33 企業抗争
事実上中立静観の構えをとったAbezonを除くGAMP三社、即ちグリモア、マーリンネット、パラケルスス三社はザ・デイに向けて用意したはずの大量の兵力をニューアイランド奪い合いに費やしている。
俺はグリモアSNSと社報を通してしか知らないが、現場では種々様々な魔法が乱れ飛ぶファンタジー殺戮ワールドになっているとか。魔女狩り魔法発動以降、誰も経験した事のない近代魔法戦争である。
終末の日を目前に控え、人類が団結すべき時に内輪揉めをしているのは一見愚か極まりなく思える。だが一応ちゃんとここで争う理由はあった。
GAMPは指揮系統がそれぞれ独立している。終末の獣の封印管理こそ共同でやっているが、独立した兵力を独立運用している。やんわりお互いを攻撃しない協定だけ結び本番に挑む事になっているのだが、何度も四社がちゃんと力を合わせ一丸となる統合軍の設立が協議されてきた。バラバラに戦うよりまとまって戦った方が強いから。
だが統合軍は実現しなかった。
統合軍を設立するとして、兵士は他社の指揮官の言う事をちゃんと聞くのか? どの会社が統合軍のトップに立つ? 一番の最前線に立つのはどこだ?
結局のところGAMPは軍ではなく自社兵力を抱えた商社だ。いつだって自社利益の最大化を目指す。統合軍を設立するなら自社社員をトップに据え他社兵力に危険な仕事を振り自社は後方から美味しいところをかっさらえるように調整する。逆に他社が同じ事をしようとしたら全力で妨害する。
四社が同じ事を企み絶対譲らず拮抗しているからまとまるわけもない。人類滅亡の危機を前にしても余裕でバラバラだ。
なんだかんだで世界が滅亡すると言われていたロストデイを乗り越えられてしまったのも悪い方向に働いた。滅亡する滅亡すると言われていて、なんかよく分からないが犠牲らしい犠牲ゼロで(一日分の記憶喪失とイギリス?消滅はあったが)滅亡は四年後に延長された。
今回も大丈夫だろ、というそこはかとない楽観が漂っているのだ。既にザ・デイが終わった後の利益について考えている。戦う前に勝った後の事を考えるのは負けフラグに思えてならないのだが。
で、今回のニューアイランド争奪戦はその指揮系統統一も賭かっている。
ニューアイランドを制圧すれば莫大なアドバンテージが得られる。だからこそマーリンネットは他社に秘密で島内開発を進めていたわけで。企業スパイによれば本来ならそれこそザ・デイ直前にニューアイランドの存在を明かし、他社を威圧して強引に全兵力指揮権を持っていき、自社主導でザ・デイを越え、ザ・デイの後の世界の利権を得ようと計画していたようだ。魔法使いが自由に動ける魔法使いだけの広大な土地というのはそれぐらい大きい。
つまりニューアイランド争奪戦の目論見はこうだ。
ザ・デイ目前の闘争は確かに愚かだが、早期決着すれば問題ない。
企業戦争の勝者が敗戦企業に要求を通す。あわよくば吸収合併。
勝者主導の統合軍を編成し、ザ・デイに立ち向かう。
ザ・デイ前の兵力損耗を避けバラバラのまま挑むより、多少兵力を損耗しても統合軍を編成できた方が結果的に強い。とまあこういう理屈。
理屈はわからなくも無い。開戦前の社内説明会でこの話を聞いた時は一瞬「それがいいのかも」と思った。
だがよく考えればやっぱり愚かだ。人類滅亡の危機ぞ? 未曾有の大災害! マウント合戦してんじゃねえよ。普通に協力しろ。まずはザ・デイに四社が協力して全力を尽くし、ザ・デイを乗り越えてからいくらでも争えばいい。
そんな仲良しこよしな世界じゃないと分かっていてもやっぱり愚かには違いない。人間は愚か。
そして開戦から一週間、早期決着を目指す三社の目論見は既に外れつつある。
安全なニューアイランドで三年強ぬくぬくひそかに力を蓄えていたマーリンネットだが、それを許すGAMPではない。マーリンネットと一対一で戦えば蓄えられた戦力差で負けるが、三つ巴になればそうもいかない。一社と戦っている内にもう一社に横っ腹を食い破られる。睨み合い、牽制し合いで戦線は膠着する。
今のところ首尾一貫して配達にしか興味がないスタンスを見せているAbezonも腹の底は分からない。ニューアイランド争奪戦が決着し、三社が疲弊しているところに襲い掛かってくる可能性だって十分ある。
戦線に動きがあるのはメシアがいる地域ぐらいだ。
メシアは獅子奮迅の大活躍をしていて、敵兵をなぎ倒し味方を救援し連戦連勝常勝不敗。後方から輸送される大量の魔貨(魔力)のバックアップもあり、グリモアSNSを通して休戦停戦の呼びかけもしていたりする。
敵には容赦しないが投降した捕虜には紳士的で、敵兵でも投降さえすれば瀕死の重傷も躊躇なく回復魔法で治す。そして命を助けられ感謝している捕虜とのツーショットをSNSにアップする。
メシアが来ただけで戦意が挫ける魔法使いもいるほどだ。
しかし戦争は一人でやるものではない。メシアが別の地域に転戦した途端に戦線を押し返され元通り。鼬ごっこで決着はつきそうもない。
開戦から一週間。まだまだ士気は高いのだが、戦火は拡大しつつある。
補給を断ったり後方攪乱したりするのは戦争の常套手段で、ニューアイランドから離れた日本でも魔貨の補給を断ったり後方支援人員を削るための抗争が起きていた。
酷かったのは三日前の抗争で、真夜中の代々木公園での抗争を運悪く十字教の人間に目撃され、五十四人の魔法使いが全員魔女狩り魔法に遭い溺死した。
マーリンネットセキュリティの一般人接近アラートを無視して決着を急いだものの、決着が付かないままに全員死んだようだ。
戦力喪失が痛いし五十四人もの不審な死を誤魔化すのも一苦労。結局抗争と大量死を目撃し腰を抜かして警察と救急に通報した十字教徒は暗殺され、通報も悪戯として処理された。死体回収の人手が足りず、俺も真夜中の緊急招集でたたき起こされ死体運搬のための車出しをしたぐらいだ。
大規模な抗争ほど目立ちやすく、魔女狩り魔法に引っかかりやすい。油断すれば、運が悪ければ、たった一人の十字教徒にほんの数秒目撃されるだけで何百という死者がでる。警戒していたはずなのに五十四人が死んだぐらいだ。まだまだ死者は増えるだろう。
俺の身近な人間で抗争の影響を最も受けているのは臾衣だ。戦端が開かれて以来、毎日のように前触れの無いケガを負っている。唐突に刺し傷、切り傷などが体にできるのだ。
臾衣の体は記憶でできていて、記憶操作を受けると負傷として現れる。刺し傷切り傷は厳密には肉体の一部が抉られたモノであり、記憶喪失の症状である。
つまり開戦以来、臾衣に断続的に記憶喪失魔法をかけている者がいる。
由々しき事態だった。順当に考えて敵対しているマーリンネットかパラケルススのどちらかの仕業だろう。工作員を見つけてしまい忘れさせられた? それともグリモアの誰かの仕業か。他社との密通を臾衣に知られてしまい記憶を消したのかも知れない。
だが傷を治し記憶を復元してもそんな記憶は戻らない。
何を忘れさせられ、何を思い出したのか分からないのだ。イギリスを忘れていた事に気付かなかったのと同じで。
臾衣の記憶喪失は頻繁で、一日一回、多い時は三回起きている。
あまりに多い。都度記憶は戻っているとはいえ、不気味で、不審で、不安だ。
臾衣は日に日に憔悴し、いつまた記憶を消されるのかという恐怖に怯え、夜眠れなくなってしまった。
俺と臾衣は悩みに悩み、解決策を打ち出した。ソニアに一部の事情を話し、協力してもらう事にしたのだ。




