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登場人物ラルスの名乗りと過去が一致しないため、変更しました(12/25)。
大陸共通暦1767年:ベルネシア王国暦250年:晩秋。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
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王都の目抜き大通りを美しい軍礼装に身を包んだ将兵が行進していく。
まず防衛線で戦った本国軍将兵。次にイストリア人義勇兵。外洋派遣軍将兵。冒険者義勇兵。軍事補助員。空を翼竜騎兵の編隊と海軍飛空船部隊の船団が進む。
パレードに参加した特殊猟兵達は全員が顔を覆面で隠していた。極秘任務に従事する彼らは顔を売るわけにはいかない。そのことが却って最精鋭部隊の恐ろしさを演出している。
王国府宮殿のバルコニーから閲兵する国王夫妻と子供達。一歩下がった周りに王太后、王妹大公母娘、王弟大公夫妻が並ぶ。親戚衆はバルコニーに参加できず、重臣達や他の大貴族と共に王国府前に並んでいた。
「俺もパレードに参加したかったなあ。義勇兵達の隊長だったんだから権利はあるだろ」
「これ以上、恥の上塗りは止めて欲しいわね。何よ、『蛮族公』って。バカだバカだと思っていたけれど、ほんとにバカね」
ぼやく弟フランツに毒舌を浴びせる姉のユーフェリア。
「二人とも私語は慎みなさい。公務中よ」
母の王太后マリア・ローザが小言をこぼすと、王弟大公フランツはぷいっとそっぽを向き、王妹大公ユーフェリアに至ってはこれ見よがしに無視する。
そんな二人に、王弟大公夫人ルシアと王妹大公令嬢ヴィルミーナは仲良く嘆息をこぼした。
背後の剣呑な雰囲気を察しつつ、国王カレル3世は行進する将兵と大勢の群衆へ手を振る。
〇
パレードの後、王国府宮殿内で将校達を招待しての戦勝記念パーティが催された。
本国軍将校、外洋派遣軍将校、イストリア人将校、海軍将校、それに貴族達と聖職者達に、各国の要人達。
宮殿内の別会場では、エドワードと同学年だった王立学園生達とその家族が特別に招待されている。学徒動員で繰り上げ卒業させられた彼らは、卒業式すら行われていなかったため、この戦勝記念パーティが卒業式を兼ねていた。
無事の再会を喜ぶ者達。この場にいない者を悼む者達。戦傷を負って義足や義肢、眼帯や耳当てなどを付ける者や車椅子の者もちらほらいる。
ヴィルミーナの側近衆マリサもその一人だ。
マリサはヴィルミーナが手配した特別製の義足を付けていて、ニーハイブーツを模しているため、一見して義足と見破るのは難しい。
動員された王立学園生の中で最も昇進したコレットは皆からコレット管理官と囃し立てられていた。一番囃し立てているのは、親友のアリシアだったりする。
全員にグラスが配られ、エドワードが音頭を取った。
「まず此度の戦にて命を落とした全ての者達、そして、この場にいない者を悼んで一分間の黙祷を捧げたい」
微かな啜り泣きが漏れ聞こえる静謐な一分の後、エドワードはグラスを高々と掲げた。正統派イケメンだけにこういう所作が実に映える。
「皆と再びこの場で会えたことを祝して、乾杯」
『乾杯』
パーティは気楽な雰囲気に変わり、めいめいに談笑し、歓談し、あるいは悲しみや喜びを分かち合う。
ヴィルミーナは側近衆達と共にマリサを囲み、アリシアを聖女様と囃し、コレットを管理官殿とからかった。デルフィネを連れ、メルフィナやグウェンドリンと緊張感のある談笑を楽しみ、大貴族の間で内々に通知された立太子と挙式の件を語り合う。
毎度のように男装を強要されているアレックスは第一王女に捕まり、戦勝パーティの方へ連行されていった。合掌。
コレットや側近衆の婚約者持ちから婚約者を紹介されたり、またその家族と挨拶をしたり。命を落としたレネとサマンサの家族とも挨拶を交わす。ヴィルミーナが将来的に福祉や教育事業の施設に名前を冠した建物を造る旨を伝えると、涙ながらに感謝された。
珍しいところを上げれば、ホーレンダイム家御嫡男夫妻――デルフィネの長兄夫妻から大いに感謝された。両親の侯爵夫妻は戦勝パーティの方に出席しているらしい。
「妹が無事に帰ってこられたこと、ヴィルミーナ様のおかげであったと聞いております。近頃は事業にも参加させていただけていると伺っておりますれば、重ね重ね御礼申し上げます」
「これは御丁寧に。本来はこちらからご挨拶すべきところ、非礼をお許しくださいませ」
「いえいえ。ヴィルミーナ様と誼が深められたと両親も私も喜んでおります。往時の件以来、不仲と聞いて気を揉んでおりました」
名家ホーレンダイム侯爵家もヴィルミーナの資本と企業組織に縁が欲しかったといったところか。その意味では、デルフィネはホーレンダイム侯爵家に大きな利得をもたらした。
と、戦勝パーティの方から若い士官や年配の将校、妙齢の貴族が流れてきた。王立学園生達の家族だろう。嫡子の家督相続後に貴族籍を失う貴族次男坊三男坊が軍に活路を見出すパターンは、非常に多い。
挨拶したりされたりで少々くたびれたヴィルミーナは休憩がてら壁際へ。付いてこようとした側近衆に、自分のことは気にせずパーティを楽しむよう告げた。
椅子へ腰を下ろし、よく冷えたシャンパンで喉を潤す。何か摘まもうかと思案しているところへ、アレックスが帰ってきた。どうやら第一王女の許から脱出できたらしい。
疲れ顔のアレックスは給仕からシードルのグラスを受け取り、ヴィルミーナの隣へ腰を下ろした。
「今日は第一王女殿下とイストリア大使閣下の御令嬢に取り合いをされました……」
「ひょっとしたら、アレックスはベルネシアで一番モテてるのかもね」と笑うヴィルミーナ。
「私に男装させた方を恨みたい気分です」
アレックスにじろりと睨まれ、ヴィルミーナは逃げるように目を背けた。
小さく息を吐き、アレックスは問うた。
「皆の“進退”は伺いましたか?」
「ええ。少なからず抜けるみたい」
ヴィルミーナはとても残念そうに言った。
王立学園生は卒業後、以下の選択肢に沿って生きる。
甲:実家に戻って親や家の仕事を手伝う。
代官や家業持ち貴族の倅や娘がこのパターン。
乙:結婚して先方の家に嫁入り、婿入り。説明不要だろう。
丙:予備士官課程や官僚課程は軍、役所へ入る。後はひたすら務めるのみ。
丁:その他。大学へ進んだり、プーになったり。
ヴィルミーナが育て、鍛えた側近衆達も、本来は王立学園卒業後に、それぞれの人生を進むはずだった。戦争で先送りになっただけだ。事実、先ほどの挨拶周りで幾人かから、その件を切り出された。ヴィルミーナとしては認めざるを得ない。
一方、財閥を起こしたヴィルミーナの側近を続けることは大きな利得であり、実家へ戻るよりも、とそのまま側仕えを続けさせることへ切り替えた家もある。
アレックスやニーナがその筆頭だ。
特に家族と不仲なニーナは『縁切りしてでも傍に残る』と宣言していた。
二人の残留は実にありがたい。アレックスはまさに“侍従長”であり、ニーナは信頼と信用を寄せている『身内の中の身内』だ。代替人物を見つけることも育てることも難しい。
「貴女達の決断には大いに報いるつもり。それに、去っていく娘達とも縁を薄れさせる気もない。私の大事な友達で大切な姉妹で、生死を共にした戦友だもの」
「仰ることはわかりますが、あの娘達は機密を多く知っています。首輪が必要です」
厳しい提言とは裏腹に、アレックスは苦しげで悲しげ。心根が善良で優しい彼女は、本来、こうした冷厳さを要求される立場は不向きなのかもしれない。
「その辺りは私が何とかするわ。あるいは、ニーナに任せても良い」
“信奉者”ニーナはその辺をはっきりと弁えていた。忠誠心に依る優先順位が定まっている。
「問題は不足する中核人材ね。貴女達ほど優秀で有能で、それに信頼できる人材を得るのは難しい。まあ、ドラン君のような例もあるけれど」
「人員の拡充なら、私共の下に人を付ける、という手もありますよ」
グラスを揺らしつつ、ヴィルミーナはアレックスの提案を思案する。
水平方向ではなく垂直方向か。直参ではなく陪臣を増やす。それも一つの解決策だ。しかし直轄の『手駒』もそれなりに欲しい。
「それも進めるわ。でも、やはり直参はある程度欲しい」
「重役達に推挙させるか、お付き合いのある貴族筋から預かるのは如何でしょう?」
「ふむ。検討してみましょう」
ヴィルミーナが首肯したところで、何やら騒がしい。美しい顔がにゅっと渋くなった。
「……このパターン。何度か見た気がするわね」
「ええ。私も身に覚えがあります」とアレックスも端正な顔を不景気に歪める。
「中心にいる人物は誰だと思う?」
「質問に質問で返しますが、もうご想像がついてるでしょう?」
“侍従長”アレックスはシニカルな目つきで切り返してきた。
ヴィルミーナは嘆息をこぼす。
流石はアレックス。その通り、もう想像はついている。
〇
お忘れかもしれないが、アリシアは外洋領土――大冥洋群島帯の出身である。11歳の時に本国へ移るまで現地で過ごしていた。
当然、現地に知人友人がいて、彼らの中には外洋派遣軍の現地採用将兵になった者もいて、此度の戦争で本国へ参じた者もいるわけだ。
「!! パウルッ!? リーンッ!?」
会場に戦勝パーティから人が流れて来た時、アリシアは懐かしい顔を見つけて驚き、
「ラルスッ!」
その青年を目にした瞬間、衆目を無視して抱き着いた。胸元に顔を埋める様は明らかな親愛が込もっている。
第一王子の愛人と見做されていたアリシアのこの行動は、王立学園生達の度肝を抜かせ、第一王子とその側近衆達を唖然とさせた(なお、ユルゲンは隣にいたリザンヌ嬢に脇腹を強くツネられた)。
唖然茫然愕然の自失状態に陥った王子達をよそに、グウェンドリンが声を掛ける。
「え、と、アリス? 御友人かしら? よろしければ、紹介していただける?」
「うぉっ!? すっげー美人だっ!!」とパウルと呼ばれたノッポが仰け反るほど驚く。
「やめろ、馬鹿。恥ずかしい真似してアリスの顔を潰すんじゃねえっ!」
リーンと呼ばれた少女将校がパウルの脇腹をごすごすと殴る。
「え、と」
予想外な、ある意味で無礼な対応をされたグウェンドリンが面食らって目をぱちくりさせる中、アリシアに抱き着かれたままのラルスという青年が口を開く。
「無作法で申し訳ありません」
整った顔立ち。切れ長の相貌。絞られた中肉中背。右目尻付近に傷跡がある。薄黄色の髪に、仄かに紫がかった青い瞳。褐色味が加わった白い肌。どこかエキゾチックな美青年ラルスはアリシアに抱き着かれたまま、申し訳なさそうに続けた。
「仲介者たるべきアリスがこの有様なので、失礼ながら、先に名乗らせていただきます」
礼儀正しく断りを入れ、
「外洋派遣軍大冥洋群島帯方面軍団より参じましたラルス・ヴァン・ハルト騎兵少尉です。こちらは同僚のパウル・レイデル少尉、リーン・デア・コッツ少尉。僕達はアリスの幼馴染です」
三人はグウェンドリンに敬礼した。ラルス青年はアリシアに抱き着かれたままだったが。
「アリスの友人、ハイスターカンプ公爵家嫡女グウェンドリンと申します。幸いあって第一王子殿下婚約者の栄を賜っております」
完璧なカテーシーを行なうグウェンドリン。大貴族の令嬢で第一王子婚約者。ラルス達三人は慌てて居住まいを正し、再び敬礼を行なった。ラルスはアリシアをひっ付けたままだ。
「「「失礼いたしましたっ!」」」
流石にラルスも他の二人もアリシアを無理やり剥がそうとするが、アリシアは意地でも離れない。
「アリスっ! その辺でやめろっ!」「公爵令嬢様の前で粗相すんなっ!」「頼む、アリス。いったん離れてくれ」
なんだか騒がしくなってきた。
と、そこへ中年少佐とドレス姿の中年女性がやってきた。男性が女性をエスコートしている辺り、夫婦だろう。二人は一直線にアリシアの許へ行き、女性が容赦なくアリシアの後頭部をすぱーんと引っ叩く。
「ええ加減にし、このバカ娘」
「あいたぁっ!? ママ、痛いよぉッ!?」
これには流石にアリシアもラルスから離れた。
「当家のバカ娘がお騒がせしました」
ワイクゼル準男爵夫人はまずグウェンドリンへ詫び、周囲へ頭を下げた。
「いえ、祝いの宴席ですから。お気になさらず」
グウェンドリンは微苦笑を湛えて受け入れ、
「少々耳目を集めておりますし、久方振りの再会なのでしょう。よろしければ、あちらで御歓談しませんか? 私もアリスの昔話を伺いたいですわ」
壁際のテーブル席を示す。グウェンドリンの側近衆が如才なく確保していたようだ。
「ワイクゼル少佐殿、奥様。グウェンドリン様のお言葉に甘えさせていただきましょう」
ラルスの賛成で、一同はテーブル席へ移っていく。
え? 第一王子達? 硬直したまま身動き一つしないよ? 案山子みたいになってる。
〇
「本当に想像の斜め上を行く奴ですね」
アレックスが呆れ気味に呟く。
ヴィルミーナはエキゾチックな美青年を眺めながら、ゴセック大主教との会話(8:3参照)を思い出す。なるほど、あれがアリシアの想い人か。
視線を移し、第一王子エドワード達を窺う。5人とも衝撃の事態から立ち直っていない。
うん。ほっとこ。
「しかし、ずいぶん親しそうね。ひょっとして、あの人がアリスの本命なんじゃない?」
いつの間にか傍にやってきていたマリサが言った。鋭い。
「ま、その辺は後で本人から聞き出しましょ」
ヴィルミーナは深入りをせず、アリシアが引っ付いている青年を眺める。
「それにしてもまあ、良い男だこと」
「混血のようですけどね」とニーナが何気なく言った。
言うまでもなく、この世界にも人種差別はある。白人至上主義とまで行かずとも、有色人種や異民族に対する偏見や蔑視は根強い。
ただし――
ヴィルミーナは言った。
「私も混血よ? それに王子王女方もね」
「し、失礼しましたっ!」
ニーナが慌てて頭を下げた。マリサが「バカ」としょんぼり顔になったニーナの脇を突く。
「まあ、私は混血であることを恥じたことはないし、指摘されても気にはしない。でも、人によってはこれ以上ないほどの反感と敵意を招く。注意するように」
「はい……大変失礼しました」
ヴィルミーナは苦笑いし、すっかりしょげてしまったニーナの頭を撫でる。
「そこまで仰々しく反省しなくても良いわよ」
ニーナを慰めつつ、ヴィルミーナは考える。
教会はどこまで計画していたのだろう。外洋領土出身の娘が聖女になり、現地人との混血者と結ばれる。想像以上の“効果”があるに違いない。ゴセック大主教辺りなら深読みとか陰謀論とか言うだろうが……
「ヴィーナ様」
マリサに声を掛けられた。その目線を追うと、レーヴレヒトがいた。
レーヴレヒトは濃紺色の下士官用舟形軍礼帽を被り、美しい軍礼装に身を包んでいる。
襟元にある階級章は貴族であることを示す銀枠付の特技准尉。左胸元にはいくつかの技能記章と資格記章、勲章が飾られている。左肩には外洋派遣軍に所属していたことを示す盾章があった。
イケメン慣れした貴族令嬢達が思わず吐息をこぼすほどの青年軍人振りを発揮している。
レーヴレヒトが姿を見せたことに、ヴィルミーナは目を瞬かせる。何も聞いていなかった。レーヴレヒトは下士官であるから、戦勝パーティには招待されていないはずだが。
「こんばんは、ヴィーナ」
「いやいや、こんばんは、じゃなくて。どういうこと?」
困惑顔のヴィルミーナに、レーヴレヒトは小さく肩を竦めた。
「急遽、兄上のお供で参加させられたんだ。さっきまで散々小言を聞かされたよ。ついでに兄上と一緒に一旦帰郷する約束までさせられた」
「それはそれは」
ヴィルミーナは微苦笑し、不意に側近衆達の様子に気付く。どいつもこいつもポ~ッとした顔をしている。ああ、これも前にもあったなぁ……(2:5a参照)
「皆さん。お久しぶりです」
レーヴレヒトは側近衆へ和やかに微笑みかけ、マリサに声を掛けた。
「怪我の具合はどうですか?」
「あ、いえ、あの、おかげさまでこうして生きてましゅ」
勝気なマリサが頬を桜色に染め、しかも噛んだ。他の側近衆達も似たような面持ちだった。
どんだけやねん。魔性の女ならぬ魔性の男かぃ。
ヴィルミーナは呆れ気味に鼻息をついた。
レーヴレヒトとの婚約話は本決まりになるまで秘してあるため、側近衆達は知らない。一応、内々に騒ぎそうなところへは事前通告してあるけれど。
「幼馴染がモテて私も鼻が高いわ」
「ほんとに? なんかヤキモチ顔だよ?」
柔らかく微笑み、レーヴレヒトは給仕を探して周囲を見回し、アリシア達のいる辺りで視線を止めた。涼やかな鋭い双眸が仄かに冷たくなった。
「……エシュケナのグリフォンが何でいるんだ?」
その無機質で無情動な瞳は、アリシアの男友達ラルスへ向けられていた。
「エシュケナのグリフォン?」
ヴィルミーナの問いかけにレーヴレヒトは、冷たさを解く。
「つまらない話だよ。それより、何か摘ままないか? 兄上の小言は腹いっぱい味わったけれど、料理は何一つ口にしてないんだ」
「そういえば、私も何か――」
何か食べようと思いだした刹那、ヴィルミーナのお腹が、くぅ、と鳴いた。
令嬢にあるまじき失態である。




