表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/336

5:0:17歳は足元の穴に落っこちる

サブタイは毎回テキトーです。

※誤字が酷かったので多少修正しました。内容に変化はありません。

大陸共通暦1765年:ベルネシア王国暦248年:春。

大陸西方メーヴラント:アルグシア連邦―聖冠連合帝国国境:両国係争地域某所。

 ――――――――

 アルグシア連邦と聖冠連合帝国はザモツィアという土地を巡り、ここ数年ほどだらだらと銃火を交えていた。

 同地の地政学的価値や歴史的背景はともかくとして、この春も、両軍はそれなりの兵力を投じ、ひと会戦することにしたらしい。


 この会戦の舞台になったのは、少しばかりの起伏がある平野地域だった。村落が一つ二つあり、村落の右翼側に薪炭林がぽつぽつと広がっている。


 舞台に一足早く展開した聖冠連合帝国軍は、この時代の軍隊として当然のように現地徴発を行った。村落の農家から食い物を根こそぎ持ち去り、さらに資材として家屋や納屋や厩舎や柵などをぶっ壊して建材を持ち去った(“一応”は帝国領ということで、補償費が払われた。銀貨数枚程度で全然補償になっていなかったが)。


 やがて、戦場にアルグシア軍が姿を見せた。

 アルグシア兵達はヴァッフェンロックと呼ばれる形状の軍服と角付革兜ピッケルハウベをまとい、弾盒帯とランドセル型背嚢を装備し、銃剣を付けた後装式歩兵銃を抱えている。この時代の歩兵が好む革製胸甲は付けていない。

 連邦制国家のアルグシア軍は各領邦のごとに軍服の色が違う。紺青色、小豆色、暗緑色、藤黄色、白灰色……まるでクレヨンセットだ。


 連邦貴族達はピッケルハウベに金銀メッキの装飾板を貼り付け、上衣には金糸の刺繍などが施されていた。貴族の多い騎兵達は豪華な装飾が入った硬皮革製の胸甲や籠手を着けている。

 カラフルな軍隊が大隊ごとに複層横隊戦列を組み、整然と戦場に布陣していく。


 彼らを迎え撃つ聖冠連合帝国軍も、アルグシア同様に色彩豊かだった。

 聖冠連合帝国はメーヴラント東部からディビアラント西部にまたがる大国であり、多民族国家であるため各民族軍団は軍服とシャコー帽の色が違い、デザインが微妙に異なる。また貴族将校達は例外なく瀟洒で美しい軍服や装具をまとっていた。


空から見たら、きっと原野にモザイク模様が広がっているように見えただろう。


                  〇


 実のところ、戦闘は両軍が対峙する以前から始まっていた。

 空では既に両軍の翼竜騎兵や戦闘飛空艇が戦いを繰り広げている。

 地球よりもはるかに早く空へ人類が進出したこの世界では、制空権の重要さが既に理解されていた。もっとも、翼竜騎兵も飛空艇もハンパなく高価な兵科/兵器のため、両軍は損害を避けて、牽制と戦場上空への侵入妨害に留めていたが。


 戦闘を控え、両軍の魔導士達は多忙だった。彼らは担当部隊の将兵に付与魔導術を施し、指揮所周辺に対魔導術用防護障壁を張り、妨害波を出して魔導通信を妨害し、果ては後方の診療所などで野戦治療の準備を整えていた。まさに大忙しである。

 この時代、魔導士の役割はこうした支援任務が主流で、ドンパチチャンバラに直接加わることは稀だった。


 これは単純に魔導術の平均射程が高性能化した銃砲に劣ること(集団魔導術を含む)。次に、費用対効果の面で魔導士を直接戦闘に使うことが割に合わなくなったからだ。

 魔導士になる奴はそれなりの魔導適性が求められる。そして、魔導適性が高い者は大概が貴族であり、その教育には非常に金と時間が掛かる。それこそ、子供の頃から育てて、だ。


 そうして多大な経費と労力を注いで育て上げた貴顕の出や才能ある若者が、銃を持たせた農民上がりの兵士が放つ鉛玉で失われる。

 割に合わない。まったく割に合わない。

 かくして、魔導士達は幸いにも戦場から遠ざかったわけだ。例外は翼竜騎兵達で、彼らは翼竜を駆りながら魔導術で攻撃する(相対気流の激しい上空で単発銃など装填できない)。


 戦争が発達すれば発達するほど、経済性を無視できなくなるという一例。


                 〇


 さて、ついに地上でも戦いが始まった。

 先行したのはアルグシア連邦だった。正面と両翼の銃兵隊が一斉に前進を開始する。

 両翼が聖冠連合の両翼に圧力をかけ、軽砲の直接支援の下、正面中央から押し切る。そういう単純で手堅い戦術を取ったようだ。


 色彩豊かな兵士達が複層横隊戦列を組んだまま前進を開始する。

 互いに肩が触れ合うほど密着しているのは、一斉射撃時の弾幕密度を上げるため。

 それと、臆して立ち止まったり、逃げ出したりすることを防ぐため。

 横隊の両端にいる下士官達は兵士達を督戦する役割も帯びており、腰の軍刀で臆病者をぶった切ることを厭わない。


 アルグシア軍銃兵部隊の前進を端緒に、戦場の女神達が合唱を始めた。

 アルグシアは支援砲火を、聖冠連合は阻止砲火を放つ。


 両軍ともに配備されている火砲は、全て砲架搭載の前装式砲だった。

 これはアルグシアの軍制上、火砲のように金と鉄資源のかさむ兵器をおいそれと更新できないからだ。聖冠連合帝国も大国ゆえに常備軍が巨大なため、更新した兵器を全軍へ行き渡らせるのに大量の時間と金と労力が必要だった(産業革命前は銑鉄と鋼鉄の量産は難しい。後装式歩兵銃を先に普及させたのも、大砲を数揃えるより安かったため)。


 弾道学や砲撃理論の未成熟な時代らしく、両軍の砲撃は弾着がばらけており、照準弾着域に落ちる砲弾は3割にも満たない。

 それでも、砲弾が榴弾のため、敵陣を直撃すると一撃で戦列一隊を半壊至らしめる。

 悲鳴と断末魔の合唱。吹き飛ぶ肉塊。まき散らされる血肉。千切れ飛ぶ手足。飛び散る生首や臓物。大地に物言わぬ骸が散乱し、巻き上げられた土砂と共に肉片や肉塊が降り注ぐ。


 銃兵隊に追従する軽砲隊が砲弾を浴び、その弾薬が誘爆。付近の銃兵が巻き込まれる。“運悪く”死に損なった者は、もぎ取られた四肢の傷口や引きずり出された臓物を抑えながら、声にならない悲鳴と苦悶を上げ続けた。


 血と鉄と土と魔晶炸薬の臭いが満ちていく中、アルグシア連邦軍銃兵達は前へ進み続けた。死者を踏み越え、泣き叫ぶ負傷者を置き去りにして歩みを止めない。後続の者が駆けてきて横隊の穴を速やかに埋める。


 迎え撃つ聖冠連合側も無傷ではない。資材で作られた砲台は真っ先に狙われ、既にいくつか吹き飛ばされていた。どの銃兵戦列も死体と負傷だらけだった。しかし、彼らは崩れた戦列を速やかに組み直し、欠員の穴を埋めて戦い続けた。


 どちらもまるで火に飛び込んでいく昆虫のようで、人間味がまるで感じられない。

 ただ、兵士達の顔は恐怖と怯懦で引きつり強張っているか、諦念と達観で能面と化していた。紛れもなく、彼ら一人一人が感情を持つ人間だった。昆虫などではなく、人間なのだ。


 用兵する者達とて、このやり方が如何に残酷で無残なものかは百も承知だった。

 ただ、他に手がないのだ。

 魔導通信が阻害されているため、諸部隊を個別に細かく指揮統率できない。ひと固まりで動かすしかなかった。軍事的必要性が人道的、道徳的問題を蹴り飛ばす好例だろう。言っておくと、戦列歩兵を生き延びるコツなんてない。運次第だ。笑うしかない。


 幸い、地球史と違って彼らは所持している武器の性能を理解していた。南北戦争のアメリカ人のように長射程の旋条銃を使いながら、相手の白目が見える距離で撃ち合うなどというバカなことはしなかった。


 アルグシア銃兵達は有効射程(約300メートル前後)に入ったと目測した段階で、射撃を開始する。そして、装填して敵が立ち直るまで前進。発砲。前進を繰り返す。

 それは、聖冠連合帝国の銃兵達も同様で、敵が射程に入ったと判断した時点で迎撃射撃を開始。敵が前進をしている間に体勢を立て直し、発砲。立て直し。発砲を繰り返す。


 ばたばたと倒れていく両軍の兵士達。この時代の大口径椎の実弾は初速こそ現代銃に劣るが、その打撃力と人体破壊力はむしろ現代の銃弾よりエグい。

 弾丸を浴び、手足が毟られるように千切れ飛んだ者、頭が砕かれた者、身体に大穴が開いた者と悲惨な死にざまを晒す。


 それでも、彼らは撃ち続け、歩み続ける。それでも、彼らは撃ち続け、一歩も引かない。

 彼らの生死は確率論と純然たる運で決する。個々人の人間性も魂の質も考慮されない。

 

 そして、戦闘は両軍の中央が近接距離に達し、次の段階へ進む。

 銃剣突撃を得意とした旧日本軍の戦闘教義によれば、戦闘装備の兵士は一秒で5メートル進めるかどうか。よって、突撃開始距離は30メートル以内が望ましい。とされている。


 アルグシア銃兵達は多くの死傷者を置き去りにしながら、聖冠連合帝国軍の最前列25メートル手前まで到達した。

 聖冠連合軍の銃兵達も射撃の時間が終わったことを理解し、銃剣付小銃を短槍のように構えた。


「突撃ぃ――――――――――――――――っ!」

「掛かれぇ―――――――――――――――っ!」


 両軍の将校が軍刀を振るって怒鳴り、両軍の銃兵達が雄叫びを、恐怖と憤怒に満ちたやけっぱちの絶叫を挙げて銃剣突撃を開始した。


 両軍の兵士達は互いに銃剣で突き刺し、切りつける。床尾で殴り、床尾板を叩きつける。銃を投げ捨てナイフやスコップなどで戦う者も居る。取っ組み合って殴り合い、手頃な石を掴んで滅多打ちにする奴もいたし、相手の喉が潰れるほど強く首を絞める奴もいた。


 アニメや映画のような格好良い立ち回りをしている者など一人もいない。誰も彼もががむしゃらに武器を振り回し、小振りを振り回し、怒声と罵声と絶叫を上げながら、死に物狂いで視界に入る“敵”を殺しにかかる。

 これこそ正義も悪もない純然たる生存闘争。

 人間の自然状態。



 望遠鏡や視覚強化魔導術で戦況を見守る両軍の上級指揮官は、矢継ぎ早に命令を飛ばしていた。魔導通信術が妨害で役に立たない以上、逐次、伝令を飛ばすしかない。

 空の戦いは膠着状態、両翼は互いを拘束状態。戦いの趨勢は中央の戦況次第だった。

 セオリーで言えば、ここで騎兵を突入させるか側面展開させるのも手だった。

 だが、アルグシア連邦軍は騎兵の投入を控えた。


 身体強化魔導術と高魔導素材装備の存在が、近代初期に入ってもなお、装甲騎兵や装甲兵の価値を損なわせていなかった。流石に砲弾が降り注ぐ野戦では、鈍重な装甲兵の出番はないが(装甲兵の真価は拠点攻防戦や市街戦などで発揮される)、装甲騎兵は一種の決戦戦力として有効だった。


 特に、敵方の聖冠連合帝国が誇る有翼衝撃装甲騎兵(フサリア)は世界最強と言われるほど強い。

 ゆえに、アルグシア連邦軍はこの帝国フサリアを警戒し、騎兵の投入を控えていた。

 その躊躇を突くように、聖冠連合帝国軍は銃兵の予備隊を前線へ突入させる。


 中央の均衡が大きく揺らぐ。慌てたアルグシア軍が同様に銃兵予備隊を前線へ送り出した、その刹那。

 戦場の西側に、迂回機動していたらしい帝国の騎兵が現われた。

 キルティングコートをまとう大型の軍馬にまたがる騎兵は、真っ赤な軍服に真っ黒な重甲冑を着込んでおり、背中に翼飾りを立てている。

 聖冠連合帝国が誇る最強の騎兵部隊、帝国フサリア。

 中隊規模のフサリアは五メートルはある長騎槍(コピア)を構え、雄叫びと共に突撃を開始する。

「フラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 重騎兵が駆る馬は現代時代劇に使われるひ弱なサラブレッドとは違う。騎兵用に品種改良された戦闘用軍馬だ。重たい重装兵を乗せても高速で駆ける馬体とたくましい脚を持つ。人間を容易く蹴り殺し、トマトのように踏み潰すほどの脚力と体重を持つ。


 アルグシア銃兵予備隊が大急ぎで方陣を組む。銃剣を付けた長い小銃を連ねて槍衾を形成した。が、帝国フサリアは全く動じない。むしろさらに突撃を加速させた。


 方陣から放たれる弾幕にも、フサリアはほとんど被害を出さない。魔導術付与の高魔導素材製甲冑や厚手のキルティングコートが人馬の致命傷を防ぐ。何より、圧倒的な威容と速力が銃兵達を恐怖させ、射撃を大きく狂わせていた。


 そして、帝国フサリアの騎馬突撃は文字通りアルグシア銃兵予備隊の方陣を破砕した。


 長騎槍の一撃を浴びた銃兵にはその衝撃のあまり、身体が千切れた者さえいた。速度が乗った軍馬に撥ねられた者はトラックに撥ねられた人間と全く同じ外傷を負った。蹴り殺され、踏み殺される者が続出する。

 

 突撃後のフサリア達は使い捨て武器の長騎槍(突撃の衝撃を逃がすため、穂先付近が折れる構造になっている)を放り捨て、刺突長剣(エストック)やサーベル、手斧、戦槌(メイス)を抜き、騎馬を駆けさせながら予備隊を蹂躙していく。


 正面中央で戦っていたアルグシア銃兵達は数的劣勢に傾いたことに加え、後方が遮断されたことで心が折れた。包囲殲滅の恐怖に駆られ、算を乱して逃げ出し始める。


 だが、アルグシア軍指揮官はまだ諦めていなかった。

 予備隊を蹴散らす帝国フサリアの横っ腹を撃つべく砲撃を命じる。味方ごとになるが、構う素振りも見せない。今、ここで帝国フサリア部隊を撃破できれば、戦況は再びひっくり返る。壊乱した予備隊の犠牲だけでフサリアを獲れるなら安い。軍事的怜悧性は道徳を上回る瞬間。


 命令は実現されなかった。否、実現できなかった。


 空の戦いを制した帝国翼竜騎兵の編隊がアルグシア軍の砲列や前線司令部へ襲い掛かったからだ。

 勝敗は決した。


                     〇


 このザモツィアを巡ってだらだらと続く紛争は、この春の会戦後、一部の関係者に重要な事実を気づかせた。

 激増していく戦費と比例して跳ね上がっていく死傷者数の相関関係。

 現行兵器の殺傷力と現行の用兵が乖離していることは明らかとなり、また戦費の激増はこれまでのような漫然とした”戦争ごっこ”の財政的負担に耐えられないことを示唆していた。


 この事実がもたらす”結果”が、世界に影響を与えるのはまだ先のこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ