表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第4部:美魔女時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

334/336

閑話39b:ジュラシック・デイ

334話を3月3日4時に投稿したかっただけなんだ。

 マンディブラ・デ・バルマ。

 バルマの大顎。


 その竜をミランディア人はそう呼ぶ。

 現代地球の戦闘機F16と大差ない全長15メートルを超える体躯を持ち、全身を滑らかな鱗甲で覆っている。そんな自身の体躯を一飲みに出来そうな大きな口は、どんなものでも噛み砕きそうな牙が並んでいた。

 このバケモノは好奇心が強く、気になったら“とりあえず噛み砕く”という――ちょっとアホの子である。


 ちょっとアホな大型両生竜種の鱗甲(アーマード)泥竜(マイアグレーター)は大量の血の臭いを嗅ぎ取り、大量の獲物の気配に釣られ、エル・パチョへ辿り着いた。


 そして、水面に漂っていたり、岸辺に転がっていたりする大勢の人間の死体。その死体を貪るために集まったモンスターや動物や魚や鳥や虫達。

 鱗甲泥竜はたくさんの獲物に歓喜し、好奇心と食欲のままに大顎を全開した。


      ○


 延焼する街から立ち昇る黒煙と戦闘によって生じた大量の粉塵に覆われ、河港町エル・パチョは昼過ぎ辺りだというのに、宵の口みたく仄暗い。


 町の攻略に当たっていたベルネシア軍部隊は、一時的に動きを止めている。

 自らの空爆や砲撃でエル・パチョ全体が大炎上しており、これ以上の前進が不可能になっていたからだ。そのため、火災が鎮まるまで前進を止め、死傷者や捕虜の後送、弾薬や飲食物などの補給など態勢を整え直していた。


 建物から人間まで様々なものが燃える悪臭と炎熱の酷暑の中、町内に留まるベルネシア軍前哨部隊は火災の熱気に耐えながら、飯を食い、クソを垂れ、ミランディア軍将兵と難民と町の住民が立てこもっている河港の辺りを監視する。


 遊底駆動式単発銃を壁に開いた穴に据えながら、ブーニーハットを被った歩哨が眉根を潜める。

「なんか、騒がしくなったような」


「降伏か徹底抗戦かで揉めてるんだろ。よくあることだ」

 古参の軍曹が訳知り顔で語りつつ、配給された昼食を摂る。


 大きめの乾パンと中隊給食分隊が作ったシチューだ。飯盒に注がれた、出所不明の肉と乾燥野菜を煮込んだブラウンシチューに千切った乾パンを浸して柔らかくふやかす。なんたって乾パンは木の皮と呼ばれるほど硬いのだ。こうしないと食えたもんじゃない。


「どうせ焼いちまうなら、略奪させて欲しかったぜ。もったいねェ」

「俺は女の方が良い。イキの良いミランディア女を()りたい」

 スレた兵士達がろくでもないことを宣うが、古参軍曹が厳めしい顔で釘を刺す。

「バカな真似すんなよ。今回の戦は国家憲兵隊が多いんだ。とっ捕まったら最悪、即決裁判で吊るし首だぞ。俺はお前らを庇う気なんてねェからな」


 ミランディア侵攻における大きな問題は、ミランディア軍ではなく部隊移動の困難な難地勢と既存交通網の貧弱さだ。特にまとまった大部隊や装甲車などの機械化部隊の移動に適した整備道路が限られている。


 このため、国家憲兵隊の野戦連隊による交通管制が敷かれていた。

 むろん、憲兵の任務は交通管制だけではない。捕えた敵兵や難民の管理監督、制圧地域の治安維持なども担っており、特に現地で悪事を働く自軍兵士を重大な“敵”――国王陛下と王国の名誉に泥を塗った面汚しとして取り締まっている。


 敵兵の死体漁りや民間人の小銭を巻き上げる程度なら目こぼしもするが、大掛かりな略奪行為や占領地域内での強姦、強盗、殺人などは発覚次第、憲兵隊による上訴権無しの即決軍事裁判が行われる。


 ほとんどの場合は問答無用で有罪判決が下されて懲罰大隊へ送られ、階級剥奪の上で惨めな戦場掃除や死体埋葬をやらされ、戦争終結後に不名誉除隊となる(退職金も年金も無く、軍籍の保証その他が一切ない)。度の過ぎた悪事をした場合は銃殺刑。敵前逃亡は確実に絞首刑(首から『私は戦友を裏切りました』と看板を下げられた)。


 まぁ、この辺りはベルネシア軍に限らない。聖王教圏の軍隊は組織の面目を潰す者と組織の統制秩序を乱す者に容赦がない。ベルネシア戦役でも、東メーヴラント戦争でも、地中海戦争でも、行われている。


「お行儀よく敵をぶっ殺してろ。良いな?」

 古参軍曹が再び釘差しをしたところで、歩哨が再び口を開く。

「やっぱり、なんかおかしいって。悲鳴とか怒号とか聞こえてくるし、銃声も」


「内ゲバを始めたんじゃねえか?」

 兵士の一人が煩わしげに応じた、刹那。

 それはエル・パチョの町に轟いた。


 大型竜種が放つ竜叫(ドラゴンシャウト)


 獣の咆哮とは一線を画す、音圧の衝撃波。大気中の魔素を伝播し、あらゆる生物の根幹を慄き震わせる魔素の高圧波動。生物的本能を打ちのめす恐怖。


 古参軍曹と兵士達が乾パンと飯盒を放りだして窓際や崩落開口部に駆け寄り、血の気が引いた顔で河港を窺う。

「まさか、港を竜が襲ってるのか?」


「俺達に街を焼かれた挙句に、か。気の毒なこった」と兵士が皮肉をこぼすも、

「バカ野郎。竜が次に俺達を襲ってくる可能性もあるだろうが。それに、下手したら俺達に竜退治の命令が出るかもしれねェぞ」

 古参軍曹は心底嫌そうに顔をしかめながら、部下達へ命令を発する。

「2人出ろ。小隊長と中隊長へ報告に行け。全力でだぞ。それと、手透きの奴は移動の準備だ」


「移動? なんで?」

 訝る兵士の一人に、古参軍曹が怖い顔で怒鳴る。

「竜が港からこっちに襲ってきた場合に備えてだっ! 分かったら急げ、アホンダラッ!!」


 古参軍曹の怒声で兵士達は慌てて移動支度を取り始める。

 気の利いた下士官や古参兵のいる隊はどこも似たような対応を取っていた。


 分隊は小隊や中隊へ報告し。中隊は大隊本部へ報告し。大隊本部は即座に翼竜騎兵を飛ばして事実確認。河港を襲う大型の両生竜を視認。


 大隊長は机を殴りつけた。

「クソッタレッ! これで町の早期確保と次目標への前進がパーだッ!」


 得られる手柄が減ったことに大隊長が憤懣を爆発させる一方、大隊参謀達は頭を抱えた。既に連隊本部や戦闘団本部にも即報しているが、手持ちの戦力では手の打ちようがない。

 なんたって大型竜種は大概が要塞砲の直撃にさえ耐えるのだ。


 というか、何か間違えば、戦争計画そのものが狂いかねない。

 実際、カロルレンを襲った西方巻角大飛竜(ヴェスト・グレーター)などはたった一頭でカロルレンの国家戦略と国家計画を狂わせた。先日、鉄道敷設現場に現れた獣竜種の大角(スリネアン・)密林(ジャングル)(ドラゴン)だって、下手すりゃ鉄道計画を根っこから台無しにしていたかもしれない。


 大型竜はこの魔導技術文明世界における頂点生物であり、人類にとって理不尽なまでの脅威なのである。


「中佐殿。どうしますか?」

 首席参謀があえて問う。


「兵を町から後退させろ。俺達の仕事は戦争だ。竜の相手なんかしてられるか」

 大隊長は苦々しい顔で毒づく。こうなれば、兵の損耗だけは避けたい。手持ちの戦力さえ維持できれば、挽回の目はあるはずだ。

「港のミランディア人で腹いっぱいになれば、竜もどっかへ行くかもしれんからなっ!」


       ○


 その光景をどう見做すべきだろう。

 大鯨が鰯の群れをごっそりと一飲みにする光景に似ているし、蜂の巣を壊した熊が幼虫や蜜を見境なしに貪っているようだし、蟻塚を襲ったアリクイが一心不乱に蟻達を食い荒らしている様にも見えた。もしくは、ブルドーザーがドーザーブレードでバリケードを蹴散らす光景のようでもあるし、チリトリがゴミの山を掬い取るみたいでもある。


 鱗甲泥竜は巨大な口を開けながら勢いよく突進し、逃げ惑う群衆の一団を大顎に捉えた。老若も男女も問わず。


 ば っ く ん。


 一瞬で十数人の人間が泥竜の大顎内へと消え去った。

 丸太杭染みた歯列から圧潰した人間の鮮血が噴き出し、千切られた四肢や肉塊がぼとぼとと落ちていく。閉ざされた大顎内から即死できなかった不幸な者の悲鳴が漏れ届くも、アスファルトの路面染みた舌によって胃袋へ向かって押し込まれていく。


 血の味。血の臭い。獲物達の絶叫と怒号と悲鳴。眼前で激しく動き回る大勢の獲物。

 全てが鱗甲泥竜の狩猟本能と食欲と好奇心を強く強く刺激し、ちょっとアホな脳ミソに猛烈な衝動と欲望を走らせる。

 食べたい食べたいもっと食べたい。もっと一気にたくさん食べたい。口の中を獲物でいっぱいに満たしたい。


 血肉で真っ赤に染まった大顎が限界まで開かれ、鱗甲泥竜は咆哮した。

 歓喜の竜叫(ドラゴンシャウト)


 河港にいる全ての者達が生物的絶望と本能的恐怖へ叩き落とされ、魂から毛先まで怯え竦み、慄き固まる。極大の恐怖に失神を通り過ぎてショック死した者さえ少なくない。


 泥竜は巨大な尾を振り回して後方の獲物を撥ね飛ばし、大顎を開けながら突進して動けない獲物を捉え、あるいは巨躯で轢き潰す。尾の一撃を浴びて水圧揚降機が倒壊し、不幸な者達を圧し潰す。巨大な体躯の体当たりで崩壊した建物に呑まれる者達。


 泥竜の餌場となった河港は今や断末魔と悲鳴の坩堝だ。

 辛うじて動ける者達は周囲を見捨て、あるいは家族や仲間を抱え支えて逃げ出していく。精神が破綻した者達がその場で狂い嗤い、すすり泣き、取り乱す。全てを諦めてへたり込む者や自失状態に陥って茫洋と立ち尽くす者も目立つ。


 大勢が港から逃げ出そうとバリケードに殺到したため、バリケードの壁面に押しつけられた者達が圧死や窒息死する。転倒したところを踏みつけられて死んだ者も続出していた。


 そして、崩れたバリケードに恐慌状態の人々が一気に群がったため、将棋倒しが発生。そこへ泥竜が突っ込み、バリケードの資材諸共に大顎で破砕され、食いちぎられ、噛み潰される。

 運よくバリケードを越えて町へ逃れられた者達はそれなりに居たが……町は町でベルネシア軍が前進を止めるほどの火災が起きている。彼らの大半は炎と煙に呑まれ、火葬された。


 バルマ河へ飛び込む者も続々と現れた。大型竜種の到来で港付近にたむろっていた水棲モンスター達は一時的に姿を消している。対岸や中州まで泳ぎ切れれば、チャンスはある。そう考えたのだろう。


 結論だけ言おう。その挑戦は成功した者達もいる。

 ただ、泳ぎで渡河を試みた者達の中の一握りだけだ。多くは力尽き、土色の河水へ沈み、二度と浮かび上がってこなかった。


 まさに地獄絵図。


 ミランディア兵達は混乱に飲み込まれて散り散りになった。

エクトルは向こう傷の伍長に引きずられるようにバルマ河上流方面のバリケードへ向かい、脱獄者みたいに登っていく。


 バリケードを乗り越える最中、エクトルは一度たりとも振り返らなかった。


       ○


 イヴァンという少年の話をしよう。

 ブラッド・パックの一人であるイヴァンは、絶望と恐怖の渦中にあってロドルフォの許を離れて逃げ惑った。人の波を強引に掻き分け、助けを求める老人を押し退け、親からはぐれてなく子供を払いのけ、河港の屋外便所へ逃げ込んで、個室に閉じこもる。


 掃除されなくて久しい便所に漂う悪臭など気にならない。イヴァンは汚い便器に座り込み、恐怖に怯え竦みながら、

「神様神様神様神様助けてください助けてくださいお願いです神様神様……」

 この絶望的状況から救われることをただただ神へ乞い願う。


 そして、願いは聞き入れられた。

 泥竜の体当たりが屋外便所のハコを吹き飛ばし、内装を薙ぎ飛ばす。天文学的確率から便器に座っていたイヴァンは無傷で助かった。


 ただし、便器に座ったまま慄き震えるイヴァンの眼前には大顎を持つ泥竜が鎮座しており、爬虫類特有の無機質で冷血な瞳でイヴァンを凝視していた。

「あ、あ、あ……」

 イヴァンの許より涙に濡れていた双眸から大粒の涙が溢れだし、股間に濡れ染みが広がる。

「ママアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 イヴァンは恐怖と絶望から解放された。永遠に。



       ○


 鱗甲泥竜は夕暮れ時までエル・パチョの河港を蹂躙し続けた末、ベルネシア翼竜騎兵の空襲を受けてバルマ河へ追い払われた。


 この傍迷惑極まる襲撃は犠牲者の数を語るより生存者の数を語った方が早い。

 ベルネシア軍が保護した者達は重軽傷者を含め、たった300人である。

 バルマ河対岸へ泳ぎ渡り、ミランディア軍に保護された者は30人にも満たない。


 そして、エクトルと同じくバルマ河上流方面のバリケードを越え、ヌエバ・ウルダ州の都市を徒歩で目指した者達が約140名いた。そのうち、ミランディア軍の将兵はたった20名余。最高位は軍曹だった。


「とにかく西へ進むしかない。密林内に留まったらモンスターの餌だ」

 異論は出なかった。


 西へ向けて脱出行が始まる直前、エクトルはマルティンとロドルフォと再会していた。

 マルティンは血走った眼をしており、その狂気じみた顔貌は声を掛けることを躊躇うほどだった。一方のロドルフォはブラッド・パックの仲間が全滅した事実に打ちのめされており、重度の鬱と神経症状態に陥っていた。


 友人と同期が完全に壊れてしまっていたことに、エクトルはもはや言葉がない。そして、同時に自分自身にも強い不安を抱く。ひょっとしたら自覚がないだけで、自分もマルティンやロドルフォのように壊れてしまっているのかもしれない。


 もっとも、不安や憂鬱を味わう贅沢が許される状況ではなかった。

 西を目指す生き残り140名は雑多な縦列を組んで密林内を進み始める。20名余の兵士達は4人一組に分けられ、縦列の各所に配置された。数人の冒険者達は先頭と最後尾に振り分けられた。そうして開拓道路はおろか現地民が使う山林道すらない、密林の濃密な深藪をマチェットや剣で斬り払いながら、恐怖と疲労で憔悴しきった体を鞭打つように歩いていく。


 悲惨極まるジャングルトレイル。無駄口を叩く者は一人もいない。体力が尽きてその場に崩れ落ちた者が出ても手を貸す者もいない。誰も彼も余裕などなかった。なんせ無駄口どころかしわぶき一つこぼれないほどだった。


 エクトルは重たい小銃を担ぎ、置いて行かないでくれと泣く落伍者から逃げるように足を動かし続けた。


 太陽が沈み始めると、濃密な樹冠に覆われた密林内は瞬く間に闇が広がっていく。この状態ではもう進めない。無理して歩いても方角と位置を見失って遭難するのがオチだ。


 密林のど真ん中――モンスターの巣窟内で夜営するしかないという事実に、誰も彼もが諦念に駆られる。ちょっとばかり開けた場所を選び、焚き火用の枝木やなんやらを拾い、ついでに果実や野草、小動物なんかを集めた。冒険者達が低木を切り倒して簡単な柵を立てていく。防御性でいえば、気休めにしかならないけれど、この状態では気休めでも価値がある。


 濃厚な暗闇が支配する密林の中で焚かれる火は、どこか頼りない。それでもその温もりは消耗と憔悴の極致にある心身を大きく慰めてくれた。敵に見つかるかも、なんてことを気にする者は誰も居なかった。ベルネシア軍よりモンスターに襲われる方が怖い。


 エクトルは他の者達と同じく地べたに座り、野草と小動物の塩スープを口に運ぶ。酷い味だったが、疲れ切った体と傷つきすぎた心に、温かい食事は涙がこぼれるほどありがたかった。エクトルも周囲の人々も泣きながら、不味いスープを飲み続けた。


 樹冠の隙間から月明かりが注ぐ中、仮眠を終えたエクトルが歩哨に立つ。眠れない者が多いらしく、何度も寝返りしている者が目立つ。寝ることが出来た者も夢見が良いとは言えないようで、うなされている者がちらほらいた。


 エクトルは大きく溜息をこぼし、眠気覚ましに果実の皮を剥いて齧った。思わず咳き込むほどの酸味とエグ味に眠気がぶっ飛ぶ。


 不気味な静けさを保つ夜の密林を眺めながら、エクトルは思う。帰りたい。早く帰りたい。家に帰りたい。家族の許に帰りたい。

 16歳の少年が目元を擦った、その時。


 夜の静寂(しじま)を引き裂くように怒声と銃声が響く。

「モンスターだっ!! 皆起きろっ!! モンスターだっ!!」


 凪いだ水面に岩を投げ込んだように静寂は一瞬で崩れ去り、そして、恐怖の夜が始まった。


       ○


 鬼猿種は全世界に分布しているモンスターで、児童サイズのゴブリンから大型ビルディングサイズのトロールまで様々だ。オウガのように戦闘狩猟に特化したバケモノもいれば、オークやタウロンスロープやライカンスロープのような、猿というより亜人に見えるような奴らも居る。


 ここ南小大陸スリネア山地やバルマ河周辺地域の鬼猿種は主に小鬼猿(ゴブリン)系統であり、このスリネアン・ゴブリンはメーヴラントの種に比べると一回りも二回りも小さい。そのため、脅威度が低いように思えるが、その実は殺気立ったチンパンジーの群れみたいに凶暴な危険種だ。


 バラエティ番組の影響でチンパンジーは賢く人懐こいサルと思われているが、実際は猿種の中でもぶっちぎりに危険な猛獣で、群れ内で頻繁に殺し合いが起きるとんでもないエテ公だ。シエラレオネで確認された特異個体『ブルーノ』に至っては、電気柵の檻を脱走し、群れを指揮して人間を襲撃。意図的に拷問して嬲り殺すという凶悪さを発揮した。


 そんなチンパンジーみたいなゴブリンの群れが、襲い掛かったのだ。多くがまともな武器も持たず、くたくたに疲れ切った難民達に。


 夜の密林に悲鳴と断末魔が幾重にも響き渡る。小鬼猿の群れに殺到され、生きたまま体を八つ裂きにされる者。両足を掴まれて藪の中へ連れ去られていく者。体のあちこちに噛みつかれ、食いちぎられる者。恐慌状態に陥った難民達が冒険者や将兵の制止を無視し、四方八方へ逃散していく。


「来やがれコノヤローォッ!」

 マルティンが怒号を上げながら小銃を撃ち、小鬼猿を撃ち殺す。手早く再装填して発砲。再装填して発砲。当たろうが外れようが、流れ弾が人に当たろうがお構いなし。

「歯応えねェぞバカヤローッ!!」


 襲い掛かってきた小鬼猿を銃剣で突き刺して倒し、その顔を銃床で滅多打ちにする。返り血に塗れた顔で狂笑を上げ、マルティンは叫ぶ。

「ざまあみやがれクソエテ公ッ!」


「もうよせ、マルティンッ! ここから離れるんだっ!」

「うるせぇっ! 僕に命令するなっ!」

 エクトルが叫ぶも、マルティンは聞き入れない。それどころか、銃を撃ちながら小鬼猿の群れへ突っ込んでいく。


「オラァ、かかってこいよコノヤローッ! 殺せるもんなら殺してみやがれバカヤローッ!!」

 異様な殺気に気圧された小鬼猿達が逃げ出すと、マルティンは小銃を振り回しながらサル達を追いかけ、真っ暗な密林の中へ消えていった。


「マルティンッ!! マルティーンッ!!」

 エクトルがマルティンの姿を見た最後だった。


 惨劇は終わらない。

 真夜中の大騒ぎに誘われ、闇の奥から怪物がやってくる。

 バイソンとティラノサウルスを悪魔合体させたようなその竜は、巨鬼猿(トロール)すら撲殺する驚異の草食性大型竜、大角(スリネアン)密林(ジャングル)(ドラゴン)だ。


 密林竜は珍走団の騒音に睡眠を妨げられた極道のように激昂しており、巨大で厳めしい双角を構えるや否や、人とゴブリンがバカ騒ぎしているところへ猛然と突進していた。


 薙ぎ倒されていく木々。

 撥ね飛ばされて砕ける人と猿。

 踏み潰されて爆ぜる人と猿。

 密林竜がへし折った木々の下敷きとなって息絶える人と猿。


 急性の鬱と神経症で自失状態だったロドルフォは迫りくる密林竜を見上げ、呟く。

「帰りたいよ」

 直後、ロドルフォは密林竜の巨大な脚に踏み潰され、20年にも満たない人生を終えた。



 エクトルの長い一日はまだ終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんでや!阪神関係無いやろ!
[気になる点] 良く今迄こんな地獄みたいな世界と薄紙1枚の距離に町とか港作ったなぁ… ゴジラ-1.0と怪獣総進撃。 「餌を咥えると口中でダイナマイト爆発」の罠で熊を倒す事出来るけれど、ヴィーナ様の日…
[一言] 人という存在に価値がなさすぎる (´;ω;`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ