9 歯車の鼓動
「……で、こうやってリズム良く踏んでいくのじゃ」
店員さんにレクチュアして貰ってから、店頭で少し試させて貰えることになった。
下の踏み板を踏むとミシンが動く機構らしい。踏み板に連動するベルトが右側のはずみ車を動かし、そこからギアと棒で左に繋がり針と布送りがタイミング良く動くようになっている。
店員さんははずみ車をぐるりと手前に回すと、かたかたと軽やかに踏み板を押していく。見ている限り、そう難しいこともなさそうだ。
なるほど、と椅子を譲ってもらい、店員さんがやるようにはずみ車をぐるりと引いて、踏み板を踏む。
「……うわ?」
途端、オレの手を外れて逆回転するはずみ車と、糸をぶち切って止まる針。
何で、と店員さんに視線を向けた途端、背後から爆笑が響いた。いつの間にか通り向こうのお店の店員アルベルティナさんが、オレの背後から覗き込んでたらしい。
「あはははは、ちょっと貸してみてくださいなのじゃ!」
「良いけど……あんたちょっと笑い過ぎじゃない?」
あんま良い気持ちはしないながらも、ひとまず席を変わってみる。
ミシンの前に腰かけたアルベルティナさんは、切れたミシン糸を直してから足先を軽く踏み板にかけ、ぐるりとはずみ車を回し、そして――
「――ぎゃっ」
――逆回転して止まった。
「いや、あんたもダメじゃん!」
「ちょ、も、もう1回! ワンモアチャンス! 次こそうまくやりますから!」
やっぱこの人、熱中すると「じゃ」を忘れている。ついでに、泣きの1回でまた逆回転させている。
もうほんと、こういうノリの人、オレこの世界では1人しか知らないんだけど……。
「えー? 何でですか、ほんと。こう手でぐるっと回して、ペダルを踏むだけでちゃんと動くはず……いや、動かないですけど」
「『じゃ』が抜けてるよ、斎藤さん」
「おっと、これは失礼しましたじゃ。いやあ、熱中し過ぎてうっかり……はっ!?」
ミシンを動かすのに集中していたアルベルティナさん――改め、斎藤さんがびっくりした顔で振り返った。
アルセイスが咄嗟に腰の剣に手をかけたのを、オレは片手で制す。
アルベルティナさんは、顔も緑色の瞳もドワーフ族の娘にしか見えないけど、呼び掛けて答えたってことはやっぱその正体は斎藤さんなんだろう。
「……あ、そういやあんた、ラインライアにオレを迎えに来たときは、アルセイスに化けてたよな」
「何だそれ、最悪だな」
「えっ!? いや、あの……私は別にその……サイトーさんとか知りませんし。勢いで返事しただけですし」
「『じゃ』が抜けてるってば」
「勢いで返事しただけですしじゃー! あーもう! この変な語尾ほんと邪魔っけなんですよ、ちくしょー!」
悔しげに叫んでから、腹を決めた様子でじろりとオレを睨んだ。
「何ですか、もう! 分かってるなら、私の作った蒸気ミシン買ってくれたら良かったじゃないですか! 折角魔王さま(仮)のために作ったのに!」
「(仮)とか呼ぶのやめろ。別に分かってた訳じゃないよ、あんたがあからさまに怪しげだからカマかけただけだろ」
何の根拠もなしに呼び掛けてみただけでボロを出すんだから、よくよくこの人、詰めが甘すぎる。
「……では、私の作った蒸気ミシンを」
「こんなの使えないって言っただろ、買わないよ。あと、そのミシンはオレが買ったんだから、いつまでもおもちゃにしてるなよ。……あんたのことは信じてないって言っただろ、魔王は」
少女じみた顔つきが、一瞬、不似合いな絶望を宿した。
すぐに振り払われて消えてしまったけれど。
「でもちょっと見てください。全然逆回転しかしませんよ、これ。不良品です」
「勝手なことを言うなよ、娘っこ。わしの自動裁縫機に文句をつけるつもりか?」
黙ってオレ達の好きなようにさせていた店員さんが、大げさにため息をついた。腕まくりをしながら近寄って来る。小柄ながらも怒気をたたえた迫力に、弾かれたように斎藤さんはミシンの前から飛び退る。
店員さんは空いた椅子に腰かけ、いともたやすくミシンを踏む。たかたかと軽やかな音で、針は規則的に動いている。
「どうじゃ? これでも不良品と言うか、へたくそな娘っこめ」
「きー! そもそも私が使ってどうこうってもんじゃないんですよ、これは! 魔王さまに使って頂かないと……」
「お前、その為にメイノと俺達が出会うように仕向けたり、レイヤの身体を修理しやすいように部品を集めておいたりしたのか?」
アルがため息まじりに尋ねる。
斎藤さんはそんなアルを睨むだけで答えなかったけれど……答えのないのが、一番の答えだ。
「オレと一緒にいるのは偽物の魔王なんだろ。オレが――私がいくら下着を作ったとしても、お前の思うような結果は出ないのじゃないか?」
久々に表に上がってこれたのは、やはり私を呼ぶ者がそこにいるからだろうか。
ドワーフ然としたシトーの顔に、誤魔化しばかりではない微笑みが浮かんだ。
だが、隣に立つアルセイスの気配が冷えたことも事実だ。相変わらず、彼女は私のことを認めてはくれないらしい。
「いいえ、私は確信しています。これが、最終的には魔王さまのためになるのです」
「ほう。お前は本物の魔王の目的を理解しているということか」
「一の側近ですから」
近寄ってきたその手を払いのけておいて、私は自動裁縫機の前に立った。
店員ドワーフが場所を譲ってくれたのを幸いと、はずみ車をくるりと回し、踏み板に足をかける。
かたたん、と正方向の回転が始まった。
「……魔王さま、自動裁縫機なんて使ってましたっけ?」
「さあな。私自身は使った覚えはないが……」
うまく使えているのは、魔王でも玲也でもない。
この身体――エンジェルの素体だ。同じからくり仕掛け同士、自動裁縫機とも相性が良いのだろうか。
しばらく身体に任せてミシンを踏み、キリの良いところで針を止めた。
「どうやら大丈夫そうだな――」
瞬きの後には、玲也が残るだけだった。
斎藤さんに触発されたのもあったのだろうが、わざわざこの身体の使い方を教えに出てきてくれたらしい。面倒見が良いと言うか、優しいと言うか。
オレは隣を振り返って、笑顔を浮かべる。
「いけそうだぞ、アルセイス」
「そうか」
オレが切り替わっていることに、すぐに気付いて笑い返してくれる。
逆に、お目当ての人物に立ち去られた斎藤さんの方は、ため息一つついてくるりと踵を返した。
「魔王さまがお帰りなら、私も帰ります。音瀬さんもアルセイスもどうやらあんまり私の味方はしてくれないようですし」
「当たり前だ、お前の身勝手さに付き合うつもりはないぞ」
アルの冷たい声を背中に受けて、だけど振り返った時には斎藤さんはやっぱり胡散臭い笑顔だった。
「ええ、ええ。どうぞご自由に。そちらはそちらのやりたいようにやればよろしい。私は私の目的にそって、今後も近道になり得る道を敷いていきますから――またどこかで出会う日をお楽しみに」




