22:8c
ミランディア侵攻のDデイが迫る共通暦1787年の晩秋である。
どたばた喜劇を地で行く混乱振りだった空海船団輸送は、側近衆の筆頭格“侍従長”アレックスと“信奉者”ニーナを送り込んだことで大幅に状況が改善した。
群島帯へ向かったアレックスはその足でクラリーナの許へ挨拶に行き、王女総督殿下の御免状を入手。次いで自身が育てた人員を核に支社を動員。中継用の受け入れ態勢を手早く整えた。
さらには飛空船による空中管制で大冥洋を渡る大船団を移動中に再編成。大船団の中で緊急性の高い荷物を優先して南小大陸に行かせ、緊急性の低い貨物を大冥洋群島帯に一時寄港させて貨物の積み直しを行い、輸送上の貨物管理の簡略化を図った。
ちなみに、アレックスの訪問にクラリーナ王女総督は大喜び。仕事に差し支えるほどの大歓待振りだった。
南小大陸に渡ったニーナもやはり支社と現場人員の整理から手を付けた。自身に帯同させた人員と支社の“兵隊”を集め、
「現状で必要なのは臨機応変に対応できる柔軟性と単純化だ。最大限の効果と効率を発揮できるよう、極力単純化し、小鬼猿でもわかるくらい簡潔明瞭化を図れ。担当管理者は重要目標を設定し、最大効果を上げられるよう創意工夫しろ」
異端審問官みたいな顔で訓令を与え、冷厳に命じる。
「以上よ。さあ、仕事を始めなさい」
ニーナはイダとケフィンと支社長を連れ回し、総督府、方面軍団司令部、地元業者と有力者を巡り、港湾や道路の使用権や用地の確保など交渉をまとめる。
続々と届く多種多様かつ大量の物資――鉄道の各種車輛やレール。各種蒸気機関車輛。兵器武器と弾薬。各種燃料や油脂。装備や機材とその保守整備部品。食料。医薬品。衣類と装具類、その他諸々の雑貨――を整理整頓し、管理監督するための人員の用意、ミスや事故を防ぐためのシステム作り。
ベルネシア戦役から地中海戦争まで積み重ねてきた経験と知見を存分に生かし、さながら203高地に乗り込んだ児玉源太郎のように辣腕を振るった。当然だ。なんたってヴィルミーナの名代なのだから。張り切り具合がヤバいアラフォー乙女(?)である。
かくして、頼もしい姉妹達のおかげでひとまずの危機は去った。ありがたや。
「とはいえ……開戦後は開戦後で大騒ぎになること間違いなし。現地にニーナとアレックスがいることはありがたいか」
休日の午後。秋晴れの好天。王妹大公家屋敷のテラス。
ヴィルミーナは安楽椅子に腰かけ、頬杖をつきながら植込みの紅葉が美しい庭を眺めていた。足元で愛狸ポンタが腹を見せて寝転がっている。
白磁に注いだ紅茶を手に取ると少し冷めているようだ。魔導術で温め直してから口へ運ぶ。
夫のレーヴレヒトは長男と次男を連れて海釣りへ。娘はメルフィナの娘の家――ロートヴェルヒ家の王都屋敷へ遊びに行った。母もお出かけ中。御付き侍女メリーナや家人には席を外させている。
久し振りに一人の時間を満喫中。ドライフルーツとクルミ入りのクッキーを齧り始めると、ポンタがスッと身を起こし、ぺしぺしとヴィルミーナの足を突き始め、これ見よがしの上目遣い。
「……あんたって実は相当に賢いわよね」
ヴィルミーナはクッキーを少し砕いてポンタへ与えた。嬉しそうにクッキーの欠片を食べる狸から視線を外し、紅茶を嗜みながら思案する。
南小大陸黒色油鉄道。
軍の前進に合わせてがっこんがっこん切り開き、どんどん鉄路を敷いていくという無茶苦茶な計画である。絶対にタイムスケジュールが崩れることが想像に易い。
どうしたものか。
既に、ミランディア侵略と南小大陸黒色油鉄道は儲けより持ち出しが多くなることが想定されているため、ビジネスとしてはもはや失敗確実。それでも完遂まで続けにゃならぬという涙目必至の状態。実業界隈からは『見倣ってはいけない事業のやり方(笑)』などといわれている有様だ。
ジャリたれ共め。ヴィルミーナは紅茶を上品に啜り、鼻息をつく。
アメちゃんのイラク戦争を参考にとるなら、最前線と兵站策源地の間に前線補給拠点をいくつも作り、さらに機動性持つ移動補給指揮所を設けたことで、数百万トンの物資と数百万トンの燃料を常時余裕をもって前線諸部隊へ運び続けた。
まあ、あんなんが出来るんはアメちゃんだけや。コンピュータもネットもないし、無理やな。
かといって、旧日本軍やソ連軍のように大量の犠牲を出すこと前提の強制労働は、あまりに風聞的デメリットが大きすぎる。有象無象から罵詈雑言を浴びせられても平気だが、可愛い我が子から非難されたくないし、愛おしい姉妹達に汚れた仕事はさせたくない。
ある程度の持ち出しと期間超過は仕方ない、か。短期的損失は中長期的に回収すればええやろ。白獅子にはそれが出来る体躯と体力があるし。
それにしても……
「ミランディアの、いえ、南小大陸南部全体の動きがやけに鈍い。地中海の時はコルヴォラント中の連中が表に裏に駆け回っていたもんだけど」
ヴィルミーナは愛狸を抱きあげて膝の上に乗せ、尋ねてみる。
「どう思う?」
ポンタはつぶらな瞳を瞬かせた後、右手をクッキーへ示した。
もっとちょうだい。
○
「連中、やる気がないのか? それとも、我々には想像も及ばない策や戦略があるのか?」
ベルネシア外洋派遣軍南小大陸方面軍団総司令部は困惑を浮かべていた。
既にスリネア・ミランディア国境周辺に部隊と物資を移動させ始めている。軍と港湾施設に積み上げられた大量の物資も、ものすごい勢いで国境付近に設けられた臨時集積場へ分配が進んでいた。
どんなマヌケでもこちらの動向を察せられるだろう。
なのに、ミランディア公国軍に動きがほとんどない。列強ベルネシアの一個方面軍団が襲い掛かってくるというのに、国家総力戦の構えを見せていなかった。
せいぜいが予備役を招集し、志願兵を増募したくらいだ。軍需物資の増産も緊急備蓄もしていないし、戦時国債を発行していない。国境周辺の城砦は流石に増員されたが、増やされた兵隊達はだらだらと城砦補強工事をするだけ。国境付近の民間人の避難も退去も行われていなかった。
最期の瞬間まで外交的に対処する気なのかと思えば、そうでもない。旧エスパーナ植民地群との連携はどーにも上手くいってないようで、周辺国の一部に至ってはベルネシアの侵攻に便乗してミランディアとの国境に兵を動かしている始末。
辛うじて旧イストリア植民地――現パラディスカ合衆共和国が派遣した“義勇兵”部隊がミランディア入りしたくらいか。
「我々の動きが単なる脅しだと思ってるのか?」
「どうでしょう。我々の父祖が群島帯占領時にエスパーナ人をどう扱ったか知っていれば、そんな楽観的な振る舞いはしないはずですが……」
先に記したように(22:1a参照)、ベルネシアはエスパーナ帝国から大冥洋群島帯を奪取した後、現地に入植していたエスパーナ人を苛烈に扱った。大半のエスパーナ入植者が身一つで群島帯を離れるか、命を落としたのだ。
旧エスパーナ帝国植民地諸国にとって、ベルネシアに敗れる、侵略されるという恐怖は非常に大きい。はずなのだけれど。
方面軍団総司令部の優秀で有能な者達は揃って首を傾げる。
「どういうつもりなんだ?」
「どうすりゃいいんだ?」
ミランディア公国の国政府は溜息が溢れていた。
さて、ここでおさらいしよう。
ミランディア公国は初代総督ラ・ドア公エルナン・ド・ミランドルの名を冠した国で、初代総督一族を首班として建国されている。
このミランドル一族を核とする旧エスパーナ帝国の食い詰め郷士や実家を追い出された貴族次男坊三男坊からなる征服者14家。入植黎明期に成功して大地主や大富豪に成り上がった者や宗教指導者など240家。彼らの一族郎党。
この少数がミランディア公国の支配階級として寡頭支配体制を敷いていた。
中間層には平民入植者の自作農や勤め人などの自由市民がいて、先住民や奴隷が下層を占める。
支配層の多数が正当王朝地域出身を占めるため、疑似王制を取っているけれど、実態は先に記したように支配層内の有力者による寡頭政治体制だ。
戦国日本風に言えば、大友家を主君に担いでいるが、自分達の権益を侵すなら即座に謀反離反する気満々の国人領主封建連合、みたいなもんだろうか。
当然ながら、収奪搾取されるだけの被支配階層、特に先住民や奴隷に国民意識など欠片もない。それどころかベルネシアの侵略によって支配階層がぶっ潰されるパラダイムシフトを期待している節すらある。実際、先住民や逃亡奴隷からなる反政府勢力や抵抗勢力が武装蜂起の準備を進めていた。
自分の土地や利権を持つ14家と240家の支配階層、中産階級の自作農や自営業者達は外から迫る敵より、身近な脅威――反乱や一揆や蜂起や暴動を警戒する必要があった。
つまり。
ベルネシア侵攻が迫る中にあって、対ベルネシア戦争にやる気がある者は国境周辺やベルネシアが割譲を要求した地域に土地や利権を持つ連中だけで、彼らにしても、日ごろ酷使している先住民や奴隷の反乱や蜂起を警戒しなければならなかった。
今や『割譲を飲む代わりに、ベルネシア傘下に入れてもらってはどうか』なんて言い出す奴が出始め、土地や利権を失う連中が『ザッケンナコラー! スッゾコラーッ!』と大激怒。
外敵がいつ攻め込んでくるか分からない中、国内では反乱と一揆と蜂起と暴動に加えて、内ゲバまで起こりそうな有様ときた。
そりゃ国政府も『どうすりゃいいんだ』と溜息が溢れよう。
一言でいって、詰んでいる。
「……戦端が開かれたら、どうなる?」
ミランディア公国公主フェルナンド・ド・ミランドルが宰相に諮問した。
名門ミランドル家の現当主であり、公国元首のフェルナンドは60を半ば過ぎている。中肉中背で鉛筆ヒゲで、現地人の血が混じっていない純血のガルムラント系白人だ。
一方、征服者14家出身の宰相は多少現地人の血が混じっているためか、肌や髪や瞳の色が異なる。
宰相は疲れ顔で滔々と語る。
「ベルネシアは我が国を滅ぼす気はなく、割譲要求地域……東部4州の征服と実効支配を戦略目標としておるようですから、連中は制圧を完了次第、我々へ停戦を要求するでしょう。割譲と賠償金、それと、群島帯でやったように制圧地域から我が国の民を追い出すかと」
「国土喪失はともかく、賠償金と難民の発生は厄介だな」とフェルナンドが呟く。
ミランドル一族郎党は東部4州に領地も利権もない。直接的被害を受けないなら、多少国土が削られても困らない。あくまでミランドル家に限れば、だが。
やはり東部4州と縁が薄い宰相も、国土喪失に然程重視していない。
「問題はベルネシアだけでなく西のダリエンと南のアズラードが係争地、あるいは我が国の征服を狙っていることです。連中もベルネシアを嫌っていますが、ベルネシアによって我が国が弱体化したなら、ここぞとばかりに襲ってくるでしょう」
西のダリエン共和国とは独立以前から西部国境周辺の土地を巡って揉めていた。
南のアズラード帝国はエスパーナ帝国皇室庶流を皇帝に戴いており、これが旧エスパーナ帝国ラ・ドア公爵ミランドル家とえっらく仲が悪かった。分離独立時代を迎える前から絶えず政治暗闘を繰り広げ、土地境でしばしば小競り合いを繰り広げていた間柄だ。
同じく正統王朝派でありながら、ミランディア公国とアズラート帝国が分裂して独立したのも、ミランドル家が『奴らと一緒にやれるかボケェ』と反発したことに端を発する。
そんなわけでアズラード帝国も『いつか滅ぼして征服する。ミランドル家も奴らに与する連中もぶっ殺す』と殺意モリモリだった。
救いは、アズラードもダリエンもエスパーナ系国家としてベルネシアは嫌いだから、合従連衡する気はないこと、くらいであろうか。
「北のイストリア入植者達は我が国が海を持っていたら襲ってきたでしょうが、幸か不幸か、我が国は内陸国で海がありませんから、興味を持たないかと」
「襲ってこないだけましか」
フェルナンドは溜息をこぼした。綺麗に整えられた鉛筆ヒゲの先を弄る。
「勝てぬ戦で避けられぬ戦だ。となれば、上手く負けるしかあるまいな」
「御慧眼です。まあ、軍事的には小細工をせずとも良いでしょうが、外交的に工夫が必要ですな。本国、失礼。ガルムラント本土からクレテアに仲裁を依頼しましょう。それと、コルヴォラントと法王国からも」
宰相の提案にフェルナンドは片眉を上げて訝る。
「先の地中海戦争で都市国家にまで落ちぶれたぞ」
「大陸西方から聖王教が消滅したわけではありませぬし、法王国の政治的権威が失墜しても、宗教的権威まで失われたわけでもありませぬ。むしろ、国家的価値を失った今こそ、彼らは遮二無二に働いてくれるでしょう。それに、教会を通してならアズラードも文句を言いますまい」
「なるほどな」
フェルナンドは宰相の意見に頷き、双眸に征服者の末裔らしい冷酷さを湛える。
「戦後の難民だが……減らす方法はないか?」
「中産階級以上は自力で何とかできるでしょう。中産階級以下と先住民と奴隷は北のイストリア植民地人か、アズラードに労働力として売却してしまえばよろしいかと。賠償金の足しになりましょう」
やはり征服者の子孫である宰相は事も無げに言った。
彼らにとって先住民や奴隷など家畜に過ぎない。
「それにしても」
フェルナンドは再び溜息をこぼす。
「北洋の異端者共はなぜあんな僻地を欲しがっているんだ?」
○
ベルネシア領スリネアの総督府内相ミヒェル・フレデリクス・デア・スネルフリート。
この四十路男はまあ、凡俗だ。
凡俗らしく金と女と権力が好きだ。特に好きなものは権力。権力によって充足する名誉欲と自己承認欲求と肯定感が最高に好きな男だ。
成功した植民地貴族の家に生まれたため、元々相応の金があった。
生まれつき容貌に優れており、社交的性格と相成って友人と女に不自由したこともない。政略結婚した名家出の妻は自身に恥を掻かせない限り、女遊びにも目を瞑っている。
だが、権力は自ら努力しなければ得られなかった。生まれたスネルフリートの家柄も、貴族としての地位も、彼の求めるほど権力欲を満たしてくれない。
そして、欲望を満たすために努力するだけの気概が、彼にはあった。
それに、野心を叶えるためにリスクを冒すだけの勇気と愚かさも。
夜会を終え、スネルフリートは『個人的会合がある』と告げて妻を先に帰らせ、総督府公邸付近にある高級ホテルで、信頼できる筋が用意した若い娘の媚肉を貪った。
むろん、妻は夫の『個人的会合』の正体を承知していたが、目くじらを立てたりしない。そこらのアホみたいに、屋敷の下女や部下の女房に手を付けるより、はるかにマシであるからだ。
スネルフリートは狐狸貉の相手をして蓄積したストレスを発散すべく、黒人娘のチョコレート色の肢体を存分に弄んだ後、葉巻と蒸留酒で情事の疲労感と倦怠感を慰める。
隣で穏やかな寝息を立てている黒人娘の尻を眺めながら、スネルフリートは夜会で会った白獅子財閥の女性幹部達を脳裏に浮かべた。
「本国の生意気な女郎共め」
これまで南小大陸において、白獅子財閥はあまり剛腕を振るっていなかった。
得意の蒸気機関重機材や高品質資材を売りさばいており、流通などの方面で高いシェアを獲得している。
ただし、南小大陸で主流の農園経営や開墾事業に自ら商うことはなく、カロルレンやフルツレーテンで見せた地域全体の利権囲い込み――パッケージング・ビジネスは行っていない。そうした活動規模を示すように、スリネア支社の規模はさほど大きくなかった。
ところが、イダ・ヴァン・リンデ=オッケルが本国から乗り込んできて間もなく、ゼネコン業界に殴り込みを仕掛けた。業界は大混乱で、市場にも少なくない影響が出た。
業界や市場関係者はスネルフリートに『何とかしてくれ』と泣きつき、同僚や上司――退任がそう遠くない現スリネア総督などは『君の方で上手く“説得”してくれ』とスネルフリートに押しつけ。
当の小癪な小娘は『閣下とお会いできて光栄ですわ』などと嘯いたものだ。
それでも、スネルフリートは栄達のためと我慢して小娘と交渉し、話をまとめた。
のだが。
本国の鉄道軌間論争で物資輸送のスケジュールが狂い、怒涛の勢いで運ばれてくる大量の物資に港湾から倉庫から道路から何もかも大混乱。
これまた方々から何とかしてくれともはや脅迫めいた陳情が殺到し、スネルフリートも解決を試みたが、なかなか上手くいかず……
そんな混沌とした状況の中、やってきた。
生意気で小癪な小娘すら借りてきた猫のように大人しくなる女傑が。
白獅子最高幹部、側近衆の一人ニーナ・ケーヒェルは由緒正しい貴婦人であり、恐るべき女首領であり、有能な女商人であり、冷徹な女執行者だった。
ニーナは方々に挨拶回りと交渉をして筋を通し、段取りをつけると、自身の連れてきた部下達と白獅子の支社の人員を核に、混沌とした事態をてきぱきと整理し、整頓し、整え直してしまった。
これにはスネルフリートを始めとする地元有力者も舌を巻くしかない。
しかし、やはりニーナもまた本国の鼻持ちならない女だった。伝統的保守派達が『年増の独身女風情が』と毒づきたくなるほどには、剛腕振りと辣腕振りを発揮し、少なくない者達に不快感を与えた。
スネルフリートも妻を一人で帰らせ、乙女の柔肌相手にストレスを発散したくなるくらいには。
情交の汗が残る乙女の裸体を眺めながら、スネルフリートは思いを馳せる。
ミランディア公国で発見された産油地を奪取する国家事業『黒い沼』計画。
本国と現地で数多くの人間が関わっているけれど、全体像を把握している者は数えるほどしかいないという。
自身がその一人であるという事実に、スネルフリートの承認欲求は満たされていた。
が、一方で彼はこの計画が弱小国家の一地方を奪うだけで終わることに、大きな不満も抱いていた。
どうせならば、ミランディア公国そのものを征服してしまえば良いのに。
その方が歴史的な業績として価値が高い。次期スリネア総督を狙う自身としても、差配できる領土は広い方が良い。
しかし、本国はミランディア自体に興味はなく、あくまで産油地の強奪にのみ意識を割いており、かつ能う限り短期でケリをつけるつもりだ。
多少『手荒』になってでも。
スネルフリートはグラスを舐めつつ、空いている方の手を伸ばして乙女の尻を撫でた。きめ細かな肌触りを楽しむ。
まあいい。この黒い沼計画を足掛かりに栄達し、いずれ宰相として本国に君臨してやろう。
スネルフリートは壁にかかったカレンダーを一瞥した。
ミランディア侵攻開始まで、もう一月もなかった。




