23 お前がパパになるんだよ!
千景ちゃんは無邪気な笑顔でソニアに駆け寄ってきて、嬉しそうに抱き着き胸に顔をうずめた。ソニアはひき吊った笑顔でそれを受け止め、後ろ手に痛いくらい強く俺の腕を握る。
足が震え、血が冷えた。縋り付きたいのは俺の方だ。死体がゾンビになって蘇るよりなお悪い。
狂っているのはDV親父と思っていた。だが父親の狂気の犠牲者のはずの千景ちゃんが父親の三倍濃い無垢な狂い方を見せつけてくる。元気の薄皮一枚下に狂気が潜んでいたなんてどうして分かる?
千景ちゃんがパパと呼んだ何者かは、そんな俺達を少し離れた場所からぼんやり焦点の合わない虚ろな目で見ていた。
誰だよお前。義父か? 養父か? なんか言ってくれよ。
「あー、ここで立ち話もなんですし、とりあえず応接室に行きましょうか? お父さんもついてきて貰えますか」
「ええ、構いませんよ。千景、そんなにくっついたらお姉さんが歩きにくいだろう」
言葉を失っているソニアの代わりに俺が控え目に確認すると、パパさんは快諾し、娘? を優しく諭した。その優しさすら怖い。
だから誰だよお前。前と性格違うぞ。なんなら声も顔も身長も体格も違う。どうなってるんだよ。
受付前から応接室に移動する道すがら背後から襲われはしないかと何度も振り返ったが、千石元太を名乗る誰かは行儀よくついてくるだけだった。ソニアにまとわりついてチョロチョロする娘を心配そうに目で追っている。
俺が知っている娘にナイフ持たせてけしかける馬鹿野郎と全然違う。人が変わったようだ……というか人が変わってる。
応接室に着き、俺とソニア、千石元太? と千石千景の2:2に分かれテーブルを挟み対面ソファに座った。
さあ、洗いざらい話してもらうぞ。ここは魔法界が誇る四大企業グリモアのお膝元。逃げられないし、暴れても一瞬で鎮圧だ。
「娘がお世話になりました。父の千石元太です」
「あ、ご丁寧に。九条獅狼です」
まずは古式ゆかしいビジネスマナーにのっとり名刺交換。が、受け取ったパパさんの名刺には『辻クリーニング店 辻和也』と書かれていた。誰だよ。
どうやら色々バグっていらっしゃるらしい。この人、自分を千石元太と思い込んでいるクリーニング店のおじさんだ。
何もかもがおかしいが、一番おかしな千景ちゃんに探りを入れる。
「千景ちゃん、グリモアに入る前にいくつか聞いていいかな」
「いいよ。知ってる、こういうの面接っていうんでしょ?」
「ありがとう。えー、この人は千景ちゃんのパパなのかな?」
「そうだよ?」
「昨日のパパは?」
「昨日のパパはね、動かなくなっちゃった」
千景ちゃんは悲しそうに俯いた。「死んだ」ではなく「動かなくなった」と言うあたりに闇が見える。
悲しげな千景ちゃんはしかしすぐに顔をあげて元気に言った。
「でもパパがいるから私寂しくないよ」
「えーと、洗脳魔法か何かでその人をパパにしたのか?」
「洗脳!? なにそれ、ひどい! そんな事しないよ! ねえパパ?」
「ああ、千景はそんな事しない」
「ほら! パパもしないって言ってるもん」
言わせてるじゃないですかね。洗脳で操られているとしたら虚ろな目で肯定するパパさんの言葉は何も信用できない。
洗脳魔法を使えるという事は誰かを洗脳した経験があるという事だ。千景ちゃんは小学六年生。女子小学生に洗脳の経験が……? 絶対に無いとは言い切れないが、ちょっと不自然な経歴だ。しっくりこない。
洗脳に近い別種の魔法なのだろうか。
「よし分かった、順を追って聞こう。根掘り葉掘り聞いてごめんな。昨日、火事があったよな。俺達と別れた後どうした?」
「えっとね」
身振り手振りを交え一生懸命説明してくれた千景ちゃんの言葉をまとめると、どうやらホテル街に行ったらしい。ちょっと治安が悪い、お子様に目隠ししないといけないピンクなお店があるあたりだ。
「どうしてそこに?」
「パパが動かなくなった時にね、そこで探すと見つかるの」
「うん……? うん、とりあえず続けて」
「それでね、パパかなって思った人にパパですかって聞いたの。パパですかって聞いたらそうだよって言ったもん。だからパパだよ!」
「そんなバカな」
パパかどうか聞いて、肯定されたらパパにする魔法?
全然知らない小学生にパパですかと聞かれて頷くアホがいるか?
一体どういう話術で頷かせたんだ。千景ちゃんはそこまで口が上手いように見えないが。
「その時のパパと何話したか聞いていいかな」
「えー、普通だよ。いくらだい、とか、何歳かな? とか、本番いいの? とかホテル代は別? とか。色々聞かれた。でもパパなの? って聞いたらパパだって」
「はぁ? ……あっ」
閃いてしまった。パパ活じゃねぇか!
少し遅れて黙って話を聞いていたソニアもハッとして、汚物を見るような目でおじさんに嫌悪を剥きだした。
なるほどね? 洗脳魔法じゃなかった。おじさんにパパになってもらう、パパ活魔法だ。
パパ活経験を元にしてパパ活魔法を作ったのか。
中高生、大学生ぐらいの女子が金をもらう代わりにおじさんと仲良くしてあげる、という商売は割と一般的だ。中高年のおじさんが娘ほどの年齢の子となんやかやするから、「パパ」活と呼ばれる。
小学生がパパ活をするという話は聞かないが、あり得る話だ。最近の小学生は進んでるらしいからな。女子小学生の漫画とかスゲー過激だし。
当然世間的に良い目で見られない活動だし、年齢と関係によってはパパ活は違法にもなる。千景ちゃんの年齢と辻さんが言ったらしい言葉を考えるとまさに違法行為寸前だったようだ。
パパ活しようとしたら本当にパパにされた、というのは児童買春の代償としては重いのか軽いのか。千景ちゃんはとんだ魔性の女だよ。イヤな魔法少女だ。
タネが割れてしまえば話は分かりやすかった。続くいくつかの質問で千石親子の全貌が見える。
元々の千石元太は普通のシングルファザーだった。しかし娘が死に、娘魔法で娘の影法師を作成。魔力が少なかった千石元太はパラケルススに入社し社員割で現金と魔貨を交換。他にもあれこれ手を尽くすが、金も魔力も尽きる。その頃に千景ちゃんは家計を助けるためにパパ活を始めたようだ。
金にも魔力にも困り切羽詰まった千石元太はパラケルススの魔力を横領着服するも、すぐに発覚。それで首を切られた。
比喩ではない。処刑されたのだ。横領した魔貨は莫大で、担当者の逆鱗に触れた。
そしてパパを失った千景ちゃんは父性を求めパパ活魔法を作った。魔法が魔法を作るなんてできるんだな。自分自身が魔法なのだから、「魔法を受けた経験がある」という条件は生まれながらにして満たしている。
千景ちゃんの足跡は単純だ。パパ活おじさんにパパになってもらい、パパが死んでしまったら、次のパパへ。
パパ活魔法でパパになったパパは元の性格や記憶を色濃く残すらしい。優しい人をパパにすれば優しいパパになるし、DVおじさんをパパにすればDVパパになる。
前回のパパは外れパパだったな。今回のパパは優しそう。
事情聴取が終わった後、俺とソニアは相談し、とりあえず千石親子をグリモアに推薦する事にした。生きている(?)だけでゴリゴリ魔力を消費するのはいただけないが、珍しい魔法だ。
パパが性格の良いパパである限り、魔力を稼ぐためによく働くだろう、というのがソニアの所見だった。そうでなくともグリモアは来年春の世界の終末に備え、一人でも多くの戦力、一つでも多くの魔法を求めている。
何よりこれだけやってキャッチ&リリースして徒労に終わるのは嫌だ。とりあえず推薦しておいて、採用するかどうかは人事部に任せよう。
こうしてグリモアでの俺の初仕事は終わった。
終末を前にした身の安全のために入社したのに、こんな仕事ばかりやらされたら身が持たない。これが最初で最後の厄介案件ならいいのだが……




