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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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7:1

表記ゆれを修正しました。内容に変化はありません(11/21)


大陸共通暦1766年:ベルネシア王国暦249年:初冬。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:南部国境付近。

―――――――――――――――――――――――――

 ついに冬将軍が大陸西方へ来襲した。


 開戦からひと季節が過ぎたが、戦線は未だ国境防衛線で膠着していた。ひとえにベルネシアが国境防衛線の維持に血道を上げていたからだ。


 製造の現場では昼夜を問わず軍需物資の量産が行われ、イストリアとアルグシアから入手した物資のうち武器弾薬は前線へ直送されている。本国軍の現役兵も予備役兵も既に大部分が最前線へ送られていた。


 予備士官を始めとする貴族子弟も区別なく前線へ送られている。ヴィルミーナと付き合いの深いゼーロウ男爵家の嫡男アルブレヒトも、新婚ながら出征した。


 そうして死に物狂いで維持されている国境防衛線の様子は、芳しくない。

 防衛線はどこも第3帯ないし第4帯まで食い破られている。酷いところは既に最後の第5帯に達していた。


 防衛線総司令官クーホルン中将は王都オーステルガムへ引っ切り無しに増援を要請していたものの、送られてくる補充兵部隊は予備役部隊や非常呼集された退役軍人部隊ばかりだった。

 現役軍人の枯渇が目前に迫っている。


 イストリア連合王国の来援は来ず、外洋派遣軍はまだ帰ってこない。

 唯一の朗報はこの状況下にあって、ベルネシアの輸出が好調だった。諸外国でベルネシア輸出物の需要が増している。亡国を見通してだろうか。奇妙な現象といえた。

 なんにせよ――

 ベルネシアはまだ膝を屈しない。


           〇


 大クレテア王国のベルネシア侵攻軍もまた、過酷な状況にあった。

 イストリア連合王国の植民地で大規模蜂起が発生し、ベルネシア外洋派遣軍も容易に動けなくなったという報せが届いた時は、クレテアの誰もがこの戦争に勝ったと確信した。早晩、ベルネシアも諦めるだろうと。


 ところがどっこい。


 ベルネシアの抵抗は一層強くなった。その尋常ならざる抗戦振りには、侵攻軍側が心の折れそうな気分になるほどだった。


 21万にいた将兵は15万強にまで減った。6万近い損害を出し、ひと季節を費やしても国境防衛線を突破できないことに、国王アンリ15世をはじめお歴々が激昂していた。

 特に宰相マリューの憤激は凄まじい。憤慨する国王をしのぐ程の激憤振りを見せ、侵攻軍の増援要請を『成果を出せぬ事業に投資をするバカがどこにいるッ! まずは防衛線を突破しろっ!』と一蹴した。


 加えて、ベルネシア軍の後方襲撃がいよいよ凶悪になっていた。

 クレテア側国境周辺の集落町村――補給中継点を爆撃し始めた。既にいくつかの村や集落が壊滅した。これにより弱体化していた補給がさらに細っている。噂では策源地の都市部には移送できない物資が大量に留まっており、横流しや横領が横行しているという。


 国境周辺の制空権をベルネシア軍が完全掌握しているため、飛空船が使えず、輜重部隊と民間流通業者のピストン輸送も阻害され、あらゆる物資が不足していた。


 武器弾薬。医薬品。防寒具、食料。馬匹用糧秣。何もかも足りない。特に砲弾と馬匹用糧秣の不足には泣きが入っている。砲弾不足のため支援砲撃が出来ず、馬匹用糧秣が足りず馬が次々と衰弱死していた。馬匹の消耗によって、火砲の移動や補給がさらに困難になるという悪循環が生じている。


 せめて、制空権さえなんとかできれば――――しかし、海軍は損害を恐れて飛空船の運用に消極的で、翼竜騎兵部隊は少し前の大損害に驚いた王都が温存命令を出して出撃を認めない(繰り返しになるが、飛空船も翼竜も“高い”のだ)。


 さらに冬の到来で新たな問題が起きていた。

 ベルネシア側は事実上の焦土作戦を実施していたため、本来なら拠点や中継地として利用するはずだった村落がない。工兵達が簡単な建物をこさえても、数日もすれば空襲で破壊されてしまう。結果として、将兵は積雪する中、天幕と毛布だけで耐えるしかなかった。


 そして、焚火で暖を取れないことが状況を一層過酷にしている。

 ベルネシア軍は開戦以来、一貫して夜間擾乱攻撃を欠かさない。焚火の灯りを見れば、必ず攻撃してくる。一時期はこれを逆手にとることも試されたが、犠牲と労力がバカにならず中止になった。


 それに、徐々にモンスターの襲撃も増えてきた。

 古今東西、この世界における軍事行動は常にモンスターの襲撃を受ける危険を伴った。

 行軍中に襲撃を受けて壊滅とか、野営中に襲撃されて壊乱とか、戦闘中に乱入されて大混乱とか、そういった事例が山ほどある。


 モンスターにしてみれば、人間という御馳走が山ほどいるのだ。襲わない道理がない。今は小型モンスターがちょろちょろ襲ってくるくらいだが、小型モンスターがこの周辺に集まれば、その小型モンスターを食っていた中型モンスター、大型モンスターがやってくる。恐るべき事態が生じるだろう。


 状況はあらゆる点で切迫していた。

 そんな状況を打破すべく、クレテア王国中央総司令部は侵攻軍総司令官リュシール大将を罷免し、ギニョン伯ランスベール大将を送り込んだ。

 聡明な諸兄ならば、おおよその人柄は想像がつくだろう。



         〇


「21万人もの将兵を搔き集め、ひと季節と6万人の命を費やして得たのが、砲弾で耕された寸土だと? 不甲斐ないにもほどがあるっ!」

 ギニョン伯ランスベール大将は大きな手を執務机に叩きつけ、参謀達に罵声を浴びせる。


 口ひげを生やしたブルドックのような顔立ち。がっしりした短躯。勇猛果敢を絵にかいたような容姿だ。ランスベールは14で入営して以来、半世紀に渡って戦場を駆けてきた筋金入りの軍人貴族だった。


「我々はベルネシア観光に来たのではないっ! 征服するために来たのだっ!」

 侵攻軍総司令部――森の中に作られた安普請の建物内でランスベール大将の怒声が響く。


 むろん、ランスベールも侵攻軍が置かれた状況の“酷さ”はよく承知していた。侵攻軍総司令官の内示を受けた後、あらゆる手管を使って前線の状況を調べ、頭に叩き込んでいた。


 結論は――――貧乏くじを引かされた。

 そうとしか言えないほど、今回のベルネシア侵攻は難戦極まっていた。

 侵攻軍はよくやっている。あらゆる物資が不足し、過酷な環境に置かれ、悲愴な消耗戦に従事してもなお、軍の規律と統率、秩序を保っていることは、賞賛に値する。

 また、ベルネシア側の勇戦敢闘と徹底した兵站線の締め上げもまた、見事としか言いようがない。人間的情実を排し、戦略方針と作戦遂行をゲーム的なほど冷酷冷静冷淡に徹底している。これが出来る軍がどれほどあるか……

 つまるところ、味方を非難するのではなく、敵の優秀さをほめるべき状況だった。


 それでも、

「冬ごもりの算段を立てる暇があるなら、作戦を考えろっ! 勝つための方法を考えろっ! ベルネシア人を倒す手立てを考えろっ!」


 ランスベールは青筋を浮かべて部下達に発破を掛けねばならなかった。

 闘志も戦意も萎びてしまい、少ない物資をやりくりして冬ごもりを企図している部下達に、もう一度戦争をやる気力を奮い立たせなくてはならない。


 冬季戦の過酷さは軍歴の長いランスベールも重々承知している。

 自動車やヘリコプターといった高速移動機械がないこの時代、冬季戦は軍の作戦能力を大きく殺がれ、物資の消耗が激しいわりに戦果が乏しい。まして、兵站状況が劣悪の極致たる現状で攻勢など愚行に等しかった。


 だが、今は最大の好機でもある。イストリアが植民地の問題で来援できず、その余波で外洋派遣軍を本国に回せない今こそ、攻勢の好機だった。

 動かねばならない。ベルネシアを一息つかせてはならない。ここは押して押して奴らを追い詰めるべきだ。

 少なくとも、この冬の間、連中が楽をできないよう痛めつけておく必要がある。


「敵の状況は? 兵站はどうだ?」

「現役兵だけでなく、予備役や徴兵部隊が散見するようになりました。敵軍の兵站状況はかなり良好です。支援砲撃は開戦以来、一度も漸減しておりません。しかも、敵兵は日に三度の飯を食い、うち一食は必ず温食を摂っております」

 参謀長の回答にランスベール大将は思わず舌打ちした。

 砲弾供給量が全く衰えず、温食を必ず提供しているだと? 羨ましい戦争をしおって。


「つまりは我が軍が優越している要素は兵力だけか。ならば、策は一つだな」

 ランスベールの仄めかした“策”を、参謀達は即座に察した。ここで察しがつかないようなボンクラでは高級参謀になどなれない。

「閣下。敵防衛線は極めて堅牢かつ高火力です。肉弾戦術では犠牲が高くつきます」


「その程度のことは分かっている」

 参謀長の諫言を蹴飛ばすように応じ、ランスベールは机に広げられた布製の大判戦況図を見下ろす。地図には部隊配置を示すピンが無数に立っていた。戦線状況は刃こぼれしたノコギリみたいな乱数的ジグザグ線を描いている。


「敵軍はこれまで一度も大規模な逆襲も反抗も仕掛けていない。あくまで持久戦に固執している。ならば、やりようはあるはずだ。犠牲を許容範囲に抑えつつ、敵へ大きな圧迫を与える方法が。場合によっては、奴らを穴倉から引きずり出すことも可能かもしれん」


 限定攻勢。それに伴う敵の誘引。参謀長は苦しげに唸る。

「閣下の御見解に異議はありませんが、物資の不足は如何ともし難いです」

「そこを考えろと言っているっ! 貴様ら参謀の仕事はなんだっ!」


 ランスベール大将の大喝に参謀長達が身を強張らせた。

「貴官らの苦労は十分に承知している。だからといって、貴官らがその務めと責を放棄して良い道理はないのだ」

 多少威容を和らげ、ランスベールは老教師が弟子達に説くように告げた。


 直後。


 ガンガンと警鐘の音が鳴り響き、表の将兵達が狂ったように喚き始めた。

「総員退避ーっ!」「退避だっ! 退避しろっ!」「逃げろっ! 急げーっ!」


 ぎょっとするランスベール大将と参謀達。そこへ、伝令が飛び込んできた。

「皆さん、今すぐ退避してくださいっ! 早くっ!」

「何事だっ!? 状況を報告しろっ!」


 参謀の一人が怒鳴り返す。汗塗れの伝令は喚くように答えた。

「敵が飛空船の大部隊を出してきましたっ!」

 ランスベールは弾かれたように窓へ駆け、空を窺う。


 初冬の灰色の空を、100隻に及ぶかという飛空船の大群が傲然と進んでいた。よくよく見れば、飛空船の種類は様々だった。海軍の戦闘飛空船から民間の飛空短艇まで混じっている。明らかにおかしい。何かがおかしい。兵員移送か? こちらの後方へ空挺降下させる気か?


 策としてはアリだと思う。こちらも当初計画した。もっとも、侵攻開始から早々に制空権を握られてしまい、却下となったが。


「? こっちに向かっていない。南西に進んでいる……?」

 ランスベールが訝ると、参謀長が顔を青くして言った。

「閣下。南西にはスノワブージュがあります」


 ベルネシア飛空船団が悠然とクレテアの策源地へ向かって飛んでいく。

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