4 狙いは何だ
正直、ユーミル全体が焦土になっていてもおかしくないと思ってた。
彼は――斎藤さんは――シトーは、目的を果たせるならば方法には頓着しない、そういう人だと既に知ってるから。
だから、旅程をかなりの強行軍でぶっ飛ばし、ようやくユーミルに到着したときには、そののどかさを見て一瞬ほっとした。
アルセイスのマントを頭から目深にベヒィマに被せておいて、ユーミルの大通りまで辺りを見回しながら歩く。
「……は、無事じゃ」
泣きそうな笑いだしそうな顔で、ユーミル王メイノが地面に膝を突いた。
道中アルセイスが淡々と吹き込んだ、斎藤さんについての説明が、よほど怖かったらしい。オレに言わせれば、少し誇張し過ぎてるきらいはあったけど。
アルの理解では、斎藤さんは感情というものを理解しない、血も涙もない恩知らずの魔王バカな魔族らしい。
さすがにちょっと脅し過ぎじゃないかと魔王が止めようとしたが、ヘルガに「これくらい言っておいた方が先を急げるでしょ」と止められて大人しく聞き流すことにした。
オレの個人的な理解では、彼の善悪は魔王にのみ依るのではないかと思っている。血も涙も魔王のためにしか存在しない、って意味では、まあつまり玲也も彼にとってはどうでも良い道具と言うことになるのだが……まあ、だからと言って事実は変わりない。
斎藤さんには血も涙もあるが、その対象がものすごく限定されてるのだ。
けど、この説明は明らかにアルやヘルガの理解とはずれてるようだったので、とりあえず沈黙を守っておいた。
こぢんまりとした建物の並ぶユーミルの大通りを、人々はせかせかと歩き回っている。手にはオレの身体の倍もある巨大な岩石や、組み立て中の機械のような何かが抱え、自分の身体より大きな荷物を軽々と運んでいた。
一人一人は皆、オレより小柄だし、顔つきも少年少女のようだ。
現実感のない光景で、オレには子どもが遊んでるようにも見えるけど、魔王の記憶では、これこそがユーミル、これこそがドワーフの民だった。
安堵の息を洩らしたメイノが、はっとアルセイスを見上げる。
「おい、何じゃあんなに脅しておいて、何もないではないか! 今頃はサイトーにかどわかされてドワーフ一人おらぬやもとか、一面焦土になっておるやもなどと恐ろしいことを……ぬし、嘘をついたのじゃあるまいな!?」
「あのシトーが、何もせずに去る訳がない」
とは言え、さすがにこの平和な様子を見ると、それ以上に反駁する言葉も出てこないらしい。
ちょうど良いところでヘルガが間に入って、まあまあと言いながら互いの距離を離した。
「とにかく、一度王城に寄りましょう。いつも抜け出してるとは言え、きっと探してるだろうし」
「ヘルガ……うむ、ぬしを見付けたからには、一度戻るか。おお、そうこう言っている内に、迎えが来たようだぞ」
「――王様ー!」
道の向こうから手を振りながら駆けてくる、これまた少年少女のようなドワーフ達。
メイノは彼らに手を振り返す。
「おお、よく来たな、ぬしら。わしを迎えに来てくれたのじゃな」
「メイノ様、何やってるんですかー! もうっ」
「あいたっ」
集まって来たドワーフにぽこん、と頭を叩かれている。
道々で知ってはいたけど、割と気安い王様だ。
「勝手に抜け出して、皆に心配かけてー! 謝ってくださいよ」
「ん、んむ……すまぬ」
「全くもう」
「はっ、それよりあいつはどうした!? あの人族の……」
「サイトーさんですか?」
「ああ、彼は良い旅人でしたねぇ。皆の手伝いをしてくれて」
「――そのシトーは今、どこにいる」
和気あいあいの中に、空気読まない系のアルセイスが割って入った。
冷ややかな声とぶった切りの態度を見て、反抗的な表情を浮かべたドワーフ達の前に、ヘルガが進み出る。
「アル、黙ってて。皆さん、お久しぶりです。ティルナノーグの王女ヘルガです」
「あっヘルガ姫だ!」
「ご無事でしたか、良かったです!」
「メイノ様が助け出されたのですか」
わらわらとヘルガを囲む様子も、何だか子どもが集まってきてるみたいだ。
体格だけじゃなくて、顔立ちまで若い。
……が、これは子どもじゃないと魔王の記憶とゲーム情報が主張している。
この世界のドワーフはこのくらいの――10代前半くらいの見た目で成長が止まる。
ヘルガとメイノも、眺める分には姉弟みたいに見えるが、本当のところどっちが年上なんだか。
まあ、魔族にだってベヒィマみたいな子もいるし、斎藤さんも千歳オーバーだしな……。
「う、うむ……わしだってな、やるときゃやるのじゃ」
「おー!」
王様の不自然な態度に気付かぬまま、歓声と拍手の音が上がった。
アルセイスがじろりと睨み付けているが、メイノはオレの方へ向かって必死に何やらウインクを飛ばしてくる。何かの合図……なんだろうけど、よく分からない。
「メイノ様すごーいのじゃ!」
「メイノ様ばんざーい!」
「おう、それほどでもあるのじゃぞ。そうじゃ、ヘルガ姫を助ける時に人族とぶつかってな、その折の功労者がこのレイヤじゃ!」
「おー! 功労者!」
「レイヤ――あれも人族か?」
ドワーフ達の視線が一斉にオレの方を向いた。
よく分からないまま軽く頭を下げる。
再び湧き上がる拍手。
「彼はな、毛色の変わったエンジェル族じゃ。善人であることはわしとヘルガ姫が保証する。じゃが、ヘルガ姫救出作戦において危ない橋を渡ることもあった故、腕を負傷しておるのじゃ」
「ああ、腹もです」
ぺろりと服をめくって見せると、ドワーフ達は傷口を見ようとオレの傍に寄って来た。
繋いでいたベヒィマの手から、怯えが伝わってくる。さりげなく背中に庇いつつ、取り囲むドワーフ達に腹の傷を差し出した。
「これは……随分古い型の身体を使っておるようじゃな」
「見ろ、この部分の機構……伝説のラウレンス工房の銘が入っておる」
「こっちはマルニクスの印じゃ。古の達人の技をまさかこの目で拝める日が来るとはのう……」
ぎゅうぎゅうと押し合いながら、オレの脇腹やら腕の中を覗き込んでは何か言い合っている。固有名詞が分からないが、どうやらこの身体がものすごく古いものだって話らしい。
そもそも何でこんな古い型がまだ動いとるんじゃ、とか言い出すドワーフがいつ出てくるかとハラハラしてたら、適度なところでメイノが声を上げた。
「どうじゃ、直るかの?」
「もちろんですとも!」
「わしがやるぞ!」
「いや、わしの工房の方が立派じゃ」
「何をぅ、わしとこのが良い仕事が出来るぞ!」
「それを言うなら一番は――」
ドワーフ達はメイノの方を勢いよく振り向き、我先に自分が直すと言い合っている。その中で(多分)一番の腕を持つ職人が、メイノ王に指名されてぴょんぴょん跳びはねる。
オレと目が合ったメイノが、またウインクを投げて来た。どうやら、この状態が彼の思惑だったようだ。
「ありがとうございます」
「……別に、ヘルガを助けたのをヤツの手柄にする必要はなかったと思うが」
さりげなくオレの隣に回ったアルセイスが吐き捨ててるが、まあそこはアレだ。メイノ王にも矜持というものがあるのだろう。そもそもヘルガを助けられたのは偶然魔王が出て来たからだし、半分以上は斎藤さんがあそこにいたからだし、オレの手柄って気持ちもあんまないので、欲しいと言うなら喜んで進呈する。
アルが呆れた顔で首を振ってる。
「お前、欲がないな」
「ない訳じゃないけど……あんたがそう思ってくれるなら、それで十分だし」
「……そうか」
口元を覆いつつ顔を背けられた。
怒ってるかなって、ちょっと気になって呼びかけようとしたとこで、繋いでた手を引かれた。
ベヒィマか――と振り向いたところで、すぐ近くにドワーフが立っていたので思わず身体を逸らす。
「よし、じゃあわしの工房に来て貰おうかの。すぐに修理に入るぞ」
さっきの熟練職人のドワーフだ。濃い緑の髪をバンダナで止め、分厚い革のエプロンと手袋をつけている。
どう見てもオレより年下、良いとこ中学生くらいの子どもにしか見えないが、違うんだろう……多分。
「材料に不足はないのか? 足りないものがあれば……」
仏頂面のアルセイスが言いかけた言葉を、手袋をはめた手が遮った。
「ちょうど一件、チャラになったところでの。素材は余っとる。修理するはずのエンジェルが廃棄になったんじゃ」
「廃棄?」
「修理すればまだイケると思うたんじゃが、中を開けてみれば想像以上にぶっ壊れておった。ありゃダメじゃ。サイトーさんの言うた通りじゃったのう」
「斎藤さん!?」
ここでも斎藤さんか?
あの人、ほんと何しに来たんだろう。
ティルナノーグを荒らしまわったことと言い、ただの嫌がらせじゃないのでは。
「さ、こっちじゃぞ」
バンダナの職人ドワーフの案内で、オレ達は後を追って工房へ向かった。




