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26 大胆な告白

 臾衣はいつも大人しく控え目で、自己主張が少ない。

 その臾衣がソニアの様子が変だと騒いでいる。が、いつもの事だ。

 ソニアも言った通り二人は仲が悪く、ギスギスしがちだ。ソニアが仕事外で俺に会いに来ると必ず臾衣もやってきて睨みを聞かせる。流石にソニアが波野家連続殺人犯というオチはないはずで、そんなに警戒しなくてもと思うのだが、いがみ合いは終わらない。


 ソニアに因縁をつけぷんすか怒った臾衣は勝ち誇って叫んだ。


「流石に電話まで成りすませないでしょう!」

「待ってどうして? どうして電話かける必要なんてあるんですか? 私ここにいるんだから電話なんてしなくてもここで言えばいいじゃないですか電話なんてしなくても大丈夫ですよそんな事しても無駄ですよだからそのスマホをポケットにしまった方がいいですよだから待って待って待って」


 ソニアのもっともな言葉にも耳を貸さず、臾衣はスマホをタップして耳に当てる。

 しかし少しして悔しそうに離した。


「…………電源切ってるみたいです」

「! セーフ! いや違った、そう、スマホを家に置いてきてしまったんですよ」

「むあーっ! ああ言えばこう言う!」


 今日の臾衣は気が立っているらしい。いつにもましてソニアに噛みつく。

 ちょっとやめなさいよ女子ィー! 仲の悪い同僚に挟まれる俺の身にもなってくれ。胃が痛い。

 もうこれ以上険悪にならないうちに二人を引き離してしまおう。仲が悪い奴とわざわざ一緒にいる必要はない。帰った、帰った!


「ソニア、悪いが今日はもう帰ってもらえるか? 支払いはそれで足りてるだろ」

「! はい、じゃあ私はこれで! あっ大丈夫見送りはいらないです! さよならっ!」

「あーっ!? 待ちなさい! 泥棒! それソニアさんのでしょ!」

「ソニアのならいいだろ」


 ソニアはテーブルの上の魔貨を全てバッグに突っ込み、わたわた部屋を出ていく。そしてそれを臾衣が追いかけていった。

 なにやってんだか。


 しばらく廊下でどったんばったんきゃあきゃあ聞こえたが、やがて静かになる。キャットファイトは決着がついたようだ。様子を見に行こうとも思ったが、今日はなんだか頭が重い。昨日は酒も飲んでないし、夜更かしもしていないのだが。

 まあ二人ともこの家の勝手は分かっているだろう。帰りたければ帰るし、残りたければ残る。家を好き勝手に荒らしたり物を盗んだりするような不届者じゃない事も知っている。放っておいて大丈夫だ。

 俺は結局しんどさに負け、ソファに深々と体を預けた。


 そのままソファに寝ころび漫画を読んでゴロゴロし、昼頃になって冷蔵庫に何か食べ物がなかったかと立ち上がると、インターフォンが鳴った。モニターにはソニアの姿が映っている。また来たのか。忘れものか?


 オートロックを解除してソニアを迎え入れると、廊下で驚きの声が聞こえ、困惑しきった様子で部屋に入ってきた。鎖でぐるぐる巻きにされたソニアを引きずって。


「!?」

「これなに?」

「え?」

「この人誰? 廊下に転がっていたのだけど」

「え?」


 ??????????????

 何が?

 ソニアがソニアを?

 何で?


「何とぼけてるの? あなたの家の廊下にいたのよ。誤魔化せるわけないでしょう。なんなの? 知り合い? どうしてこの人の隣に私の魔貨を入れたバッグがあったの?」

「え、だってソニアに渡したから……」

「は?」


 ソニアは絵に描いたような「は?」の顔をした。

 何か変だ。

 今日は何かがおかしい。

 鎖に縛られ、口にも鎖をかまされジタバタしているソニアとソニアを見比べているうちに、頭の霧が晴れてきた。

 よく見れば縛られているソニアはソニアではなかった。

 全然知らないオドオドした若い女性だ。


「だ、誰だ!?」

「そう、だから誰なの?」

「誰って、あ!? …………あー」


 頭を抱える。

 なんてこった。

 コイツ、なりすまし泥棒だ。


 思い出した。朝早くにやってきたこの女にインターフォン越しにAbezon支払い滞納の督促に来ましたと言われ、ドキッとして応対に出たところを魔法にかけられたのだ。

 途中で来た臾衣が変だ変だと言い出して、変なのは臾衣だと思っていたが、臾衣が正しかった。


 顔が真っ赤になるのが分かる。

 あああああ恥ずかしっ! なりすまし泥棒対策万全! いつでも来い! とか言ってた俺が馬鹿みたいだ。とんだピエロだ。


 いや俺は悪くねぇよ。タイミングが悪かった。あとこういう時のために身に着けてるパラケルススの魔法防御服が役に立ってないのが悪い。何が魔法防御だよ、高い魔貨払って買ったのに今まで役立った事ねーぞ! 服が無かったらもっと深く暗示かけられてたんだろうけどさ。マジで気休めだ。納得いかない。


「いや待て。そうだ! 臾衣!」


 遅れて気づく。

 臾衣はどうなった?

 まんまとコイツの術中にはまった俺に代わって正体を暴こうとしてくれた臾衣は?

 しまった。コイツと廊下で格闘している臾衣をクソ呑気に放置してしまった。


 急いで廊下に転がり込むが、臾衣の姿はない。


「臾衣! 俺が馬鹿だった、ソニアじゃなかった! 大丈夫か!? 何かされてないか!? どこにいる? おーい!」


 臾衣を呼び、耳を澄ませるが返事がない。どこに行った? 逃げたのか? 帰った?

 いやまさか。


「ねえ、まさかと思うけどあの人が例のなりすまし泥棒? 私になりすましていたって事かしら」


 俺の後について廊下に来たソニアが壁に背中をもたせかけ、半信半疑に聞いてくる。

 俺は頷いた。俺の100倍察しがいい。

 そうだ、なりすましで思い出したが臾衣は変身魔法使いだ。ウチにないはずの鎖で泥棒が縛られて臾衣が消えたならアレが臾衣だ。


 部屋に戻ってもう正気になったから大丈夫だと声をかけると、臾衣はずるりと鎖から人間に姿を戻した。

 泥棒は拘束が解けた途端に跳ね起き、窓から逃げようとする。


「おらっ!」


 が、それを予想していない俺ではない。この期に及んで往生際の悪い泥棒の頭を魔貨がぎっしり詰まったバッグでぶん殴ると、朦朧として床に崩れ落ちた。

 これでよし!


「猫変身じゃなかったのね」

「別に秘密にしててもいいでしょう」


 感心しているソニアに臾衣はつっけんどんに言い、魔貨入りバッグを押し付けた。

 ソニアは肩をすくめ、泥棒を引っ張って立ち上がらせる。


「私がグリモアに突き出しておくわ。懸賞金は半々で」

「ざけんなお前見てただけじゃねえか。ソニアの働きなんて1割ぐらいだ」

「私が来なければ獅狼は正気に戻らなかったでしょう?」

「捕まえたのは私です」

「……まあいいわ。1にしてあげる」


 ソニアは手を振って泥棒の背中を追い立て帰っていった。

 あいつ美味しいとことってったな。ソニアが来なければ俺は一日ソニア? をソニアと思い込み続けていただろうから来てくれて助かったが。俺が説明するまでもなくちゃんとなりすまし魔法について知っていたのも頼もしくありがたい。


 知っていたといえば……


 俺はふと不思議に思った事を臾衣に聞いた。


「なあ」

「はい?」

「臾衣は俺が説明するまでなりすまし魔法を知らなかっただろ」

「そうですね」

「でも応対に出たアイツの魔法にかからなかっただろ。どうやったんだ?」

「……もちろんパラケルススの魔法防護服のおかげですよ」


 臾衣は笑顔で答えたが、答える前に間があった。

 しかもその答えには欠陥がある。


「俺も防護服は着てる。けど貫通してきた。俺のは一番高級で性能が高いやつだ。俺のを貫通するなら臾衣のヤツも、どんなヤツを使ってるか知らんが貫通する。だから防護服で魔法を防いだのは嘘だ」

「…………」

「あー、すまん。聞き方が意地悪だったな。言いたくないなら無理に言わなくていい。だいたい察しついてるし」

「!」


 気まずそうに黙り込む臾衣を困らせたくなくて優しく言うと、臾衣は驚いたようだった。


「ど、どうしてわかったんですか?」

「そりゃお前、魔法が魔法だから」


 なんにでも変身できる魔法の元になる経験なんて想像もつかない。

 だが、一つではなく二つの経験が組み合わさったものと考えれば納得がいく。

 おそらく臾衣は二つ魔法を覚える事ができる歴史の例外で、二つの魔法を組み合わせて万能変身を実現しているのだ。


「大丈夫だ。誰にも言わないし、俺は気にしてない」


 俺が約束すると、臾衣は安堵したようだった。

 魔女狩り魔法の教皇やメシアなど、歴史の例外は例外なく衆目を集める。引っ込み思案で大人しい臾衣にとって目立つのは避けたい事だろう。隠したがるのも納得だ。

 臾衣は懺悔するように、言い訳するように、もじもじと俺の顔を見上げながら秘密を告白した。


「隠していてごめんなさい。獅狼さんが気付いた通りです。私、本当はもう死んでいるんです」

「えっ」


 それは気付いてなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ちょ、衝撃の事実なんですけど…。 あ、いつも更新ありがとうございます。
[良い点] 死体だらけ……? まるで将棋だな
[一言] つまり臾衣はノーライフ なんだってー!?
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