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王子と遭遇してしまった

「シンシア嬢?」


 大神官様の部屋からそう離れていない場所。外回廊へ登る石階段に、ぽつりとシンシア嬢が座って……泣いていた。

 つい声をかけてしまった私に、シンシア嬢が謝りながら立ち上がる。


「あ、あの、すみませんこのことは誰にも言わずに……っ」


 涙を拭いながらあたふたとするシンシア嬢に、私も慌てる。


「わわ、私も別に言うつもりなんてないというか、部屋に戻りたいのでそこをどいていただけるかしら?」

「も、もちろんです!」


 ということで、私はシンシア嬢に事情も聞けない流れになってしまった。

 ……でも聞いたところで、たぶん王家の事情よね? 私に何もできないだろうしと思ったので、そのまま立ち去ろうとしたところで、第三者が現れてしまった。


「……お前、シンシアに何をしている」


 暗かったのとシンシアに会って慌てていたので、近づかれたことに全く気づかなかった。

 回廊にはルウェイン殿下が立っていた。燭台も持っていないので表情が少しわかるくらいにしか見えないけれど、相変わらず凛々しそうな表情と顔立ちの人だ。

 だけど大神官様を見慣れてきたからだろうか。以前よりもルウェイン殿下に見とれる気持ちはなくなっていた。ようやく苦手意識の方が勝るようになったようだ。


「え……別に何もしておりませんけれど」


 私としてはそう言うしかない。だってシンシア嬢と「通りますよ」「わかりましたどうぞ」程度の話しかしていないのですもの。

 しかしルウェイン殿下はご立腹だった。


「なら、どうしてシンシアが泣いている? 婚約者に選ばれなかったことで、シンシアに心無い言葉でも投げつけたのだろう」


 決めつけるルウェイン殿下に、さすがの私もむっとする。

 また、私は苦い気持ちになる。シンシア嬢が泣いていることは、とても気になるんだ。泣いているのをみたら怒るくらいに……彼女に恋してるのかもしれない。

 私には、婚約が内定したって会いにも来ないほど、そっけない人だと思っていたのに。

 きっと私には、相当魅力がなかったんだと落ち込んだところに、ルウェイン殿下がさらに言う。


「正直に話して謝罪するなら、今回は見逃してやろう」


 ……何もしていないのに、とむかつきを感じた私が反論しかけた時、シンシア嬢が間に入った

「あの、殿下違いますわ。私が勝手に泣いていて、レイラディーナ様はそこに通りがかっただけなのです!」

「では、どうして泣いていた?」

「それは……」


 シンシア嬢が言葉を濁す。

 ルウェイン殿下に言いにくいものというと、もしかしてまた王家とつながりのある神官がシンシア嬢を責めたんだろうか。

 そうしたらシンシア嬢は、殿下に嫌われたくなくて言い出せないんじゃないだろうか。不安になったけれど、彼女はキッと顔を上げて言葉を口にした。


「前王妃様と懇意の神官様が、もっと大神官様の気を引いて第一の弟子にしてくださるほど、気に入られるように努力せよと言うのです。なんとしても聖女になれと」


 だけど、とシンシア嬢が表情をゆがませる。


「殿下、私はできれば一日も早く殿下の側にいられるようになりたいのです。聖女になれば少なくとも三年は会えません。だから、聖女にならずにいてもいいですか?」


 震え声ながらも、シンシア嬢はそうルウェイン殿下に願った。

 それは以前にも私に語ったことと同じことで、シンシア嬢は私や他の聖女候補達に本気で譲りたいと思ってくれているのだなとわかったのだけど。


「……ダメだ。国王になるかもしれない俺の妻になる娘に、一つの傷があっても認められないと言われている。でなければ、弟にその座を譲れと言われかねない。俺は……国王になる方を優先する」


 ややためらったけれど、ルウェイン殿下ははっきりとそう言いきった。


「求婚してくださったのは、全部……嘘だったのですか?」

「君が王妃になるには難しいのなら、申し訳ないが取り消させてもらう」


 シンシア嬢の目に、みるみる涙がたまって行く。

 彼女は殿下が自分を捨てないと信じていた。だからあんなことを聞いたのだろう。なのに養女だったから。それがいずれ知られた時に、彼女を娶った殿下が劣ると思われるからという理由で、ルウェイン殿下は婚約を解消しようとしているのだ。

 シンシア嬢とは婚約を公表までしたのに。

 あまりのことに、婚約解消の文書を見た時の自分の気持ちが蘇る。


「酷い!」


 あの時、目の前にいたら文書を投げつけていただろう。今は手紙もない。聖霊術でめためたにしたら、殿下がごまかしようのない怪我を負って、神殿に迷惑がかかる。

 でも何か投げつけでもしないと気が済まない……と考えたところで思い出したのは、小さい頃に冗談でお兄様が教えてくれたことだ。


 ――顔を叩くな。やるなら腹を狙え。


 気づいたら、私はルウェイン殿下の腹に拳を叩き込んでいた。


「うげっ……!」


 それでもか弱い女のすることだ。ルウェイン殿下も直前で避けようとしたので、浅くしか殴れなかったようだ。それほど痛そうじゃない。

 ……実はそうお兄様に教わった時、殴り方の練習がしたいと言って、お兄様を実験台にしていたので、一度だけ経験済みだった。

 シンシア嬢は驚いて口元を押さえて目を丸くしている。

 殴られたルウェイン殿下は、憎々し気に私をにらんだ。


「お前、急に何をする!」

「きゅ、きゅ、急じゃなければ宜しかったんですか?」


 慌てて変なことを口走った。当然ルウェイン殿下の怒りに火がついた。


「ふざけるな! こんなことをしてただで済むと思ったのか!」


 怒鳴り声に、殴った後でやや正気に戻りつつあった私は怯え、首をすくめてしまう。でも謝りたくない。

 女性の気持ちをもてあそんだのは、殿下だもの。ひどい不名誉をこうむった分、何かやり返したっていいはず! お父様が既に権利をぶんどった後だけど、私の傷は一生ものなんだもの!


 自分を励まして居直ろうとしたが、殿下のつり上がった目を見ると、勢いがすぐしぼんでしまう。

 どうしよう。どうやって言い逃れしようかと思い始めた時、救い主が現れた。

今月中に終わりませんでした……でもあと数回で終わらせますので、宜しくお願いします。

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