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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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6:3

大陸共通暦1766年:夏。

―――――――――――――――――――――――――

 大クレテア王国王太子と聖冠連合帝国皇女の挙式が迫る中、大陸西方メーヴラントは騒がしかった。

 クレテアとベルネシアが着々と戦争に備えて支度を進めていく以上、周辺国もその動向を無視できなかった。


◇フルツレーテン公国の場合。

 皆さんはフルツレーテン公国を覚えているだろうか。

 変態公弟が想像を絶する愚行をやらかし、怒ったヴィルミーナの“嫌がらせ”で国内医療制度が破綻しかけた小国である。


 この小国はベルネシア南西部とクレテア北西部の間に楔の如く存在する。国土面積は埼玉県の半分ほどしかない。が、如何に国土が小さかろうと独立権を持った一国家であるから――


「我が国は中立を宣言する。ベルネシアにもクレテアにも軍の領内通行は認めない。また難民の流入も認めない。我が国に難民を受け入れる余地無しっ! 今すぐ両国との国境に厳戒態勢を敷けっ!」

 フルツレーテン公王は断言した。


「陛下。それでは我が国の経済が―――」

「“そんなこと”は後回しだっ! 今は中立を宣言し、両国に飲ませる必要があるっ! でなければ、クレテアもベルネシアも嬉々として我が国に進駐するぞっ!」

「それは、我が国を自勢力に取り込むため、ですか?」

 ならばいっそ高く売りつけてやるのも手ではないか? と重臣が考えるが、


「馬鹿者っ! 我が国にそんな価値があるわけなかろうっ! 奴らがフルツレーテンに乗りこんでくる理由はここを“戦場にするため”だっ!!」

 公王は残酷な真実を看破していた。

「クレテアもベルネシアも自国を荒らされないよう我が国を戦の舞台にする気なのだっ! 奴らにとって、我が国など弾除けの場所でしかないっ!」


 あまりの言い草に重臣達が顔を真っ赤にする。それはあまりにも自虐的、自己卑下にすぎるのではないか。

 が、公王は納得しない重臣達を叱りつけるように声を張る。


「愚弟がやらかした時のことを忘れたのかっ! 我が国は回復剤一つ荷止めされるだけで青色吐息になる国なのだぞっ! 連中は我が国を征するのに兵を起こす必要もないのだっ!」

 誰も彼もが俯いた。反論の余地などなかった。


「よいかっ! まずは戦に巻き込まれぬよう立ち回るっ! これが全てだっ!」

 公王は賢君であった。絶対目標を決して誤らない。すなわち――なんとしてもフルツレーテンを生き延びさせる。


 実のところ、クレテアはドイツがベルギーを道路代わりにしたように、フルツレーテンを踏み潰してベルネシアへ侵攻する計画も検討された。


 ところが、これにフルツレーテン相手の商売をしている商人達や文官達が大騒ぎした。

 ベルネシアを征服すれば、フルツレーテンはクレテアに屈するしかなくなる。放っておいても下るのだ。何も荒らすことはない。あとでペロッと美味しくいただく方が儲かるのだから。


 それに、戦時下でも、戦時下だからこそ交戦国間の裏口貿易は凄まじいほどの利潤を生む(利敵行為なので反逆罪ものだが、そうした制約が価値を跳ね上げる。たとえば、麻薬の値段は取り締まりが強まるほど高くなる)。


 軍内にも侵攻面を広げて兵力密度を下げるより、現国境に集中投入して一気呵成に突破する方が良い、という意見が通った。

 大兵力を活かした多方面広域侵攻作戦も悪くはなかったが、時間的制約がある以上、フルツレーテンなんぞにかかずらわっていられない。という事情が勝った形である。


 ベルネシアとしてもフルツレーテンが中立であり、クレテアがそれを呑むなら不満はない。少なくとも貴重な防衛戦力を余所へ回さずに済む。


 フルツレーテン公王の読みは正しかった。賢君の面目躍如であろう。


◇アルグシア連邦の場合

 ベルネシア王国の隣国にして敵対国、アルグシア連邦では二つの意見があった。

甲:クレテアと協力してベルネシアを分捕っちまおう。

乙:ベルネシアに恩を売って利益を得よう。

 どちらも“アリ”だった。


 ただし、前者を採用した場合、大戦争へ発展する恐れがあった。

 なんせベルネシアの背後にはイストリアが控えている。そして、アルグシアにイストリアの来寇を止める能力はない。アルグシア海軍は沿岸警備能力しかないからだ。聖冠連合帝国とベルネシアという強敵を相手にしているアルグシア連邦に、海軍へ予算と資材を回す余裕はない。


 9年戦争の再来はごめん被る。これはアルグシア連邦の総意だ。

 でもでもぉ、ベルネシアを征すれば、外洋領土が手に入るかもしれないなぁ。欲しいなぁ。凄く欲しいなぁ。だけどぉ……手に入れても外洋海運能力もないし、外洋海軍もないし、外洋領土の経営も統治もノウハウも無いしぃ……


 加えて、前年の聖冠連合帝国との“小競り合い”で被った犠牲を、アルグシアは無視しなかった。現行兵器火力で9年戦争のような大規模戦争へ至ったら……


 ベルネシアとクレテア、両者が共倒れになってくれるのが一番ありがたい。とはいえ、大国クレテアがベルネシアまで征服すれば、アルグシアはクレテアと聖冠連合という二大国に挟まれてしまう。これは国家戦略上よろしくない。


 アルグシアは決めた。

 昨日の敵は今日の友。ベルネシアと“お友達”になろう。


          〇


「アルグシアがすり寄ってきたのは分かりました。でも、なんで私が交渉に同席するので?」

 意味わからんわ。私はまだ学生やぞ。学生に外交とか無茶過ぎやわ。

 ヴィルミーナは不愉快を前面に押し出した渋面を浮かべていた。今日も表情筋が匠の技を見せている。

「我が国には優秀な外交官がたらふくいるし、政商というべき大商会があるでしょ」


「王族という肩書を持つ大実業家はお前だけだ、ヴィーナ。アルグシアもベルネシア王族相手に不義理は働けまい」

 国王カレル3世は疲労の色濃い顔で告げた。

「御国の存亡が掛かっている時だ。折れてくれ」


「そう言われてはお断り出来ないじゃありませんか。おじさまはずるいです」

 ヴィルミーナは頬を膨らませて遺憾の意を表現した。そして、小さく息を吐く。

「ちゃんと休まれていますか?」


「近頃は寝酒を飲む暇もないよ」

 馬鹿馬鹿しいと言いたげに肩を竦める国王カレル3世。立派な執務机の引き出しを開け、

「ヴィーナ。無茶をさせる代わりにお前へ金看板をやる。アルグシアの連中に舐められないよう箔付けだ」

 中から革張りファイルを取り出して渡す。


 赤地の盾に一輪のチューリップをくわえた白獅子(ヴィッテ・レーウ)の紋章が描かれていた。獅子はベルネシア王家の紋章だ。

「以後、お前の直轄事業全てにその紋の使用を許す」


 親方日の丸ならぬ親方ライオンか。これは後々事業を国営化される口実になりそやなあ。まぁ、精々上手いこと利用させてもらいましょ。

「ありがたき幸せ。非才の身なれど、陛下の御厚情にお応えすべく全霊を尽くします」

 ヴィルミーナは恭しく、それでいて完璧な礼法で謝辞を告げる。


「お前が非才なら才ある人間はよほどの化け物になるな」

 楽しげに喉を鳴らすカレル3世に、ヴィルミーナは小さく肩を竦めて尋ねた。

「先方も安全保障だけが理由ではなく、何か下心があっての接近でしょう? 何を求めてるんです?」


「外洋利権だろう。アルグシアは外洋領土を持っていないからな」


「……ふむ。どこまで譲ります? 通商条約締結、外洋市場参加容認、外洋領土の売却/移譲。個人的には適当な通商条約を結んで、我が国の自由競争市場に参加させるだけで十分かとも思います。移譲と売却は国内と現地のかなり強い反発が予想されますから、今は避けるべきでしょう」

「ペターゼンも同様の意見を言っていたな。担当官僚達と擦り合わせをしてくれ」

 カレル3世は豪奢な椅子に体を預けた。疲労困憊といった様子だった。


「本当に体を休めてください。今、陛下が倒れたら収拾がつかなくなりますよ」

 ヴィルミーナは過労で倒れそうなカレル3世を本気で心配する。

「エドワードがお前の半分も頼りになればな……あの大バカ者め、出征すると抜かしよった。戦争を男になる冒険か成人の儀式かなんかだと思ってる」


「年頃の男の子はそんなものでしょう。陛下にも似たことがあったのでは?」

「俺は戦に出たことが無いさ。出たいと思ったこともない。特に……ミカエルが死んでからはな。外洋領土の紛争にもうんざりしている」

 カレル3世は遠い目をした。


 先王次男――彼の弟は父の愛を得ようと健気に戦場へ赴き、あっさりと命を落とした。報せが届いた日。母の悲鳴が今も耳に残っている。父が吐き捨てた罵倒の言葉も。魂をナイフで削ぎ抉られるような心痛もよく覚えている。

 二度と味わいたくなかった。あの痛みを愛すべき民にも味わわせたくなかった。


 カレル3世は理想主義者ではない。が、現実主義に逃避するほど軟弱でもなかった。だから、これまで必死に平和と安定の維持に努めてきた。荒れている外洋領土も治安維持と融和を主眼にし、暴力の行使を最低限に留められるよう努めてきた。

 戦に頼らぬ国の繁栄を目指してきた。そして、父の頃とは比較にならないほどこの国は安定し、豊かになっている。

 それをクレテアの馬鹿共が台無しにしようとしている。ふざけやがってっ!


「ヴィーナ。我が国の生命線は海運貿易だ。経済も物資もそこに依存している。だが、遠国からの物資調達はどうしても時間が掛かる。戦争ではその時間が問題になる。“お隣”から得られるなら、それに越したことはない」


「はい、陛下」ヴィルミーナは大きく首肯し「それで、先方とはどこで接触します?」

 頼もしい顔つきになった姪へ、カレル三世は告げた。

「両国の国境上だ」


            〇


 ベルネシア‐アルグシア国境。

 朝の香りが抜けた午前中。盛夏の黒々とした蒼穹の下、幅広な旧レムス北方大街道の傍を通る緩やかな丘陵上で、

「おい。入んじゃねェよ。国境侵犯でしょっ引くぞコラ」


 深紅色の軍服を着たアルグシア連邦兵が忌々しげに告げる。

 濃緑色の軍服を着たベルネシア王国陸軍兵士がわざとらしく舌打ちして一歩下がる。


 両国の一個中隊がそれぞれ国境際に添って立っていた。両軍ともに完全装備である。それぞれの後方には完全編成の大隊が控えていた。


 領邦や兵科や貴賤で色や装いが異なる彩り豊かなアルグシア軍に対し、ベルネシア王国陸軍は全ての将兵が濃緑色の野戦服と山岳帽、革脚絆付きブーツ、黒っぽい硬皮革製装具で統一されていた。例外は騎兵で、野戦服の上にバーゴネット型兜と半甲冑を装着している。


 現代人の感覚で言えば、ベルネシア軍の方が近代的な印象を受ける。実際、その装いは第一次大戦時のオーストリア兵のようだ。


 しかし、この世界の現在は近代初期。すなわち――

「貧乏臭い恰好だな。ベル公は軍服に金も掛けられねーのか?」

 となるわけだ。

「着飾っても田舎モン臭さが隠れてねーぞ、アルグスのカッペめ」

 まあ、ベルネシア兵も黙っていないが。


 険悪な雰囲気が漂う中、国境をまたぐように据えられた天幕には、主に3人のアルグシア貴顕が座っていた。


 1人はアルグシア連邦政府高等外務官シュタードラー子爵。いわゆる外交官。

 1人はアルグシア連邦政府通商部高等参事官リュッヒ伯爵。いわゆる高級官僚。

 1人はアルグシア連邦ハイデルン王国王妃フリードリケ。この場のホスト役。


 三人とも華やかな礼装に身を包んでいた。王妃はフォーマルドレスに加え、秘蔵の10カラットダイヤモンドのネックレスまで下げている。


「先方は宰相ペターゼン侯と王族が来るそうですな」

 リュッヒ伯が落ち着かなそうに額の汗を拭いながらシュタードラーへ尋ねる。

 丸顔で小太りで見るからに荒事と縁のなさそうなこの50男は、この時代のアルグシア貴族に必須とされる軍歴がパッとしない。兵役の間は事務屋で一度も銃を手に戦場へ出たことが無かった。

 逆に、彼は軍歴がパッとしなくとも高級官僚に至るほど優秀、と言える。


「ええ。賢姫と名高い王妹大公令嬢です。名前は確かヴィルミーナと言ったかな」

 応じるシュタードラーはサム・ワーシントン似の精悍な四十路男性で、こちらはきっちり軍歴をこなしている。外務部で対ベルネシア畑を歩いてきたベルネシアの専門家だった。ペターゼン侯とは若手官僚の頃から知己がある。


「私もお名前は存じてます。彼女が製造販売している下着と生理用品は、今や我が国の女性達も愛用していますから」

 フリードリケ王妃がくすくすと笑う。

 会談に王妹大公令嬢が出席するという通知があり、アルグシア側が気を遣って同じ女性を、と国境領邦のハイデルン王妃に御出席いただいた、という背景がある。


 なお、彼女の発言を補強しておくと、ヴィルミーナが流通させた現代型女性下着と生理用品は今や大陸西方から北方まで普及している。付け心地と使い勝手がね……こればかりはね……

 さらに言えば、メルフィナの化粧品やコスメグッズもかなり好評で、相当数が輸出されて各地の貴顕女性や富裕層女性に届けられている。


 深紅の煌びやかな軍服をまとった騎兵将校が天幕内にやってきた。

「ベルネシア代表団が到着しました」

 リュッヒ伯爵は、来たか、と呟いてシュタードラー子爵に尋ねた。

「ふむ。ここで待ちますか? 出迎えますか?」

「お友達になりたいわけですからね。出迎えましょう。王妃陛下もよろしいですか?」

「ええ、もちろん。私はホスト役ですしね」

 フリーデリケ王妃の快諾を得て、三人は天幕の外へ出る。


 ベルネシア一行を乗せた二頭立て馬車の車列が街道を進んでくる。

 実戦経験を持つシュタードラー子爵は片眉を上げた。

 ――速い。しかも、石畳の街道を進んでいるのに、馬車がほとんど揺れてない。なんなんだ、あの馬車は。


 ヴィルミーナの新型馬車は今や相当数が量産され、戦時増産の物流を支えている。

 ひときわ瀟洒な外装を施された馬車の乗降口が開き、ベルネシア宰相ペターゼン侯が先に降り立つ。続いて、王妹大公令嬢ヴィルミーナが乗降口に姿を見せた。


 ヴィルミーナの姿を見たベルネシア将兵もアルグシア将兵も思わず見惚れ、嘆息をこぼす。

 紺碧色の瞳が美しい双眸。繊細な造作の面立ち。艶やかな薄茶色の長髪はポニーテールに結われている。均整のとれた肢体を包む赤黒のフォーマルドレスは、レースとAラインで構成され、両袖と胸元がシースルーになっていた。


 美麗。その一語に尽きる美姫は一切合切無視し、端正な細面を巡らせて周囲を見回した。

 傲然としながらも一枚絵のように強く印象的な立ち居振る舞いに、シュタードラー子爵は呻くように呟いた。

「これは……厄介な相手を寄こしたな」


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