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#109 分からないまま戦っているんだ


 図書館で作業をするこの時間は、いつにもまして時間が急いで走り去っている気がした。そのせいで、何回も繰り返し壁に取り付けられている時計を見ることになった。

 フェリーサはといえば、やることもなく退屈そうにしていた末に机に座ったまま突っ伏して寝込んでしまっていた。その時、どこからともなくぐう……とお腹がなるような音がした。突っ伏している頭がぴくりと動く。


"Felircasti?"


 時刻はもう六時だった。

 フェリーサは寝惚けた様子で、顔を時計に向ける。周囲を見て不機嫌そうに唸っていた。頭を上げると濡烏色のポニーテールがさらりと背後に収まる。


"Xij jazgasaki, lecu miss tydiest fua knloano?"

"Ar, Ers knloanil......"


 丁度、食堂の空いている時間で、今から向かうには丁度良い時間だった。フェリーサは返答を期待した表情で待っていた。


"Nace, tydiest panqa's plax. No io mi es fqa'i."


 翠の答えを聞いたフェリーサはより一層不機嫌そうに顔を歪ませたと思えば、嫌そうな表情をはらって自分に言い聞かせるように何かをぶつぶつと言っていた。

 椅子から立ち上がってこちらを見てくる。その目はこちらを優しく、それでもって真剣に翠を見つめていた。


"Firlex, celdin als larta plax, xij jazgasaki."

"Ja"


 頷くとフェリーサは、全てを了解したように音も立てずに翠の目の前から去っていってしまった。その静かな去り際はどうにも彼女らしくなかったが、翠にとっては好都合だった。


 食事ごときに費やせる時間はない。

 表現の採取は良い程度に出来上がっているし、それぞれの演説の雰囲気も何となくではあるが掴めてきた。後は表現を入れ替えて、順番を気をつけるだけだった。言葉に間違いはない、後は環境と情報、そしてなんといっても心配なのは》だった。思考力とペンの動きを同期させるように紙の上には整理された文章が並んでいく。だが、一つ違和感を感じていた。


(まあ、確かに腹は減ったのかもな)


 腹の音が鳴るわけでもなく、特有の違和感が腹の底に感じるわけでもない。ただ、思考の遅さに気がついていたのだ。最初は作業は途切れなくできていたはずなのに、ここまで来て頭が数分に一度空っぽになって手も動かなくなるのだ。きちんと食べていないことと体調を崩した体に鞭打って動かしていることが原因だろう。


 やはり、食堂に行ったほうがいいのかもしれない。そう思って荷物をまとめると、気付いて急いで鳴らしたかのように腹の音が鳴った。


"Cenesti, co es harmie'i fal fqa xale liestu?"


 自分の名を呼ぶ声に振り向くと図書館に似合わないワイルド漢――レシェールが仕切られたガラスの扉を開けてこちらを見ていた。作業中断とまではいかないが一旦レシェールと世間話でもして力を抜くのが良さそうだ。

 そう思って、レシェールに自分の目の前、テーブルに広げられた諸々を指さして返答した。レシェールはそれを見て頷いていたが、その瞬間大きくまた腹の音が鳴った。


(恥ずかしいな……自重してくれ俺の腹……)


 恥ずかしい思いをしていると、レシェールは翠の腹の音が聞こえたらしく大口を開けて笑いながら、ウエストポーチから何やら棒状のものを取り出して手渡してきた。


"Fi co knloan niv, elx deliu co knloan fqa. Fqa es baneklianasho."

"Ar, xace"


 おもむろに包を開けると中からはバネアートと同じ色のブロック状のものが出てきた。バネクリャナショが何なのかよくわからないが、見た目は羊羹のような感じだ。匂いを嗅いでみるとほんのり甘い香りがした。

 翠が余りにも心配そうに匂いを嗅いでいたからか、レシェールは当惑した表情で後頭部を掻いていた。


"La lex letix niv hynaumar"

"Hynaumar es harmie?"

"Ers larta'it retoo'd knloanerl."


 頭を振って納得した。

 多分レシェールは翠がこれに毒か何かが入っていると思っていると考えたのだろう。実際はどのような食べ物なのか気になっていただけだが、このままでは善意で食べ物を渡したレシェールが可哀想だった。

 意を決してかぶりつくと口の中にほんのりとした甘さと素朴な風味が広がった。癖のある不自然な甘さではなく、丁度いい甘さだった。

 一口食べてから、本能的に体が勝手に動いてバネクリャナショを貪り食うだけの存在に成り下がった。あらかた食べ終わるとレシェールがその包み紙を翠の手から攫って近くのゴミ箱に投げ入れた。


"Mal, co es harmie'i fal no?"


 一息ついて問われる。レシェール自身その問いに特別な意味をもっていないような感じで、テーブルに広がる資料を眺めて言っていた。今にも「俺にはこういうのはさっぱりだ」と言わんばかりの間抜け面――とはいえ、有事には頼れる強い大人ではあるが――だった。


"Mi tisod celdinel als'it"

"Fqass es celdinel als'it? Mi niv firlex."


 レシェールは資料の本のページを数枚めくって、興味なさげに目を逸らす。本当に翠のやっていることが救済につながるのかよくわかってない様子だった。そういえば、レシェールにはイェスカが来て以来余り話せていなかった気がしなくもない。この争いをどれくらい理解しているのか興味があった。


"Lexerlesti, co firlex fqa'd elm?"

"Firlexosti?"


 レシェールは煽るように語尾を下げた。全くもって不愉快だと言わんばかりに眉を不平行に歪ませていた。


"Als larta'st e'it eso'i als larta's firlex niv. Mi ad elmer ad duxiener ad jeska ad lertasal ad als firlex niv. Mal, miss elm."


 呆れた顔でテーブルまで来て翠の横に座って頬杖をつく。


"Fi selene co celdin lartass, elx deliu co firlex siss ad ciss fal panqa."


 レシェールは戒めるようにこちらを向いて言った。

 つまり、独善的になるなということだろう。救済が存在しないのは対象を深く理解できていないからで、それは最終的には争いに発展するという話だ。


"Ja."


 一言の返答だったが、レシェールは満足した様子だった。

 翠はまた作業に戻ることにした。レシェールの発言、救済が独善的になっていないかを考え、はっきりと伝わるように原稿の見直しをすることに決めた。



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