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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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閑話6b:ある夜の狩り。幽霊達の場合。

戦闘描写に伴い、残酷表現がございます。御留意ください。

大陸共通暦1765年:ベルネシア王国暦248年:晩冬。

大冥洋:低緯度海域:

―――――――

 ベルネシア王国は外洋へ進出した際、軍制の大変革が必要という認識に至った。

 国力に限界がある我々はイストリアやクレテア、エスパーナのような大国と同じ戦略、戦術では早晩、外洋領土支配が破綻してしまう。自分達に適したやり方と部隊が必要だ。


こうした事情から、偵察と捜索追跡を重視した部隊が創設された。


 未知の地形、未知の自然環境、未知の生態系、未知の敵。そうした大陸西方メーヴラントとは全く違う環境下で主力軍に先駆けて敵勢力圏に深く浸透潜入し、地勢を把握し、敵を捜索し、敵情を探り、時に襲撃や破壊工作を仕掛け、主力軍の活動を支援する。


 創設された部隊は森林や山林での活動を得意とし、偵察と遊撃と破壊工作に長けるようになった。今では敵から『森の悪霊』『密林の幽霊』『緑の悪魔』と恐れられている。


 ベルネシア王国陸軍の最精鋭部隊にして、ベルネシア王国府の最高機密部隊であるこの部隊は……

 特殊猟兵戦隊という。


         〇


 グリルディⅣ型高速戦闘飛空艇『ネイラー1・7』はベルプール級戦闘飛空船の真上に遷移すると、ロープを垂らした。

 特殊猟兵達が相対気流に流れるロープを伝い、ベルプール級戦闘飛空船の気嚢上部に降下。


 その姿はこの時代としては先進的な印象が強い。

 陸軍の濃緑色をした山岳帽と野戦服に革脚絆付ブーツ。目元まで覆う防寒用筒形マフラー。革手袋。付与魔導術を施した硬皮革製防護ベスト。チェストリグと装具ベルトで弾薬や手榴弾のパウチを下げている。


 武器は回転拳銃を小銃にスケールアップしたような回転式小銃(この時代では現状、唯一確実な連射機構)。太く短い銃身の前装式擲弾銃。

 かなりの重装備だが、身体強化魔導術のおかげで丸腰のように身軽だ。


 特殊猟兵達は敵船に移乗すると、足音も衣擦れ音も装備が揺れる音すらも立てず、アイススケーターが氷上を滑るように速足で進んでいく。

 突発遭遇戦が控えた環境で走る奴は愚か者だ。息切れした状態ではまともに狙いが定まらない。

 小銃を構えて速足で船内を進む彼らは、体幹と姿勢がまったく乱れなかった。


 そして、特殊猟兵達による船内の制圧戦闘は恐ろしく淡々とした”作業”だった。

 敵より先に見つけ、敵より先に射撃し、敵より確実に命中させる。その作業を淡々と繰り返す。荒げた声を上げることもなく、無言のまま静かに無機質に。

 

 特殊猟兵達は足を止めない。敵兵を淡々と殺害しながら移動し続ける。

 特殊猟兵達の放つ弾丸は、自らが意志を持っているかのように、敵兵の頭か体の中心に着弾し、その命か、戦闘能力を確実に奪う。

 倒れた後にまだ動ける敵兵には躊躇なくトドメの弾を浴びせていく。

 時折、船室などに立てこもった敵に遭遇すると、パウチから手榴弾を取り出し、導火線を摘まみ親指で弾き擦る。火系魔導術が起動して導火線が発火。船室へ手榴弾を放り込む。


 爆発。悲鳴。続けて、もう一発手榴弾を放る。再度の爆発。

 爆煙と粉塵が立ち込める船室へ滑らかに突入し、まだ息がある者を探し、殺害するだけ。


 血だらけの若いクレテア水兵が両手を上げて慈悲を乞う。まだ十代半ば過ぎくらいか。両目から涙をこぼしながら、殺さないでくれと哀願する。

 怯えきったその若い水兵へ、特殊猟兵の分隊長は迷わず引き金を引いた。


 筒形マフラーで目元まで覆っているため、分隊長の表情は窺えない。

 ただ、分隊長の双眸はそこらの穴ぼこよりも非人間的で、まったく情動を感じさせない。戦意も殺意も害意も敵意もない。ただただ無機質でどこまでも冷たかった。


 船内を奥に進むにつれ、クレテア水兵達の抵抗は激しくなっていく。クレテア人達は銃や刀剣類を持ち出して遮二無二に戦った。

 が、全てが無駄だった。

 銃撃戦では射撃の実力と練度が違い過ぎる。特殊猟兵達は弾を外さない。確実に頭か体幹に弾丸を命中させ殺傷させる。まるで熟練の狩人がのろまなガチョウでも撃つように。


 数に任せて押しかかってくれば、散弾を詰めた擲弾銃の斉射でまとめて薙ぎ倒し、そこへ擲弾を打ち込んで、敵兵達を文字通り、破砕した。


 物陰から不意打ちを図っても、強化された感覚野――視覚が、聴覚が、嗅覚が先んじて敵を発見し、害虫を踏み潰すように始末していく。


 中には手を挙げて投降を申し出てくる者もいたが、特殊猟兵達は返事として弾丸を、手榴弾を食らわせた。


 特殊猟兵達は降伏を呼び掛けない。降伏を受け入れない。彼らの進んだ後には死体しか残らない。彼らは背後に死体しか残さない。


 特殊猟兵達が突入を開始してから5分。クレテア兵達は中枢の操舵室と船倉の一角に追い詰められていた。


 船倉の一角に立てこもった水兵達はガラクタを積み上げてバリケードを組み、徹底抗戦を決め込んでいた。乗りこんできたベルネシア人が捕虜を全く取ろうとしないことに気づき、他に手がないことを悟ったらしい。


「即席にしては固いな。どうする? 爆薬をセットして吹き飛ばすか?」

「もっと手っ取り早い手がある。通信器を貸せ」


 仲間に問われた分隊長は人間味を感じない声色で応じ、

「ヒットマン2・1よりネイラー1・7。敵船の左舷下部船倉に砲撃を打ち込んでくれ」

 大きなランドセルみたいな魔導通信器の通話具を借りて『ネイラー1・7』へ通信を送った。妨害波を放つ魔導師がいないことと、レブルディⅢ型が控えているおかげで何も問題なく通信が届く。


『ネイラー1・7、了解。巻き込まれないように注意しろ』

 そして、豪快な砲声が轟き響き、船体が大きく揺れた。


 爆煙と発砲煙と粉塵が靄のように漂う船倉内は、地獄と化した。

 絶えることのない悲鳴と断末魔と絶叫と呻き声。頭や手足をもがれた者。脳味噌やはらわたをまき散らした者。爆炎に焼け焦げた者。飛散した木材に体を貫かれた者、抉られた者、砕かれた者、千切られた者、裂かれた者。散乱する指や手足や耳鼻目や内臓や肉片や肉塊。船倉内は血肉と煤煙で赤黒く塗り潰されていた。


 血肉の海の中で息のある者達が苦悶に呻き、苦痛にあえぎ、恐怖と怯懦の悲鳴を上げ、絶望に泣いていた。

 特殊猟兵達は彼らを艱難辛苦から解放してやった。銃弾と手榴弾で。


 残りは操舵室だけ。


 操舵室の手前の通路で特殊猟兵達は突入の支度を始める。

 回転式小銃のローディングレバーを下げて回転弾倉を外し、空弾倉をパウチに詰めて新しい弾倉を装着。前装式擲弾銃に散弾を詰めた。白兵戦に備え、ナイフや小型戦斧(トマホーク)などを確認。


「蝶番に爆薬を――」

 分隊長が命令を出そうとした矢先、仲間が叫ぶ。

「魔力反応っ!」


 操舵室の扉が開き、氷刃の嵐が襲い掛かってくる。特殊猟兵達は瞬時に物陰へ飛び込み、誰一人死傷しない。

 氷刃の嵐が通路を吹き荒れた後、特殊猟兵達はそっと操舵室の出入り口を窺う。


 扉の先に、クレテアの中年将校がいた。

 鮮やかな青色の燕尾服型将校用上衣と紅い下衣、ロングブーツ。右手にサーベル。左手首には仄かに魔力反応光を漂わせるブレスレット。軍服と魔導触媒が上等だ。おそらく貴族将校だろう。

 目を血走らせた中年将校が怒鳴る。


「沿岸辺境の異端者共が~っ! 卑劣極まる夜襲に飽き足らず、当船での極悪非道な狼藉三昧っ! もはや堪忍ならぬっ!! 当船副長ジャン=フランソワ・ド・ルルーが成敗してくれるっ!!」


 特殊猟兵達は互いに顔を見合わせた。何あれ? 冗談? と言いたげだった。

 ジャン=フランソワ何某が再び魔導術の発動モーションに入る。


 分隊長が手信号を送り、特殊猟兵の一人に音響閃光弾を放らせた。

 直後、ジャン=フランソワ何某は落雷のような轟音と視覚を潰す激烈な閃光に襲われ、

「ほぉあああああああっ!? ほぉあっ!? ほぉおおっ!? あっあっああっ!?」

 閃光に視覚を潰され、轟音で聴覚と三半規管がヨレた。


 魔導術の行使は集中と思考力が肝だ(1:2参照)。この状態では魔導術など使えない。

 もちろん、特殊猟兵達はジャン=フランソワ何某が回復するのを待ったりしない。一斉に弾丸をジャン=フランソワ何某へ浴びせる。


 強烈な打撃力と破壊力を持つ大口径椎の実弾を何発も浴びたジャン=フランソワ何某は、ボロ雑巾より無残な肉塊といくつかの血肉片に化けた。


 そして、特殊猟兵達は銃を構えながら操舵室へ踏み入る。足音も立てず、顔を筒形マフラーで覆い隠したまま。


 操舵室内では、船長以下の将校達と年若い兵士達が両手を上げていた。

「う、撃たないでくれっ! 降伏するっ!」


「武装を解除するまでその姿勢のまま動くな。妙な真似をしたら皆殺しにする」

 分隊長がこれまでの殺戮が嘘のようにあっさりと降伏を受け入れる。将校は情報を引き出すのに役立つ。年若い連中はオマケだ。


「ほ、他の乗員は……」

「クレテア人は貴官ら以外、生き残っていない」

 分隊長が無機質に告げると、船長とその他が慄然とし、次いで、おぞましい悪魔を見るような怯えと残虐非道な獣を睨むような憤怒を見せた。


 そんな彼らの心情を無視し、特殊猟兵達は船長達の身体検査を行って武装を解除する。将校の名誉である佩刀も許さない。全員、後ろ手を拘束帯で縛り上げる。


 「ヒットマン2・2より、ネイラー1・7。ブリッジを押さえた。敵船の制圧完了」

 『ネイラー1・7了解。捕虜は居るか?』

 「10人ちょっとだ。他は始末した」

 『やりすぎだ、ヒットマン。人員を送る。大人しくしててくれ。捕虜をいじめるなよ』

 「了解」


 分隊長は味方戦闘飛空艇のやり取りを終えてから、胸元から銀色の小さな懐中時計を取り出す。

 蓋を開けて、透明な水晶製の文字盤を確認。時刻を示す長針と短針の下では、精密なムーブメントが駆動し、ムーブメントの中の高純度魔晶石が美しく煌めいていた。


 時刻を確認し終え、懐中時計を大事そうに胸元へ戻し、分隊長は独りごちる。

「突入から制圧まで10分弱か。まあまあだな」


          〇


 狩りを終えた戦争鯨は幽霊達を再び乗せ、クレテア船を曳航して最寄りの大冥洋群島帯へ向かう。

大冥洋群島帯のベルネシア領土に到着後、特殊猟兵達は船を降りて反ベルネシア勢力相手の紛争へ参加した。

 彼らが本国へ呼び戻されるのは、まだ先のこと。


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― 新着の感想 ―
極秘機密......極秘かぁ? 王妹大公令嬢に不誠実を働くほどだからよっぽどのもんかと思ったら
[気になる点]   [一言]  分隊長はレーヴレヒトじゃないかな。
[一言] 第一部の幽霊達のところまで読みました。 この作品、とても面白いです。 次の話次の話と気付いたらかなりの時間がたってました。 今後の更新も頑張って下さい。
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