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#266 レシェール・クラディア、そして救済


 最初に気づいたことは自分がベッドの上に寝ているということだった。身体を起こして、シャリヤが周りに居ないか見るもそこには誰も居ない。

 否、影が薄かったために気づかなかったが、ベッド脇に少女が座っていた。銀髪蒼眼はファイクレオネの人間である象徴だ。シャリヤに似ていて、それでも感じさせる雰囲気は冷たいものであった。どこかの組織に属しているのか、服装は灰色のスーツだ。それのせいで少女は何処かの公務員のような雰囲気だった。銀髪は自然な柔らかさを感じさせる。腰辺りまでに落ち、天井の電灯の光を受けてきらめいていた。

 なんと話しかければ良いのだろう。先程まで寝ていた自分を見ておきながら、起き上がったのを無表情に見つめる彼女の反応は非常に奇妙に映った。


"Ar, harmae co――"

「日本語、分かりますよ」


 出鼻を挫かれた。


「後もう少しでシャルさんに殺されるところでした」

「……面識があるみたいですね」


 少女は冷ややかな視線をこちらに向けたままだった。意図があって冷ややかな視線を向けているのか、それとも最初からそういう目つきなのかは伺い知れない。見覚えのないファイクレオネ人、それに加えて日本語を喋るという現状はいかにも理解し難いものだった。

 少女と沈黙を共にしているといきなり部屋のドアが開いた。


「起きたか」


 短髪の男だった。ラフな服装に身を包み、目の前の少女とは印象が真逆だ。


「一体何が起こっているのかさっぱりだろうな」

「……ここは何処なんですか、あなた達は?」

「ピリフィアー歴紀元前4400年前後、所謂スキュリオーティエ時代のナジャールト藩国だろうな。俺の名前は八ヶ崎翔太、そこにいるのはレシェール・クラディアだ」


 クラディアと呼ばれた少女は無表情ながらも恭しく頭を下げた。八ヶ崎翔太、浅上の話では俺と同じような人物だった。これまで様々な人が言及し、そして消えていった謎の人物。それが目の前にいる。


「インリニアたちは何処へ?」

「彼女らもシャルの攻撃に巻き込まれかけたところを保護した。別室で寝てる。それともラノベ主人公らしく女の子と添い寝でもしたかったのか」


 俗悪過ぎる煽りに頭の髄から痛みを覚えた。翔太と名乗った男をキッと睨みつけても、彼の表情は何も変わらなかった。


「俺たちを救った理由は」

「夕張を倒すためだ」


 男は即答した。


「奴は理想の人間世界を作り上げようと、苦しみを量産している。その連鎖を断つことが俺たちの目的だ」

「良くわからないんですけど」

「単純に悪事を止めるという話です。夕張は理想の人間世界の実現のためなら現実に存在している何物も構いませんから」


 クラディアは寡黙そうに見えて良く話すタイプらしい。膝の上においていた拳を握りしめているのを見るとその裏に色々なことがあったのが感じ取ることができた。

 だが、そんなことより自分には重要なことがあった。


「そういえば、シャリヤは何処に、何処に居るんですか!」

「おい、落ち着け」


 クラディアにしがみつくような体勢になってしまった俺を翔太は突き放すようにしてベッドに押し戻した。


「アレス・シャリヤは夕張とシャルと一緒だ。奴らは世界の記憶を回収して、次の主人公を作る準備をしている。シャリヤを拉致したのはそのためだろう」

「俺と同じ思いをする人間がまた生まれるってことですか」

「単純に言えばそうだな」

「両親に会えるというのも、もちろんシャルさんの方便でしょう。私達はああいう連鎖を止めるために動いているんです」

「両親に会える……? いや、そんなことよりもこれから俺はどうすれば……」


 翔太は俺のそんな呟きを聞いてベッドに近づいてきた。異様な威圧感、油断を感じさせない雰囲気には本能的に萎縮してしまう。


「俺達と協力して、夕張を倒す。シャリヤを取り戻すにはそれ以外の方法はない」

「倒すって……」


 浅上ですら、驚異的な身体能力を会得していたというのにそれを与えた更に高い能力を持つだろう夕張をどのように倒せるのだろうか。今回だって夕張はいきなり現れて、予兆無くユフィアの兵士たちを皆殺しにしてしまった。それだけでなく、あのシャルという少女もインリニアを一撃で倒したのだ。無力な自分に何が出来るというのだろうか。


「心配する必要はない。俺たち、夕張に作られた主人公はウェールフープが出来るようになっている」

「ウェールフープ……ですか?」

「ああ、シャルの光球を見ただろ。あれみたいな能力が君にもある」

「そんな馬鹿な、だってこの世界にチートは無いって」

「誰がそんなこと言ったんだ? 夕張か、それともこの世界の人間か?」

「それは……」


 この世界は現世にほぼ近いチートのない世界だと思っていたが、確かに誰もそんなことは言っていなかった。よく考えてみれば、不思議な現象は身の回りで起こり続けている。能力者の存在を否定する証拠よりも、肯定する証拠の方が圧倒的に多い。

 翔太は更にこちらに寄ってきた。威圧感で顔を逸らせない。


「つまらない拘りは無しだ。お前にも能力が使えるようになってもらう」


 そう言い残すと彼は部屋を後にして出ていってしまった。


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