王子殿下お覚悟を
決行したのは選定の日の三日前、月に一度王族や貴族達が必ず出席する祈りの日だ。
祭壇に捧げる花を持つ貴族達が神殿の大聖堂に集まって来ると、次に王族が入室することになる。
既に聖堂の、祭壇近くの壁際に他の聖女候補達と一緒に並んで待っていた私は、ルウェイン殿下の登場を今か今かと待っていた。
やがてルウェイン殿下が現れた。
大聖堂の開け放たれた扉の向こうに姿が見えたとたん、片側の扉が勢い良く閉まった。
扉の枠が音を立てる音、そして片側だけだったので、廊下側から上がった「痛-っ!?」という叫び声がはっきりと聞こえる。
……ちなみに私の目には、ふくふくとした黄色の四本足の小鳥が三匹、思いきり扉を蹴り閉めた光景が見えていた。
聖霊を操って扉を閉めさせたのは、神官長補佐の方々だ。
上手く行ったとばかりに、三名の神官長補佐様がお互いに目配せしている。
ルウェイン殿下は、ぶつけたのか赤くなった鼻を押さえながら、十輪ほどの花束を手にした殿下が入室してきた。
何も知らされていない神官達が、殿下の怪我の具合を看ようと心配する表情で駆けて行く。
一方、扉の音があまりに大きかったために、集まった貴族達は不思議そうな表情で噂をはじめた。
標準的な聖霊術しか見たことが無い人は、聖霊術で扉を閉めようと思うのなら、風を吹かせるなど自然現象を間に介す必要があると考えるのだ。より力が強ければ、聖霊そのものに力を与えることで、直接扉を閉めに行かせることもできるなんてことを知らないから。
よってこれらのことを、神官がしたとは思わず……。
「殿下は何か神意に反するようなことでもしたのかしら?」と言われている。
けれど一度の偶然だけでは、人は確信を抱かない。
国王陛下と王妃様が入ってきて、静かに祈りの儀式が始まると噂話をする口も閉じ、やがて先ほどのことから人々は意識をそらしていく。
いつも通りに祈りが終わり、祭壇への献花が行われる。
まずは国王陛下、王妃様。続いてルウェイン殿下が白石の祭壇に花を置こうとしたところで……。
それを見ていた人達がざわついた。続いて見ていなかった人達が席から腰を浮かせて覗き込もうとした。
ルウェイン殿下のささげた花が、祭壇の上でみるみる枯れていったのだ。
……これは大神官様が、おいしくいただきました。
もちろん誰もそんなことはわからないので、騒然とする。
おやつを口にしたも同然の大神官様は「なんと、神が……まさか……」と聞こえるように言いながら、ルウェイン殿下にその場を退くように言い、呆然とする殿下を神官達に遠ざけさせた上で、自分とともに聖女候補達に祈りを捧げさせた。
指示に従って、祭壇の前に膝をつく大神官様の後ろに私達もひざまずく。そうして祈りながら私はちらちらと左右に視線を向けた。
白い霧をまとったような、聖霊達が周囲を舞い始めていた。
気づいた貴族達は「なんてこと、あれは聖霊? 私にも見えるだなんて!」「これは大神官様の奇跡か!?」とざわざわし始めた。
実はこれ、壁際にいる神官長様の聖霊術だ。
他の人々には、白い影が見えているはずだが、普段聖霊を見たことのない人達にとってはそれが見えるだけでも十分に驚愕する出来事なのだ。
打ち合わせ通り、聖霊が私の元に集まってくる。
手元に集合した小鳥たちに注力して、私は心の中で願った。
(花を咲かせて!)
手に隠し持っていた、既に発芽済みの種に、聖霊を介して力が込められる。小さな花を用意したおかげで、すぐに星のような小花をつけた花が咲いた。
私は驚いたように立ち上がっておろおろと右や左を向き、その手から咲いた花がこぼれおちる様を背後の席にいる貴族や王族たちにも見せるようにした。
「聖女候補に聖霊が集っている!」
「聖霊が花に変わったんですの!?」
驚く中、立ち上がって振り返った大神官様が、私によくやったといわんばかりに小さくうなずいてみせた。
「聖霊の祝福でしょう。彼女の祈りを喜んでいるのですね」
大神官様の言葉に、貴族達はもはやひそひそ話以上の声で隣り合う人と話し合い始めた。
「あれはレイラディーナ嬢!?」
「聖女候補になっていらしたの?」
「先ほどのあれは、聖霊が愛するご令嬢を殿下が捨てたから……?」
「うそ!」
「先ほど近くの神官様方が、そんなことを口走っていましたわよ」
驚いたふりをした神官がわざとひそひそ話をした言葉を拾った貴族から、こちらの思惑通りの噂が立ち始めた。やがて誰からともなく「そんな殿下が次期王になるのは……」という意見が出る。
神官達によって席に戻されたルウェイン殿下は、真っ青な顔をしている。
シンシア嬢が気の毒そうに見ていたけれど、彼女も口を閉ざしていた。
ルウェイン殿下が聖女選定に口をはさむ気もなくす方法。それが、これだった。
彼自身が王位から遠ざかってしまえばいい。
その理由付けとして、聖霊に嫌われているという演出をしたのだ。
それどころか、二人が結婚することに王妃様だって口をはさみにくくなるだろう。
そして殿下には、神殿に喧嘩を売れば王位から追い落とす方法はいくらでもある、と見せつけることにもなっている。
ただ、ルウェイン殿下に一生つきまといそうな悪い噂を発生させたことは、ちょっとやり過ぎではないかと心配したけれど、
「レイラディーナ殿は優しいですね。神殿の独立性を侵害しようとしたことや、あなたが損なわれた名誉のことを思えば、これぐらいしなければ同等とはいえませんから。どうか納得してください」
大神官様が微笑んで私の頬を撫でた瞬間、私はつい「わかりました」とうなずいてしまっていたので、あとの祭りだ。
その日の夜、大神官様からルウェイン殿下が国王陛下に叱責されたことを聞いた。
少し誤算だったのは、国王陛下がルウェイン殿下に『シンシア嬢が聖女にでもならなければ、王位継承は弟王子にさせる』と言ったらしいことだ。
あれほど聖霊から嫌われたと示しても、王位から外さなかったのだから、国王陛下はもしかするとルウェイン殿下を陛下なりに愛しているのだろう。そう思いたい。
けれどこのことで私や大神官様そしてシンシア嬢は、殿下がまだあきらめないかも、と不安になった。
ルウェイン殿下は、シンシア嬢と婚約を解消してまで国王になることを選ぼうとした人だからだ。
その場合は次の作戦を行わなければならない。
念のため相談する私と大神官様の元に、シンシア嬢からルウェイン殿下から会いたいという手紙が届いたことが知らされた。




