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大変お待たせして、申し訳ありません。
大陸共通暦1787年:王国歴267年:晩夏
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国及び海外領土
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その日、輪転機が回った。
新聞王ハーストは商業主義かつ拝金主義の豚で、商品――新聞の売り上げを伸ばすために誇張や憶測、虚偽、煽動といった内容を、恥じることなく掲載していたことで知られている。
ハーストの対抗馬として知られるピューリッツァーも似たような姿勢であり、売り上げを伸ばすために扇動と捏造と下劣なゴシップを厭わなかった。現代で言うところの『マスゴミ』である、このクソヤロウの名を冠した賞は、今や現代報道界の最も権威ある賞の一つになっている。
しかし、ハーストやピューリッツァーが証明したように、情報の入手手段が限られた近代において、マスメディアが持つ大衆報道の扇動効果は極めて高い。
ハースト系新聞が煽り立てた結果、アメリカは米西戦争、米比戦争、ハワイ併合など帝国主義的拡張へ向かっていった。インディアン虐殺や日系人強制収容という現代アメリカが恥じている振舞いも、ハースト系新聞社の情宣行為が関与していた。
つまり何が言いたいかというと……情報入手の機会と手段が限られた世界において、新聞が持つ力は、まさに第四の権力と表すに相応しい。
情報宣伝戦に長けた白獅子財閥が音頭を取った場合、18世紀魔導技術文明世界に対する効果は非常に高い。
なんせ、既に実績がある。
白獅子財閥とその女王は情報戦を制したことで地中海に戦争を起こし、コルヴォラントの地図を書き換えたのだから。
王都オーステルガム。某所。
「権力者達が自分達の都合で無辜の民を犠牲にする。権力の腐敗極まれりだ。地中海での茶番はまだ笑えたが、これは笑えない」
軍官僚はインクの香りが真新しい新聞を卓上へ放り捨てる。まるで汚物に触れたような嫌悪感を自身に向けながら。
「しかし、国家100年の大計としては正しい」
政府高官が渋い顔つきで応じれば、軍官僚が蔑み嗤う。
「安全圏にいる人間らしい言い草だ。そういう戯言は自分の妻子を国家100年の大計とやらのために捧げてからほざけ」
ふ、と大きく息を吐き、軍官僚は高官をねめつける。
が、高官も辟易顔を返す。
「君も主要関係者の一人だ。女々しい泣き言を吐くな」
高官は悪態を吐き捨てつつ、軍官僚を睨む。
「今日100を犠牲して、明日の1000を救い、未来の10000を繁栄させる。それが国策だ。事の善悪など関係ないし、行いの正邪など論じるに値しない。だからこそ、我々は彼女の提案に乗った。なるほど、これは悪事だろう。非難されるべき権力の腐敗。糾弾されるべき犯罪だ。しかし、必要なことで、政は必要ならやるだけだ。そうだろう」
「自分でも信じてない正当論を素面で語るか。貴公は役人より政治屋が向いている」
軍官僚は毒舌で切り返し、大きく溜息を吐いた。
「……始めるか。気鬱な仕事はさっさと終わらせるに限る」
「同感だ」
高官は険しい顔で頷く。
「この小さな戦争をさっさと片付けよう」
〇
白獅子財閥総帥の御令嬢ジゼル・デア・レンデルバッハ=クライフは12歳の小娘である。
コルヴォラント人の血が4分の1だけ混じっているため、純血のメーヴラント人より、髪は茶味が強く、深青色の瞳も紺みが濃い。
可憐で華麗なジゼルは、家人や周囲に『御転婆』とか『やんちゃ』とか、そう言われることが多い。
御家と財閥の後継者として期待されている長兄ウィレムは齢14にして、周囲の期待に応えて貴公子然と振る舞っているけれど、ジゼルは周囲の期待に応えて『品行方正な御嬢様』を演じたりはしない。
ジゼルは自身のやりたいことをやる。やりたいことを実現するために、両親譲りの利発さを駆使する。
どちらが兄か姉かのマウント合戦をしている双子の片割れが、モーターレースを見物して以来、物作り趣味を伸ばしているけれど、ジゼルは物作りにさして興味はない。
ジゼルの関心は人と世界だ。
ジゼルは幼い頃から軍人の父や護衛の元冒険者にいつも冒険譚や武勇伝をねだっていた。外洋領土出身の御付き侍女に故郷の話をせがんでいた。自分の護衛や侍女だけでなく、御家の内外の人々から様々な話を聞く。
可憐な御嬢様が人好きで人懐こく、楽しそうに話を聞くためか、話を求められた者はついつい舌が軽くなってしまう。まあ、そうでなくとも、ジゼルが赤ずきんちゃんの如く質問し倒して根掘り葉掘り細部まで聞きだすけれど。
この“知りたがり”の根底にあるもの。
それは地中海戦争の嚆矢となったアンジェロ事件で、憧れたアンジェロが非業の最期を遂げたこと、これまで知らなかった母の悪名を知ったこと、などにある。
ジゼルは何も知らないでいること、周囲の流言飛語や放言に振り回されること、『情報』に傷つけられることを厭い、恐れるようになったのだ。
ともあれ……
そうして集めた無数の情報を、人々から聞き取りした生情報を、ジゼルはノート魔の父に倣うが如くノートに書き溜め、さらには諸々の情報を精査分別分類までしていた。
ジゼル自身も気づいていないし、家人も気づいてないし、母も父も気づいてない。
ジゼルが『情報』の扱い方を独学で習熟し始めていることに。
ベルネシア中で輪転機が回ったこの日。
王立学園幼等部から帰宅したジゼルは、王妹大公家のサロンで新聞に目を通していた。それも数日分に渡って。
その集中振りは驚くべきことに、用意されたオヤツに手を付けていない。
御付き侍女は「どこか具合が悪いのですか? お医者様をお呼びしますか?」と慌てたが、ジゼルに「静かにして!」と叱られてションボリ。
『御転婆』とか『やんちゃ』とか言われることが多いけれど、ジゼルの目と耳は周りをしっかり捉えている。
この日も、ジゼルは全てを捉えていた。
両親や家人が妙にピリついていること。
街の人々が不安と怒りを抱いていたこと。
校内でも軍人貴族の子や外洋領土出身の子の様子がいつも違ったこと。
そして、ゴシップ好きなヘイリー・ヴァン・デルトン男爵令嬢が言っていた『外洋の事件』。
“知りたがり”なジゼルは、答えが新聞にあることを察し、帰宅してから数日分の新聞に目を通し、自身の推理の正否を知ろうとしていた。
と、サロンのドアが開く。
ヒューゴが愛犬のグリとグラを伴ってやってきた。手には二冊の書籍と方眼紙と筆記用具。またぞろゴム飛行機の設計をするのだろう。
ヒューゴは学校で派閥の代わりに同好の士と集まってサークルを作っており、今月はゴム飛行機の“開発競争”が盛んだった。
「? ジズ、こんなに新聞を持ち出してどうしたの?」
「調べものよ」
小首を傾げるヒューゴへ邪険に応じ、ジゼルは新聞に書かれている情報と書かれてない情報をノートに記していく。本人に自覚はないが、その行いは公開情報収集及び分析そのものだ。
「おやつも食べずに? ジズの大好きなベリークッキーなのに?」
「うるさいなぁ。ほっといて」
ジゼルから鬱陶しそうに睨まれ、ヒューゴは小さく肩を竦めて質問を打ち切った。グリとグラも触らぬなんとやら。双子の関係性が垣間見える些細なやりとり。
ヒューゴは当然のようにジゼルの向かいに座り、御付き侍女が用意したオヤツと花蜜入りホットミルクを嗜みながら、ゴム飛行機の設計を始める。
双子が黙々とそれぞれの机仕事を進めていると、今度は2人の兄ウィレムがサロンに入ってきた。
「2人して宿題……とは違うみたいだな」
ウィレムはジゼルが新聞の束と格闘し、ヒューゴがゴム飛行機の設計をしていることに気付き、端正な顔に魅力的な微苦笑を讃えた。まったくもって美童である。
弟妹達の傍らに座り、尻尾を振りながらすり寄るグリとグラの頭を撫でる。紅茶と茶請けを用意した御付き侍女へ柔らかな微笑みと礼の言葉を返し、ウィレムはまず弟に問う。
「ヒューゴ。今度の飛行機は長く飛びそうか?」
「前回より翼を長めにしてみるつもり。皆は軽量化やゴムの長さ……出力の強化に目を向けてるけど、僕は翼の長さ、空気を掴む量がカギなんじゃないかと思うんだ」
「うん。さっぱり分からん」ウィレムはあっさりと無知を認め「その推測に学術的な裏付けはあるのか?」
「いくつか書籍を当たってみたけど、よく分からなかった。現物で試していくしかないよ」
肩を竦める二つ下の弟に、兄は小さく鼻息をつく。
「そうか。小遣いが足りなくなったら言え。成功の見込みがあるなら、多少は出資してもいい」
ヒューゴは目を瞬かせ、次いで眉根を寄せた。
「ひょっとして、賭けてる?」
「賭けてはないよ」ウィレムは紅茶を上品に口へ運び、ちょっとバツが悪そうに「ただまあ、ヒューゴ達のゴム飛行機競争が、僕らの代理戦争となった面はあるかな」
「ええ!? 代理戦争!?」
予期せぬ剣呑な言葉に、ヒューゴは目を真ん丸にして驚く。
「与り知らないところでなんか怖い話になってる!? どういうこと?!」
「些細なことでも、わずかな間でも、レンデルバッハ=クライフ家の嫡男にマウントを取りたがる連中は少なくないってことさ」
達観気味に答え、ウィレムは茶請けのビスケットを齧った。
「まあ、余所は余所だ。ヒューゴは気にせず友達と飛行機作りを楽しめ」
「そんな話聞かされたら楽しめないよ……競争系のイベントは考えものだなぁ……今後は皆で協力して作る方向にしようかな……」
トホホと嘆く弟に、兄は温かな眼差しを注ぐ。
「それはそれでライバルサークルが作られるだけだと思うぞ」
「ええ……ひょっとして、兄上って嫌われてるの? 僕、とばっちり受けてる?」
恨みがましい目を向けてきたヒューゴへ、ウィレムは悟りを開いたように語る。
「僕じゃない。連中の親とか実家とかが、王妹大公家と白獅子財閥を嫌ってるんだよ。僕もまた御家と母上の代理戦争に巻き込まれているわけだ。御家と親の事情が子供の世界に持ち込まれる。よくある話さ」
14歳とは思えぬ老成した知性と俯瞰的捉え方。なんだかんだ言っても、やはりウィレムはヴィルミーナとレーヴレヒトの子であろう。
そんな兄弟の会話をしているところへ、
「そうか、わかったわっ!!」
ジゼルが万年筆を掲げて吠えた。
兄と弟と愛犬達は目を瞬かせ、互いに顔を見合わせ、兄が代表してこの場で紅一点のジゼルに問う。
「何が分かったんだ?」
「あら。お兄様、居たの?」
すげない答えを返し、ジゼルはすっかり冷めてしまった紅茶を勢いよく呷った。まるで仕事上がりにビールを一気飲みするように。
「御婆様や侍女長が見たら叱られる飲み方だ」「ジズはそんなこと気にしないよ、兄上」
呆れ気味の兄弟を無視し、ジゼルは得意満面の笑みを浮かべる。
「“答え”を見つけるって、こんなに気持ち良いのね! なるほど、推理小説が売れる理由が分かったわっ!」
「笑い出したぞ。しかも物凄くいい笑顔だ」「僕を見ないでよ、兄上」
戸惑う兄と困り顔の弟を余所に、ジゼルは黒々と書き込まれたノートを手に鼻歌を歌い出す。
「ママ、早く帰ってこないかな。早く答え合わせしたいわっ!」
「? ? ? なんで母上?」
「さっぱりだよ、兄上」
兄弟は上機嫌のジゼルに困惑するだけ。
〇
夜更けて。
王妹大公屋敷、夫婦の私室。
ヴィルミーナは夜着姿で夫に後ろ抱きされながら、ちびちびとグラスのブランデーを舐めている。盛大なしかめ面で。
「どう思う?」
「ジゼルが素晴らしい才能を見せたこと? それとも、12歳の少女ですら読み解ける陳腐な謀略をしたこと?」
愛妻を抱きかかえながら、レーヴレヒトはヴィルミーナの耳元へ反問する。
「両方」
仏頂面で応じ、ヴィルミーナはグラスを傾ける。風味の強いクレテア産ブランデーがなんとなく苦い。
侵略戦争を始めるための情報戦を展開して忙しい中、家族と触れ合う時間を捻出して帰宅してみれば、愛娘が新聞や人伝手の情報を基に南小大陸での謀略をほとんど読み解いていた。たまげたどころの騒ぎではない。
「ジゼルに情報を扱う才能があるなんて知らなかったわ。人好きの社交家で、聞き上手話し上手とばっかり」
「うん。ジゼルは賢いなぁ」
しみじみと嬉しそうに呟き、レーヴレヒトは愛妻の髪に鼻先を埋めた。
ダメだコイツ。親バカになっている。ヴィルミーナは自身を抱きしめている夫に舌打ちしつつ、夫の求めに応えるように体をより深く預ける。外見は酷く若々しくとも四十路に突入するかしないかと歳になったというのに、この二人は未だ思春期の頃のようにイチャつく。
ヴィルミーナはグラスをテーブルに置き、肩越しにレーヴレヒトを窺う。
「私が侵略の下絵を描いたとは思ってないみたいだったけど……白獅子が深く関与してることは完全に理解してるわ。そのうえ、母親が財閥を挙げて侵略戦争に加担してることを受け入れてたわ」
「末頼もしいな」
レーヴレヒトは妻の腰に回していた手を胸元へずらしていく。
が、ヴィルミーナは粗相する犬を叱るような手つきで、夫の手を止めた。
「地中海戦争の、いえ、アンジェロの一件のせいかしら……そのせいで、ジゼルが私の冷たい部分を真似ているなら」
「大丈夫。大丈夫だ」
不安をこぼす妻へ、レーヴレヒトは肩口に口づけしてから慈しむように囁きかける。
「あの子は君や俺みたいな怪物にはならないよ。ジゼルは強く賢く、何より優しい子だ。俺達のようにはならないし、なれない」
ヴィルミーナは大きく、とても大きく深呼吸し、内に生じた不安と憂慮を吐き出す。
「……そうね。うん。きっとそう」
安堵したヴィルミーナは『ん?』と眉根を寄せた。
気づけば、夜着が半ばはだけ、下着が脱がされかけていた。
「ちょっと待てぃっ! しんみりした会話の最中だったろっ! そういうとこっ! そういうとこよ、レヴッ!!」
この夜、レーヴレヒトは愛の営みをお預けにされた。
〇
見知らぬ土地で大きな仕事をするなら、現地の有力者の協力ないしコネは必須。
古今東西を問わぬ商売の常識である。
そんな常識を無視し、強大な組織力で無理やり押し通した白獅子財閥のイダ・ヴァン・リンデ=ケーヒェルは、方々から反発と反感と御怒りを買っていたが、逆に非主流派からは新たな有力者と見做され、群がられている。
ま、それ自体は良い。白獅子の勢力拡大と自身のコネクション獲得は、イダの任務内容に適う。新聞で大々的に喧伝されているベルネシア領スリネアとミランディア国境の諍いも、予定通りのこと。犠牲になった“生贄”達には哀悼の意を表するが、それだけだ。イダは後ろめたさも罪悪感も抱かない。
ある種の邪悪さと鈍さは、魑魅魍魎が渦巻く金と権力の世界においては、健全な自我を保つ必須事項だ。
とはいえ。
イダの相棒役を担うケフィン・デア・カーレルハイト=ホルは、新聞を手にリチャード・マッデン似のイケメン振りを曇らせる。
「……酷すぎる。これがこちらの仕込みだとは思いたくないな。反吐が出る」
新聞の一面にデカデカと報じられている事件は、不快極まるものだった。
ベルネシア系行商人一家がミランディア国境付近で襲われ、夫は妻と娘が凌辱されてから首を斬られる様を見せつけられた後、生きたまま焼き殺された。唯一生き延びた幼い息子は、家族の身に起きた惨劇を決して忘れぬようにと額に、先住民族の紋様を刻み込まれた。
あまりにも惨い。
ケフィンは経済界や政治の闇を知らぬわけではない。しかし、闇を知っているからこそ、良識と美意識を重んじる。闇を知りながら病みに染まらぬよう、道徳と倫理を尊ぶ。
ゆえに、ケフィンはこの行商人一家強盗惨殺事件が自分達の謀略が起因だとしても、直接の関与がないことを願った。
これほど下卑た振舞いを考え、実行するような人間と同じ沼に身を浸しているなんて、思いたくもない。
シビアな所があるけれど、イダもケフィンの意見には同感を禁じ得ない。
「貴様の見解を柔弱とは思わんし、不愉快という点ではこれ以上ないほど共感するが……これは劇薬のように効くだろうな。悲劇は悲愴であればあるほど大衆の感情に響く」
プランとしては、この無惨な一件を起爆剤に、近頃ミランディア国内でベルネシア系旅行者や商人が襲われていた事実をここぞとばかりに掘り起こし、『この惨劇はミランディアだけでなく、同胞の被害を無視してきたスリネア総督府にもあるっ!』と喧伝する予定だ。
肝はミランディア側を非難するだけでなく、自国の行政の尻も痛烈に引っぱたくこと。動かざるを得ないように、政府を駆り立てること。
「両国の外交部は動いてるな?」
「ああ。こちらは交渉決裂が前提だからね。今頃、無理難題を吹っ掛けてる頃だろう。総督府内にしても、強硬派をまとめるスネルフリート卿がすぐに主流派になる」
「南小大陸方面軍団の動静は?」
「動員令が出るまでは具体的には動けない。ただ、物資の事前集積と分配は既に完了してるから、後は動くだけとも言える」
打てば鳴るといった具合にイダへテンポよく答えていたケフィンが、渋面を作る。
「最大の問題は事の本命だよ」
「……南小大陸黒色油鉄道か」イダは麗貌を苦々しく歪めた。
「規格戦争なんて呼ばれてるらしいけど、いい加減にしてくれないと、侵攻開始後から敷設工事を進められない。そもそも規格が定まらないと、胆の装甲列車すら開発の目途が立たない。そして、この問題に対して俺達に出来ることはない。本国のことだからな」
溜息をこぼすケフィン。
イダは眉間に深い皺を刻み、ぐぬぬと唸った末に決断する。
「アレックス姉様に苦情するようで心苦しいが、言上しよう。さっさとなんとかしてくれと」
〇
さて。
結論を先に述べてしまえば、この情報宣伝戦と政治交渉の果てに、ベルネシアによるミランディア侵略戦争が始まる。
当戦争において、主役はベルネシア外洋派遣軍南小大陸方面軍団であり、ベルネシア領スリネア総督府が主演であり、ベルネシア本国はあくまで舞台袖に控える脚本家で演出家に過ぎない。ヴィルミーナに至ってはこの侵攻戦争にほとんど関与してない。
当然だ。公式には、ヴィルミーナは御国の求めに従って侵攻に協力した王族財閥という体裁を取っているのだから。
が、このベルネシアのミランディア侵略戦争において、白獅子の活動はある種のドラマだった。
戦争そのもので活躍したからではない。
白獅子が深く関わった南小大陸黒色油鉄道が、それはもうとんでもないことになったからだ。
歴史家や軍事研究者達から『無謀を無茶で括った行い』と呆れられ。
鉄道研究者や鉄道ファンから『鉄道史に悪い意味で輝く出来事』と笑われ。
経済学者や経営学者から『見倣ってはいけない典型的な事例』と溜息をこぼされ。
白獅子が後の社史において『あれは本当に散々だった』と嘆いたほどに。
かくて語ろう。
南小大陸黒色油鉄道誕生の物語を。




