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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第五章 Kiss You
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14 【遥けき】日々 4

「私はスィリア、人族の王国ラインライアの王子だ。あなたがこの本に書いてある魔族の長、というのは本当ですか?」


 興味津々の顔つきで尋ねた男は、我らと同じ黒い髪、黒い瞳をしていた。

 掲げた書物は()()()()レスティキ・ファの手によるもの。その中にならば、確かに私の話が書かれていてもおかしくはない。


 だが、人族は私の管理区域の住人だ。

 それなのに――


「――今のラインライア王に、息子はいないはずだが」


 私の管理区域内で、こんな男は見たことがない。

 今の王族の中でも、魂の輪廻サイクルにおいても。


 隣のレスティキ・ファへ視線を向けるが、彼女も警戒した表情で首を振っている。

 アルフヘイムの森の奥深く、外からは隠された王宮図書館へ、レスティに気取らせず忍び込むことが出来るなど、只者ではないのは確かだ。

 レスティを背後に庇い、男を睨み付ける私の前で、彼はくしゃりと顔中で笑って見せた。


「ああ……なるほど。管理者というのは伊達じゃないんだね。ラインライアのことをよく知っている」

「そうだ。ラインライアの王族は全て把握している」

「じゃあ、知っているはずだ。私の母、追放された王妃の話を」

「追放――確かに、今のラインライア王は前妻を追放し、今の妃を娶ったと聞いている」


 男の微笑みは消えなかったが、声だけが僅かに湿った。


「その前妻が、私の母上だよ。父ときたら、後妻にも妾にも息子が出来ないことに焦って、追いやったはずの女の子どもを奪い返そうとしたんだ」

「確か、追放の理由も」

「女神の声に従って、なんて言ってたね。笑ってしまうよ、あの男にそんなものが聞こえるものか。あんな身勝手で傲慢な……ああ、これは世界の管理者に伝えたりしてはいけないのかな。女神の声を否定するとは何事か、なんて怒られてしまいそうだ」


 言いながらも、微笑みは消えない。

 微笑んでいるのに、確かに泣いていると分かった。

 多分私も、同じ傷を抱えていたから。


 本当は、疑念は晴れた訳ではない。

 私が王子の存在を知らぬことは、まあ良い。

 だが問題は、彼の顔に全く見覚えがない、ということだ。

 私がこの世界の管理者となった時からを思い返してみても、彼の存在は記憶データに存在しない。


 これは、単に私が忘れたとか、知らない、覚えていないなどと言う話ではないのだ。

 同じ魂の繰り返す輪廻(サイクル)に、彼の姿は一度たりとてない。


 つまり、完全に新しい存在――異常バグの可能性。

 異常バグならば、修正フィクスしなければならない。

 女神の定めた運命プロトコルに従うならば。


 そう反射的に考えて――そうして、そのことに自分自身で嫌気がさした。

 複製コピーでない、新しい存在を生み出そうとしている私が、こんなことではどうしようもない、と気付いて。


「……スィリア、と言ったな」

「王子、と呼ばれる方が多いけどね。それよりも、名前で呼んで貰う方が嬉しい。もう、呼んでくれる人はほとんどいないけれど」


 その表情があまり寂しそうだったから――信じてみようと思ったのだ。

 つい、思ってしまった。

 だから――


「スィリアよ。お前の目の前の管理者が、実は女神を倒そうとしている反逆者なのだと言ったら、お前はどうする?」


 差し伸べた手を、後から後悔することになるなど、その時は思ってもいなかった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「ばか。もう、ばか。どうして、そういうことを初対面の男にぽんぽんバラしてしまうの」


 スィリアと名乗った男が帰った後も、レスティキ・ファの怒りは解けなかった。

 ぽこぽこと軽い音を立てて背中を叩かれている。普段の拳の重さとは比にならないほどの柔らかさだから、本気で怒っているというよりは、怒ってみせることが大事なのだろうが。

 この力について、どれほどレスティが手加減しているのかを知っている私としては、甘んじて拳を受けるくらいは何でもないことだ。


「もう言ってしまったものはしょうがないじゃないか」

「しょうがないなんて言ってる場合じゃないわ。どうするの、あの男が悪人で、あなたに何か危害を加えるような……」

「その時は、また一からやり直しだな。君の魂と再び巡り合うところから」


 そっと拳を手のひらで受ける。

 レスティは黙って目を伏せ、赤らめた頬を私の肩に寄せた。


「……ようやく思い出せたのに、私、また忘れてしまうの?」

「大丈夫、そうしたらまた私が教えてあげるよ。何度もこうして出会ったこと、私が君を愛していること」


 幾たびも繰り返す輪廻サイクルで、私は彼女と出会い、別れを重ねてた。

 そうして、ようやく、今までの彼女のすべての記憶データ取り戻す(サルベージ)することに成功した。

 圧縮され、暗号化された1冊の書物。

 アルフヘイムの王宮図書館ストレージに隠されていた文書。

 それは、これまでの複製が重ねた記憶データを、彼女レスティという端末の奥から引き出す方法だった。


 女神の決めたルールでは、王宮図書館の記録は絶対不可侵。

 反逆を心に定めたからこそ、記録に手を伸ばすことが出来たのだ。

 そして――私は、今日、最大の禁忌を犯すためにここにきている。


「……レスティ、ようやく見付けたんだ。複製ではない、新しい生命を生むための方法を」

「あったのね。今までとは全く違う、新しい可能性を生む技が」


 抱き寄せた彼女の身体は、柔らかく温かかった。

 いつもならそれだけで心安らぐその感触に――今、私は例えようもなく興奮していた。


 私の腕にそってしなる脇腹の頼りなさ。

 押し付けられた胸元の熱さ。

 鼻先に当たる艶やかな金髪の感触。

 瞳の中に輝く光。唇。花のほころぶような。吐息。その――


「君の協力が必要だ、レスティ。どうか、私と――」

「ええ。あなたとなら、変わっていくことも怖くないわ」


 私は彼女の肩口に顔を埋めた。

 受け止められる快楽に震える唇で、静かに呪文を唱える。


「――【永劫の鎖に封ぜられし 混沌の主 我が父よ 凍てつく闇の底より 今ここに目覚めよ ――下着解放ランジェリリリース


 抱きしめていたレスティの身体が、光に包まれる。

 鮮やかな真紅の輝きが、閉じた瞼を貫いて瞳に刺さる。だが、決して手を放したりなどするものか。

 彼女は――私のものだ。

 私が彼女のものであるのと同様に。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「……で、レスティキ・ファと実験を始めた、ということでよろしいですか。魔王さま」

「その喋り方はよせと……」

「私がどんな風に喋ろうが私の勝手でしょう。それとも、あなたは私の口調まで支配するような、そんな絶対的な権力を私に対して振るうおつもりですか?」


 手元に文字を書き留める姿勢で、シトーは慇懃無礼に微笑んでいる。その揺らがぬ目に凝視されて、私の方が黙って目を逸らした。

 ここで今までの喋り方に戻せと強いれば、シトーの全てを私が選択することになりそうな気がした。口元は歪んでいるが、目が笑っていない。

 沈黙を無言の受容と取ったのか、シトーは表情を変えぬまま問いを重ねる。


「実験の結果については」

「まだ分からん。私とレスティの問題だ、しばらく放っておいてくれ」

「ですが、それが女神への最大の切り札なのですよ。こうして私も巻き込まれた以上、問題はあなただけのものでは――」

「――いずれ結果が出れば報告する。まずは待て」

「……結果が出るとお思いなのですね」

「? 結果が出なくてどうする。その為の実験だろう――いや、実験などと呼ぶのも止めてくれないか。私は彼女と愛を交わしているのだ。それはそんな矮小な言葉で表現できるようなものでは――」


 突然、シトーの握っていたペンが砕け散った。

 欠片が手元に当たり、鋭い痛みが走る。慌てて手を引いた。


「ああ……失礼。どうやら、軸が脆くなっていたようですね」


 落ち着き払ったシトーは、驚きに目を見張ったままの私の手を取る。

 指先から垂れ落ちる体液に、静かに唇を寄せた。

 振り払う。赤い体液が飛び散って、シトーの頬を汚した。


「おい――」


 叱るべきか、謝るべきか。

 咄嗟にその後の言葉が浮かばない。

 混乱したまま、何を言えば良いのか分からなくて――ただ、シトーの目を見てはいけない気がした。

 その目の奥には、私を踏み止まらせる何かがあるような気が。


 黙って踵を返した私を、シトーは呼び止めなかった。

 ただ、短く息を吐く音だけが。

 やけに、耳につく――



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 ――はい、ストップストップ。


 あのー、ちょっと? どこまで行ってるんですか、あなたは。

 私との出会い? 魔族三将との絆? あの女の人となり?

 そんなの、どうでも良いでしょう。


 潜りすぎてるんですよ、もっと()()()()。そんな深くにはありません。

 あなたが知りたいことは何でした?

 偽物とは何か――は、もう薄々気付きましたね。

 他は何でしたっけ、私の裏切りでしたっけ。

 ええ、どうぞどうぞ。私が裏切ったとお思いなら……確かめてご覧なさい。


 あなたが魔王さまの複製コピーなら、多分、ほら……この辺りに。

 さあ、あなたの言う裏切りの幕開けです――

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