#207 生きるためには
"Deliu coss lersse ai'r'd lkurftless."
結局の所フェリーサは一日中不機嫌なままだった。
四人で食堂に行っても居たたまれない雰囲気で包まれて、会話することもままならなかった。授業の間の休み時間も不機嫌そうな顔をしていた。それでも四人がまとまって居たのは他のPMCF人が信用できなくなってしまったからだったのだろう。寮に帰る中、フェリーサが切り出したのが先の一言だった。彼女は言うと同時に何かを誤魔化すように両手を広げていた。
"Ai'r tvasnko'd tarmzi lkurf niv elx fe lkurfo niv lineparine. Pa, Deliu miss lersse ai'r'd lkurftless fua elx niejodo fal fqa."
フェリーサの背中について寮に戻っていたが、振れるポニーテールの先を見ていてもその表情は何も分からなかった。分かったのはアイル人の信仰はユエスレオネの人間とは違うリパラオネ教ではなく、タームツィ教であるらしいということだけだった。
この国でリパライン語を話すな――と言われたのにあれほど怒っていたフェリーサがいきなりそんなことを言うものだから、翠はどう返して良いのか分からなかった。確かに言葉に怒り、意固地になってPMCF人たちにリパライン語で話しかけてもしょうがない。アイル語を学べばこのPMCFの人たちの多くとは通じ会える。利益を追求するならアイル語を学ぶべきだ。そんなことは分かっている。だが、その事実を翠は何故か受け入れられずに居た。困ってシャリヤの顔を見ると、その表情も返答に困っている。眉を下げて、言葉を探っていた。
"Pa, miss letix niv liestu fua lersse."
フェリーサの横を歩くエレーナはもっと現実的に考えていたようだった。翠はそういう話じゃないと思いながらもエレーナの話に対する返答が気になっていつの間にか俯いていた顔を上げる。
"Miss letix desnar. Deliu la lex leus miss lersse fal lkurftlessesnif."
"Co letix arte'el fua tydiesto lkurftlessesnif?"
"......Niv, pa fi miss duxien,――"
"La lex'i es mal lersseo'd liestu mol niv ja?"
翠は話を聞きながら目を細めて、単語の意味を考えていた。
"arte'el"を持つために"duxien"という言葉が出ている辺り、恐らく"arte'el"は「お金」を指す単語なのだろう。文脈から考えれば"lkurftlessesnif"は学ぶために行く場所だろう。"lkurftless"という単語に"-snif"という接辞が付いたものに見えるから、これは「語学学校」とかそういう意味なのだろう。"-snif"は専門学校を表す名詞を作る時の接辞らしい。
フェリーサはエレーナの被せ気味の回答にむっとした顔になった。頭上のアホ毛が電気が流れているかのように震える。彼女は活発な性格で細かいことは気にしないタイプだと思っていたが、どうやら沸点が低く少しのことでキレるタイプらしい。
翠は二人の間に割って入るようにして顔を出した。
"Mer, lkurf niv xale la lex ja. Elerna tisod niv elx deliu lersseo ai'r'd lkurftless ja?"
"Mer, ja."
いきなり話し始めた翠にエレーナとフェリーサは戸惑いの表情を見せていた。エレーナは眼鏡を上げ、フェリーサはアホ毛が疑問を表すように傾いていた。
語末に"ja"を使うには微妙なところだったのだろうかなどということは、常に爆発しそうなフェリーサを抑えようとする翠には考える暇もなかった。
"Lecu miss veles elx celdino lexerl ad ete'st mels arte'el."
"Ar, jexi'ert."
フェリーサが納得したように言った言葉は良く分からなかったが、反対する意見もなくどうやら聞き入れてもらえたようだった。エレーナも黙って頷いているところを見ると同意してもらえたようだった。レシェールたちであればどうにかして、語学学校に行くお金を工面してくれるだろう。
"Pa――"
フェリーサとエレーナの間を割って顔を出していた翠の後ろから、シャリヤが言う。反接の接続詞に三人の注目が集まる。その視線に当てられて言いづらそうにしていたが、彼女は意を決した様子でこちらを見て言った。
"Pa, harmue lexerl ad et mol fal no?"
全員がはっとして黙り込んでしまった。聞こえるのは小さな足音だけになった。
そうだ、肝心のレシェールたちがどこへ行ったのかは良く分かっていなかった。それが分からなければ、語学学校の費用をどうするかの議論は振り出しに戻ることになる。四人が押し黙って歩き続けていると寮に着いてしまっていた。フェリーサはそれを見上げて、らしくもなくため息をついた。
"Alsasti, tisod mels la lex PLAX!"
二階へ昇る階段を前にしてフェリーサはこちらを振り返って言った。"plax"を強調した言い方は何か皮肉っているような、そんな感じがした。結局どのようにしてアイル語を学ぶのかという見通しは全く立っていなかった。シャリヤと視線を交わすも、答えは出なかった。




