閑話5:魔導術戦技の授業風景。
再開します。
大陸共通暦1765年:ベルネシア王国暦248年:冬。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
―――――――
「どーんっ!」
間抜けな掛け声とは裏腹に、アリシアの右手から放射された魔力エネルギーは、相手を務める三枚目系イケメンのカイ・デア・ロイテールが構築した分厚い土壁を容易く破砕し、そのままカイを吹っ飛ばした。
優雅さも技巧さも何もない、ただ莫大な魔力を叩きつけるだけ。可憐なアリシアの外見からは想像もつかない野蛮かつ豪快なやり口だった。
「勝負ありっ! 勝者、ワイクゼルッ!」
審判役の教官が右手の赤い旗を挙げた。
競技線の外にいた生徒達、その中の予備士官課程で日々軍事教育を受けている連中からブーイングが上がった。勝者のアリシアではなく、敗者のカイに。
「水兵修行が活かされてねーぞ」「教養課程の奴に負けてんじゃねーぞ、チャラ男ッ!」
ジャージに似た訓練着をボロボロにしたカイが鼻血を拭い、半べそ寸前の顔で怒鳴り返す。
「うるせーバーカっ! 文句があんならお前らが戦ってみろっ! 死ぬかと思ったわボケっ!」
惚れた相手に本気は出せぬ、とチャラい軽口を叩く余裕もないほど怖い思いをしたらしい。
そんなやりとりを他所に、アリシアは軽快なスキップをしながらヴィルミーナ達の元へ戻ってきた。
「勝ちましたーっ!」
「ええそうね。無事で済んで何よりだわ」
グウェンドリンが良い子良い子とアリシアの髪を撫でる。その姿は飼い犬を愛でる愛犬家そのものであるが、褒められ撫でられているアリシアは『えへへへ』と満更ではない様子。
「出力はちゃんと20パーに抑えられていたわね」「ようやく制御が物になってきたか」「三年越しについに……」「アタシたち頑張ったなぁ……」
ヴィルミーナの側近衆が感慨深そうに呟く。
彼女達は『アリシアに魔力制御を習得させる』という難関プロジェクトに挑んでいた。なんでそんな砂を噛むような苦行に臨んだのか、ヴィルミーナは知りたくない。
さて、そろそろ説明しておこう。
貴族にとって魔導術とは必須教養であり、必須技能だった。
その理由は貴族=魔導術士だった時代の名残であり、貴族=戦う人だった時代に魔導術戦技が必須だった影響であり、暗殺や襲撃から身を護るための護身術であり、血統主義に基づく魔導適正の高さを生かすためだった。
よって、貴族子女専門の教育機関である王立学園において、魔導術関連の授業は選択課程を問わず必修項目なのである。
「次ッ! 白、マテルリッツッ! 赤、レンデルバッハ、ヴィルミーナッ!」
呼ばれたヴィルミーナは面倒臭そうに競技線内へ向かっていく。
ちなみにベルネシア王族は大抵が姓がレンデルバッハなので、こういう場合、姓の後に名前も呼ばれる。
ヴィルミーナの相手は宮廷魔導士総監の末息子ギイ・ド・マテルリッツ。幼い頃から魔導術で卓越した才を発揮し、神童とか天才児とかもてはやされている弟系カワイイ美少年だ。
が、二年前の諸侯御機嫌伺でアリシアの全ブッパを目の当たりにして以来、ひとが変わったように、何かに取り憑かれたように魔導術の鍛錬と研鑽に打ち込んでいた。
可愛い系美少年は大好物やけど、悪いなぁ。扱いの面倒な闇落ち系坊主は好かんねや。
「お手柔らかに」
「全力で行きます」とガチな目つきのギイ。
お手柔らかにて言うとるやろがーっ!
「ヴィーナさま、がんばってー」とアリシアの声援を始めに側近衆の応援が届く。
学生時代の部活が脳裏をよぎる。人間関係でうざったい思いもしたが、自分は良い時間を過ごせたな、と郷愁を抱く。こうして人生二度目の十代学生生活を送っていると余計にそう思う。
「始めっ!」
審判役の教官の号令が飛んだ直後。
ヴィルミーナは即座に、指輪を触媒に魔導術を行使した。前世において21世紀の知識と鉄火場巡りの経験を持つヴィルミーナは、こう言う時、最も手っ取り早い攻撃を選ぶ。
先手必勝やっ!
「爆ぜろぉっ!」
周囲の魔素を燃焼剤にした一種の気化爆発。繊細さはないが、攻撃魔導技術としてはよくある火系爆発魔導術だ。が、
「ぬぁ?」
具現化した爆炎はヴィルミーナがイメージした爆発力に全く及ばない。燃料気化弾頭を使ったはずが、手榴弾程度の爆発しかしなかった。その理由は単純明快。
周囲の大気中魔素が先に“消費”されていたからだ。
「この、」
ヴィルミーナがクソガキと悪態を続ける前に、ギイが魔導術を発動する。
アリシアの魔力大砲に似た魔素エネルギーの奔流。さながらアニメのビームかレーザーか。まあ、なにはともあれ――
ぎにゃー。
「勝者、マテルリッツッ!」
で。
「私は管理職型の人間だから。こういう現場仕事的なことは苦手なの」
アレックスに乱れた髪を梳かされながらぼやくヴィルミーナ。
「言い訳としてもビミョーですね」とメルフィナが笑う。「いつもの切れがない」
「ホントに昔から魔導術は下手よね」とグウェンドリンも笑う。「せっかくの高魔導適性が持ち腐れね」
「幼馴染達の優しい言葉が身に染みるわ。お礼にキスしてやろうか。舌まで絡めてやっぞコラァッ!」
「なんて酷い言葉遣い。負けたショックでグレたのね。まあ、大変。王妹大公令嬢がグレてしまったわ」
ここぞとばかりにせせら笑うグウェンドリン。コイツやっぱり私のこと嫌いやろ。
「キスはともかく舌はちょっと……」
メル? メルさん? なんでそない満更でもなく頬染めてるの? 冗談やで?
「え。ヴィーナ様に勝てばキスしてもらえるんですかぁ?」
アリシアがデカい声でそう言うと、男子達がにわかにざわめき始める。一部の女子達も目の色が変わった。というか、側近衆も混ざってやがる。
ありしあああああああ……っ! ヴィルミーナはぎろりと睨みつけた。
「アリス。後でお話ししましょうね」
「あれ? ヴィーナ、さま? なんで、そんな怖い顔してるの? え? あれ?」
自分がやらかしたことに気づいてないアホンダラは放っておいて……
「アレックスッ! ニーナッ!」
ヴィルミーナは“侍従長”と側近衆一の魔導術遣いを呼び、告げた。
「馬鹿共を蹴散らしてこい」
「ヴィーナ様の唇は私が守ります」「身の程知らず共を粛清してきますわ」
アレックスは指をポキパキ鳴らし、ニーナはクレイジーな目つきで首をこきりと鳴らす。
結論から言えば、ヴィルミーナの唇は守られた。そして――
「アリシア? ちょっといい?」
ヴィルミーナはアリシアをおもむろに抱擁した。
「? ? ? ? ?」
予期せぬ事態にアリシアが驚愕し、一部女子が『キマシタワー』とはしゃいだ、その刹那。
ヴィルミーナはアリシアへ失言のお仕置きとしてコブラツイストを食らわせる。
「いいいいったぁああああいっ! なななにこれなにこれなにこれえええ!? ヴぃーなさまっ!? ヴぃーなさまああっ!?」
世界初の体験である。
だからどうした、という次元ではあるが。
とまれ、このように魔導術戦技の授業はちょっとしたレクリエーションの場と化していた。
誰もが今更こんなもんが実際に必要になるとは思っていない。教えている方だって、伝統だからという意識しか抱いていなかった。
大クレテア王国との戦争を強く危惧しているヴィルミーナですら、この授業が役立つ日が来ると考えたことはない。
少なくとも、この頃はまだ。




