大神官様の告白方法
「わわ、私はだってもう、ずっと……お慕いしておりました」
頭の中がぽわんとしたしたまま返せば、大神官様は微笑んだ。
「そう思って下さっていると、信じていました。だからとても重要なことを話そうと思って、あなたをここに連れてきたかったのです」
そのせいで、視察に同行させることになってすみませんと、謝られる。
「重要なこと……というと」
まだほわほわした頭で聞き返せば、大神官様が微笑んだ。
「ここへ来なければと思ったのは、あなたと出会ったからなのです」
大神官様は少しの間、木も草も生えない土地を眺めた。
「大神官になってから、ここへ来る機会はほかにもありました。それでも気が向かなかった私の背を押したのは、誰に知られることもないはずの私の罪を、あなたに知っていただきたかったから……」
もう一度私に向き直る。
「私がこれだけのことをしてしまったことを、実感していただいた上で聞きたいのです。レイラディーナ殿、どうか私と結婚して下さいませんか?」
「ひゃっ」
私は思わず変な声を出してしまった。
大神官様に求婚された!?
「え、うそ」
つい言ってしまったら、大神官様が微笑みを消さずに、掴んでいた私の手の甲に口づけた。
「嘘ではありませんよ。こんな奈落を作り出すやっかいな男を、あなたに選んで頂きたいと言っているのです」
「選ぶだなんて、申し訳ないというか、もったいないというか」
驚きのあまり、現実じゃないと思いながらもつい心の中に溜めていたことが口を突いて出る。
「だって、あんなに大食いの女なんて、女性として見ていただけないんじゃないかと思って……」
「ああ、そこでしたか。いまいち実感を持っていただけない理由がわかりました」
そうして大神官様は微笑んだ。
「神殿に戻ってから、もう一度この答えをお伺いしましょうね」
「え?」
首をかしげる私に、大神官様は微笑んだままそれ以上は何もいわなかった。
とりあえず大神官様は、草木が生えない土地に精霊を呼んで少し力を与えた。
それで草だけは生え始めたのを確認し、その場を後にする。
馬車に乗った後の大神官様は、告白については一切触れなかった。
その頃にはぼんやりしていた頭もすっきりしてきたけれど、何もなかったかのようにされて……やっぱり夢だったのではと疑いたくなった。
告白をしたのに、こんなあっさりとした態度でいられるものだろうか、と思ったり。
やっぱり冗談か何かだったのではと思ったり。
でもあの時、疑わずに結婚すると言っていたら、今頃もっと……違っていたのかと思うと、自分の行動のまずさに呻く。
そうしながらも、私達は神殿に戻った。
一日は旅の疲れを癒すために休み、翌日からはいつも通りの日常を過ごす。
そのつもりだったの。
大神官様の元で、二度目の昼食を頂くのもいつも通りだったから、とても油断していた。
私は大神官様のお住まいに行って、食事が用意されたテーブルの前に座ろうとしたところで、既に自分が思い違いをしているとわかった。
「ダメですよ、レイラディーナ殿。今日はこちらです」
そう言って、大神官様が私を抱えて座ってしまう。
ようするに私は、大神官様の足の上に座っているわけで。
「え、ええええ?」
どういうことなの? なんで大神官様の上にいるの私? というか座っている場所が固くなくて、暖かくて恥ずかしい!
「大神官様?」
「食事をしましょう、レイラディーナ殿。さあ口を開けてください」
私の問いかけを無視して、大神官様は果物をフォークで刺して私に近づける。
困惑していると、大神官様がとても悲しそうな表情をされる。
「もう私の手からは食べていただけないのですか……?」
「え、いえ! 食べます!」
大神官様に悲しい顔をさせるだなんて耐えられない。慌てて果物を口に運んで咀嚼。美味しいですと言おうとしたところで、別なやわらかいものが頬に触れた。
大神官様の、唇だ。
目を丸くする私に、大神官様は無邪気な微笑みをみせる。
「ああ、ずっとこうしたかったんですよ。素直に食べてくれるのが可愛かったんですよね」
「だ、だだ、大神官様……?」
「ああ、急にこんなことをしたから驚いたのですか?」
私の困惑の理由を察してくれた大神官様は、まぶしいほどの笑みを浮かべて説明して下さった。
「私が好きだという気持ちを、告白しても実感していただけなかったでしょう? その理由が沢山食べる姿を見せていることだとおっしゃったので」
「神殿に戻ったところで、心のままに私の感じたことをお教えして、信じて頂こうと思いまして」
「まさか、それで食べさせた上でこんな……」
キスをするぐらい、気にしていないと教えようとしていたということ!?
「いかがですか? そろそろ信じて下さる気になりましたか?」
顔が真っ赤になっているんだろうと思うほど熱くて、私はうつむく。
「私は、全てを知っても怖がらずにいて、私のためになりたいと言って下さるあなたを、好きになったんです。食べることも、全て私のためではありませんか。可愛いと思うことはあっても、嫌だとは思ったことはありませんよ」
だから、と大神官様は口を耳元に寄せて言う。
「答えを聞かせて下さい。結婚して下さいますか? レイラディーナ」
そう言いながらも、大神官様は耳に近い場所に口づける。
「ひゃっ。します、結婚します!」
驚きと恥ずかしさで、と戸惑う気持ちが吹っ飛んだ。混乱した頭のまま、率直に答えてしまう。
言っちゃった! 言っちゃったわ! でも本当に嘘じゃないのよね?
また不安になりはじめる私を、大神官様はぎゅっと強く抱きしめた。
「ああ、良かった。ありがとうございますレイラディーナ」
そうして私の顎に指を添えて、私を上向かせる。
間近に大神官様の顔が見えたことで、思わず目をそらしてしまう。
大神官様のご尊顔が神々しい……なんて思っている間に、視界が暗くなって、唇に柔らかな感触が触れる。
触れるだけでも驚いて、爪の先ほども離れていない大神官様の閉じられた目と長い睫を呆然と見つめていたのに、強く押し付けられて思わず叫びそうになる。
その声を塞ぐように、大神官様の唇が覆い尽くしてきた。
……気付けば、実に嬉しそうな大神官様に抱えられて、私は呆然としていた。
「やはり最初からこの態勢でいて良かったですね。食事が済んだら、少し時間をとっていますので、そのまま結婚式について相談させて下さいね」
大神官様はそう言って、またフォークで果物を刺して私の口元に運んで下さった。
それを自然と受け入れて食べてしまいながら、……私は大神官様が本気なのだと、ようやく実感したのだった。
これで番外編まで終わりです。お付き合いいただきありがとうございます。
よろしければ、発売済みの書籍版ではまた違ったお話と結末(主に王子の扱い)になっておりますので、ご覧いただければ幸いです。




