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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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特別閑話:大公令嬢は日本食が食べたい。

PVが10,000を超えて嬉しかったので、ちょっとした小話を。

大陸共通暦1766年:ベルネシア王国暦249年:初春

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

――――――――――――――――――――

 それは、ヴィルミーナと母ユーフェリアが夕食を摂っていた時のこと。

 本日のメニューにはちょっとした隠し味に東方の食材『醤油』が使われていた。料理長がその旨を説明すると、ユーフェリアがくすくすと笑い始める。


「? どうしたんです、急に?」

「何年か前に、ヴィーナが東方料理を作ったことがあったでしょう? あの時のことを思い出したのよ」

「むむむ」

 ヴィルミーナは何とも言えない微妙な面持ちを浮かべる。顔芸得意の表情筋も困り気味だ。


 ※     ※     ※


 おそらくは13、4の頃であったろう。

 ある日のこと。ヴィルミーナは前世日本人気質の衝動に駆られた。猛烈な衝動に。

 日本食が食いたい。豪勢なものでなくて良い。いや、むしろ日常の食事が良い。

 白い米。お味噌汁。魚の塩焼き。根菜の煮物。お漬物。そんなんで良い……。


 もちろん、近代初期の大陸西方メーヴラントに和食店なんて存在しないし、大陸東方の食材を取り扱う専門店も有りはしない。そもそも日本が存在しない。似たような国はあるが、それはあくまで似た国であって、日本ではないのだ。


 それに、だ。

 現代日本の食事は二次大戦後の技術発展と不断の努力によって生み出されたものである。明け透けに言ってしまえば、日本食は二次大戦前後で別物と言って良い。

 それがまして、近代前期の異世界ともなれば……


 だが、食べたい。それでも食べたい。どうしても食べたい。食べたくて食べたくて仕方ない。

 となればもう、やるしかないっ!(鉄骨渡りを強要する利〇川幸雄風に)。


 無いならつくったらぁっ!



 米……大陸東方から輸入を試みたが、どうも難しいっぽい。距離がありすぎて輸送中に痛むそうだ。仕方ない。近場から取り寄せよう。大陸西方の一部でも米を栽培している。

 ただし、詰め物料理などに使う野菜扱いで、ジャポニカ種でもない。


 かまわへん、お取り寄せやっ!


 ちなみに、現代日本人が食べ慣れているコシヒカリは、大戦後の品種改良で生まれた物だ。

 戦前はもちろん近代にも存在しない。


 醤油と味噌。

 こちらは近代初期にも存在している。もちろん、現代ほど洗練されていない。

 醤油はたまり醤油だし、味噌も生産者によってピンキリだ。

 地球史17世紀には醤油と味噌の輸出が始まっていた。豊臣家滅亡後に多くの浪人が東南アジアなどに傭兵として渡っていたことも、輸出に関係があったかもしれない。


 細かいこたぁどうでもえぇっ! お取り寄せじゃあっ!


 みりん。

 歴史を紐解くと戦国/江戸時代の甘味が強い酒が起源らしい。現代の調味料としてのみりんは明治/大正時代に普及したとかなんとか。


 東方の酒を調達して代用すりゃあええわ。お取り寄せぇええっ!!


 もちろん、化学調味料の類はない。偉大なる味〇素は手に入らない。こればかりは無理だ。残念。

 まあ、なんであれともかく貿易商に大枚を払って方々から東方食材を調達した。



 大公令嬢発信のクエスト『東方の食材を手に入れろ』は日頃付き合いのある貿易商以外にも伝わり、ヴィルミーナと誼を通じたい東方貿易商達がこぞってこのクエストに挑戦した。

 この一件により『ベルネシアの大公令嬢は東方趣味の持ち主』と広まることになった。


 とはいえ、大陸西方から大陸東方への貿易は時間が掛かる。単純な移動時間に加え、道中の出来事や現地の状況などによってさらに変わる。

 結局、これらのクエストは年単位で行われた。


 彼らは様々なものを持ち帰ってきた。

 醤油に味噌に鰹節、清酒。干物。佃煮。漬物……

 ヴィルミーナは嬉々としてそれらを残らず買い取った。


 王妹大公家に勤める料理人達は皆、腕が良い。

 料理長などはユーフェリアの結婚に伴ってベルモンテ公国へ渡り、現地の料理を学んでいたし、

 私費と独学で他国の調理法や食材などを研究していたほどだ。


 その彼をして、

「臭っ!! なんですか、こりゃあ!? ホントに食い物なんですかっ!?」

 味噌は衝撃だったらしい。

 醤油などは「ほぉ、これは面白いですな」と好意的だったのだが。


「大丈夫。食べられるから。美味しいから」

 太鼓判を押すヴィルミーナに、料理長は怪訝そうに眉をひそめた。

「え? 食べたことあるんですか? これを? どこで?」

「細かいことはどうでも良いのよっ!」



 周囲の反応を蹴り飛ばし、ヴィルミーナは自ら腕を振るった。

 料理自体は小学生からしていたし、大学の一人暮らし時代からこっち自炊していたので、料理はお手の物だ。

 なお、ヴィルミーナは普段、料理などしない。大公令嬢という立場があるし、あれやこれやと手掛けていて忙しいからだ。

 それに、自身で料理をするのは、料理長などの面子を潰す。これはよろしくない。


 それはともかくとして、テーブルの上に料理が並ぶ。

 白米の飯。味噌汁。干物アジの炙り。根菜の煮物。漬物。オーソドックスな一汁三菜。

 ヴィルミーナは目にした料理に郷愁感が刺激され、思わず目頭が熱くなった。


「へえー……これが大陸東方の料理なのね」

 興味津々のユーフェリアは味噌汁の臭いを嗅いで、

「臭いっ! ええ……なにこれ……これは、ちょっと……ヴィーナの手作りでも無理」

 御付き侍女メリーナも引き気味に言った。

「……ご遠慮させていただきます」


 創作物では無敵の日本食も、実際にはこんなもんである。

 人を選ぶ発酵食品はそもそもハードルが高い。日本人でも日本の発酵食品である納豆やクサヤを受けいられない人がいるように、だ。文化が違えば、尚のことだろう。


 ちなみに、二次大戦中に日本軍の捕虜だった米英兵が『臭い汁』と呼んでいたのが、味噌汁である。

 かつて人気を博した『ウルルン滞〇記』という番組で、芸能人が世話になった礼に味噌煮込み料理を提供したら、土地の年配者は『こんな臭いもの食べられない』と一切口にしなかった(若い連中は恐る恐る口にし、ビミョーな顔をしていた)。


 これは日本食云々ではない。食事とはその人間が生まれ育ってきた文化を背景にしている以上、受け入れがたいものも存在する。御馳走だからと言われて、猿やネズミを食えるか、という話である。


 まあ、そんな周囲の反応も、ヴィルミーナにはどうでもよかった。

 これは彼らに日本食を体験させるための料理ではない。自身の日本人ソウルを満たすためのものだ。日本人精神の飢餓感を満たすためのものだ。


 ヴィルミーナは心の中で『いただきます』と告げてから料理を口にする。

 噛み締めるように咀嚼し、ゆっくりと飲み込む。

 ヴィルミーナの目尻に涙が滲んだ。



















 これじゃない。




 繰り返しになるが、現代日本食と近代初期の日本食は”完 全 に”別物である。異世界ともなれば尚のことである。


 長く続いた飢餓の歴史と敗戦での欠食体験により、戦後日本人は食事と食材に対して一切妥協しなくなった。穀物や野菜や家畜を品種改良し、調味料の発展と品質向上と新開発を繰り返した。日本の鮮魚流通技術を知った外国人が『何が日本人をここまで駆り立てるのか理解できない』と言ったほどだ。


 日本人は食事に妥協しない。食えればいい、では我慢できない。似たようなもんでも良い、は通じない。美味しくて当たり前で、安全で当たり前なのだ。でなければ、許されないのだ。

 10円でも安ければ、迷わず隣町のスーパーまで自転車を飛ばし、美味い物があると聞けば、当然のように他県まで行く。それが日本人なのだ。


 現代日本人の魂を持つヴィルミーナもまた、眼前の日本食に妥協できなかった。

 いや、なまじ似ていた分、期待値に全く及ばなかったことに落胆失望さえした。津波のような郷愁心と里心に襲われる。(前世の)お母さんのご飯が食べたい。家族と一緒にご飯を食べたい。


 ヴィルミーナは半べそ掻きながら日本食モドキをヤケクソ気味に食らっていく。

 その様子に、ユーフェリア達は『泣くほど不味いのか』と誤解した。


 ただし、野心と上昇志向と強欲を持つヴィルミーナはこの失敗でめげたりしなかった。

 絶対に満足できる日本食を再現したるぁ!


 ※     ※     ※


「ヴィーナが珍しく大失敗してたから、よぉく覚えてるのよねえ」

 楽しげなユーフェリアに対し、しょんぼり顔を返すヴィルミーナ。表情筋が活き活きと顔芸を発揮している。


「私もよお覚えてます。使い方も分からない食材がたくさんあって楽しかったですよ」

 料理長が懐かしそうに目を細める。

「そういえば、ああいう変わり種がご無沙汰ですな」

 事業拡大や小街区建設などヴィルミーナ自身の多忙繁忙&多用と昨今の世情により、日本食研究は後回しにされていた。


「私はまだちっとも諦めてませんからね」

 が、ヴィルミーナとしてはいつでも再開する気満々である。

 戦車の如く突っ走るこの女は、そうそう簡単にはめげない。

 

 王妹大公令嬢ヴィルミーナは日本食が食べたいのだ。

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