表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

童鬼と嫁さま

童鬼と嫁さま~初めての~

作者: 藤乃ごま

『童鬼と嫁さま』三作目となります。前二作をお読みでない方は、先にそちらをお読み下さい。

 青空と濃い新緑が広がる山奥の中。

 美しく静かな風景の中で、私の抑えきれない悲鳴が、山びことなって盛大に響き渡っていた。


「せせせ、赤苛(せっか)さまぁ! ど、どこまで行くんですかー!!」


「えー? なに? 風で聞こえなーい」


「うぎぎゃーー!! お、降ろしてー」


「あっははははは」


 私は今、鳥になっている。

 いや、『なっている』は言い過ぎか。今、私はまるで雛鳥が親鳥の背に乗せられるが如く、赤苛様に横抱きに抱かれ運ばれているのだった。


 朝げが終わったあと、赤苛様のお知り合いである池の爺様に会いにいくことになった。そこまでは良い。しかし、移動手段は本当にこれしか無かったのだろうか?


 赤苛様は鬼。

 それは重々理解しているつもりだったが、認識が甘かった。

 十歳位の少年に抱かれて風のように木々を移動するなんて……。しかも、私達の体重を感じさせないほどの素早い身のこなしでヒョイヒョイと枝々を軽々跳んでいってしまう。


 端から見たら、なんて奇妙な光景だろう。


 鬼の嫁となった時点で、人間的な生活とは縁が無くなるだろうとは覚悟していたが。


「……ゃ、やっぱり、こんなのは嫌ですーーー!!!」


 私の悲鳴は深い森に、絶え間なくこだましていく。







「うー、千花ちゃーーん。いつまで泣いてんの? 無事着いたんだから、許してよー」


「ひ、ひっく。だ、めです! 涙が、勝手に……ひっく、止まらないんですー!!」


「あー、んー、困ったなぁ……」


 赤苛様の驚くべき脚力により、昼過ぎには無事、(くだん)の池の畔へとやって来れた。


 が、しかし。


 驚きと衝撃からショックを受けた私の身体は思っていた以上に疲弊していたらしく。先程から涙がボタボタと垂れまくり、本人の意思とは無関係に一向に止まらないのだった。


「うーん、どうしたら良いのかなぁ?」


 池の畔に佇み、赤苛様は本当に困ったように眉をしょぼんと下ろしている。私としても止めたいのは山々だったが、これはどうにもならない。


「ひっく、ひく、ご、ごめ……なさ……ひっく」


「あー、良いよ、良いよ。千花ちゃん、とにかく落ち着いて!」


 必死に宥めてくれる赤苛様。


 な、何だこれは。これでは、どちらが保護者か分からないではないか。んまぁ、私自身が保護者ではなく、本来は嫁なのだから、問題ないと言えば無いのだけど……。


 でも、やはりなんだか納得できない。


 そんなやり取りを池の畔に座したまま、二人してごちゃごちゃ繰り返していると。


『なんやー、うっるさいのぉー!!』


 池の中に居るのも我慢の限界だったのか。水の中から、振動するような老いた声が掛けられたかと思うと、次の瞬間、その場の雰囲気がガラリと変わった。


「――――なんや、誰かと思うたら。赤苛の坊主やないかぁ。……ん? んんぁぁぁ?! おみゃー、しばらく見ぃひんと思ったら、女子(おなご)ば泣かせるようになりおったんかいな! ……こりゃあ、再教育せねばならんかいのぉぉぉぉぉ!!」


 池の中から、毛むくじゃら―――ごほん。

 長い白髪を束ねたご老人が顕現した。足元にはフワフワと光輝く大きめの玉があり、それに胡座をかくように座られている。


 そのご老人から発せられた言葉を聞いて、赤苛様の顔色が激しく変わった。

 髪や瞳は朱色なのに、顔色だけが真っ青で。


(赤、青、忙しいなぁ……)


 と思ったのは、今は言わないでおこう。


「ちちち、違うよ! 智水(ちすい)爺! この人は僕の嫁! 嫁さまだよ!!」


「はん? 嫁さまだぁ?」


「そう! で、今日は嫁さま――千花ちゃんを智水爺に紹介しようと思って、連れてきたんだよ」


「ほーーん、嫁さまねぇ。……で、その、ちーかちゃーんとやらは、何でそないに泣いとるんじゃ?」


「そ、それは……」


「……おみゃー、まっさか、強引に人間の娘を(かどわ)かして来たんじゃなかろーなぁ!」


「ちちち、違うよ! 違うったら! ……う、うえーん!! 千花ちゃん、僕もう限界! 助けてよー!!」


「あ、あぁ………………ひっく」


 それまで、智水(ちすい)爺と呼ばれるお方の存在に圧倒されて、半ば呆れ、呆然としていたが、赤苛様にしがみつかれてハッと我に返った。


 私の腕を掴む赤苛様を見下ろすと、身体はプルプルと小刻みに震え、朱色の瞳はウルウルと潤み、小さな口は思いっきりへの口に曲げられていた。


 この鬼は、子兎か。

 ああ……とんでもなく可愛らしい。


 私は赤苛様のお母上ではないし、一応の名目ではあるが――嫁である。

 嫁の後ろに隠れる旦那様なんて今まで聞いたことも見たこともない。しかし、私の中に眠る――母の性。そう、女性は誰しもが多かれ少なかれ感じるという、小さき物や可愛らしい物に対して胸が締め付けられるような動悸を覚えるという、あの母性が私の心臓をガッツリしっかりと掴み、決して離してはくれないのだった。


 つまり、私の中で、子を守る防衛本能的な何かが働いてしまった――らしい。……嫁だけど。


 そこで、私は震える赤苛様を背後に隠し、初対面の智水爺様に胸を反らして対峙すると、今だ流れ続ける意味不明な涙を垂れ流しつつ、礼節を込めて頭を深く下げたのだった。


 ――――が。


「ひひひ、ひっく、わ、私は、せっきゃ様の、ひっく、嫁の……ひっく、千花で……ひっく、ひっく、ひっく!!!!」


 全く役に立たない防衛本能だった事を悟った。


「ああああ! も、もうええわい。ひっくひっく喧しい嫁やなぁ」


「す、すみ…………ひっく!」


「もーーーーーええっっ!!」


「ひっく(はい)」


 そんなやり取りを繰り返して、ようやく納得してくださったのか、智水爺様が少しだけ大人しくなった。


 つかの間の微妙な空気。


 とりあえず、私の涙がどうして止まらないのかを赤苛様がおずおずと智水爺様にご説明申し上げた。


「……つまり、初めて鬼の力を目にして、動揺したと」


「そうみたいだねー」


「ひっく(はい)」


「……驚きと衝撃から、涙としゃっくりが止まらなくなったと」


「そうみたいだねー」


「ひっく(はい)」


 そこまで聞いた智水爺様は、盛大に――本当に盛大に溜め息を吐いた。その衝撃で乗っている光の玉が霧となって消えかかったのだから、凄いものがあったと思う。


 そして、次の瞬間。


「あーーーーーーー!!! ……あほくさっっ」


「「……」」


 これまで私が生きてきた中で、間違いなく一番如実に、心底小馬鹿にしたような表情を見せられた。私だけでなく、赤苛様も一瞬呆然としていたから、その威力は確かにある。


「そ、そんな事言わないでよ、智水爺。千花ちゃんを助けて! ……このままじゃ、千花ちゃんとお話出来ないよ!」


「ひっく、ひっく、ひっく(こくこくこく)」


 私達の反論を聞いて、本当にどうでも良さそうに半目を剥いて浮遊していた智水爺様だったが、急に何やら思い付いたのか、今度はニヤニヤ、ニマニマ、ニタニタ、気色悪い――顔色の悪い笑みを浮かべ始めた。


「まあー、こほん。なんだ、あれだ。……止める方法が無いわけ、でも無いなぁ」


「なにっ? なんなの? 僕、千花ちゃんの為なら何でもするよ!!」


「ひぐっっ!(赤苛様!)」


 赤苛様の泣かせる言葉を耳にした智水爺様は、ふよふよーっとこちらに浮遊しながら近づいてくると、こっそりと赤苛様だけに耳打ちを始めた。


「――――で、―――して、―――なぁ?」


「え、ええ?! でも、そそそ、そんな事……」


 何やら、赤苛様のご様子が激しくおかしい。


「こんの、阿呆たれ! 自分の嫁さんじゃろうて、しっかりせんかい。―――の一つや二つ貰わんでどうするぅっ!!」


「うう、うん、うん……」


 私には何を話しているのか、さっぱり要領を得なかったが、さっきまで青かった赤苛様の顔色が、今度は火鉢のように真っ赤っかになっている。


(赤、青、赤…………赤苛様って忙しいなぁ)



 そんな事を蚊帳の外で一人ぼんやり考えていると



 つかつかつかつか。

 智水爺様との話し合いを終えたのか、赤苛様が物凄い勢いでこちらに近付いてくる。心なしか目がつり上がり、爛々と燃えているようにも見える。


(な、なんか怖いな……)


 そう思い、少し後ずさった―――瞬間。





「ち、千花ちゃん!! な、泣き止んでね―――――――――――ちゅっ」





(………………ちゅっ?)


 赤苛様の顔が近くに上がってきたと思ったら、何やらとても柔らかく、ふわふわした感触が口元に一瞬触れたのが判った。ほんのりと熱を貰った唇が――熱い。


「い、いい……今、のは」


「!! 智水爺!! 千花ちゃん治ったみたい!」


 赤苛様は私の言葉が戻った事に喜び、小躍りせんばかりの勢いで、智水爺様と語り合っている。


「ふぉふぉふぉ。じゃろう、じゃろう。古今東西、男女の口づけは不思議な力を発揮するからのぉ!」


「うんっっ!」


「……」


 そんな二人のやり取りなど、今の私には心底どうでも良かった。


(口づけ…………口づけ……? く、口づけ……!)


「は、はわはわわわわわ」


「ち、千花ちゃん、どうしたの? お顔真っ赤だよ!!」


「…………ゃ」


「?」


「こんな人目のあるところで、く、口づけするなんてっっ……!!」


 反論を言おうと赤苛様のお顔を見たとき、なぜだかついつい口元に目をやってしまう。


(わ、童! 童だと思っていたのに!!)


「うううーーーー」


「ち、千花ちゃん?」


 この時、既に私の身体と精神は度重なる衝動や衝撃に耐えきれなくなっていたらしい。


『バッターーーーン』


「う、うわーーーー!! 千花ちゃんが今度は倒れたーーー!!」


「ふぉふぉふぉ。…………若いのぉ」


 そんな二人の言葉を何処か遠くの方で聞きながら、私は少しずつ意識を手放していった。



 童であって、童でない。



 赤苛様に対する気持ちが少し変化した日の出来事だった。

長いこと幼少ですみません。続きは書けたら書きたいと思います。連載にしようかとも悩みましたが、完結できるか根性面で不安がありましたので、短編での投稿とさせて頂きます。

お読み頂き、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ