22:9a
お待たせ候
共通暦1787年:王国暦267年:晩秋
南小大陸南部:ベルネシア領スリネア:国境
―――――――――――――――
総督府公使がミランディア国政府へ赴き、宰相へ宣戦布告状を手渡しした後。
魔導通信でスリネア総督府に宣戦布告状の伝達完了が伝えられ、同時に、国境に展開していた南小大陸方面軍団の全部隊と、海軍大冥洋艦隊キンスベルヘム飛空戦隊に国王カレル3世の勅令が下る。
外洋派遣軍南小大陸方面軍団の全将兵に告ぐ。
我が国はミランディア公国に対して問題の健全的解決を図るべく、数カ月に渡って外交努力を重ねてきた。
しかし、彼らは愚かにも我が国の善意も余の寛恕も拒絶した。よって、我が国領スリネアの平和と安全を脅かすミランディア公国に対し、軍事制裁を科すべく行動を開始する。
南小大陸に暮らす全同胞の平和と幸福は、ひとえに諸君らの双肩に掛かっている。
諸君らに聖王の加護があらんことを。
ベルネシア国王カレル3世。
○
エクトル・サナリス・アギーレは今年17歳になったばかりだ。
征服者14家の一つで、東部四州の一つウルダネタ州にて巨権を握るルバルカバ家の郎党家出身の平凡な少年だ。
ベルネシアの侵略が確実となった時、アギーレ家の主家ルバルカバ家は一族郎党の各家へ男子一名の入営と5名の兵の供出を命じた(ちなみに元兵士や冒険者はルバルカバ家が直接徴募している)。アギーレ家は三男坊のエクトルを差し出したわけだ。
仕方ないと言えば仕方ない話だった。エクトルの長兄はアギーレ家の次期当主であるし、次兄は既にルバルカバ家分家へ仕えており、覚えがめでたい。となれば、アギーレ家が差し出せる“実弾”はエクトルしかいなかったのだ。
郎党の他家も似たようなもので、部屋住み次男や将来の当てがない三男や四男に召集令状を押しつけ、役立たずの家人や奴隷を供出していた。資産に余裕がある家は傭兵を雇って家人の供出を拒んだりしたが、まあ、少数だったと言っておこう。
早い話、ルバルカバ家の“増強戦力”は無駄飯食らいの倅達と役立たず共の集まりだ。当然ながら戦力としての期待できるものではないし、ルバルカバ家も期待なんぞしていない。
この連中はベルネシア軍の前進を少しでも妨げるための肉壁であり、ベルネシア軍の銃砲弾を一発でも消耗させるための弾除けであり、諸々の雑役を行わせるための労働力に過ぎなかった。
それでも、エクトル達強制徴募された若者達が正規軍として扱われ、供出された奴隷や傭兵があくまで義勇兵や志願民兵とされたのは、正規軍の兵士なら死んだり捕虜になったりした際、軍人として扱われるからで、ルバルカバ家が子息を出した一族郎党へ気を遣った証拠でもある。
こうして搔き集められた若者と役立たず共からなる第3ウルダネタ義勇兵旅団(充足率は7割程度)は、大隊ごとに国境付近の城砦や要地の野戦陣地へ配備され、軍事教練ではなく城砦や陣地の整備/補強工事に従事させられた。
エクトルは入植時代に造られた年代物の城砦へ配属され、他家の少年達と共に城砦指揮所の従卒――丁稚仕事をやらされていた。この辺りもルバルカバ家の『郎党子息だから無碍に扱ってない』というポーズに過ぎない。まあ、少年達はこの扱いを甘受した。
配給の食事は酷かったし、寝床も複数人で共用だったけれど、ミランディア公国軍の軍服がきちんと支給されたからだ。黒いシャコー帽に濃緑色に鮮やかな赤い襟と肩飾が付いた詰襟燕尾式上衣、赤の側帯が入った長ズボンと半長靴。下士官兵用だったし、剣や拳銃は自前で用意させられたけれど、少年達の自尊心を満たすには十分だ。
なんせ徴集された役立たず共は軍服が支給されず、緑と赤の二色腕章を与えられただけだった。
まあ、軍服を充分に調達できない辺りが新興弱小国たる由縁であるけれども。
ともかく、エクトルは従卒として下働きをしていた。
将校達は例外なく出自を笠に着て傲慢で横暴で中には愛人や妻を帯同していて、仲間の従卒達もやはり出自や縁故で立場の上下を求める鼻持ちならない奴らばかりで、古参の下士官兵達は粗野で軍服を着た山賊みたいな連中だった。
特に、ルバルカバ家の庶流に当たるルドルフォや、ルバルカバ家の陪臣家の出であるイヴァンといったブラッド・パックは、エクトルのような郎党内の下位家出身者達や平民出の志願兵達へ尊大に振る舞い、時に暴力を伴うイジメをしてきた。
エクトルは将校達や生まれの良い従卒仲間に面倒な仕事を押しつけられたり、古参下士官兵達の意地悪に晒されたり、ブラッド・パックのクソガキ共にイビられたりしつつ、同格の家出身のマルティンやリックと愚痴をこぼし合いながら、日々を過ごしていた。
この日も、エクトルはドラ息子ルドルフォと太鼓持ちのイヴァン達に、朝からエクトルのひょろりとした体型のことをバカにされたり、粗末な配給で傷んだマンゴーを押しつけられたり、と腹立たしい思いをさせられていた。
ベルネシアの奴らに殺されちまえばいいのに。
エクトルがそんなことを思いながら、朝食後の始業準備を進めていた時だ。
城砦内に配置された拡声器から引きつった狼狽え声が響く。
『総員傾注っ! 総員傾注っ! これより城砦守備隊長殿より、重大発表がある! 総員傾注ッ!』
「なんだぁ?」エクトルの隣で作業をしていたマルティンが丸眼鏡の位置を直す。
「そりゃあお前、この状況で重大発表って言ったら、一つだろ」リックが不安げに壁の拡声器を見つめる。
リックの言う通りだ。誰もが分かっていた。エクトルも、察しがついた。
『総員に告ぐ。私はこれより重大な報せを話さねばならない』
いつも偉そうにふんぞり返っていた五十路男の城砦守備隊長の声はどこか上ずっている。
エクトルは話したこともない相手だが、ルバルカバ家の寄子家の者で、城砦内の私室にエクトル達とさして歳の変わらぬ少女を愛人として囲っていた。ルドルフォ達などはその愛人をネタに卑猥な冗談をよく話していたものだ。
『先ほど州都より、ベルネシアから宣戦布告が届いた旨が通達された。現時刻を以て、我が国とベルネシアは開戦した。祖国を守るため、諸君の一層の献身と奮闘を期待する。以上』
部屋の全員が唖然として放送を終えた拡声器を見つめていた。
良くも悪くも、ミランディア公国は戦争を経験している。
本国エスパーナ帝国(エクトルは行ったことがない)の大内戦に乗じる形で、南小大陸植民地でも戦火が吹き荒れたからだ。
独立か本国か。独立ならどういう体で、か。
ミランディアはまず内ゲバで方向性を一本化し、西のダリエン共和国と揉め、南のアズラード帝国と揉めて建った国だ。一定年齢以上の男は大なり小なり植民地内戦と独立戦争(戦争と呼べるほどの規模ではないが)を体験していた。
だが、相手が列強ベルネシアと聞いて不安を抱かぬ者はいない。
ベルネシアは強大なクレテアを降すほどの軍事国家だ。エスパーナから大冥洋群島帯を奪った時、現地エスパーナ人を犬のように扱った異端者達だ。
エクトルは素直に思う。
怖い。
これから、どうなってしまうのだろう。
下士官兵達が作業に戻れと怒声を上げているが、誰も彼も、下士官兵達自身すらどこか上の空で、ルドルフォやイヴァン達は『早く掛かってきやがれ』『ベルネスの豚共をぶっ殺してやるぜ』と威勢の良いことを言っている。マルティンは頼んでもいないのにベルネシア軍が如何に残虐非道な軍隊かつらつらと語り始めた。リックはため息をこぼすだけ。
エクトルは伍長に問う。
「あの、これからどうなるんですか」
顔に刀傷を持つ伍長はどこか達観した顔で、
「ベルネシア人がこの城砦をどう評価しているか、だ」
どこか祈るように言った。
「奴らがここを欲しがるなら、攻めてくる。欲しがらないなら」
伍長はその先を言わなかった。
エクトルも尋ねなかった。
そして、三時間後。伍長の言おうとした言葉を、エクトルは自身で体験する。
○
ベルネシア外洋派遣軍南小大陸方面軍団隷下、ミランディア侵攻軍の陸海軍合同総司令部は、侵攻緒戦の要点を二つに絞っていた。
A:劣悪な交通網の部隊移動――特に輜重。
B:川幅が最大10キロに達するバリマ河の渡河、および後々の架橋。
なにせ後進国たるミランディア公国の交通インフラはショボい。主要都市間をつなぐ幹線道路すら未舗装区間がほとんどだった。ましてや、“敵国”ベルネシア植民地とまともにつながっている道路は皆無といってよい。
獣道を基にした林道や山道があるだけだ。
よって、侵攻軍地上部隊は速やかに国境からミランディア公国幹線道路や開拓道路へ侵入できねば、計画のタイムスケジュールが大幅に狂う。
当然ながらこうした幹線道路や開拓道路の要衝乃至制高地には軍事拠点があるが、これもただ破壊するわけにはいかない。兵站上の重要な中継地になるからだ。これらに加え、村落や開拓集落、冒険者拠点も無力化していかなければならない。
手間だ。
非常に手間だ。
なんせ侵攻軍の主軸はたった二個戦闘団だ。戦闘団は増強旅団規模を持つが、師団ほどの兵力はないし、師団のような自活能力を持たない。
であるから、ベルネシア軍は経済活動的効率性を以って対処することにした。
「中継拠点に適さない敵拠点や陣地はキンスベルヘム飛空戦隊に空から圧殺して貰おう。開拓集落や冒険者拠点は翼竜騎兵に空挺制圧させる。抵抗する場合は焼き払え」
開拓集落や冒険者拠点がいくつか焼かれれば、エスパーナ人や先住民達……いやミランディア人達も選択するだろう。
服従するか。抵抗するか。逃げるか。死ぬか。
膝を折るも逃げるも良し。抵抗するなら排除するのみ。
かくして、宣戦布告とカレル3世の開戦布告の直後、飛空艦コーニング・ロードヴェイクⅡを旗艦とするキンスベルヘム飛空戦隊が進発した。
飛空艦を中心にした軍用飛空艇と飛空短艇の群れが、整然と隊形を組んでスリネア高地と広大な樹海の上空を進み、その後ろに飛空船の船団が続く。
列強内でも最強を誇るベルネシアの戦争鯨達は国境を超えると、ロードヴェイクⅡの航空管制の下、侵攻口となる幹線道路と開拓道路の制圧に掛かった。
先行して現地に潜伏した特殊猟兵の諸チームが魔導通信器で誘導し、レブルディⅣ型捜索追跡飛空艇とグリルディⅤ改型戦闘飛空艇のハンター・キラーが城砦や野戦陣地を航空砲撃して対空能力を奪い取る。
対空能力を奪われた城砦や野戦陣地へ重装飛空短艇の群れが襲い掛かり、船体両側に下げた簡素なロケット弾発射機から、ロケット花火のお化けみたいなロケット弾を斉射し、機関銃や擲弾連発銃で対地掃射を浴びせる。新型のティプ86重装飛空艇が船首から伸びる多銃身回転式機関砲で銃弾の雨を降らせ、野戦陣地を敵兵ごと耕した。
ノコギリザメ。ミランディア兵がティプ86重装飛空艇を恐れるまで、そう時間はかからなかった。
こうして空から無力化ないし弱体化させられた拠点や要地へ、海軍海兵隊が空挺強襲して制圧していく。
ベルネシア海兵達は一度だけ降伏を呼びかけ、拒絶したり降伏後に抵抗したりした場合、容赦なく殲滅戦を繰り広げた。手荒で知られる彼らは捕えたり殺したりしたミランディア兵達から容赦なく私物を奪い取る。中には殺害した老将校の金歯を引っこ抜く奴さえいた。
それでも、海兵達の強襲を受けた拠点や陣地は“マシ”だった。
少なくともベルネシア軍へ降伏する余地があったからだ。
ベルネシア軍が確保しないと決めた拠点や陣地は、降伏する猶予など与えられなかった。
ハンター・キラーで対空能力を奪われた後、貨物飛空船が拠点へ航空爆弾と焼夷弾を雨霰と浴びせ、拠点そのものを粉砕し、焼き払う。
生き延びたミランディア兵達は瓦礫と消し炭の山と化した拠点を捨て、友軍を求めて移動せざるを得なかった。傷つき疲れ切った体を引きずりながら危険な密林や高地を通って。
そして、そんなミランディア兵達を獣達が嬉々として襲った。
○
ベルネシア軍はエクトルが勤める拠点を占領する気が無かった。
レブルディⅣ型捜索追跡飛空艇とグリルディⅤ改型高速戦闘飛空艇のハンター・キラーペアで対空能力を潰し、襲撃の被害に混乱する城砦へ貨物飛空船を派遣して爆撃した。
安価な樽型爆弾をばら撒き、燃焼剤を詰め込んだ焼夷弾を浴びせる。
時代遅れの城砦は空爆に無力だった。主塔も側塔も城壁も容易く損壊し、崩壊し、兵士達が瓦礫で圧し潰されていく。次いで降り注ぐ焼夷弾の雨が倒壊した城砦を炎と煙で覆い尽くす。
木材や物資が焼き払われ、備蓄されていた弾薬や燃料が誘爆し、延焼する。城砦内や瓦礫の下に閉じ込められた将兵や下男下女達が生きながらに焼かれ、燻される。燃え盛る炎の音色が逃げ惑う者達の悲鳴を呑み込む。
爆撃と炎熱に基部が破損し、主塔が轟音を上げながら崩壊。
ベルネシア軍の空飛び鯨達は悠然と去っていく。
第3ウルダネタ義勇兵旅団第2連隊第3大隊は、開戦初日に守るべき城砦を失い、多くの武器弾薬と食料その他を喪失。守備隊長を始めとする大隊首脳陣を始め、多くの将兵が死傷した。
空飛び鯨達が去っても地獄が消えることはない。
どす黒い煤煙と粉塵。煉瓦が割れるほどの炎熱。血肉の臭い。肉と脂が焼ける臭い。ハラワタに詰まった糞便がぶちまけられた臭い。散乱する瓦礫。散乱する屍。散乱する肉塊と肉片。
そんな地獄の中で、壮絶な爆撃の衝撃から立ち直った生存者達が、負傷者の手当てと生存者の救助を始める。
幸運にも大した怪我もせずに生き残った一人であるエクトルは、見知らぬ上等兵の指示に従い、兵士達に交じって瓦礫の掘り返していく。
従卒仲間の少年達も少なくない数が命を落とし、行方不明になっていた。仲の良いマルティンもリックも、気に入らないルドルフォやイヴァン達も。
煤煙と粉塵と汗で、エクトルは全身をどす黒く汚しながら瓦礫を掘り返し、周囲の兵士達と共に屍を回収していく。ぐしゃぐしゃに損壊した死体を。誰かの体の一部を。泣きながら、嘔吐しながら。時折発見される生存者に心を救われ。
そして、エクトルは主塔の瓦礫の中からリックを見つける。
皮肉屋でブラッド・パック達のドギツイ陰口を叩くリックは、そのやせっぽちな身体の半分が黒焦げになっていた。既に涙が枯れていたエクトルはただ震えながら、友の骸を瓦礫から出そうとリックの焼け焦げた両腕を掴んで引っ張る。
べろり。
リックの焼け焦げた腕の皮が焼き魚の皮みたく剥がれ、エクトルはひっくり返った。手に残った友人の皮を見つめ、エクトルは思わず嘔吐する。しかし、既に幾度も嘔吐していたため、えずくだけで胃液すら出ない。
他の兵士がリックの骸を周囲の瓦礫を除けて引き出すと、ぺしゃんこになっていた下半身が千切れ、煤煙に塗れて黒く汚れたハラワタがずろりと零れ落ちた。兵士が忌々しげに舌打ちし、エクトルに言った。こいつのワタを集めておけよ。
エクトルの目からはもう涙が出ない。
地獄はまだ終わらない。
否。
地獄はまだ始まったばかりだ。
○
第3大隊の将校は中尉2人と少尉1人しか残らなかった。
大隊指揮官となった最先任のノラスコ中尉は生き残った兵士達を三分し、一つを死者達の埋葬に、一つを使える物資の回収に、最後の一つを負傷者の移送支度に従事させる。
その間、彼らは下士官を集めて話し合い、城砦の放棄を決めた。修復して防衛任務を続けようにも、武器弾薬の多くが誘爆で喪失。食糧庫も焼き払われた。井戸も瓦礫に埋まってしまっている。周囲の村落から人手や食料を徴発しようにも、ド田舎の辺境拠点だ。徴発するための村落がない。
この状況で城砦を守るなど出来ないし、拠点機能を失った城砦を守る意味もない。
「ノラスコ中尉。どこへ向かいます? 最寄りは南の第4大隊ですが……」
下士官の問いに、ノラスコ中尉は脳内に近辺地図を浮かべながら応じる。
「いや、そっちに行っても無駄だろう。ベルネシア人があちらを見逃すとは思えない。ここと同様にこっぴどくやられてるはずだ。一応、人を送らせたが期待はできんよ」
「では、後退ですか」
「ああ。連隊本部のあるラ・ペルメの町まで下がろう」
友軍部隊と合流すべく後退するしかなかった。
「林道を使って25キロ強といった具合ですかね。負傷者を担いで、となると一日掛かりになりそうだ」
「だが、一日の距離なら水や食い物が無くて行ける」
煤で汚れた顔を、やはり汚れた手でつるりと撫でてから、ノラスコ中尉はどこか投げやりに言った。
「とりあえず、作業が終わったら休ませておけ」
そして、戦争初日の日暮れが訪れる。
恐怖と疲労で悄然とした兵士達は死臭の漂う城砦廃墟内で焚火をしながら、わずかに支給された粥を口にする。
もっとも、こうした惨劇に慣れてない若者や従卒の少年達は食欲など無かったが。
エクトルは粥を口元へ運んでは、口にせず下げるという行為を繰り返す。生き残っていたマルティンも同様だ。隣の焚火では頭に包帯を巻いたルドルフォが神経質そうに泥だらけの爪を弄り続けており、イヴァンは膝を抱えて小刻みに体を揺すっていた。
他の少年達も似たようなものだ。開戦前の強がりを実行できた少年は1人も居ない。
誰も彼もが戦争の現実に叩きのめされていた。
銃弾一発撃つことも出来ず、一方的に爆弾を叩き込まれるだけ。否、エクトル達は敵の姿すら見ていない。気づいた時には空襲を受け、後は空爆から逃げ回るだけだった。
兵士らしいことなど何一つも出来なかった。何も出来ないまま、リックのように死んでいった。
少年達は人生で初めての戦争を体験し、初めて友人の死を目の当たりにし、打ちのめされている。
「食えなくても無理やり胃袋に流し込め」
見回りに来た伍長が少年達へ声を掛ける。
「飯を食ったら、さっさと寝ちまえ。眠れなくても目を瞑ってろ。体力を温存しておけ」
「伍長殿」
エクトルが口を開く。少年達の目が一斉にエクトルへ集中した。
「これから、どうなるんですか?」
「さあな。それはお偉いさん達が決めるこった。俺達はノラスコ中尉殿がお決めになったことに従うだけだ。とにかく体を休めとけ」
伍長はなげやりに応じ、どこか自虐的に笑った。
「戦争はまだ始まったばかりだからなんだよ」
○
「始まったか」
ヴィルミーナは魔導通信で最速の初期報告を受け取り、大きく息を吐く。
「ドンパチしながら鉄道工事、か。はてさてどうなることやら……」




