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 ニューアイランド争奪戦は泥沼の消耗戦の末、島の三分割統治という形で決着がついた。

 マーリンネットが支配していた島は要塞化されており攻め落とすのは難しい。ザ・デイを前に消耗を避けるために最初から全力を出さず戦力の逐次投入を行ったのが結果的に無用な消耗を招いた。

 と、グリモアSNSでは言われている。

 本当に愚策だったのか、何か作戦があったが結果的に愚策のようになってしまっただけなのかはGAMP所属とはいえただの平社員である俺には分からない。


 企業戦争で一番目立っていたのはやはりメシアだ。

 機動力・攻撃力・防御力・回復力・魔力の全てを兼ね備えたメシアの暴力により戦線に幾度も文字通りの大穴が穿たれるも他の場所を押し返され、押し返されている戦線にメシアが行けばせっかく開けた穴を塞がれ。

 公式発表によればメシアがいる戦線ではグリモア側の死傷者が0人で、メシアが優れた恐るべき魔法使いであるかを改めて知らしめた。

 それでもグリモアが戦争の勝者にならなかったのはザ・デイを見越して魔貨の消費をケチったからだ。どんなに兵士が強くても弾薬が少なければ戦果は知れている。


 ニューアイランド争奪企業戦争の停戦はザ・デイ一週間前で、停戦してからは大急ぎでザ・デイに向けた戦力の移動と集結が行われた。

 東京に全世界の魔法使いが集まったのだ。


 終末の日(ザ・デイ)を引き起こす終末の獣は現在東京霞が関地下に封印されている。

 終末の獣は7000年前に神の名のもとに大洪水を起こし一握りの善良な人々を残し世界を一掃したと言われる人型存在だ。一見して黒髪の人間に見えるその存在は不老不死であり、7000年間飲まず食わずで生き続けている。そもそも生物なのかも怪しい。

 終末の獣のスペックは判明している限りでは「不老不死」「人類滅亡級の大洪水を起こす力」。


 不老不死は封印された7000年を実際に生き続け、殺害を試みるあらゆる攻撃・魔法を跳ね返した事からまず間違いない。封印中は攻撃が効かず封印が解ければ効くようになる仕組みなのではないか、という説もあるが証拠はない。


 大洪水の力については学者達によって研究が進み詳細が明らかになっている。ざっくり言えば「海洋に隕石を落とす力」だ。


 世界各地に残される伝承や石碑によれば、7000年前に世界各地で同時に文明を崩壊させる大津波が起きている。聖書で語られるノアの箱舟、ギルガメシュ叙事詩の大洪水の一説、哲学者プラトンが記したアトランティス伝説が意味するものは全て同じだ。

 地質学者も標高数千メートル級の高山の7000年前の地層から津波の痕跡を発見していて、二年前には深海調査艇がマリアナ海溝で隕石を発見。欠片を剥がし引き上げ年代測定をしたところ、7000年前のものと判明している。


 つまり終末の獣は7000年前に海洋に複数の隕石を落とした。海に突き刺さった隕石は大津波を引き起こし、文明という文明を押し流し消滅させた。

 特に大きな文明は沿岸や大河に沿って作られる。常軌を逸した高さ数千メートルの津波から逃れる術は無かった。


 研究者の試算によれば7000年前と同規模の津波が発生すれば人類の99.99998%が三日以内に死亡するという。

 しかも最初の津波の揺り返しが一年近く続き、気候変動を誘発し大嵐と大雨が数年間世界各地を襲う。津波と雨が収まっても残されたのは津波に洗い流された大地。海水に浸され塩害で草一本生えなくなった農地、漂着した残骸でできた山、腐敗した夥しい死体は病を振りまき、悪臭と汚染は息もできなくなるほど。

 津波が届かない高地に避難できた人類が津波のあとの数年を耐え忍び、復興に向けて歩き出せる可能性は低い。


 7000年前に人類が滅びなかったのは単なる偶然か、終末の獣が言うところの神によって意図的に生かされた者達がいたからだろう、というのが研究者の意見だ。


 そんな終末の獣が復活するザ・デイに備えた魔法使い達の動きはそれぞれ特色が出るものとなった。共通するのは大量の魔貨を備蓄したぐらいだろう。


 まず、GAMPに所属していない一般魔法使いの多くは高地に逃げた。

 富士山に登ったり、エベレストに登ったり、ロッキー山脈に登ったり。サバイバル知識を身に着けて大津波後に狩猟採取生活で乗り切ろうという者もいれば、金を費やしたり数年かけて地道にコソコソ準備したりして高山に物資を備蓄したシェルターを用意している者もいる。

 あるいはどうせもうおしまいだと諦めてヤケになったり、ロストデイの時もなんだかんだなんとかなったし、今回も誰かがなんとかしてくれるとゆるく構えて不安がりながらもいつも通りにしている者もいる。

 色々だ。



 グリモアの方針は「攻撃」。

 終末の獣を復活直後に殺す計画を立てている。メシアを筆頭に戦力を多く保有し、密に各国の軍隊や首脳陣にも渡りをつけ、東京湾近海に原子力潜水艦や空母を駐留させている。大陸間弾道ミサイルも発射を待つばかり。原子爆弾投下経験を持つ人間を魔法使いにして確保していて、他にも強力な攻撃手段を取り揃え、それをサポートする人員も充実している。

 終末の獣の不死性を貫通するために防御弱体魔法の使い手や不死殺し(癌細胞やプラナリアを消滅させた経験を魔法にしたらしい)、試作マイクロブラックホール生成装置などが用意され、GAMPの中でグリモアは最も殺意が高い。


 マーリンネットの方針は「再封印」。

 7000年間封印されロストデイに再封印されたというのなら、もう一度封印してしまえばよいではないかという考え方らしい。人類が存続する限り永遠に封印し続けていれば実質無害。

 現在霞が関地下で終末の獣を監視しているのはマーリンネットの手勢が7割を占め、封印が解けると同時に封印・拘束系の魔法を浴びせかけもう一度封印する腹積もりだとか。

 再封印失敗に備え、災害避難訓練の体裁をとって東京近郊の市民を避難させているのもマーリンネットだ。


 パラケルススの方針は「迎撃」。

 終末の獣による隕石落としを不可避のものと捉え、落ちてきた隕石群をミサイルや魔法で迎撃する。迎撃を免れ隕石が落下し津波を起こしたら、防波堤建造者の魔法にありったけの魔力をつぎ込み、海から離れた高地にある内陸主要都市だけでも守り切る。

 噂では魔法防御装備作成技術を応用した魔法要塞が北アメリカの主要都市のどこかに作られているとか。

 そして隕石ではなく終末の獣本人が暴れまわる事を想定し、また他企業との方針の違いによる衝突も見越して精鋭兵を霞が関付近に多く展開している。


 Abezonの方針は「配達」。

 Abezonはザ・デイ当日も配達を受け付ける旨の周知を徹底した。


 俺と臾衣とソニアもザ・デイのためにやれる事を全てやり、作戦を立てた。

 上手くいくかは分からない。不確定要素が多すぎる。

 だがやらなければならない。


 俺達には俺達の計画があるからグリモアの方針通りには動けない。

 ギリギリまでグリモアの指揮下で動きつつ、頃合いを見計らって離脱し計画を実行する事になっている。


 グリモアでは魔力供給役兼連絡係を任された俺は、霞が関のビル群を望める少し離れた地区のビルの屋上で双眼鏡を手に待機している。


 季節は春。時刻は真夜中。

 夜風はまだ肌寒く、屋上から見下ろす夜の街並みは灯りが少ない。マーリンネットが日本政府や自治体に強く働きかけ強行した災害避難訓練で人がいなくなっているのだ。それでも灯りが完全に消えていないのは避難訓練指示を無視した人々や、東京を離れるわけにはいかない仕事をしている人達がいるからだ。


 一般人は終末の獣の復活など知る由もない。教えられたところで信じないだろう。あまりに胡散臭い。彼らが、人類が助かるかどうかは、俺達が作戦を成功させ、もう一度世界を救えるかにかかっている。

 一年前、何もしらずに治験のアルバイトに応募した時はこんな未来が待っているなんて思いもしなかった。


 ああ、緊張で胃が痛い。もう吐くものなんてないはずなのにまだ吐きそうだ。

 覚悟は決めた。そのはずだ。そのはずだが、いざ本番がやってくると全てを投げ出し逃げたくなる。でも逃げたら世界が滅びるわけで、逃げずに立ち向かうのも危険な賭けで……

 今更逃げられない。ソニアも臾衣もやる気だ。俺だけやっぱりやめた、なんて通らない。

 やるんだ、やるしかない、やるぞ、俺はやる、やってやる。一度世界救ったんだ、一度も二度も一緒じゃないか?


 貧乏ゆすりして双眼鏡を弄り回していた俺は、霞が関から上がった赤い光を見つけて緊張がピークに達した。

 終末の獣復活の予兆を示す照明弾だ。


 ついに来た。

 来てしまった。


 ザ・デイがはじまる。

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― 新着の感想 ―
[一言] Abezonイカれてて草 このイカれっぷりが一大企業を気付き上げた秘訣なのだろうか
[良い点] 第40話到達、おめでとうございます!
[良い点] 終末の獣みたいな太古の伝説を調査して検証して考察するのってロマンあっていいよね。 [一言] Abezonマジで配達しかしない姿勢好き。
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