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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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特別閑話2b:凍てついた森の一夜

 ぎゃああああああああああああああ


 夜闇に悲鳴がとどろいた瞬間。

 特殊猟兵であるレーヴレヒトの反応は劇的だった。


 ロマンティックな雰囲気に浸っていたというのに、瞬発的に目から情動性が消え、サイボーグもかくやという俊敏さで傍らの猟銃を手にしつつ、ヴィルミーナを自身の背後へ移す。さらにヴィルミーナが瞬きしている間に、銃を構えて全知覚野で周辺状況を捜索哨戒し始めた。


 一方。夜の森に響く悲鳴、というホラー映画まんまの事態に直面したヴィルミーナは、

 なんやねんっ! 邪魔が入らんようこないなとこまで来たのにっ!!

 イチャコラ・キスまであと数秒・アトモスフィアを台無しにされ、瞬間沸騰していた。そこで『怖がってレーヴレヒトに抱き着く』という行動をとらない辺りが実に残念な女である。


 ヴィルミーナは視線だけで人を殺せそうな顔で夜闇の森を睨み据える。表情筋もご立腹だ。

「……不味い感じ?」

 それでも、場所が場所だからヴィルミーナは地団太を踏んで罵り喚きたい気分を堪え、レーヴレヒトへ尋ねる。


「仮小屋の中へ入って」

 レーヴレヒトはヴィルミーナへ顔を向けることなく指示を出し、小銃を構えたまま、焚火の灯りが届かない闇の奥を窺う。


 既に身体強化魔導術も発動し、感覚野を強化済みだ。視覚、嗅覚、聴覚、触覚に味覚だって例外ではない。鼻腔を通じて口腔内に伝わる大気の“味”は、十分に脅威を捉えられる。


 欲を言えば、今すぐ火を消して夜間暗視も加えたい。

 獣のようにわずかな星明りでも闇夜を見通したり、蛇のように熱を捕捉したりする高位強化魔導術だ。あるいは、聴覚をさらに強化して反響定位するか。嗅覚をさらに強化して臭気源を捜索追跡するか。


 いずれにせよ、知覚野系を高度強化する魔導術は身体負荷が大きい。ヴィルミーナの安全を考慮すると、無理はできない。いざという時は全てを放り出し、筋力強化マシマシでヴィルミーナを担ぎ、麓まで一気に踏破するつもりだから、ここで体力と魔力の消耗は避けたい。


 構えている猟銃は弾頭こそ対人用弾と同口径だが、対モンスター用に装薬量が倍以上ある。この強烈なエネルギーと反動に耐えるべく、銃身が肉厚な角形で、爆栓回りが金剛鋼の削り出し製だった。銃把の角度も反動で手首を痛めないよう、まっすぐ握られる形状をしていた。銃の反動を多少抑え易くするため、銃床の先台付近にグリップが据えてある。


 人間工学など影も形も存在しないが、経験則的な使い勝手の追及は、いつの時代にも行われている(でなければ、全身甲冑など開発不可能だ)。


 レーヴレヒトは対モンスター用猟銃を構えたまま、微動にしない。口から吐き出される息は、白く煙って目立たないよう細く抑えられていた。自然と薄闇へ溶け込むように存在感が薄れていく。


 すぐ傍の仮小屋に身を潜めたヴィルミーナですら、気を抜くとレーヴレヒトを見失いそうになる。


 強化されたレーヴレヒトの知覚が捕捉する。

 森の闇の奥から届く雪を蹴り、草木を揺さぶる音色。激しい息遣い。獣臭。それに、血の臭い。それも1つではない。複数だ。


 足音は重たい。魔狼や小鬼猿とは違う。もっと大きい。でも、人間ではない。金属や油など装備の臭いがしない。冒険者らしい小汚さがもたらす体臭の類もない。

 十中八九、モンスターか獣の類。オッズはモンスター有利か。


 レーヴレヒトは機械的に体を動かして9時方向へ銃口を向ける。焚火の光が届かない森の闇を無機質な目で見つめながら、銃把を握る右手の人差し指を用心鉄から引き金へ移す。


 そこへ、闇の奥で捉えた気配が方向を転じた。


 ――こっちに来る。

 レーヴレヒトの無機質な双眸が微かに細められた。

 再装填を少しでも早めるため、腰の弾盒から弾薬を左手の指に挟んで取り出す。人差し指から小指までの間に3発。


「……ヤバい?」

 真剣な面持ちで問いかけてきたヴィルミーナへ、

「楽しくなってきたよ」

 レーヴレヒトはそこらの穴ぼこより感情に乏しい声色で返した。


 変な諧謔を返すな、とヴィルミーナが表情筋をフル活用して憤懣を表すが、レーヴレヒトは本心を口にしただけだった。


 レーヴレヒトは自然が好きだ。

 故郷の春夏秋冬はもちろん、軍で巡った大冥洋群島帯の海や島嶼、大陸南方の過酷な高地や荒涼とした原野、大陸東南方の熱帯雨林、いずれも素晴らしい景色を目にした。


 天候や時節で姿を変える山林原野の美。環境ごとに特色のある植物や動物、昆虫にモンスターのなんと麗しく愛らしいことか。風に揺られる植物と生物達の鳴き声による即興の合唱や合奏は決して飽きることがなかった。


 凶悪なモンスターや強大な獣が闊歩する残酷な自然の中で、自分を殺そうとする意志と思考を相手に、自身の練度と技能と知性を全て投じて戦う。そのスリルと興奮と昂揚の快楽。充足感と達成感の悦楽。殺し殺される恐怖と怯懦の愉悦。これほど楽しいことは他にない。


 もっとも、これらは深層心理の情動であり、表面上のレーヴレヒトは病質的な冷静さと冷徹さを維持している。


 レーヴレヒトは猟銃の照準越しに闇を見据えながら、捕捉した対象の距離を測る。

 400……350……300……250……200……

 距離が200を切り、草木が揺れる音をヴィルミーナも聞き、ごくりと息を呑んだ。


 刹那。


「発砲っ!」

 レーヴレヒトが叫んで、闇へ向けて発砲した。声を張ったのは、万が一に相手が人間だった場合に備えて(それはない、と確信していても、だ)。


 強装弾特有の暴力的な銃声が静寂を吹き飛ばし、豪快な青い発砲光が夜闇を引き裂く。強烈な反動が襲うも、レーヴレヒトは上体と腕をしならせ反動を上手く逃がす。


 冗談みたいな速さで撃鉄を起こし、爆栓のツマミを回して薬室を開放。青い残渣粒子が漂う中、左手の指に挟んだ弾を一つ抜いて装填。爆栓を閉鎖。笑えるほど素早い射撃準備動作を済ませ、再射撃姿勢をとる。


 ぎぃいいいいいいいっ!


 野太い悲鳴と弾丸が命中した独特の“手応え”が闇の奥から伝わってきた。

「当たったっ!?」「猪頭鬼猿か」

 ヴィルミーナの声とレーヴレヒトの呟きが重なった。


 猪頭鬼猿は雑食性狩猟生物だ。基本は5匹前後の小グループで活動し、野草から動物、魔狼や小鬼猿などを食らう。もちろん、人間も獲物にする。

 ただし、近頃流行りのファンタジー物みたいに人間の女を強姦したりしない。猪頭鬼猿は異種族姦などという破廉恥で堕落した真似をしない。

 バラバラに引きちぎってむしゃむしゃと食うだけだ。


 闇の奥の気配は怯むどころか、なおも接近してくる。

 一匹仕留めても、怯まず駆けてくる。よほど腹を空かせてるのか? それとも……?


「ヴィーナ。リュックを背負え。脱出に備えろ」

「分かった。レヴ君の荷物は?」

「俺は装具類だけでなんとかなる」

 レーヴレヒトは告げながら、闇へ向けて再び発砲した。


 金属的な銃声がつんざく。闇から短い悲鳴。姿を視認せずとも、臭気と音だけで位置を捕捉して命中させる腕前はバカバカしいほど恐ろしいが、現状はその腕前を讃えている場合ではない。


 鳴子が引きちぎられる音が響く。30メートル以内に入られた。

 レーヴレヒトは再び滑らかに、かつ、素早く再装填作業を済ませ、銃を構える。


 同時に、3メートルに届きそうな大きい影が平地へ飛び出してきた。

「出たぁっ!!」

 ヴィルミーナの悲鳴が上がる。


 猪を思わせる頭部に体毛で覆われた力士体形の大柄な図体。胸部と背中の一部が甲殻化している。成獣の猪頭鬼猿(オーク)共だ。


 数は三匹。最後尾の一匹は左腕がもげかけている。二発目を浴びた奴だろう。


 レーヴレヒトは即座に先頭の一匹へ弾を撃ち込む。

 正確に頭を打ち砕かれた猪頭鬼猿がヘッドスライディングするように倒れこんだ。


 続く二匹は距離が近い。弾丸を再装填する暇はない。レーヴレヒトは猟銃を傍らへ放り、右腰から手斧(トマホーク)を抜き、白兵戦へ備える。


 が、続く二匹目の猪頭鬼猿はレーヴレヒトなど歯牙にも欠けず、眼前に妨害があると判断した途端、斜面へ向かって走っていく。


「――な」「え?」

 完全に予想外の事態にレーヴレヒトとヴィルミーナが戸惑った。次の瞬間――


 負傷して遅れていた三匹目が宙に浮きあがって、

 ぴぎぃいいいいいいいいいいいいいいいい

 猪頭鬼猿の悲鳴は唐突に打ち切られる。

 

 猪頭鬼猿の上半身が消失し、下半身が臓物と大量の血液を垂れ流しながら千切れ飛んだ。

 突然発生したスプラッターな光景に2人が目を瞬かせた直後。


”それ”が焚火の灯りの下に姿を現した。


“それ”を目にしたレーヴレヒトは瞬きも呼吸も忘れた。

“それ”を目の当たりにしたヴィルミーナは思考が完全に止まった。


“それ”は、夜色の獣だった。

 全高だけでも猪頭鬼猿の倍近く大きい。アフガンハウンドのような細長い顔。目元から体を覆い隠す夜色の長い体毛。長い手足と尻尾。キツネザルみたいに俊敏な動きを可能とする体構造。

 加えて、頭部には鹿のように禍々しく枝分かれした一対の角が伸びている。

 

“それ”の名は鹿角狼獣(フィーンド)

 古代西方語で”凶悪なもの”を意味し、メーヴラントにおいて『夜の獣』と呼ばれる、怪物だ。


          〇


 闇の中から姿を現し、焚火の灯りを浴びる鹿角狼獣は、猪頭鬼猿の上半身を咀嚼し、頑健な骨格を噛み砕く音色を奏でていた。大きな口から涎と猪頭鬼猿の血肉が白い湯気を立ち上らせる。


 ごくり、と嚥下した後。鹿角狼獣は上体を起こして人間のような五指の右手を口元に運び、鋭い爪で血塗れの歯を掻いた。鋭い歯の隙間に挟まっていた猪頭鬼猿の皮がべりっと剥がれる。次いで、千切れ飛んだ下半身を拾い上げ、そのまま口へ運ぶ。


 レーヴレヒトとヴィルミーナのことなど、気にも留めていない。

 当然だった。大型モンスターにとって人間は食いでのある餌ではない。一度に数十数百と食えるならともかく、一人二人食ったところで腹の足しにもならない。


 ごり。ごり。ばき。ぼき。太い猪頭鬼猿の骨が砕かれる音が夜の森に響く。

 レーヴレヒトはゆっくりと斧を装具ベルトに差し、傍らへ放った猟銃へ右手を伸ばす。同時に、左手で左腰の弾盒から魔鉱合金徹芯弾を取り出す。


 中型クラスまでなら十分殺傷力を誇る高価な弾丸だが、大型モンスターには爪楊枝で突く程度の効果しかない。だが、柔らかな眼球や鼻腔、口腔にぶち込めれば怯ませることは出来る。


 その間隙を突き、ヴィルミーナを担いで、音響閃光弾を使いながら麓まで最短距離で駆ければ逃げ切れるか。

 いずれにせよ、チャンスは一度。失敗は許されない。


 注意を引かないよう、レーヴレヒトはゆっくりとゆっくりと小銃の爆栓を開き、左手の弾丸を装填する。傍らのヴィルミーナは石像のように固まって鹿角狼獣を凝視していた。下手にパニックを起こして騒がないなら何でもいい。


 研ぎ澄まされた集中力と警戒心を発揮しつつ、レーヴレヒトは装填作業を完遂した。


 その時、不意に鹿角狼獣がレーヴレヒトとヴィルミーナへ顔を向けた。目元を覆い隠す長毛の隙間から金色の瞳が、2人を見据える。


 生態系上の圧倒的上位者に見据えられた瞬間、2人は生物としての原始的恐怖心が爆発する。

 それでも、レーヴレヒトは病的理性が感情を完全に抑制した。ガキの時分から山林原野をうろちょろしてモンスターや獣と関わり、軍隊暮らしで常に死が身近にあった経験が、この本能的恐怖を捻じ伏せる。


 だが、ヴィルミーナは耐えられなかった。魔法もモンスターも存在しない地球の前世を引きずり、モンスターの脅威など皆無な都会で貴顕暮らしをしてきたヴィルミーナは、大型モンスターと対峙するという恐怖に対抗する術を知らなかった。


 その未知の恐怖に飲まれ、

「ぴぃっ!」

 ヴィルミーナは思わず悲鳴を上げた。


 そして、その反応が鹿角狼獣の好奇心を刺激した。ヴィルミーナへ向けてずいっと身を乗り出した。


 レーヴレヒトは反射的に猟銃を構え、鹿角狼獣の目を狙って引き金を引く。

 鹿角狼獣はその巨躯からは想像もつかないほどの俊敏さで身を捻って弾道から頭部を外す。それでも、12ミリ椎の実型魔鉱合金徹心弾頭が鹿角狼獣の禍々しい角に当たり、一部を砕き折った。

 銃を放り出し、レーヴレヒトは身を弾くように立ち上がってヴィルミーナを回収


 できなかった。


 鹿角狼獣は回避行動のついでとばかりにも尾を振るい、レーヴレヒトを一瞬で叩き飛ばした。身長180センチ前後の狩猟装備をまとった成人男性がピンポン玉みたいに宙を飛び、緩斜面を転げ落ちていく。


「レヴ君っ!?」

 悲鳴を上げずに夜闇へ消えたレーヴレヒトに代わり、ヴィルミーナが悲鳴を上げ、彼を助けようと躊躇なく仮小屋から飛び


 出せなかった。


 鹿角狼獣が眼前に迫り、その巨躯が視界を塞いでいた。ヴィルミーナを一飲みできそうな巨大な(あぎと)から、むせ返りそうなほど濃密な血の臭いを含んだ白息が吐き出される。


 それだけで、ヴィルミーナは全く身動きが出来なくなった。あまりにも怖すぎて逃げ出すことはおろか、泣きだすことも笑いだすことも出来ない。恐怖に屈して発狂、どころか失神することすらできない。虎を前にした鼠だってここまで怯えないだろう。


 いっそもう白目を剥いて気を失いたいと願うヴィルミーナに、鹿角狼獣は鼻先を近づけてスンスンと臭いをかぐ。まるで犬が初対面の人間へ接する時のように。

 次の瞬間。


 鹿角狼獣はその大きな顎をぐわっと開く。

 ヴィルミーナの脳裏に走馬灯も愛する人達の顔も浮かばない。ただ頭の中が真っ白になり、

 オワタ。

 頭の中で誰かがそう告げた。


 ところが、鹿角狼獣は大きく開いた口でヴィルミーナに被りつくことはせず、顔を背けて心底嫌そうに『かっ』と鋭く喉を鳴らして息を吐く。

 それは犬に悪臭を嗅がせた時に似た拒絶反応だった。


「へ」

 呆気にとられるヴィルミーナを余所に、鹿角狼獣は悠然と踵を返す。

 首だけ曲げてもう一度ヴィルミーナを窺い、長毛の奥で汚物を見るように金色の瞳を細めた。それから、再び大口を開けて、『かっ』と喉を鳴らして息を吐いた。


 鹿角狼獣はレーヴレヒトが撃ち殺した猪頭鬼猿の骸をくわえ持つと、そのまま悠々と夜闇の中へ消えていった。


 その巨躯が完全に闇の中に消え去ってもなお、ヴィルミーナは動けない。頭蓋内の総司令部が立ち直り、神経伝達を使って各種筋肉へ命令を発しても、恐怖に痺れた身体が反応しない。


 体感数時間/実測20秒の機能不全状態の末、恐怖と怯懦が和らいだ瞬間、ヴィルミーナの全身からぶわっと冷や汗が噴出し、がたがたと体が大きく震え始めた。緊張が解けた反動に胃が痙攣。その衝動を堪え切れず、ヴィルミーナは嘔吐して晩飯をぶちまけた。


 令嬢にあるまじき醜態だが、失禁しなかっただけマシだろう。

 胃の痙攣が収まるまで激しく咳き込み、ヴィルミーナは目尻に涙を滲ませる。


 た、助かった。

 そう呟いたつもりだが、実際は声に出ていない。声帯も舌も言葉を発するまでに回復していなかった。


 助かった……助かったけれど。

 ヴィルミーナは鹿角狼獣の反応を思い出す。忌々しいものに接したようなあの反応。

 なんやろな。助かったことは嬉しいのに、嬉しいのに、素直に喜べへん。なんやろ、この気持ちは。納得いかへんというか、受け入れ難いというか……


「ヴィーナッ!」

 緩斜面に落とされたレーヴレヒトが血相を変えて駆けあがってきた。泥塗れのレーヴレヒトは右手に手斧を持ち、左手に白兵戦用ナイフを握っていた。どうやら、その健気な得物で鹿角狼獣相手に戦う気だったらしい。愛が為せる無謀であろう。


「良かった、無事だったか」

 ヴィルミーナの生存を確認し、レーヴレヒトは思わず膝をついて安堵の息を吐く。


「レヴ君こそ、無事で良かったわ……」

 ヴィルミーナはレーヴレヒトへ抱き着くべく立ち上がろうとしたが、腰が抜けていて立てなかった。


 そうこうしているうちにレーヴレヒトが駆け寄ってきて、ヴィルミーナを強く抱きしめる。

「良かった……」

 ヴィルミーナもレーヴレヒトを強く強く抱きしめ返し、肺いっぱいにレーヴレヒトの匂いを吸い込む。魔晶炸薬の臭いしかしなかった。


「何があったんだ?」

 レーヴレヒトはヴィルミーナに尋ねる。

「わかんない。私の匂いを嗅いだら、そっぽ向いて行っちゃった……」


「? 匂い? 香水とか付けてたっけ?」

「付けてない。石鹸の匂いくらいはするだろうけど」

 ヴィルミーナは未だ身を震わせながら応じ、ふと思いついたことを口にする。

「ひょっとして、アミュレットのおかげとか?」


「だとしたら、メリーナさんの大手柄だ」

 盛大に白息を吐き、レーヴレヒトは手斧とナイフを鞘に納め、言った。

「まずはここを離れよう。大変だけれど、別の場所で夜明けを待つ」


 猪頭鬼猿の血の臭いが漂っているため、他の獣やモンスターが寄ってくるかもしれない。

「とんだキャンプになったな」

 思わずぼやいたレーヴレヒトに、ヴィルミーナは頭を振った。

「考えてみれば、この展開は予想できたことだったかも……」


「? というと?」

 怪訝そうに眉をひそめたレーヴレヒトへ、ヴィルミーナは嘆息混じりに告げる。

「冬山の夜。美女と美青年が二人きりでイチャイチャ。これって怪物や殺人鬼が現れる鉄板シチュエーションだもの」


 ホラー物の御約束など知らないレーヴレヒトだが、

「なんだろう。物凄く納得のいく話だな」

ラストは年明けに。

皆さま、良いお年を。

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― 新着の感想 ―
やっぱ普通の口調だと面白いな
[良い点] フレーメン反応w
[一言] ぴぃっ!
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