42 参戦
終末の獣について分かっている情報は少ないが、仮説だけなら山ほどある。発掘と実験に基づく本格的な論文からグリモアSNSに書き散らかされた妄想まで様々だ。
その仮説の中に「無敵の終末の獣にもメシアの攻撃なら通用する」説がある。根拠は7000年前にまで遡る。
7000年前、終末の獣は海洋に隕石を降らせ大津波を起こし文明を滅ぼした。
その終末の獣をエルサレムに封じた人物こそが人類史の特異点、二つ魔法を使える四人の例外の一人、「封印者」と呼ばれる名も無き人間だ。
封印者は終末の獣について碑文を残していた。終末の獣の所業の告発と後世への警告だ。
それによれば碑文の製作者である封印者は「移動封印」「行動封印」の二つを終末の獣にかけ、二度と世界の終末を起こせないよう封じ込めたのだという。
その封印は7000年間持続した。
ここで疑問が生じる。なぜ封印者の封印は7000年もの間持続したのか?
終末の獣はあらゆる攻撃・干渉を無効化する。当然封印も無効化されるはずだ。事実封印を重ね掛けしようという試みが何度もなされたが失敗に終わっている。
ところが封印者は終末の獣の封印に成功していて、しかも7000年揺るぎなく持続している。
現代の封印魔法使いと封印者の最大の違いは「魔法を二つ使えるか否か」。
ここから二つ魔法を使える歴史の例外は例外的に終末の獣に魔法を通せるのでは? という仮説が導き出される。
同じ歴史の例外である魔女狩りの教皇の魔女狩り魔法も700年もの長きに渡り持続していて、必中必殺回避不能として知られている。
魔法使いの特異点たる四人の魔法使いは魔法を超長期化させられる。終末の獣に魔法を通す事ができる。ならば封印者や魔女狩りの教皇と同じ例外であるメシアもまた終末の獣に対抗できるのではないか。
だからこそメシアは対終末の獣の戦いにおける主戦力と目されているのだ。
本人は自分は歴史の例外ではなくただ魔力が多いだけの魔法使いだと打ち明けたが、それは恐らく二つ目の魔法を奥の手として隠しておくための嘘だ。
この仮説が正しければ、ロストデイに終末の獣を再封印したのもまた二つ魔法を使える誰かという事になる。
歴史の例外は四人。
終末の獣を封印した「封印者」
アーサー王伝説の「マーリン」
魔女狩り魔法の「教皇」
目立ちたがりの「メシア・ウィザースプーン」
このうち存命なのはメシアだけだから、順当に考えるならば終末の獣を再封印したのはメシアで、メシアの二つ目の魔法は封印魔法という結論になる。
しかしそれは有り得ないから、封印魔法を使えるのはきっと俺なのだ。
俺は終末の獣が動きを止めたのを見て観察をやめ沢田にも撤退指示を出し、ヘリコプターで現場に急行した。地獄の灼熱焦土と化した都心にも要望通り来てくれるAbezonマギプレミアムお急ぎ便配達ヘリは最高だぜ。利用料金クソ高かったけど高いだけの価値がある。
ヘリに乗って黒煙広がる空を東京湾へ向かう途中、マントを翻すメシアが流星のように飛んできて終末の獣に急降下爆撃するのが見えた。大爆発が連鎖的に巻き起こり海底を抉り、爆発が水蒸気爆発を引き起こし東京湾が沸騰する。
爆発の衝撃波がビルを揺らし炎を捻じ曲げヘリを襲うが、機体は墜落どころか小揺るぎもせず、配達帽を被ったAbezon操縦主は涼し気にしている。た、頼もしい……!
こいつら本当に配達しかしない代わりに配達だけは万全にやってくれるな。世界が終わった後も配達だけは終わらないんじゃないかと噂されるだけある。
「お客様。お客様の配送先はメシア・ウィザースプーンが戦闘中です。第三種危険地域への配送は料金五割増しとなりますがよろしいですか?」
「よろしいです。行ってくれ」
「かしこまりました」
操縦主は頷き、ヘリの速度を上げた。
メシアは急降下爆撃しては急上昇し、上空で旋回する航空機が投下する魔貨を受け取り魔力を充填。再度爆撃する、というのを繰り返していた。耳をつんざく轟音と共に紅蓮の爆炎と白い噴煙が東京湾を掻きまわし、沸騰した津波が炎上中の沿岸を呑み込んでいく。
もうめちゃくちゃだ。
終末の獣は爆発で吹き飛ばされ荒波の上に着地し、敵意を剥き出しにしてメシアに何か叫んでいるようだった。
煤けた体は白い燐光と共に修復され、元のボロ服になる。
どうやら白い燐光が修復、白い波紋が魔法相殺の効果を持つらしい。
仮説は正しかった。メシアの魔法は終末の獣に効く。例え軽微な損傷しか与えられず、すぐに回復してしまうとしても攻撃が通じているだけで大戦果だ。
問題の隕石群は終末の獣がメシアの攻撃で吹き飛ばされてから消えていた。迎撃用に発射されたミサイルが空を切り、夜空の彼方に遠ざかっていく。
これもまた仮説の一つとして提唱されていたものだ。
終末の獣はエルサレムから霞が関に移動した。何者かに移動させられたのではなく自ら移動したのだとすれば、移動しなければならない理由があったという事。
魔法において物や場所が発動条件になるのはよくある。
電気ショックの経験を元に電撃魔法を作ったから、電気ショックに使われた針金を持っていないと魔法を使えないとか。
何でも開けられる魔法の鍵を作れるけど、鍵屋の店舗内でしか作れないとか。
終末の獣の隕石とそれによる津波が魔法なのかは定かではないが、同じような制約がある可能性は十分ある。いつでもどこでも隕石落としができるならエルサレムから動く必要などなかったはず。
恐らく終末の獣は隕石落としを実行するために特定の場所か物が必要で、それは霞が関の近くの場所か、近くにある物。沢田が終末の獣が特定地点で立ち止まったと知らせてくれた時点で隕石落としの発動条件が場所であると確定した。
つまり逆説的に「特定の場所」から退かしてしまえば隕石落としは中断阻止できる。
メシアの爆撃で終末の獣はその特定の場所に戻れていない。
水面を蹴って何百メートルも跳んでメシアを殴り殺そうとしているが、自由自在に空を飛ぶメシアには当たらない。
メシアは爆撃を繰り返すが効き目が薄く、終末の獣の攻撃も当たらない。
戦況は膠着し、湯水のように投下される魔貨ばかりが減っていく状態だ。
「配送完了です。サインはけっこうです。ご利用ありがとうございました」
そこにヘリが到着し、俺は機体から投げ出された。
終末の獣の真上にピッタリ落下した俺はまず海面に叩きつけられぐちゃぐちゃになって即死する。
人生再演で生き返るが、今度はメシアの爆撃に巻き込まれて爆発四散して即死する。
そして三度目の正直。
人生再演で生き返った俺は終末の獣の足にしがみついた。
人のものと思えない鋼のような足だった。しがみついた瞬間にコイツは人の形をした大地か海のようなものなのだと理解する。
それでも俺は、俺達は、人類は、この人の形をした終焉をなんとかしなければならない。
しがみつかれた終末の獣が鬱陶しそうに俺を見降ろす。
さあここからだ。
覚悟を決めた俺の頭を、魔法を相殺する白い波紋を帯びた終末の獣の拳が吹き飛ばした。




