32 ロストアイランド
その島はヨーロッパの北海、フランスの北の洋上で発見された。
草一本生えていないまるで隕石の豪雨が降り注いだ跡のような荒れ果てた無人島をマーリンネットワークはいち早く発見し、深い霧、分厚い雲、レーダー異常、映像のピンボケなどなどありとあらゆる発見妨害魔法を駆使し世界の目から隠した。
約四年前、ロストデイ直後の事である。
この島は身も蓋もなく新しい島と名付けられ、マーリンネットによる徹底的な秘匿と魔法使いの入植、要塞化が密かに進められた。情報統制は巧妙で、非魔法使いはもとよりグリモアSNSですら一切言及がなかった徹底ぶりだ。
魔法使い達が欲してやまない、魔女狩り魔法を畏れる事なく自由に魔法を使い闊歩できる広大な土地が手に入ったのだ。利権の塊であり決して手放すわけにはいかない。
そうして密かにマーリンネットが独占開拓していたニューアイランドは数日前企業スパイによって存在が露見。大騒ぎ、大問題となり、島の領有権を巡りGAMPのうち三社が参加する企業戦争が幕を開けた。魔法が使えない一般人が決して知る事のないここ七百年で最大規模の魔法戦争だ。
参戦企業の意欲は高く、グリモアからもメシアが出兵している。
しかし実際のところ、奇妙な話だった。
大航海時代が終わって久しく、人工衛星で宇宙から地球の姿を捉えらるようになった昨今、新しい島が発見されるなんてあり得ない。それも日本の本州に匹敵する広さを持つ島が。
このニューアイランドはいったいどこから現れたのだろうか?
ロストデイは全く謎に包まれていて、何が起きたのか知る者はいない。数日前に存在が魔法社会に知れ渡ったばかりのニューアイランドの詳しい情報はまだ分かっておらず、約四年間の暫定統治をしていたマーリンネットが情報を明かさそうとしない以上殴りつけて無理やり聞き出すしかない。
どっこい、俺にはこの島を知っていそうな人にツテがある。
ロストデイにいきなり現れた謎の島。ロストデイを覚えている臾衣なら何か知っているのではなかろうか。喋ってくれるかはとにかく。
家に作りすぎた豚汁のおすそ分けに来ていた臾衣にスマホでニューアイランドの地図を見せて話を振ると、地図を見て首を傾げた。
「え、ニューアイランドってこれなんですか? イギリスでは?」
「イギリス……?」
俺も首を傾げる。
急に知らない単語でてきた。
イギリスってなんだ? 人の名前? 誰?
「え? 知ってますよね、イギリス。ユナイテッドキングダム。正式名称はグレートブリテン……なんでしたっけ。二枚舌外交の国。ほら、ロンドン塔とかフィッシュアンドチップスとかの」
「?」
臾衣がいきなりワケわかんない言葉で喋りだしたぞ。
イギリス? 国? 国なの? マーリンネットが統治してるからそりゃ国っちゃ国だろうけど、まさにその国と認めるかどうかの領有を巡って魔法戦争が起きてる真っ最中なわけで。
「ちょっと待って下さい、ド忘れとかじゃなくて本当に分からないんですか?」
臾衣は混乱を通り越して恐怖を浮かべている。
その顔を見て悟った。これ、おかしいのは俺の方だ。
誰もが忘れたニューアイランドの謎を、臾衣だけは覚えているのだ。
詳しく話を聞いてみると「イギリス」というのはヨーロッパにある古く有名な国家だという。その国家があった場所こそがニューアイランド、グレートブリテン島とアイルランド島だ。
国連加盟国、EU脱退、アメリカとのボストン茶会事件とか色々話してくれるが全くピンとこない。国連でググってみるがイギリスとやらは加盟していないし、EUも脱退どころかそもそも最初から加入していない。アメリカは臾衣の言う通り確かに移民の国ではあったが、移民元としてイギリスは登場していない。
が、世界史をなぞって調べてみると、確かにそれらしい国が存在したような痕跡がうっすら浮かび上がった。直接的な記録は何もないのだが、イギリスという国が存在したと仮定するとしっくりくる事件がいくつもある。
「マーリンネットのマーリンもイギリスのアーサー王伝説に登場する魔法使いだったはずです」
そう臾衣は締めくくった。なるほどね。マーリンネットがイギリス? をいち早く確保できたのもそのへんが関係しているのかも知れない。
「もう色々聞いた後でなんだが、喋ってよかったのか? ロストデイの話だろ」
「大丈夫だと思います。今までイギリスが忘れられてる事に気付かなかったぐらいですし」
世界地図なんてまじまじ見ませんしね、と臾衣は言う。確かに。
イギリスがどんな国だったのか分からないが、そんなものなのかも知れない。ある日急になくなっても話題に出なければ気付かない。なんとなく引っかかりを覚える事はあってもスルーしてしまいそうだ。
臾衣が語る情報は貴重だ。現在「戦争に必要な物資配達は常時受け付ける」という意思表明をして配達しかしない態度を貫いたAbezon以外のGAMP三社は、イギリス=ニューアイランドをめぐる戦争をはじめている。謎のニューアイランドの真相はきっと戦争を有利にするだろう。グリモアに情報を流せば昇進活躍間違いなし。
だがメシアの言う通り、障子に目あり壁に耳あり。イギリスについて語るという事は、臾衣が失われたはずの記憶を持っていると白状するに等しい。
俺達は危険と考え誰にも話さない事にした。新しい情報が発覚してもそれを深掘りできないのはもどかしい。少しぐらい探っても、と意気込むたびにロストデイを探ったがために殺された男治さんの姿がフラッシュバックし気力が萎えた。
どちらにせよ詳しく調べる余裕は無かったかも知れない。
企業戦争はニューアイランドだけでなく日本でも抗争を引き起こし、グリモアに所属する俺達は否応なく巻き込まれていったのだ。




