちはラインライアと戦わなきゃいけない。それは、今ラインライアが、この世界自体を一度壊して造り直そうとしてるからだ」
「造り直す、だと?」
「そうだ。その話を何も聞いてないあんたがそんな顔するのも分かるよ、エルネスティ王。だけどさ、ラインライアに魔族がいるのはなぜか、それを聞けば信じてくれると思う」
ベヒィマが苦しげに頷いた。
もともと、莉亜に従っていた彼女からすると、今の状況には悩ましい部分もあると思う。
けど、やっぱりオレたちは莉亜を止めなきゃならない。
誰よりも、あいつ本人の為に。
「ラインライアには復活した魔王と、彼女と手を組んだ勇者が滞在している。ラインライア王族は、婚姻関係を結ぶことで、そのちからを大いに活用しようとしてるんだ」
「馬鹿な……」
「魔王と勇者がなぜ手を結ぶのだ?」
それぞれの視線を受け止め、オレは話し始めた。
千年前――いや、それよりもっと前から続く、女神による支配の話を。




