15 元婚約者を忘れられない公爵令息 ①
「イディス殿下、ラムラの申し出を断ったことを後悔する日が必ずきますわよ」
涙するお姉様の背中を撫でながら、お母様はイディス様に鋭い視線を送りながら言った。そんな視線をものともせず、イディス様は笑みを浮かべる。
「ダリアとの婚約を無しにするほうが後悔することになりますので、お気遣いいただかなくて結構ですよ」
「違います! あなたはダリアと結ばれるべきじゃない! あなたは私の運命の人なのに、どうしてわかってくれないんですか!」
お姉様がイディス様を見上げて叫んだ。
「運命の人か……。そうだね。あなたと私は結ばれない運命の人ということか」
「……え」
お姉様は呆然とした表情でイディス様を見つめた。上手い返しだなと呑気に思っていると、お母様がお姉様を抱きしめて嘆く。
「可哀想なラムラ。イディス殿下のことはもう忘れなさい」
「嫌ですっ! 本当に私は運命を感じたんです! 今までみたいに何とかしてください、お母様!」
お姉様はまだ諦めるつもりがないらしい。ここまで男性に執着する彼女を見るのは初めてだから、本当にイディス様に恋をしてしまったのね。お姉様は自分が悪いことをしたなんて一つも思っていないから、こんな風に駄々をこねるのでしょう。
「お姉様」
話しかけると、お姉様は大粒の涙を溜めた目を私に向けた。
「海賊に襲われた時にお姉様が少しでも早く助けてもらっていたら、イディス様と結婚できたかもしれませんね」
「……え?」
「海賊に襲われておらず、お姉様が穢れのない体だったらロフェス王国の規則に抵触することはなかったでしょう」
「ど、どういうこと?」
「純潔を散らす前に助け出されていたら、お姉様は純潔を守ることができていたのです。私が聞いたことが本当の話なら、今のお姉様はイディス様の妻にはなれません」
これはお姉様が実際に海賊に襲われていないことを知っているから言えることだ。本当に襲われていたとしたら、さすがに口には出せない。
「わ、私は襲われてなんか……、あっ!」
お姉様は海賊に襲われてはいないけれど、ロインと関係を持ってしまった以上、純潔ではないことを忘れていた。だから、私が思い出させてあげた。
「そんなっ! じゃあっ!」
「ラムラ、落ち着きなさい。もう部屋に戻りましょう」
お姉様が余計なことを話さないように、お母様はお姉様の手を取って歩き出した。
「そうよ。それが大事だったんだわ。ロインが悪いのよ! ロインのせいで私はっ!」
大声を上げて泣くお姉様を侍女たちが慰めながら連れて行く。
そういえば、ロインは今頃どうしているのかしら。決して彼に未練があるわけではない。だけど、気になるものは気になる。彼は今頃、私が死んだと思っているでしょうから確かめに来ていてもおかしくないもの。
「ダリア、今度こそ行こうか」
「あ、はい! お待たせいたしました」
「ダリア!」
イディス様の所に駆け寄ろうとした時、私の名を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、そこには驚いた表情のロインが立っていた。どうやら勤務明けらしく、他の騎士の姿も見える。
「どうしてここにいるんだよ! なぜ俺の言う通りにしなかった!?」
「そんなの当たり前でしょう!」
彼の望む通りに死のうと思った時もあった。だけど、私がどんな選択をしようとロインにはもう関係ないことだ。生きていることに文句を言われる筋合いはないわ!
「さようなら、ロイン! 私は、ロフェス王国で絶対に幸せになってみせるから!」
「聞いてくれ、ダリア! 全部お前のためだったんだよ!」
ロインが私に近づいてきた時、隣にいるイディス様がため息を吐く。
「次から次へと邪魔者が湧いて出てくるなぁ」
「申し訳ございません!」
嫌われたかもと思って謝ると、イディス様は苦笑する。
「ダリアが悪いんじゃないよ。君も言いたいことはあるだろうけど、まずは僕が相手をしてもいいかな」
「あ……、は、はい」
「ありがとう」
イディス様は私の前に立ってロインに話しかける。
「君がダリアの元婚約者かな。はじめまして、僕がダリアの新しい婚約者のイディス・トールンだ」
「なんだって?」
ロインは足を止めると、呆然とした表情でイディス様を見つめた。




