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45 ロストデイの真相(後)

 俺が無所属新人魔法使いだと知ると、取り囲んでいた魔法使いの人達は腰を抜かして驚いた。口々に俺がどれほどの事をやってのけたのか言われてようやく事態を把握する。

 なんか俺は終末の獣を封印して世界を救ったらしい。世界中の魔法使いが束になって無理だった難行を突然現れた高校生があっさり片づけたわけだ。


 だがドヤ顔で自慢するには現場が凄惨過ぎた。死屍累々、建物も人々も傷つきボロボロだ。夥しい流血が血の池を作り、肉が焼ける匂いと血の臭いが一帯に漂っている。

 ひとしきり騒いで正気にかえった魔法使い達はせわしなく事後処理をはじめた。


「原型留めてる死体は全部蘇生班のところに運べ!」

「魔貨届きました。取り急ぎトラック三台分、残りは遅れるそうです!」

「おい、今のうちにメシアに爆破してもらえば殺せるんじゃないか」

「もうやってもらったんですけど無理でした。完全防御状態になったみたいで」

「建物直せる奴これだけしかいないのか!?」

「メシアの爆破で死んだ奴はほとんど蘇生無理だ。くそっ」

「魔女狩り魔法対策どうなってるんだ? 見られたら全滅しかねないぞ」

「幻影と人払い張ってます。ただ担当のマーリンネットがイギリス消滅で混乱状態で」

「イギリス消滅!? 聞いてないぞ」

「メシアがやった? メシアも失敗するんだな」

「おい足滑らせて穴に落ちた奴いる! あれ死んだんじゃないか!?」

「もういい今いる奴らで建物の修復入れ。魔貨節約しろよ無限じゃないんだ」


 怒号が飛び交い、右往左往しながらも現場が修復されていく。

 人が生き返り生き返った人が回復する。

 倒壊し火災が起きている建物は鎮火し割れた窓ガラスも曲がった鉄骨も崩れた壁面も戻っていく。

 すげえ。魔法っぽい。


 魔法使い達は道路の真ん中に山積みにされた硬貨の山から一握り掴みとっては宙に溶かし作業に戻る。

 大穴の底の終末の獣はあっという間にコンクリートで蓋をされて見えなくなった。


 ぽけーっと復旧作業を眺めていると、強そうなマントの男に手招きされた。他の人達から離れた建物の陰に行くと、男はメシア・ウィザースプーンと名乗り話があると言った。俺が名乗り返すと男は頷き、爽やかな笑顔で話し始める。


「まずはおめでとう。君は世界の救世主になったわけだ」

「はあ、どうも」

「はっきり言って悔しいよ。僕には世界を救う力があるし、一人で世界を救えると思っていたからね。名前通り救世主(メシア)になるのが運命だと信じていた」

「あ……すみません。手柄を横取りしてしまって」


 祝福されている時にメシアが睨んできていた事を思い出し思わず謝った。

 雰囲気や周りの人の扱いから察するに、この人は魔法使いの中心的人物らしい。

 ポッと出の新人に引っ掻き回されて内心穏やかではないだろう。


「うん。しかし同情するよ」

「同情?」


 メシアは頷き、苛立ちを滲ませて続けた。


「犠牲者が出てしまっただろう? 君の華々しい世界救済にケチがついてしまった。気持ちはよく分かるよ。僕らのような特別な魔法使いに失敗は許されない。百人救っても一人死なせてしまったら名誉も栄光も半減だ。民衆に批判の隙を与えてしまう」

「あー……」


 曖昧な相槌が漏れる。

 世界救ってめでたしめでたしじゃいかんのか。

 振り返ると復旧救護作業はまだ続いていて、中には白い布を被せられ蘇生不能判定を受けた死体もある。


「ヒーローとは、救世主とは完璧でなければならない。完璧な活躍、犠牲を出さない完全勝利。一度でも失敗してしまったらヒーローじゃない。そうだろ?」

「はぁ」


 熱を込めて語るメシアに軽く引く。

 完璧主義の人なのかな。一回失敗したらダメって生きるの大変そう。


「不可抗力とはいえイギリスを戦場にした挙句仕留めきれなかったのは僕の完璧な経歴に大きな傷をつける。東京に来てからもかなり魔法の巻き添えで殺してしまった。散々な一日だよ、全て無かった事にしてしまいたいぐらいだ。君も到着が遅かったせいで要らない犠牲をたくさん出してしまったね? これから大変だよ。賞賛されるのと同じぐらい糾弾されるだろう」

「そ、そうなんですか?」


 魔法社会怖いな。世界救っても怒られんのかよ。


「ああ。でも全てを解決できる名案があるんだ。難しいが、君と僕ならできる」

「どんな案ですか?」

「僕たちの失敗を知ってる奴を全員殺すんだ。失敗を知る人間を全員殺せば失敗も無かった事にできる。魔女狩り魔法の例もある、ある条件に当てはまる人間を皆殺しにするのは不可能じゃない」

「……は?」


 絶句した。

 とんでもない事言い出したぞこの人。

 それ名案? 本当に名案? やけっぱちとか自暴自棄じゃなくて?

 ダメだろ! いや待てよ冗談か? 流石にブラックジョークだよな? まさか本気じゃないよな?


「うん、驚くのも分かる。できるかどうか不安にもなるだろう。でも君は終末の獣に魔法を通した。五人目の歴史の例外、偉大になれる素質をもった大魔法使いなんだ。いいかい? 計画はこうだ。僕は二枠目の魔法を温存している。世界を救ってその経験を元に世界救済魔法を作ろうと思っていたんだが、これを探索魔法にする。僕らの失敗を知っているヤツを見つけ出すんだ。君も二枠目はまだ使っていないだろう? 僕が見つけたヤツを殺す魔法にしてくれ」

「そん……え?」

「大丈夫だよ、失敗は有り得ない。成功を保証しよう。魔女狩り魔法は教皇一人で作った魔法だから抜け道があった。教皇と同格の魔法使いが二人欠点を補い合う魔法を作れば確実に殺したい奴だけ皆殺しにできる」

「いや、でもそれは……」

「躊躇わなくていいよ。これで僕らの名誉と栄光は守られるんだ。失敗知らず負け知らず、完全無欠の輝かしい英雄でいられる。さあ、やろうじゃないか!」


 メシアは手を差し伸べてきた。俺がその手を取るのを疑っていない、自信に溢れた頼りがいのある笑顔を浮かべている。

 笑顔の裏に狂気が見えたのは初めての経験だった。


「えーと……やめときます」


 俺が断るとメシアの笑顔が固まった。

 断って当然だが断られて逆上したメシアに殺されてはかなわない。

 自然に言い訳じみた言葉が出てくる。


「いや人殺しはダメなんて綺麗ごとは言わないですよ。極悪人を死刑にするとか正当防衛で殺す、殺してしまうとかアリだと思います。そういうのはね。流石にね。でも名誉とか栄光とかのためになんも悪くない人を殺すのは……あー、ダメだと思います。人として」

「…………」


 メシアは沈黙した。

 じぃっと見つめてくる。

 嫌な予感がする。表向きだけでも調子を合わせておいて後で通報した方が賢かったか?

 逆上したメシアが殴りかかってくる前に俺は念のため敵対行為禁止魔法をかけた。終末の獣にもかけた封印拘束系魔法の一つだ。これで魔法が切れるまで殺されない、はず。魔法解除魔法とか無ければ。


 共犯を拒否され固まっていたメシアだったが、急に快活に笑って俺の肩を叩きほめちぎってきた。


「…………ああ! そうだね、君の言う通りだ! すばらしい! 実は君を試していたんだよ、この誘いに乗るようではヒーロー失格だ。合格だ波野司くん。君は合格だ。名誉より人命を取る真のヒーロー! 時間を取らせて悪かったね。この話は忘れてくれ。では僕も救助活動に行くよ。終末の獣を食い止めたヒーロー、メシア・ウィザースプーンをよろしく!」


 メシアは白い歯をきらりと輝かせ爽やかに言って飛び去った。


 取り残された俺はメシアについて複雑な思いで少し考え込んだが、すぐに今は考えるより行動する時だと思い直した。町の被害は多い。助けられる力があるなら助けたい。

 主戦場になった霞が関付近は魔法使い達がわらわら集まって修復を進めていたので、俺は終末の獣の移動経路の方に行く事にした。メシア達一団に追いかけられていた終末の獣は街に点々と被害を残している。空を飛んで上空から見ると倒壊し煙を上げる建物がいくつも見える。


 そのうちの一つに降り立つと弱々しい声が瓦礫の下から聞こえてきた。

 魔法を使い瓦礫をどかし、明かりをつけて下敷きになっていた人を照らし出し、引っ張り出す。酷いケガをしていたので回復魔法も使った。


 助けたのは服が裂け埃まみれで髪がぐちゃぐちゃになっていても可愛いと思えるぐらい可愛い女性だった。


「大丈夫ですか?」

「…………」


 その人はぼんやりと夢見るような表情で俺を見つめてきた。

 大丈夫か? 頭打った? 回復魔法は効いたと思うが。

 目の前で手を振って意識があるか確認すると、彼女はハッとして頭を下げてきた。


「ありがとうございます。助かりました。あの、何が起きたんでしょうか。お母さんは世界が終わるって言ってたんですけど」

「世界はもう救った。なんかこれ自分で言うの変な感じだな……とにかく大丈夫だ」

「ええ!? あなたは一体……?」

「ああいや、話せば長くなるんだけど――――」


 答えかけた時、ふとメシアの誘いが脳裏をよぎった。事情を教えるのは危ないんじゃないだろうか。


 彼は俺を試しただけだと言っていた。しかしそうは思えない。

 アレが本音だったとしたら……終末の獣とメシアの戦いの一部始終に巻き込まれたこの人は証拠隠滅のために殺される。

 だが俺は人の心を推し量るのが決して得意ではない。メシアの内心を読み違えているかもしれない。

 危険な企みをしていると決めつけて言いふらして広めて騒ぎ立て、何も無かったら悪者は俺の方だ。


「――――今日の事は誰にも言わないように」

「え」

「危ないから」


 迷った末に出てきたのは抽象的な警告だった。メシアが自分の失敗を知る者を皆殺しにしようとしているのなら、何も知らない何も気づいていないというフリをしていれば安全だろう。たぶん。


 戸惑いながら頷いた彼女に別れを告げ、次の被災地に行く。

 負傷者を助け、死んでいても体の損傷が少なく蘇生できるなら生き返らせて。途中から魔法使いの人達も合流し、救助と復旧はなんとか日付変更前に終わった。


 激動の一夜だった。もう夜も遅いからという事で、魔法使いの人達と一度別れて家に戻る。明日改めて色々説明してくれるらしい。

 なんか不穏な空気も流れてたけど俺世界救ったしな。悪いようにはならないだろう。とりあえず家に帰ったら父さんと母さ









「あれ?」


 気が付いたら夜道に一人立っていた。


 首を傾げる。変だな、何してたか覚えてない。なにやってたんだっけ? コンビニだっけ。こんな真夜中に外に出る理由なんてそれぐらいしかない。そんな気がしてきた。

 俺は気を取り直し、財布を片手にコンビニに向かった。

 良い事考えた。今夜は夜食付きゲームナイトにしよう。本格的な受験シーズンが来る前に遊び倒そう――――

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 他人の魔法を見た経験で他人の魔法を再現できるようになるのって、普通はその時見た魔法だけしか再現できないと思うんだけど、もしかして魔法って現在進行形で人生経験をアップデートし続けることが…
[良い点] メシアの言動が狂い過ぎてて人間性がまだよく読み取れん。狂気入ってる完璧主義者だってのはわかった。 [気になる点] 魔女狩り魔法は二つ魔法を作れる教皇が作った魔法だから必中必殺なのだとすれば…
[気になる点] 一話の描写的に、司くんは大学1年の夏っぽい雰囲気だったからてっきり18〜19歳(2nd終末時)と思ってたんだけど、3年7ヶ月前のロストデイで高校3年生ってことは、実は司くん21〜22だ…
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