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大変お待たせして申し訳ありません
日光も届かない分厚い樹冠の下、幽霊達が蒸し風呂のような密林の中を進んでいく。
幽霊達は泥や草木の汁で顔と軍服と武器を迷彩柄に汚してある。山岳帽風の野戦帽や背嚢にメッシュ地の偽装布を被せていた。足元は麻布を巻き付けてあって、はっきりとした靴跡が残らない。
如何なる技術か。幽霊達は生い茂る藪の中を進んでも枝葉が折れたり、落ちたりすることはなく。足音はおろか衣擦れ音すら発しない。
モンスター達も動物達も幽霊達に気付かなかった。
昆虫達は幽霊達を木石と勘違いしている。鳥達は幽霊達に気付かず暢気に歌っていた。南小大陸小鬼猿の群れは、深藪の底に潜む彼らに気付かずクソまで垂れていく。巨大な獣竜も幽霊達に気付かぬまままたいでいった。
幽霊達はコンパスと精度の甘い地図を頼りに密林を巡り、侵攻作戦後に鉄路を敷く予定の地域を重点的に調査する。地形、地勢、地質、植生、生態系、集落や村や軍事拠点の位置と活動状況、街道から獣道など道路の位置、冒険者などの活動痕跡。加えて歩測による簡易測量、スケッチと銀塩射影器で記録。
同じような作業を行う幽霊の小群は他にいくつもあって、ベルネシア領スリネア国境から産油地に至るまでの地域を丁寧に偵察している。
偵察衛星や超高高度偵察機が存在しない時代だ。偵察は足を使わねばならない。が、幽霊達はその難題に立ち向かうだけのグランドナビゲーション能力と無音潜入能力を有していた。
幽霊達は深緑の迷宮内で寝起きし、足と靴下に天瓜粉を刷り込み、肩口や股に軟膏を塗りこみ、冷たい保存食を食い、糞尿を深く埋め、神経刺激剤を嚥下し、巡り歩く。
必要な情報を集め終えるまで。
この深い密林と一体となるまで。
ベルネシアとエスパーナは長きに渡って血で血を洗う戦いを繰り広げていたため、両国の植民地は正規の外交関係を持っていなかった。しかし、公然の秘密として両国の植民地では密貿易が行われていた。
ベルネシア人のバイヤーがミランディアで、エスパーナ人のバイヤーがベルネシア領スリネアで、あらゆるものをやり取りしていた。穀物、果実、木材、薬品原料、モンスター素材、工業機材や資材、貴金属、嗜好品、贅沢品……
こうした下地を活かし、ベルネシア諜報員達がミランディア共和国へ潜り込んでいた。
諜報員達の2割は、メーヴラント系ベルネシア人。彼らの多くは財閥商社や政府の関係者の肩書でミランディア共和国に入り込み、土地の上流階級を相手にしたり、諜報工作の現場管理官を務めていたりしている。
もう4割は群島帯やベルネス・スリネアの混血系ベルネシア人。移民や旅行客や行商人に化けて市井に潜り込み、表裏に渡って情報を集めている。俗に現場要員と呼ばれる連中だ。
残りの4割は現地雇いの連中。単なる情報提供者や熱心な協力者から使い捨ての消耗品扱いまで様々。
スパイ達は情報を搔き集める。
その手法の法的問題を気にする者はいない。
「組織力を背景に力技で片付けたか。マリサやアストを思わせる剛腕ぶりね」
ヴィルミーナは応接セットの長ソファに寝転がりながら、スリネア領から届いた報告書に目を通し、上品に喉を鳴らす。
長姉に膝枕するアレックスは対照的に渋面を作った。
「波風は避けられなかったでしょうが、自ら大岩を放り込んで水面を荒らすとは……」
「このくらいなら可愛いものよ」
ヴィルミーナは口元を緩めたまま、報告書を応接卓に置く。
「総帥代理の貴女だから明かすけれど、将来、ウィレムを白獅子の後継者として育てるなら、周りに置く人間は私のやり方にあまり染まっていない者が好ましい。初代と二代目は求められる役割が異なるからね」
「イダの身内として言わせていただくなら、イダをウィレム様のお傍に置くことは悪影響を与えそうで不安です」
アレックスは自嘲気味に溜息を吐き、眉を下げた。
「それとイダの抜擢で、他の若手や30代の幹部達が色めき立ってますよ」
イダ・ヴァン・リンデ=オッケルは白獅子の組織内序列で言えば、上層部と中堅の狭間。年次では若手に入る。
そんなイダの抜擢は他の若手達と、特に30代前半の幹部職達に電流を走らせていた。
「私達にもチャンスを!」となることは当然の流れだろう。
白獅子財閥の上層部人事権はヴィルミーナが完全に掌握している。当然だ。予算と人事権こそ組織内権力の最たるものなのだから。
ここで問題になる点は、ヴィルミーナが前世の手痛い経験から人事評価において、能力の優劣や有無より、信頼性や信用性に重きを置いていることだった。
創作物にありがちな『優秀で結果を出すが、上司や組織の規律に従わない』という類の人間をヴィルミーナは決して認めない。安心して使えないハサミにハサミの価値はない。
扱い難い狗を使いこなしてこその主人、などと嘯かない。主に従わぬ駄犬など容赦なく煮てしまう。それがヴィルミーナという女だ。
カロルレン総支配人オラフ・ドランも本来なら懲罰の対象に他ならないが、彼は『好き勝手に振る舞ったが、決してヴィルミーナを裏切らない』という信用を勝ち得ていた。ある種の例外だろう。
「彼らにはクレテアの大陸南方侵略に嚙んで貰おうかな」
「南方侵略に伴う現地利権はクレテアがガチガチに囲い込むのでは?」
長姉に提案にアレックスが小首を傾げる。
「その通り。でも、ベルネシア戦役以来、クレテア経済にはベルネシア資本が深く根を張っている。その筋から利権に食い込むことは不可能じゃない。要はやり方次第ね」
アレックスに髪を梳かれ、ヴィルミーナは心地良さそうに目を細める。
「今の30代前半の幹部達は私達のやり方をすぐ傍で見ていて、私達の仕事を直接手伝ってきた。やり方を心得ているだろうし、政治色の強い仕事のバランスも分かるはず」
「期待値が高いですね」とアレックスが苦笑いをこぼす。
「そりゃ貴女達が育てた後進なんだから期待もするわ。自信を持って『私の部下にお任せを』って推薦しなさいな」
ヴィルミーナはくすくすと喉を鳴らし、頭上にあるアレックスの下乳を突く。
2人の美熟女がいちゃついてるところへ、王都社屋の総帥執務室のドアがノックされた。ヴィルミーナが「どうぞ」と返せば、書類を抱えたテレサが入室してきた。
「あら、楽しそうですね」
「いらっしゃい、テレサ。楽しい報せ? それとも、苦い気分になりそう?」
「どちらかといえば、頭痛のタネになりそうです」
テレサは向かいの応接ソファに腰を下ろし、書類を卓に置く。
「建設を予定している『南小大陸黒色油鉄道』ですが、軌間規格が未だ定まらず機関車輛の製作が始められません」
テレサは眼鏡の位置を修正し、続けた。
「王国府では現状を『軌間戦争』なんて言ってます」
「いつまでやってるんだか……」
眉間を揉み、ヴィルミーナは溜息をこぼす。
「良い知らせは?」
「そうですね。カロルレンとフルツレーテン、両地域のパッケージ事業は順調。イストリア支社、クレテア支社、聖冠連合支社も概ね良好を維持。コルヴォラント、大陸南方、大陸東南方も問題らしい問題はありません。もちろん、裏取りはしてあります。虚偽報告や隠蔽はされていません」
「事業は順調に営まれているか。大いによろしい」
テレサの報告に、ヴィルミーナはアレックスの膝から身を起こした。背もたれに体を預け、肩に掛かった薄茶色の髪を優雅に払う。
「ミランディアのDデイとの絡みもある。軌間規格の早期決着を促し、沿線敷設計画の具体化を進めたい。アストに関係者の尻を蹴り飛ばさせて」
「アストですか?」
テレサは微かに眉根を寄せる。ミランディア案件を担ってきた身としては、自分が取り仕切りたかった。
「アストに噛みつかれたら、貴女に泣きつくしかないでしょう? 優しくしてあげなさい」と意地悪に微笑むヴィルミーナ。
「底意地悪いことをお考えで」とアレックスが毒舌を放つ。
「分かりました」テレサは微苦笑をこぼしつつ「アストに協力を要請します」
そうして、とヴィルミーナは首肯しつつ、横髪を弄る。
「ミランディア絡みの需要増加と流通は各事業部で対応できているし、市場の動向も想定から外れていない。あとは現地の工作と情勢、御上の判断次第か」
「思った以上にイダの役割が重要になりそうですね」
アレックスが何とも言えない面持ちを作り、細々と息を吐く。
「上手くやってくれると良いのですけれど」
〇
太陽が空を赤く焼きながら西へ向かって去っていく。
夜の帳が少しずつ空を蚕食し、残照と混ざり合って複雑なグラデーション模様を描いている。
夕闇の迫るベルネシア領スリネアの官庁街を、白獅子紋入りの馬車が進んでいた。
馬車の主客たるイダ・ヴァン・リンデ=オッケルは長い脚を組んで傲然と車窓の外を眺めている。
サラサラの栗色の長髪を夜会巻きにまとめ、スレンダーな長身を胸元の開いた青いドレスで包んでいる。深く切り込んだスリットは太腿の半ばまで届き、脚線美を惜しげもなく披露していた。耳元や首元、手先を彩る宝飾品も一流の品で揃えられている。
まさしく若く美しいリッチな御令嬢。
そんなイダと馬車に同乗している礼装の青年、ケフィン・デア・カーレルハイト=ホルは俳優リチャード・マッデン似の顔を曇らせていた。
「確かに実力を認めさせろと言ったけどさ……まさか“工兵部隊”を呼び寄せて、ゼネコン業界にダンピングを仕掛けるなんて」
ケフィンの苦言に、イダは疎ましげに眉をひそめる。
「人聞きの悪いことを抜かすな。私は“計画”に備え、現地開発要員達に環境適応訓練の場を用意しただけだ。商用目的で無いのだから利益を出す必要もない。つまり、ダンピングに当たらない」
物は言いようだ。
ベルネシア本国から建築土木の機材から人員まで全て呼び寄せ、超格安で開墾事業へ参入。蒸気機関型とガソリンエンジン型のブルドーザーと最新機材の全旋回式チェーン駆動ショベルカー、トラック、魔導土木技師まで備えた“工兵部隊”は地場のゼネコンや土建屋を片っ端から蹴散らした。
こういう“荒っぽい”参入をした場合、現地のヤクザ屋さんが立小便しにやってくるものだが、イダはその方面にもきっちり対策を講じており、地元ヤクザの親分が家族諸共に自宅ごと吹き飛ばされるに至り、現地の狐狸貉達もイダの扱いを改めた。物見遊山の小娘ではなく、本国から送り込まれた雌狼だと。
なお、この“工兵部隊”にはベルネシア軍工兵部隊の人員も紛れ込んでおり、本当に適応訓練を兼ねていた模様。
「そもそも、ヴィーナ様が了承して実行したことだ。貴様にうだうだ言われる筋合いはない」
イダの言葉通りだ。この乱暴なやり口は本国が――ヴィルミーナがイダの提案を了承して実現していた。
イダ:田舎の俗物共に一発食らわせてやりたいのですが、構いませんか?
ヴィルミーナ:大いにやりなさい。
勘弁してくれ。とケフィンは深々と溜息を吐く。
「教会に居る時は信徒の如く振る舞え、というだろ……少しは地元を尊重してくれ……支社に苦情が殺到してる。そして、支社から俺にお叱りが集中してる」
イダの“一発”に、ベルネス・スリネア経済界は萎縮震慄か切歯扼腕になり、白獅子の南小大陸支社に苦情(乱暴なことはやめて下さいと泣きつくものから、白獅子は地元経済を壊す気かと怒鳴り込むものまで様々)が殺到し、苦情の暴風雨に晒された支社の面々は揃ってケフィンを叱り飛ばした(きちんと手綱を握っとけっ!!)。
今やイダは勝利を収めつつある。
本国から来た無礼な小娘と陰口を叩かれながらも、表向きは御令嬢と丁重に遇されるようになっていた。まあ、高まるイダの評価に比例し、ケフィンの苦労は右肩上がりに上昇していたが。
「私はアレックス姉様やヴィーナ様に褒められ、貴様は方々に叱られる。正しい役割分担だな」
しれっと宣うイダに、ケフィンは猛烈にイラッとし『このアマ犯してやろうか』と内心で毒づく。まあ、そんな無体な真似できっこないのだが(返り討ちにされるから)。
そして、イダは自らの成果に満足していない。
「この程度では足りぬ。もっと成果を。もっと手柄を。ケフィン、案を出せ」
「そういわれてもなぁ……君の任務は本国の意向を現地の経済界や有力者に浸透させ、支社とは別途に連絡網を構築することだろう? 実質的にもう任務達成してる」
ケフィンが任務達成の証拠を見せるように、懐から紙片を取り出し、ひらひらと振るう。
今宵、スリネア総督府で催される夜会の招待状だ。言い換えよう。ベルネシア南小大陸領土における政財界の重鎮や要人――狐狸貉の巣穴に入るチケットだ。
「愚か者め」
音楽的美声でケフィンを罵倒し、イダは白い目を向けた。
「与えられた務め以上の働きをし、期待された以上の大功を上げねば、このお役目を任せて下さったアレックス姉様に顔向けできぬだろうが」
「然様ですか」
ケフィンが溜息をこぼす。
「まあ、今夜のパーティにしても、周りから嫌みや皮肉や脅し文句を聞かされるだけという可能性も大だ」
「つまり握手する相手とぶちのめす相手が鮮明になる。結構じゃないか」
イダはにやりと微笑む。
その横顔は思わずハッとするほど美しく可憐で、ケフィンは学生時代に自分をフったこの女に未だ惚れていることを自覚し、再び溜息をこぼした。
「君が野心的なのはよく分かったけど、接し方に注意する相手が何人かいる。それは忘れないでくれよ」
ケフィンは手元のファイルを開き、盗み撮りされた銀塩写真を取り出した。
写真の中で四十路男が笑顔を浮かべている。
高魔力適性者なのか、歳に比して若々しい。甘い顔立ちに清潔感のあるアイビーカット。口元と顎周りに生やした髭が実にダンディ。長身で引き締まった体を上等なテイラーメイドの着衣で包んでいる。
男の名はミヒェル・フレデリクス・デア・スネルフリート。
西部のスネルフリート伯爵家の分家である外洋領土貴族スネルフリート男爵家の当代で、南小大陸領土ベルネス・スリネアの総督府内相。40代のうちに総督になりたいらしい。
ベルネシアのミランディア侵略計画において、諸々の責任をおっ被せられる生贄候補の一人だった。
この野心的なスネルフリート卿が生贄の祭壇に捧げられた理由は、本家である伯爵家からの推薦だった。本家はどうも分家筋の成功が気に入らないらしい。
愚かしき骨肉の争いはミヒェル・フリデリクスに限らない。標的であるミランディア共和国有力者達にもいくらでもある。
陰謀屋からしたら、脇を刺してくれと言っているようなもの。
ケフィンの説明を聞き、イダは右小指で唇の端を掻きつつ、スネルフリートの写真を見つめる。
「つまり、この御仁の周りにいる連中も祭壇に捧げられる羊ということか」
「候補という意味では、その通り」ケフィンは惚れた女の指摘に首肯し「まあ、彼らは自分達が生贄の羊とは知らないけどね。今次案件でスネルフリート卿に委ねられた諸々の権限を利用し、多くを得ようと欲の皮を突っ張らせている」
「なるほど。スネルフリート卿と上手く付き合えば、手に入る利得が大きいわけか」
イダは白獅子財閥“侍従長”に認められた英邁な頭脳を働かせる。
おそらく総帥は白獅子がスネルフリート卿と関わりを持つことを望まれまい。しかし、利権の集約点は転じて、事の最新情報が届くところでもある。
情報は価値がある。総帥はベルネシア戦役にて、情報を制することで伝説的な仕手戦を成し遂げられた。先の地中海戦争においても、情宣を自在に操ることでコルヴォラントの地図を描き変えるまでの大業を成し遂げられた。
であるなら。
イダは告げた。
「ケフィン。夜会でスネルフリート卿と接触するぞ」
「言い出しておいてなんだけど、この件で勇み足はシャレにならない。下手したら、物理的に首が落ちるぞ」
ケフィンは当然ながら慎重を要求するも、
「それはスネルフリート卿と本格的な結びつきを持つ場合だろう。茶会や夜会で顔を繋ぐ程度ならば、私の裁量範囲内だ」
イダは華のある不敵な笑みを返した。まるで戦場へ臨む女騎士みたいに。
この笑みには勝てないんだよなあ。ケフィンは溜息を吐き、猛烈に思考を回す。惚れた女の首が落とされないように。
若く美しい野心家を乗せた馬車が、総督府に向かって進んでいく。
〇
マッチポンプは謀の古典的手法だ。
古典的手法とは確実性が高いからこそ、古典になるほど使われ続ける。
しかし、古典的手法は広く周知しているゆえに、露見し易い。
よって、マッチポンプの使用はその簡便さとは裏腹に、極めて慎重かつ緻密でなければならない。なんせ謀はしくじれば高くつく。満州でマッチポンプを企てた大日本帝国のド低能共のように、自分の首を絞めることになってしまう。
その辺り、ベルネシア人は病的なほどの慎重さを発揮させていた。狡猾と評されるベルネシア人の気質は、強大な大国に怯え続けてきた臆病者の慎重さなのだ。
情報統括局の中でも特別に厳選された者達はミランディア国内に浸透し、薄らバカ共に囁きかける。国境を越えてきたベルネシア人達は金を持っているぞ、と。
それだけで良い。
ミランディアは旧宗主国から独立して日が浅く、国民意識すら醸成されていない。加えて、寡頭支配体制の弊害――被支配層の統制が絶対的に不足していた。
町では官憲とヤクザ者の大差がなく、郊外では群盗山賊が跋扈している。地方の町や村では富裕層の私兵と賊徒が鎬を削り合っている。
そんな社会で金を持った余所者がうろちょろしていれば、どうなるか。
だから、薄らバカ共に囁きかけるだけで良い。ベルネシア人達は金を持っているぞ、と。
それに、旧エスパーナ系植民地はいまだイストリアとベルネシアを敵視する意識が濃い。
後は待つだけだ。
ミランディア国内でベルネシア人が犠牲になることを。
行商人や派遣社員が強盗や誘拐の被害に遭うことを。
ミランディアに移住したベルネシア人家族や夫婦が襲われ、亭主や息子が惨殺され、女房や娘が凌辱されることを。
それから、政治的には治安悪化に対する苦情と抗議を重ね、解決を要求するだけで良い。
決定的な犠牲が生じるまで。
大衆を煽るための印刷機は、既に準備が出来ている。
創作物では真実は絶対正義のように語られるが、現実に於いては真実に然程価値はない。
真実ではなく、大衆が信じた事実が歴史を動かすのだ。
そして、事件は起きる。
当然だ。そのように水を注ぎ、流しているのだから。
全ては少数の特権階級者達の描いた絵図のままに。
もっとも……
たとえ、前世記憶を持っていようとも、全てを予見することなど出来ない。
歴史に修正力などという都合の良いものは存在しない。
あまねく人々が各々の事情と都合を持ち、自らの意思を持って生きているのだから。
流血の代償は決して安くない。
これもまた歴史が証明し続ける事実だ。
本年は更新が滞り気味で、読者の皆さんのご期待に応えられておりませんが、気長にお付き合いいただければ幸いです。




