第二十七話 リサ
「……次は、右腕を落とすから」
悪夢はまだ続く。
マリアはリサの髪から手を離し、残った右腕を掴もうとする。
必死に掴まれまいと抵抗するが、マリアの前には無意味だった。
リサの顔が歪み、絶望が支配する。
下半身を濡らしたその足元には、血とは違う液体の水溜りができていた。
マリアが放つ重圧が、この場を支配する。
兵達がぶつかり合う喧騒の中、この場所だけがまるで、別空間のように静寂だった。
リサの腕を掴むその手に、紫色の魔力が集まりだす。
次第に魔力の濃度が濃くなり、溢れ出る魔力が陽炎のように立ち上った。
それが、周囲の景色を歪める。
リサが掴まれた腕をはがそうと逃げるように暴れるが、しかし、マリアに捕まれたその腕は万力に締められ如く、ピクリとも動かない。
ブチッブチィッ。
不快な音と共に、リサの右腕が引き千切られた。
皮膚が破れ、血が飛び、筋肉のスジが垂れ下がる。
「うがっあああああああっああっ」
リサの獣のような叫び声が戦場に響く。
額を地面に打ちつけて、痛みに悶えるリサ。
それをマリアは、冷たい目で見下していた。
「くっ、はぁっ」
マリアがリサの顔を蹴り上げる。
両腕を失い、受身のとれないまま無様に転げる。
目の光は失い、すでに抵抗する力は残っていないようだ。
「まだ、死なないでね」
マリアの放つ残酷な言葉に体を振るわせるリサ。
その顔は、涙と鼻水でグシャグシャになっていた。
気高い戦士だった頃の姿は、今はもう見る影もない。
「もっ、もう……殺してくれっ……」
生きる希望を捨て、マリアに自身の死を懇願する。
「何を言ってるの? もう少し、苦しんでくれないと困る」
リサの左耳を千切りとる。
「くっ、ぐっあああっ」
今度は、右耳を。
「そうじゃないと、マコトをイジメた償いにはならないでしょ?」
「私が、わっ、悪かった……です……こっ、殺して……ください……」
腹を蹴り上げる。仰向けに倒れたリサの目は虚ろに空を見つめる。
「ころして……もう、ころっ……殺してください……」
と、何度も繰り返してつぶやく。
「もういい」
冷たく言い捨てると、マリアの魔力が何倍にも膨れ上がった。
膨れ上がった膨大な魔力は、竜巻のように周囲の小石や砂を巻き上げる。
マリアの白く細い腕が、リサに向けて振り下ろされた。
落雷のような魔力の塊が強烈な破裂音と共に直撃し、その肉を焼く。
激しい閃光の後、残ったのは黒焦げになった肉塊。
周囲に、焼けた肉の臭いが漂う。
それは、かつて仲間だったモノ。
それを見ても、不思議と何の感情も沸いてはこなかった。
それほどまでに、俺の心は冷え切ってしまったのだろうか。
だとすれば、普通の高校生であった自分とはまるで別の人間になってしまった気がする。
これも、全て勝手な都合で召喚したあげく、用がなくなれば切り捨てた王国……いや、全てアイツ等のせいじゃないか。
冷え切っていたというのは、間違いだ。
まだ、しっかりと俺の中に怒りが残っている。
そして、元凶であるロスティニア王国を潰す。
ただ、国王を殺してもダメだ。
その後に違うやつがすげ変るだけ、国その物を潰さなきゃいけない。
王都を見据え、剣を握る手に力を込める。そんな時だった。
鬼族の襲来があったのは。
怒号をあげて右翼と左翼から、鬼の軍勢が魔王軍に襲い掛かる。
挟撃にも近い攻撃を受け、魔王軍の進行が止まった。
鬼族の数こそ少ないが、個々の戦力は王国軍よりもかなり上だ。
クルクルとうねった髪、強靭な筋肉、褐色の肌に軽鎧。
そして、頭部にある角と人間よりも一回り大きい身長が特徴的だ。
どこかパイモンを彷彿させる印象をしている。
個々に持っている武器が違うのは、軍隊と言うよりも集団に近いからだろうか。
その中でもさらに一回り大きい、一体がこちらに向かってきた。
他の個体よりもかなり実力がありそうだ。ボス格か。
勢いを増して、こちらに向かってくる巨大な鬼。
その褐色の肌からは湯気に似た蒸気があがっている。
狙いは、マリアのようだ。さすがにこれは看過できない。
マリアを守るべく鬼の進路を塞ぐ形で前へ出る。
闘気を込めて剣を構える。……さぁ、こい鬼野郎。
鬼野郎は、持っていた戦棍を地面に叩きつけた。
大きく地面は割れ、轟音と共に大量の土が空中に舞い散る。
狙いは目くらましのようだ。
多少は、考える知能は持っているということか。
俺は、内部の闘気を発散させて舞っている土煙を晴らす。
そして、マリアを庇うように立ち、鬼の気配のほうへと剣を向ける。
剣と戦棍が激しくぶつかる。
ドゴッと、いう音共に衝撃波が生まれた。
その衝撃波が、周囲の鬼族や兵達をなぎ倒す。
鬼野郎は、戦棍に力を込めて押す。確かに噂に聞いたとおりバカ力だ。
だが、この程度であれば……。
剣に力を込めて、戦棍を押し返す。
鬼野郎は、押され返された勢いで態勢を崩し、そのまま後ろに倒れ込んだ。
自慢のバカ力で負けたのが信じられないのか、目を大きく開けて驚く鬼野郎。
「ありがとう」と言い、前に出ようとするマリアに手を振って抑える。
マリアに手をだそうとしたのだ、この鬼野郎は俺が倒す。
その後に、シャシャリ出てきた残りの鬼族もすべて皆殺しだ。
さぁ、こい! 鬼族、俺がブッ潰してやるよ。




