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聖女選定です

 そのためには、私が有無を言わせない状態で聖女になることが大事らしい。

 私は大神官様の勧めに従い、聖女選定の前日に……めいっぱいの食事を口に入れていた。


 敷かれた花とともに食べる真っ白な甘いババロア。

 合間に鳥のレモン風味のバターソテー。

 次に花びらいっぱいの色鮮やかなサラダに、塩味の強いベーコンが添えられたもの。

 花びらが閉じ込められたゼリー……。

 用意された品々を、限界まで食べましょうと言ったのは大神官様だ。

 強い聖霊術を使うためにも、食いだめならぬ力をためておくことで、倒れずに実行できるようになるというのだ。


「本当は私が力を発揮してみせるだけで済めば良かったのですが……」


 しかし大神官様は、力を使い過ぎると強制的に部屋に戻されてしまう。


「私も食べてどうにかできればいいのですが。あれを変更することは聖霊に頼んでも無理なようなので。あなたにしか頼めないのです」


 悲し気におっしゃる大神官様に、私は飛び上がりそうなほど驚く。


「いいえ、お気になさらないでください! それにこれは、私もそうしたいと思ったのですから!」


 シンシア嬢とルウェイン殿下の話がまとまってくれた方が、私も気分がいいし、あれだけ私の一生を左右する騒動を起こしたのに、第三者の手で仲が壊されるのも嫌だった。


「あなたは優しい方ですね、レイラディーナ殿。私のことを許してくださっただけではなく、自分を傷つけた殿下まで救おうとなさるなんて」


 優しいだなんて褒められると、恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。


「しかもこのまま実行したら、聖女の任期が終わった後も神殿と何らかのかかわりを持たざるをえなくなるかもしれません」


 話の流れに私はハッとする。そうだ。悪魔への愚痴として、大神官様への思いを口にはしたけれど、直接お話もしていないし、感謝の気持ちからだと勘違いされているかもしれない。

 だから私は言った。


「あの、それは願ったりというか……。ずっと神殿にいてもいいと思っていますし。できれば大神官様のお傍に一生いられたら、私は幸せなんです」

「お気持ちは、変わっていないのですね。良かった」


 ほっとしたように微笑んだ大神官様は、私に言った。


「ずっと私と関わることになるかもしれませんが、それでもいいですか?」

「え! そんな私得……いえ、光栄です」


 本当は「一番側に、一生いさせてください」と言いたかったけど、大神官様がそこまで思ってくださっているかわからないので、私は言い直した。

 なのに大神官様が尋ねてきた。


「それはもしかして、ご結婚できないと思っていらっしゃるからですか?」


 私は首を横に振る。


「結婚だけでしたら、父が王家から隣国との交易優先権をもぎとりましたので、その関連で外国の方との縁談を勝ち取って来ると思うのです。だけど……」


 思わずじっと大神官様の顔を見つめる。綺麗で、今すぐ崇めたくなるようなお顔を。

 きっと大神官様以上の人など現れない。こんなにも綺麗な上に、心まで優しい方なんて他にはいないだろう。


「私は大神官様のお傍にいる方が、結婚をするよりもずっと心安らぐのです」


 すると大神官様は微笑んで……不思議なことを口にした。


「そうですか。では後日、ゆっくり色々なことを話しましょう」



 そして選定の日がやってきた。

 王族と、神殿に多大な寄付をしている貴族、そして聖女候補の家族達が待っている聖堂に、神官長様に先導されるようにして聖女候補達が足を踏み入れる。


 さて、聖女候補達はこれから選定のために実演をするのだけど、今回は祈りの日の事件のこともあり、他の聖女候補達から有り難くも「レイラディーナ様で決めてもよろしいのでは」と言って下さる方が多かったので、聖霊術を見せることになっている。

 毎日みんなで練習していた、花を咲かせる術だ。


 水と種が入った器が祭壇前に置かれ、一人一人花を咲かせようとする。

 練習を重ねて神官からの助言を受けたため、茎が伸びたところまでしかできなかった令嬢は花を一輪咲かせることに成功し、目を出すのが精いっぱいだった人も、つぼみまではどうにかつけられるようになっていた。


 そしてシンシア嬢は、三つの花を咲かせた。

 他のご令嬢よりも強い力を見せたからか、聖堂に集まった人々が小さくどよめいた。

 私も大神官様も、決して手を抜いてはいけないと言ってあるから、シンシア嬢は精いっぱいやってくれたはずだ。初日はつぼみまでで止めていたものね。


 さて私の番だ。

 思いきり目立つように、派手に。

 大神官様がそう言っていたし、私ならできるはずだと他のご令嬢方よりも一回り大きな器が用意されていた。

 私はその期待に応えるべく、周囲に漂う聖霊に心で願った。


 ――ありったけの種を、花が咲くまで成長させてほしい、と。


 久しぶりに全力で力を使おうとしたからだろうか。ざっと血の気が引く感覚に、足がふらつきそうになった。

 それに耐えて思わず閉じた目を開けると、目の前の器の上に、薄ピンク色の花束が作れそうなほどの花が咲きそろっていた。

 一瞬の静寂の後、見守っていた人々は、もうひそひそと会話をすることを忘れ、大騒ぎを始めた。


「今までの選定で、こんなすごい聖霊術は見たことが無い!」


 そんな声も聞こえるので、私は思ったよりすごいことをしたようだ。

 おかげで、つつがなく私が聖女に決定した。

 聖堂に来ていたお父様が、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない表情をしていたけど、娘は望みが叶ったのでとても幸せですよ!


 けれど幸福に浸っている場合ではない。今のうちにしておかなければならないことがあるのだ。

 聖女に選ばれた者として、いつも通り紗を被った大神官様から花冠を頂いた私は、シンシア嬢に歩み寄った。


「ここまで頑張れたのも、あなたの支えがあったからでした、シンシア様。ぜひルウェイン殿下とお幸せになってください。何かあれば、私の力が及ぶ限りのことをいたします」

「あ、ありがとうございますレイラディーナ様!」


 目に涙を浮かべるシンシア嬢を、私は抱きしめてみせた。

 そこに大神官様も歩み寄る。


「聖女候補として努めて下さった縁があるのですから、どうぞ神殿も頼って下さい。むしろこちらから手をお借りしたいと頼むかもしれませんが」

「どうぞ私こそ何かありましたらお声掛け下さいませ。御恩を返すために力を尽くします」


 その様子を見ていた神官達から拍手が起こる。

 それは貴族達にまで広がり、王族の席にいたルウェイン殿下には近くに座っていた貴族達から祝福の言葉が贈られた。


 シンシア嬢が聖女に選ばれなかった上で大勢から祝福されては、聖女にならないまま結婚しても、国王陛下は表向き取りやめろなどとは言えなくなる。

 さらに大神官様の言葉から、シンシア嬢には神殿と強いつながりができたとわかるはずだ。聖女ではないシンシア嬢を王子妃にする価値ができたのだから、国王陛下も彼女に余計なことはしないだろう。

 国王陛下も数秒目を閉じた後で「シンシア嬢を手放さないように」とルウェイン殿下に言った。

 それを聞いた人々が、さらに大きな拍手を送る。


 ほっとして見送った私は、いつも通りに紗を被った大神官様がこちらを見てくれているような気がして、振り返った。

 そんな私に大神官様がささやいた。


「聖女就任おめでとうございます。やっと、堂々と私の側にいてもらえるようになりましたね」と。



 これで一件落着したように見えたけれど。

 実は私は精いっぱいやりすぎたらしい。

 選定の日の聖霊術を見た方々から、ぜひ力の強い私に聖女として長く在位してほしいという声が寄せられた。

 はりきった私の聖霊術は、聖女選定においては規格外すぎたようだ。


 そこで急きょ大聖女という呼称が作られて、格上の聖女として私を扱うのと同時に、任期が無期限と言うことになった。

 嬉しいけど、でもちょっと心配なことがある。


「私、大食いで力を増してる状態を聖女になれたらやめようと思っていたんです。けれど大聖女なんて呼称をいただいては、この力を維持しないと……」


 やっぱり好きな人の前で、大食いするなんて恥ずかしい。だからやめようと思ったのだけど、止められないのではと不安になったのだ。それを大神官様に相談したのだけど、不思議な答えが返ってきた。


「では、一年後まで維持されてはどうですか?」

「一年後ですか?」

「その頃には、あなたに大きな聖霊術を維持しなくてもいい理由を、用意できると思います」


 そんなことができるんだろうか。不安さが顔に出ていたのだろう。大神官様が私の手を握ってくる。

 自分の右手が、大神官様の大きな手で優しく閉じ込められるようで、恥ずかしさに戸惑う。


「信じてください」


 じっと見つめてくる大神官様の視線に、私はついうなずいてしまった。


 ……私は知らなかった。

 大神官様も、私をずっと側に置きたいと思ってくださっていたことを。

 そして私が、外国の貴族の方との縁談の可能性について言ったことで、それをひどく警戒した大神官様が、そうそう縁談を持って来られないように大聖女なんて呼称で呼ばれるようになるよう、画策したことを。

 そのためにわざと、私にやりすぎなくらいの聖霊術を使わせたことも。


 それを説明されて驚くのは一年後。

 大神官様との結婚直前のことだった。

 驚いた私だったけれど、幸せだった。大神官様が同じ気持ちでいてくれるとわかったのだから。

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[一言] 誤字報告は受け付けていないとのことでしたが… 練習を重ねて神官からの助言を受けたため、茎が伸びたところまでしかできなかった令嬢は花を一輪咲かせることに成功し、目を出すのが精いっぱいだった人…
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