27 断罪パーティー ③
無言で見つめ返すと、姉は視線を彷徨わせながら答える。
「あ、あの時は気が動転していたの。だって、あの部屋でダリアは乱暴されたわけだし!」
私が答える前に、姉は何か閃いたのか明るい表情になって叫ぶ。
「みんなはあなたに気を遣って嘘をついているけれど、実はあなたは賊に犯されているのよ! だから、あなたもイディス様の妻になる資格はないわ!」
「……お兄様」
その可能性は無きにしも非ずだったので、私が気を失っている間の話をお兄様に確認してもらっていた。私が答えるよりも良いだろうと思って声をかけると、お兄様は立ち上がって姉に話しかける。
「姉上、ダリアの部屋の前に立っていた兵士は殺されてはいませんし、その時、数人は意識がありました。彼らに確認を取りましたが、賊が現れてすぐあなたは部屋から出てきているそうですよ。何かあったとしても、あなたが見ることはできません」
「そ、そんなの嘘よ! ダリアに気を遣っているんだわ!」
「では、あなたは仲良しの妹が襲われているところを黙って見ていたんですか?」
「そ、そういうわけじゃなくて……、腰を抜かしていて動けなかったの」
「姉上、嘘を重ねれば重ねるほど矛盾点が増えていくだけです。諦めてはどうですか?」
「……矛盾点?」
聞き返した姉に、今度は私が答える。
「あなたは私が賊に襲われたと言いたいのですよね?」
「そ、それがどうしたのよ」
「妹思いだと言うなら、たとえ本当のことであっても私が襲われたとは言わないのではないですか?」
「そ、それはっ! その、イディス様のことを思って」
「イディス様のことを思うのですか? 仲良しの妹の私ではなく?」
「ううっ!」
姉は助けを求めるように父に目を向けた。けれど、父は姉のほうを見ない。
そのかわり、ぼそりと呟く。
「シルコットはこんなに馬鹿ではない」
シルコットというのは、父の思い人の名だ。レデン侯爵家に嫁ぎ、今では三人の子供がいるそうだ。父は子供を入れ替えたあと、彼女への後ろめたさがあったのか、もしくは姉を侯爵夫人の代わりにすれば良いと考えたのか、彼女をクビにしている。
私が当時の話を詳しく聞かせてほしいと手紙を書くと、侯爵夫人はわざわざロフェス王国にまで私に会いに来てくれた。
レデン侯爵夫人は、中年の美しいマダムといった感じだった。姉の雰囲気にそっくりだったし、母とも顔の系統が似ていたから、子供の入れ替えに気づかなくても納得できる気がした。赤ちゃんの時なんて見分けがつかないし、まさか入れ替えられるだなんて思ってもみないもの。
侯爵夫人にとっての父は恋愛対象ではなく、完全に父の片思いだった。
それもそうよね。地位のある立場でありながら、自分の欲望のために犯罪をするような人だもの。侯爵夫人のような人格者がそれを見抜けないわけがなかった。
父が助けてくれないと悟ったのか、姉は叫ぶ。
「申し訳ございません! みんな、私のことを愛してくれたから、少しぐらい嘘をついても良いんだって思い込んでしまったんです!」
姉は私にではなく、イディス様や他の招待客に向かって涙ながらに訴えた。今までなら泣いている姉の姿を見れば、多くの人が姉を守り、私を責めた。
だけど、今回は違った。
招待客の姉を見る目は冷たく、彼女を助ける素振りもない。
「ど……どうして」
姉は声を震わせて言ったあと、父を睨みつける。
「お父様、どうして助けてくれないんですか!」
「助けようもないからだ。もう仲直りは諦めなさい」
「お父様! 私はイディス様とっ」
「いい加減にしろ!」
父は姉を怒鳴りつけて黙らせると、私に微笑みかける。
「すまなかったな、ダリア。ここ最近、ユーザス王国の評判が良くない。それもこれもラムラや妻のせいだ」
「ラムラ様のせいでもありますが、あなたのせいでもありますよね」
笑顔で言うと、父は平静を装って笑い飛ばす。
「……ダリア、信じづらいかもしれないが、私もお前と同じく被害者なんだ。ラムラを甘やかしすぎた私にも責任はあるが、一番甘やかしていたのは妻だ。諸悪の根源である妻は捕まっているし、どうしてもラムラを許せないと言うのなら、ラムラを家から追い出しても良い。私を許してくれないか」
「お父様!?」
姉は驚愕の表情で父を見つめた。父が彼女に何か言う前に、私が口を開く。
「そんなことはしていただかなくても結構です。というよりもあなたを許すつもりはございません」
「おい、ダリア。調子に乗るなよ。謝っているのは誰だ!? お前の父親なんだぞ! 父親を無碍にすると言うのか!」
「父親らしいことは何一つしてくれなかったくせに、よくもそんなことが言えますね」
「このっ!」
父は顔を真っ赤にして腕を振り上げたが、周りの鋭い視線に気づいたことと、イディス様が私を庇ってくれたことで慌てて下ろした。父は咳払いをしてから言う。
「ここでする話でもないな。今日のところは諦めるとしよう」
「次はないですよ」
「……どういうことだ?」
「もう二度と会うことはないと言っているのです」
答えたあと、私は笑顔を作って続ける。
「先日、レデン侯爵夫人に会いました」
「なんだと!?」
今まで余裕の表情を見せていた父が、一瞬にして焦り始めた。
「どうして彼女に……」
「ちょっと待って!」
姉の介入に、まだ頑張るつもりなのかとうんざりして顔を向ける。
「話は終わりましたよね?」
「ダリア……聞いて! 私はお父様に騙されたの。だから……」
「母に命令されたと言っていませんでしたか? 本当に嘘ばかりつくのですね。私はあなたを絶対に許さないし、イディス様と婚約も結婚もさせるつもりもありません。あなたにはゼラス卿がお似合いです」
「わ、私はイディス様が好きで……」
姉はイディス様に縋りつこうとしたが、彼に睨みつけられて動きを止めた。
「書類のことを言っても無駄だろうから、感情論で言わせてもらうけど、病気ならまだしも大事な書類のことを1日寝たら忘れるような人なんてお断りなんだよね」
イディス様はにこりと微笑んだあと続ける。
「君に魅力を一つも感じないんだ。だから、僕に二度と近づかないでくれ」
「そんな……」
助けを求めるように姉は私を見てきた。だから、私もイディス様と同じように笑顔で告げる。
「あなたのような姉は、私には必要ありません。これ以上しつこく言うようなら、私の口からユーザス王国の国民にあなたの本性を話します」
「い……嫌よ……、やめてっ」
姉は私とイディス様を呆然とした顔で見つめたあと、大粒の涙をこぼした。




