ラーメンショーの影
「マサムネ様。ご無事で何よりでした……」
「おまえは……!」
医務室の戸口に現れた影に、マサムネの顏が歪んだ。
「貴様! こんなところで何をしている!」
マサムネの父、カネミツもまた背後のメイローゼを振り向いて声を荒げた。
メイローゼがこの部屋に現れたのは、カネミツにも予想外のことみたいだった。
「マサムネ様のご無事を確かめたかったのです。我らの失態で万が一にでもカネミツ様のご子息に何かあっては、後悔してもしきれませぬゆえ……」
2人の前で、黒衣のメイローゼがうやうやしく頭を下げた。
「バケモノがっ! 心にも無いことを……!」
カネミツがメイローゼを見下ろして、吐き捨てるようにそう言った。
仕立ての良いグレイのスーツに包まれたカネミツの肩がワナワナ震えている。
だがその時だった。
「お前……いや、お前たち。あの時、あの場所でいったい何をした!」
「よせ……もういいマサムネ……!」
ベッドから上体を起こしたマサムネがメイローゼを指さして何かを訊こうとすると、カネミツは急に慌てたようにマサムネを止めた。
カネミツの顏から、メイローゼへの侮蔑と怒りが消えていた。
マサムネの視界からメイローゼを遮りながら。
かわりに今、カネミツの顏に映っているのは幽かな怯えだった。
「カネミツ様、我らが敵の力は予想以上でした。あれだけの数の人間を躊躇なく殺すとは……!」
「……もういいバケモノ。用が済んだならココから消えろ!」
ひざまづき、頭を下げながら言い訳めいた言葉を口にするメイローゼ。
カネミツは、なにかいたたまれない様子で、メイローゼにむかってパタパタと右手を払った。
父さん……。
カネミツの背中をながめるマサムネもまた、いたたまれない気持ちだった。
父はマサムネの前で、メイローゼの口から何かが漏れることを恐れているのだ。
マサムネがとっくの昔に気づいていることを必死に、彼に気づかれまいとして……!
「あの力……おそらくは、この世界の何者かが、我らの敵と通じております。ちょうど我らとカネミツ様のように。そこでお願いがあるのですカネミツ様……」
「通じている……人間の誰かが!?」
カネミツの声を気にする様子もなく。
頭を下げたメイローゼは淡々と言葉を続ける。
「やめろマサムネ、お前はもういい!」
メイローゼの言葉にベッドのマサムネが呻くと、カネミツは再び声を荒げてマサムネを止めた。
「カネミツ様。我らにあなた方の『道具』をお貸し下さいませ。例の『分離魔砲』を……。このわたしの手で……敵に通じる者の姿を暴き、今度こそ犠牲なしに我らの敵を葬ってみせましょう……」
「もういい、わかったバケモノ。その話は向こうで聞く!」
カネミツは苛立たしげに首を振りながら、メイローゼにそう答えた。
マサムネの言葉と同時に、メイローゼは顔を上げた。
黒衣の女の姿が、影みたいに揺らいで薄くなっていく。
そしてメイローゼの姿が完全に消える寸前、マサムネは見た。
女は緑の瞳でマサムネの方を見ているのを。
メイローゼのその口元が、幽かに嗤っているのを。
「マサムネ。昨日はご苦労だった……。今日は……休め!」
「わかました、父さん……」
マサムネに背を向けながら、ぎこちなく。
カネミツはマサムネにそう声をかけた。
マサムネのかすれた声で小さく。
カネミツにそうい答えた。
医務室の戸口を開けて。
カネミツはマサムネの部屋から去った。
#
「フン。まったく気の小さい男だ……」
医務室から出て来たカネミツを、廊下の端から見つめながら。
再び影法師みたいに姿を現したメイローゼが、くぐもった声で笑う。
「あれだけの事に加担したのに、覚悟ってものが出来ていない……自分のした事を、自分の息子に隠しおおせている気でいるのか? それにしても……」
廊下のこちら側に向かって怒りの形相で歩いてくるカネミツ。
メイローゼは小さくブツブツ呟きながら、不思議そうに首をかしげた。
「息子の方は、なかなか肝が据わっているじゃないか……。あの目。あの面つき。いったい何があったんだ……?」
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「ほら。急ごうぜソーマ、昼前に着かないとメチャクチャ混むらしいぜ……」
「あ、うん……うん……」
皇急御珠線『中央公園前』のホームに、ソーマとコウ、そしてユナの3人が電車から降り立った。
早足になりながらみんなを先導するコウに、ソーマはボンヤリした声でそう答えた。
「にしても……ソーマ!」
2人の後ろからオズオズした様子でついてくるユナを振り向きながら、コウはソーマの脇腹をつつく。
「なんで朝からお前ん家に委員長がいるんだよ! ひょっとして、昨日の夜、委員長と……!?」
「ちがうっ! ちがうってコウ、アホか!」
ソーマの顔を見ながら色々イロイロ想像をめぐらせるコウの背中を、ソーマは真っ赤になって叩く。
後ろでは、ちょっと居心地わるそうなユナが頬を赤らめて顔を伏せていた。
今日の……創立記念日の休日にコウとソーマがしていた約束。
一緒に出掛けるためにソーマの家にやってきたコウは、ソーマとユナが家にいるのを見てしまったのだ。
「ユナにはさ。その……朝メシとか作ってもらって、いろいろ世話になっててさ……」
「カーーーッ! 通い嫁かソーマァああああ! この、この、この、この!」
モジモジしながら言い訳するソーマに、コウが怒りの肘うちをくらわせてくる。
「もー、なにやってるの2人とも、早くしないと混むんでしょ!?」
そしてユナが、たまりかねたように2人の背中をトートバッグで叩いた。
ユナもその場の勢いで、ソーマとコウについて来てしまったのだ。
「あー。わるいわるい委員長。急がないとな……」
コウがユナを見てニカッと笑う。
そうこうしている内に駅から歩いて10分。
3人が到着したのは御珠中央公園。
広大な野外広場で今日から10日にかけて開催される『御珠ラーメンショー』の会場だった。
「ソーマ様。今日は出かけてもらいたい場所があると言ったのに……」
「わ、わるいコゼット。でも先に約束があったしさ。それにほら……」
ソーマの肩にとまった小さなチョウのコゼットが、困ったようにソーマに言った。
小さな声でコゼットに答えながら、ソーマは肩をすくめる。
(ひどいぞコゼット。朝ごはんになったら起こしてって言ったのに……! あーまだか、まだかラーメン……!)
さっきようやく目を覚ましたソーマの中のルシオンが、ソワソワした様子でソーマをせっつく。
ソーマの朝食の時に起こしてくれなかったコゼットを根に持っているみたいだった。
「やれやれですわ……。仕方のないルシオン様」
「まあまあコゼット。出かけるのは、昼メシ食ったあとでもさ……」
耳元で小さくため息をつくコゼットを、ソーマがなだめた。
秋の空が、高くて青くて気持ちがいい。
今日は野外で何か食べるには最高の日に思えた。
「えーと、ナナオの店は……アッチかな……?」
コウが会場の地図を横にしたり逆さにしたりしながら、目的の場所を探していた。
東京中のラーメン店が出店するこの年に1度の祭典に、ナナオのいる店『圧勝軒』も出店しているのだ。
有名なショーだし、いろんな店のラーメンを食べてみたいというのはあった。
だがソーマとコウが今日ここに来たのも、ナナオの店の晴れ舞台を見に行くのが1番の目当てだった。
#
「あ。コウくん! ソーマくーん!」
広場の一角に構えられた圧勝軒の出店。
店先からソーマたちの姿をみつけたナナオが、手を振って声を上げた。
「「ナナオ!」」
「姫川……くん?」
ナナオの声に気づいたコウとソーマが、店の方に駆けていく。
2人の背中の間からナナオの姿に気づいて。
ユナは驚きの声をあげていた。
今日のナナオは、学校での姿とは全然ちがっていた。
清潔な白いシャツ。
襟には黒い蝶タイ。
膝が出るか、出ないかくらいの黒スカート。
ラーメンショーの出店の店先で。
今日のナナオは、かわいいウェイトレス姿の女の子そのものだった。
「あれ……ユナさんも来てるんだ?」
「ナナオって……あなた、姫川ナナオくん!?」
圧勝軒の出店の前で。
ウェイトレス姿のナナオをみたユナが、目を白黒させている。
この前までのソーマといっしょだった。
ユナも、プライベートの時のナナオのことを知らなかったのだ。
「う、うん。いちつもはこうなんだ僕。叔父さんの店を手伝う時も……」
ナナオが少し顔を赤らめて、言いにくそうにユナに答えた。
ユナは呆然としてナナオの顔を見つめる。
学校のブレザーを着てる時でもけっこう女性的に見えるのに。
今のナナオは、かわいい女の子そのものだ。
「ま、そうゆうことなんだ委員長。ほら、早く並ばないと……」
「え、あ、そうだったね?」
コウの言葉に、どうにか状況を理解したユナが、我に返ったようにあたりを見渡した。
御珠中央公園の広場いっぱいを借り切ったラーメンショー。
まだ平日の昼前だというのに、圧勝軒の出店の前にもけっこうな行列ができ始めている。
土日はもっとすごいだろうから、ユナたちの学校の創立記念が今週だったのはラッキーかもしれない。
「そうだ。今日はコウくんたちに紹介したい男性がいるんだ……」
「男性!?」
そう呟いてあたりを見回すナナオの声に、コウの体がピクッとなった。
「いたいた、あそこ。チャラオさーん!」
「あ。ナナさん、いま行くっす!」
ナナオが、店の裏口から出て来た男に手を振った。
お店のゴミ出しをしてたらしいその男が、ナナオの声に振り向いてこっちに近づいてくる。
「みんな紹介するね。今日からうちのお店を手伝ってくれる、チャラオさんです!」
「どーも初めてまして。栗里チャラオっす!」
3人のそばにやって来た男が、ナナオの紹介に元気よく挨拶して頭をさげた。
日焼けした肌に、ゴム紐でまとめた金色の長髪。
耳や鼻には、いくつもピアス跡。
まるで絵に描いたような、チャラチャラした若者だった。
「店の手伝いって、アルバイトの……」
「やっと見つかったんだ!」
チャラオの姿を見て、コウとソーマは小さく息を飲む。
昨日ナナオが話していた、圧勝軒のアルバイト志願。
もうすでに、今日から店の手伝いに入っているらしい
あれ、でもコイツの顏……?
ソーマは頭を上げたチャラオの顏を見て首をかしげた。
たしかどこかで、会ったことがあるような……?
「チャラオさんにも紹介するね。学校のクラスメートで、コウくん。ソーマくん。ユナさん。うちの店にもけっこう来てくれるんだ……」
「よろしくっす。いつもナナさんがお世話になってるっす! 俺、この店の……大将の味に惚れこんだっす! 1日も早く大将のラーメンに近づけるように今日からこの店で修行なんっす!」
ナナオの言葉に、チャラオがコウたちを見回して再びお辞儀をした。
圧勝軒のマスターの言った通り。
チャラチャラした見た目のわりに、中身は真面目そうな若者だった。
「ナナさん……!?」
そのチャラオの言葉使いに、コウの口の端がピクッとした。
「チャラオさんは、今日から店に住み込みで働くんだ。がんばろうね、チャラオさん!」
「うっすナナさん。がんばるっす!」
ナナオの声に、チャラオは顔を上げてニカッと笑った。
「『住み込み』……! がんばろうね……!?」
「おいコウ……どうしたんだよコウ……?」
ナナオとチャラオのやりとりに、コウの肩がワナワナ震えていた。
コウの様子に気づいたソーマが、ちょっと心配そうに彼の脇腹をこづいた。
その時だった。
「こらチャラオ! なにそんなトコで油売ってんだっ!」
「ワッ! すいません大将……!」
出店の奥から、すごい怒鳴り声がこっちに響いて来た。
「ゴミ出し終わったら夜の仕込みだ! さっさとコッチ来い! このグズ!」
「い……いま行くっす大将!」
圧勝軒のマスターの怒号に、チャラオがワタワタしながら店の方に飛んでいく。
「す、スゲーなナナオの叔父さん……」
「いつもとぜんぜん違う……!」
圧勝軒マスターの勢いに、呆然とするコウとソーマ。
「アハハ……。久しぶりに来た『弟子』だから張り切ってるんだよ。困ったもんだ……」
ナナオも、少し苦笑して肩をすくめた。
住み込みでラーメン作りの『修行』……。
従業員というか完全な、見習い。内弟子。
圧勝軒のマスターに、パワハラとか働き方改革とかいう言葉は存在しないみたいだった。
「じゃあまた後でね。今日は来てくれてありがとう!」
ナナオもニッコリ微笑むと、出店の中にむかって歩いて行く。
「すごい人気ね、ナナオくんの店。もうこんなに……」
「あ、ああそうだな……」
自分たちの後ろに、あっというまに出来た人の列にユナが驚きの声を上げている。
店に向かって駆け足の、ウェイトレス姿の背中を目で追いかけながら。
コウがなんだか落ち着かない様子で、ユナの声に返事した。
#
「あー。けっこう並んだねー」
「腹減ったー。やっといただきます!」
「いただきます……」
圧勝軒の店先から、ようやく注文したラーメンを受け取ったソーマたち。
広場の各所に設置されたテーブルと丸椅子に腰かけて、ようやく実食できる。
晴れた秋の空。
緑色が眩しい芝生。
頬にあたる涼しい風。
時刻はちょうど昼。
野外で何か食べるには最高の時間だった。
ズルズルズル……
3人が、一斉にナナオの店のラーメンを啜りはじめた。
店で食べても、外で食べてもやっぱり美味い。
(はああおおおお…………!!!!)
ソーマの中のルシオンが、はやくも悶絶し始めた。
「ルシオン……少し静かに食べろよ。ところでコゼット……」
「どうしましたソーマ様?」
ラーメンを啜りながら。
ソーマは自分の肩にとまったコゼットに、小さな声で尋ねる。
「昨日はいったいドコに消えてたんだ? それに今日出かけたいって、いったいドコに?」
「はいソーマ様。わたくしが外出していたのは剣の行方を調べるため。駅前の『マンキツ』で彼らのことを調べていたのです……そして探し当てました。インターネットのウェブサイトには、彼らの名前も居場所も克明に記載されていたのです……」
コゼットは、淡々とした声でソーマに答えた。
(いんたーねっと?)
「はいルシオン様。こちらの世界の情報集積機関……いわばインゼクトリアにおける『帝国図書館』のようなものです」
ソーマの中で、不思議そうな声を上げるルシオンに、コゼットはそう説明した。
『インターネット』! それだよ!
喉のすぐそこまで出かかっていたのに、なかなか思い出せなかったその言葉を耳にして、ソーマは心の中で叫んだ。
スマホで調べると、すぐなんでも出て来るアレ。
図書館や漫喫(行ったことないけど)で使うことのできる、パソコンで出来るアレだった!
「魔法安全基盤研究所〈Magica-Energy-Safety-Laboratory〉、通称MSL。それが彼らの名。インゼクトリアから剣を盗み取り、人間世界に持ち去った者たちの名前です……!」
コゼットは確信に満ちた声で、ルシオンにそう告げた。
#
「メイローゼ……聞こえるかメイローゼ……」
圧勝軒の出店の厨房。
マスターの怒鳴り声の下で慌ただしく働きながら。
栗里チャラオが、自分の襟元から飛び出した桃色の何かにそう囁いていた。
チャラオの襟から彼の口元に向かって伸びているのは、小指の先ほどしかない小さなヘビの頭だった。
「お目当ての子供が来たぜ……いまコッチで、仲間とつるんで飯を食っている。例の『大騎士』も一緒みたいだ。どうするメイローゼ……」
ナナオにも、マスターにも、誰にも聞こえないくらい小さな声で。
チャラオは襟元のヘビに向かって、そう囁いていた。
#
「魔法安全基盤研究所、通称MSL。20年前……20XX年に発生した『思念干渉による世界規則の個人改変および創造行為』……要するに『人類の魔法使用』に伴って起こりうる危険行為や犯罪行為の分類、予知、対処、対策。そして世界的の発生している異界者災害、いわゆる『怪物災害』への対処を目的として設立された政府機関です。現在では特に『怪物災害』の対策研究に力を注いでおり、自衛隊や警察、そして米軍と連携して様々な対異界者(わたくしたちのことですね?)用特殊装備の開発、実験を行っています。所長は『氷室カネミツ』。聖都大学工学部元教授。同研究所の設立者であり、異界者対策の重要性を強く主張する『怪物災害』研究の第一人者と言われている人物です……」
コゼットが、ソーマの耳元でスラスラと調べ事の結果を口にしていく。
まるでインターネットで調べたことを、そのまま覚えてしまっているみたいだ!
「す…スゲーなコゼット。よくそこまで……」
ソーマはアゼンとして、小さくそう呟く。
コゼットの早口でよくわからないが、要するに……
――魔法は危ないから厳しく取り締まるよ。あと向こうの世界から出て来た連中は危ないから厳しく取り締まるよ。――
というような目的で作られた組織らしい。
「所在地は御珠市御霊原1-X-XX……」
って、御珠の市内じゃないか……!
コゼットの言葉にソーマは呆れる。
ルシオンとコゼットの探していた連中は、想像以上にすぐ近くに潜んでいたらしい。
「でもあいつら……いったいどうしてそんなことを……」
ここ数日でおこった恐ろしい事件の数々を思い出しながら。
ソーマのうなじの産毛が微かに逆立つ。
御霊山でソーマたちを射殺しようとした兵士たち。
クロスガーデンの惨劇。100人を超える犠牲者。
全部あいつらのせいだとしたら、いったい何故あんなことを……!
「理由はわかりませんが、首謀者をとっつかまえて吐かせるのが手っ取り早いでしょう。場合によっては拷問してでも……」
「お、おいコゼット……」
拷問て……。
サラリと恐ろしいことを言うコゼットをソーマがいさめる。
この有能なルシオンの侍女は、どこまで本気なのか分からないのが怖い。
(そこに……そこにあるのだな!? 『ルーナマリカの剣』が!)
「はいコゼット様。あの方……氷室マサムネさんがその身に帯びていた強い魔素。盗まれた剣は、その場所に隠されている可能性が高いでしょう。早急にその場所に出向き、忍び込み、真実を突き止める必要があります!」
ルシオンの問いに、コゼットが確信に満ちた声でそう答えた。
マサムネか……。
ソーマは複雑な気持ち。
マサムネのその……『MSL』の構成員なのだろうか。
まだ中学生なのに?
いずれにしても、連中の拠点に出向いて連中と争うようなことになれば。
またアイツと……マサムネとぶつかることは避けられない。
ソーマは、大きくため息をついた。
「どしたのソーマくん? 冷めるよラーメン?」
「ソーマ。なにボーッとしてんだよ?」
「……わっ! わっ!」
ユナとコウの言葉に、ソーマは我にかえった。
2人が心配そうにソーマの顔を覗きこんでいる。
考え事をしていて、ラーメンが半分も手についていなかった。
食いしん坊のルシオンも、さすがに『剣』の話になるとコゼットの話の方に食いついてきた。
せっかくのナナオの店のラーメン。
伸びないうちに早いところ……
ソーマは慌てて箸で麺をたぐって、ズズッと一気にすすりこんだ。
そのときだった。
「…………!?」
麺を手繰りあげたまま。
ソーマの体が固まっていた。
いや、ソーマだけではない。
(…………!?)
ソーマの中のルシオンも、何かを感じて震えていた。
ソーマの全身が総毛立つ。
首筋を冷たい汗が伝う。
胃がムカムカして、ひっくり返りそうだ。
ソーマは見た。
ルシオンは見た。
陽光の降り注ぐ穏やかな会場。
多くの人たちがラーメンを食べながら和やかに語り合う野外広場。
その人ごみの間を、滑るようにして進んで行く小さな人影を。
広場を渡る涼しい秋風が、燃え立つ炎の様な紅髪をやさしく撫でていた。
薄桃色のベールに半分隠された顔が、ソーマとルシオンの方を向いていた。
何の表情も浮かんでいない琥珀色の虚ろな瞳が、ソーマとルシオンを見つめていた。
2人は見たのだ。
行き交う人影のその向こうから。
彼らをうかがう少女の姿を。
自身の赤蛇で、クロスガーデンの人質を百人以上虐殺した、蛇人の巫女プリエルの姿を!
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「ああわかった。コッチも見つけたよグリザルド……」
芝生に生えたイチョウの巨木の木陰からソーマたちを見据えて。
黒衣の右腕に赤い蛇を絡ませた黒衣の女が、そう呟いて小さくうなずく
「例の道具は連中から受け取った。もう準備は出来ている。王女もあいつらも、今度こそオシマイだ……!」
女は蛇の頭に向かってそう囁くと、エメラルドみたいな緑の瞳を輝かせてニタリと笑った。




