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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第4部:美魔女時代

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322/336

22:4

大変お待たせしました。

 共通暦1787年:王国歴267年:初夏

 大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:クレーユベーレ市

 ――――――――

 初夏の日差しが和らぐ午後の終わり。

ヴィルミーナは白獅子財閥の教育事業で建設された私学の講堂を出て、光沢ある黒革のブーツでコツコツと石畳の通路を叩くように進んでいく。


 眉目秀麗の美貌は依然若々しい。艶やかな薄茶色の長髪を緩やかに結いまとめ。耳と首元に控えめながら品の良い装飾品を付け。均整の取れた身体を赤黒のソリッドなカジュアルドレスに包み。絹のサマーストールを羽織り。

 その整った顔立ちはどこかくたびれ気味だ。

「なんというか、前衛的過ぎて評価に困るわね」


「同感です。新しい芸術なんてそんなもの、と言ってしまえば、それまでなんでしょうけれど……」

 白獅子財閥の“顔”を担うデルフィネも溜息混じりに応じる。


 かつてグラビアアイドルのような可憐さと色気を備えていた美少女は、今や美人女優染みた美貌と艶気を持った大人の美女になっていた。青白のカジュアルフォーマルなドレスに包まれた胸元が強烈な存在感を放っている。


 この日、2人は白獅子の私学で催された芸術の発表会に出席し、大いにくたびれていた。

「それとも、私達の感性が鈍ったのかも。もうじき四十ですし」

「四十路は年寄り扱いされる歳じゃ……まあ、そんな歳ではあるか。下手をしたら孫が出来てもおかしくない歳だものね」

 ぼやくデルフィネにヴィルミーナは小さく肩を竦めた。


 2人ともアラフォーながら高い魔力を持つ貴婦人ゆえに若々しさが衰えていない。流石に20代には見えないが、それでも世間一般の四十路より10歳は若く見える。実際、2人の顔には小皺一つ無い。

 しかし、10代後半で結婚出産が珍しくない時代において、40代は立派な年寄りだ。孫がいてもおかしくない。


「野暮なことを聞くけど、デルフィは結婚しないの?」

「私はこのまま好きに暮らしますよ。家庭を持たぬ自由を謳歌します」

 強がりではなく素のままに微笑むデルフィネ。

 その自由は修羅の道も伴うで、と前世で独身だったヴィルミーナは眉を下げる。


「ところで」

 デルフィネは気楽な独身マダムの顔から怜悧な貴婦人の顔に変わった。

「ミランディアの件、話が進んだそうで」


「ええ。テレサが進めた通りになった。クレテアの大陸南方進出を全面的に認める代わりに、同地において油田が発見された場合、最恵国取引を確約させたわ。それとミランディアから油田を奪った後、南小大陸の干渉優先権の確認も済ませた」

 ヴィルミーナは澄まし顔で語る。


 列強による世界分割。

 協働商業経済圏の確立により、列強の世界分割は概ね外交政略と利権交渉で進められている。もちろん、その中核プレイヤーの一人が澄まし顔で語る三児の母だ。


 コツコツと靴音を奏でながら、ヴィルミーナは宣う。

「南小大陸は我々列強の経済奴隷になってもらうわ」


「酷い話ですこと」

 デルフィネはカツカツとヒールの高い靴で石畳を叩く。

「彼らは独立して繁栄を我が物に出来ると思っているでしょうに」


「叶わない夢を見た。それだけの話よ」

 駐車場から回されてきた機械化車輛の許へ進みながら、ヴィルミーナは美貌に冷厳さを加えて続けた。

「私としては、ウリエルス山脈の向こうに立てこもっている先住民達が気になる」


 大天洋側に面する南小大陸西部。特に先住民族諸国家群が残存するウリエルス山脈以西地域は海流、モンスターの分布関係によって海側から進入が難しい(だからこそ、西方人の侵略が叶わず、彼らは生き残ることが出来た)。


「彼らがこのまま隔絶と閉鎖を選び続けるのか、あるいは好機の到来を待っているのか。判断がつかない。いずれ平和的に交流できると良いけれど……まあ、無理でしょうね」

「ええ。無理でしょう。我々白人は彼らの恨みと憎しみを買い過ぎました。向こうのこちらに対する目は不信や猜疑という言葉では追いつきません」

 ふ、と息を吐く。デルフィネは西へ向かっていく太陽を窺い、目を細めた。

「それに、肌や目の色だけで相手を見下す愚か者が増えました。これでは異人種異民族と平和的交流など望めますまい」


「文明は進歩しても人間は進歩しないか」

 ヴィルミーナの微苦笑に、デルフィネは小さく肩を竦める。

「少なくとも、私達が築いた学び舎では愚者を量産せぬよう努めましょう」


      〇


 小銃を構え、引き金を絞るように引く。


 撃針が金属薬莢のケツを勢いよく突き、薬莢内の魔素炸薬が励起反応を起こして魔素エネルギーと化した。エネルギーは薬莢を収める薬室(チェンバー)内の剛性が一番弱い銃身方向へ進み、尖頭型弾頭を薬莢から蹴り飛ばす。

 射出された弾頭は銃身内に施された条によって螺旋状回転を与えられながら疾駆し、銃口から飛翔した。


 飛翔した弾丸は50メートル先に立てられた木版標的の端を貫き、背後に立つ土嚢に突き刺さり、粉塵を巻き上げた。


「あーあ、外れちゃった」

 単眼鏡を覗いていたジゼルが残念そうに呟く。乗馬服に似た装いが良く似合う。


「銃の構え方が甘かったな。だから、反動をきちんと抑えきれなかった」

 腕を組んで射撃を見守っていたレーヴレヒトが淡々と評する。


 母が親友と共に私学へ足を運んでいたこの日、王妹大公家がクレーユベーレ市に持つ地所の一つで、レーヴレヒトは子供達に射撃を教えていた。週末のちょっとした狩猟(ハンティング)野営(キャンプ)に備えてのトレーニングだ。


「この銃が重たいんだ」

 ウィレムは槓桿を引き、薬室が空になったことを確認してから猟銃を卓に置く。

「もっと軽いのは無いの?」


「あるにはあるが、中口径でこれ以上軽いものは反動がもっと大きい。いっそ鳥打用の散弾銃にするか?」

 父の問いかけに、ウィレムは少し考え込み――首を横に振った。

「せめて小鬼猿くらいは仕留められる銃が良い」


「だな。鳥打銃ではいざという時、頼りにならない。森は獣達の世界だ。備えずに入ることは危険すぎる」

 自身の子供時代を棚に上げて滔々と語るレーヴレヒト。


「パパ。次は私の番よっ!」ジゼルが溌溂と言えば。

「僕の順番を飛ばすなよ、ジズ」とヒューゴが眉を下げて双子の妹に言った。

「ヒューゴは狩りに興味ないじゃない」

「それとこれは別。僕だって撃ってみたいんだ」

 睨み合う双子に、父が苦笑しながら仲裁に入る。

「順番は守らないとな。ジズ。ヒューゴの後を待ちなさい」


 ぶー、と不満一杯の唇を尖らせる愛娘。

「ヒューゴ、銃の扱い方は分かるな?」

「うん」

 ヒューゴは父に首肯を返し、卓の上から中口径の猟銃を手に取る。ずしりとした重み。


 猟銃は子供達の体躯に合わせた騎兵銃モデルに近い。子供達の名誉のために言っていないが、弾薬も反動を抑えた減装弾だ。


 御付きの侍女と護衛がどこかハラハラと見守る中、ヒューゴは猟銃の薬室に弾を込め、槓桿を押し込んで構えた。照準器越しに標的を見据える。


「両足を肩幅に開いて、脇をもう少し締めろ。腕で支えるな。体全体で支えるんだ」

 ヒューゴは父の教えに従って立射姿勢を正し、

「狙いを付ける時は呼吸と心拍を意識しろ。肺と心臓が動く限り、人間の身体が真に制止することはない。自分の呼吸と心拍の調子を理解して、引き金を引け」

 ゆっくり深呼吸した後、引き金を引く。


 魔素炸薬特有の金属的な固い銃声が響く。

 標的の真ん中が貫かれた。


「―――ど真ん中」「やるなあ」

 ジゼルが目を瞬かせ、ウィレムが感嘆をこぼす。


「上手いぞ」

 次男を褒めつつ、レーヴレヒトは密やかに眉根を寄せる。

 気性が穏やかでインドア気質な次男に射撃の適性があることに、特殊猟兵出身の強行偵察隊指揮官は何とも言えない気分を抱いた。


「今度は私の番!」

 父の憂い顔に気付かぬまま、ジゼルが持ち前の負けん気を発揮していた。


     〇


「キャンプの御土産ですか」

 ヴィンセント・グランデルは、ウィレムから渡された魔狼の牙と魔石をしげしげと見つめた。


 今年16歳を迎える彼はヴィルミーナの御付き侍女メリーナの育預であり、魔導学院の生徒である。魔導学院に進学して以来、同学院の寮で暮らしているが、偶に王妹大公家へ足を運び、“師匠”メリーナに学院生活を報告したり、魔導術の腕前を披露したり、家人に混じって仕事をしたり、王妹大公家の面々と交流したりしている。


「ウィレム様が仕留められたので?」

「僕はまるでダメだったよ。どうやら父上に似ず狩りの才能が無いらしい。ジゼルに散々からかわれてしまった」

 ウィレムは小さく肩を竦め、ヴィンセントの手元にある魔狼の牙と魔石へ目線を移した。

「それはヒューゴが仕留めたものさ。意外なことに我が弟は射撃が上手かった」


「確かに意外です」

 ヴィンセントは改めて魔狼の牙と魔石を手に取って見つめる。

「このサイズだと、結構な大きさだったのでは?」


「ガブと同じくらいにはね」ウィレムは眉間に人差し指を当てて「70メートル先、藪の中。それをここに一発さ。父上も護衛達も目を丸くしていたよ」


「……偶然(まぐれ)では?」

「ところが、ヒューゴにはしっかり見えていたらしい」

「それは……事実ならヒューゴ様には、レーヴレヒト様と同様の才能があるのでは?」

「弟が軍人、それも特殊猟兵に向いているというのは喜ばしいというべきなのかな」

 ウィレムは机に頬杖を突き、端正な顔を曇らせる。

「……父上は戦場のことを話されない。決してな。任務で赴いた土地の風景や風俗、生物とか語ってくれても、戦場のことは別だ。だけど……昔、僕は聞いたことがある。父上に人を殺したことがあるのかと?」


 ヴィンセントは固唾を飲み、続きを促すように頷く。

「父上は答えた。あるよ、と。言い訳する風でもなく、誇るようでもなく、淡々とね」


 あれはアンジェロ兄様が命を落とされた後のことだったろうか。

 ウィレムは父に問うた。

 パパは人を殺したことがあるの?


 あるよ。

 父は一言で応じた。淡白に。そして、言葉を選びながら続けた。

 パパは軍人としてたくさんの人を殺してきた。それは決して楽しいことでもないし、誇らしいことでもない。とても辛く、苦しいことだ。それでも、パパが人を殺してきたのは、それがこの国を守り、栄えさせ、この国の大勢の人達が平和に暮らすことに繋がったからだ。


 当時と違い、今のウィレムは特殊猟兵がどんな部隊か知っている。父が率いる強行偵察隊分遣隊がどんな任務を背負って活動しているか、うっすらと理解している。

 ウィレムは溜息をこぼした後、人懐っこい微笑を湛えた。

「つまらない話はここまでにして、ヴィンスの話を聞かせてよ。魔導学院での生活はどうだい?」


「そうですね。近頃赴任してきた防御魔導術の指導官が――」

 ヴィンセントはウィレムに魔導学院の話を語りながら、今しがたウィレムから聞かされた話を“師匠”メリーナに報告すべきかどうか頭を悩ませていた。

 ・


 ・・


 ・・・


 王妹大公屋敷のサロンで角兎の角を見つめながら、ヴィルミーナは鼻息をつく。

 先日のハンティングキャンプでジゼルが仕留めた戦利品(トロフィー)だ。


 ヴィンセントは悩んだ末にメリーナへウィレムの話を報告し、メリーナは迷うことなくヴィルミーナに話を上げた。

 ヒューゴのことは夫から聞かされていた。次男の意外な才能にヴィルミーナは困惑したものだ。


 むろん、ヴィルミーナは我が子を軍人にする気などサラサラなかった。

 腹を痛めて生んだ可愛い子供を僻地で鉛玉の餌食にするなど、あり得ない。それに、ヒューゴは色んな意味で“特別”なレーヴレヒトと違う繊細な子だ。戦場の過酷さと残酷さと狂気に向き合えるとは思えなかった。


 射撃の才能は狩猟や娯楽に用いればよろしい。

 そう結論し、ヴィルミーナは自嘲的に口元を曲げた。

「これまで大勢をどん底へ蹴り落とし、大勢を冥府へ叩き込んできた女も、我が子は例外か」


「当然でしょう」

 メリーナがさらっと告げる。

「ヒトの価値は平等ではありません。愛情の多寡、利害の有無などで優先順位が大きく異なります。私とて御嬢様や若様方、家族、愛すべき人々が無事で幸福に過ごすためなら、有象無象がどうなろうと知ったことではございません」


「貴女の率直なところ、すごく好きよ、メリーナ」

 ヴィルミーナは嬉しそうに喉を鳴らした後、冷厳な目つきで角兎の角を見つめた。

「まあ、確かに有象無象がどうなろうと知ったことではないわね」


 既に南小大陸ミランディアに対する謀略は動き始めている。大勢の業突く張り達の野心と欲望を燃料にする戦争機械は、もう止まらない。

 産油地を奪うために必要な期間は見込み最速で一月。最長で三年。


 問題は奪い取った後だ。


      〇


 ベルネシア王国府にて――

「戦略資源地域を確保するのですから、現地を完全にベルネシア化してしまうべきでしょう。現地の住民を叩きだし、我が国の人間を入植させるべきです。その方が中長期的に後腐れなく済みます」

「現地人の抵抗を無視するな。連中は既に叛逆の成功を体験している。そう易々と屈服すまい」

「圧倒的戦力で叩きのめしてはどうです? 何かと反抗的な外洋の連中にも薬となるのでは?」

「戦費負担や損害がバカにならんし、虐殺や大規模略奪は政治的な瑕疵になる。いくら身代わりの旗振りを用意したとしても、我々に飛び火してくるぞ」


 官僚達のやり取りが交わされているところへ、王室に近い者が苦言を呈す。

「陛下の治世を汚すわけにはいかぬ。次代のエドワード殿下にも、だ。清廉にあれとは言わぬが、分別を弁えよ」


「……では相応の大義名分を得られれば、問題ないのでは?」

 情報機関筋から黒い意見が上がった。

「同胞を生贄にすると?」

「生贄などではありません。国益と繁栄のための礎になる、臣民としての献身ですよ」

 言葉遊びだ、という者はいない。政官界とは言葉選び一つで死命を制する世界だからだ。


「どれほど必要だ?」

「少なくとも2~30家族ほど」

「……女子供までも、か」

 政治という泥に塗れても良識を残している者達が表情を曇らせる。


 が、冷徹さを保つ者達は続けた。

「悲惨悲愴であるほど、大義名分が強まり、支持も増します」

「その犠牲に見合った成果を確約できるか?」

「勝つだけなら方面軍団だけでも容易です。しかし、戦後を含めた結末は何も確約できません。それが戦争というものでしょう」

 軍の高官が淡白に言った。

「地図は変わります。それだけは確かです」




 ベルネシア王国府で黒い会議が行われている頃、クレテアではいよいよ大陸南方侵攻の計画が本格化していた。

「大陸南方西岸から20個師団。地中海エトナ海諸島経由で12個師団。これに海軍諸部隊と現地調査隊を合わせ、約40万人。計画完遂に15年を見ています」


 クレテア王国首都ウェルサージュの王宮。その会議室にて。

 宰相リメイローの説明を聞き、アンリ16世は顎の贅肉を揉む。

「15年か。ギリギリだな」


「ギリギリ、とは?」と重臣の一人が王の言葉に目をパチクリさせる。

「イストリアだ。連中が亜大陸を完全に飲み込むまで10年前後だろう。となれば、連中はその後、どこに手を伸ばす? 亜大陸から大陸中央か? それとも東方か?」

 王の見解に軍関係者と外交関係者、植民地関係者が頷く。


「大陸中央は難しいでしょうな」

「亜大陸を飲み込んでも、かね?」

 内相の問いに軍関係者が首肯を返す。

「亜大陸を飲み込んだからこそ、ですよ。現地の統治に力を割かねばなりません。大陸中央進出に拘り過ぎて亜大陸で現地人の反抗が爆発すれば、手に負えなくなる。また、同地に関心が強いロージナやメンテシェ・テュルクの干渉も招きます」


「東方は大秦華と旭祥が控えている。前者は東方世界最大の陸軍国家だし、後者は東洋を支配する海軍国家だ。生半には倒せん。何より距離の暴虐が凄まじい。よほどの準備が要る」

 外交筋がどこか得意げに語る。

「南小大陸北部の再制圧も無いだろう。件の叛徒国家を切り捨てたことで、むしろ経済的負担が減ったくらいだからな」


「となると、答えは一つ」

 宰相リメイローが顔の皺を深くした。

「大陸南方の奪い合いになりますな」


「そうだ。大陸西方から“手頃”な位置にあり、肥沃な土地が多く、資源も豊富。それでいて、現地勢力は文明的水準が後進的。実に良い“獲物”だ。事実、ベルネシア人も少しずつではあるが、大陸南方領土を拡大させている」

 アンリ16世はどこか退嬰的な顔つきで頬の肉を軽く摘まみ、

「余の勘であるが……おそらく大陸南方の奪い合いが協商圏の分水嶺となるだろう。破綻を迎えるか、対話で妥協点を得られるか。後者はともかく前者は世界が根本から変わることになろう。その時を迎えるまでに、大陸南方西部を我らの身肉にせねばならん。結局のところ」

 疎ましげに鼻息をついた。

「我々は群盗山賊の集まりに過ぎんのさ」




 クレテアの首都で国王がブラックユーモアを披露している頃、覇権国家イストリア連合王国の首都ティルナ・ロンデでも、黒い黒いやり取りが行われていた。


 王宮傍にあるカーニング街10番地。一言で言えば、首相官邸にて。

「チャンスと言えば、チャンスだな」

 大冥洋諸島帯産の太い葉巻をくゆらせながら、首相のマルズベリー伯ヴットは言った。


 もじゃもじゃの金髪。もじゃもじゃの口髭。日焼けした皺顔。がっしりとした小柄な体躯。一流の着衣をまとってもどこか垢抜けない容貌から、『カッペ(プロヴィンシャル)のヴット』なんて呼ばれている。


 ただ、外見はともかく中身の方は文化人そのものだった。超名門校を上位の成績で卒業し、古典文学に通暁していて古代レムス語を読み書きでき、古イストリア語で書かれた詩を自在に暗唱できる。演劇にも明るく、その道のプロと演劇論を交わせるほどに詳しい。


 そんなヴットは赤ん坊の腕並みに太い葉巻を燻らせ、タワシみたいな顎髭を掻く。

「叛徒共がベルネシアのミランディア侵攻に食いつくなら、消耗を促せるかもしれん」


「パラディスカだよ、ヴット。我が国は彼らを国家として認めてる」

「知るか。俺は認めてない」

 盟友の海軍卿が指摘するも、ヴットは忌々しげに吐き捨てる。

「敵に負けた。戦に敗れた。それなら我慢しよう。敗北の屈辱に臍を嚙みながら内省し、襟を正して再起を誓おう。

 だがな、同じイストリア人に裏切られ、あまつさえ唾を吐きかけられたのだぞ。どうしてこれを我慢できるか。叛徒共との戦いに倒れた将兵や、国王陛下と祖国に忠を尽くしたがために殺された入植臣民へ顔向けできるか。許せん。絶対に許せん」


 気づけば、ヴットは高価な葉巻を握り潰していた。

「叛徒共が衰弱したなら必ず征伐してやる。叛逆の罪を思い知らせてやる。奴らを臣民として徹底的に“再教育”してやる」


 ヴットは熱狂的な愛国者であり、王室尊崇者だった。彼にとってイストリアから独立した植民地パラディスカの存在そのものが、イストリアに対する侮辱に他ならない。


「だが、政府の方針はあくまで亜大陸征服事業の優先だ。実際、彼の地で得られる綿によって協商圏内の繊維市場は我が国の独壇場だし、亜大陸に眠る莫大な資源を活用できるようになれば、更なる繁栄が約束されている」

 海軍卿がどこか面倒臭そうに盟友へ言った。

「パラディスカの件は下手に突くな。南小大陸が落ち着いているおかげで亜大陸征服に専念できているんだから。連中がミランディアに手を貸したとしても、こちらに被害がない限りは静観しろ。南小大陸はベルネシアに任せとけ」


「……それで我が国の名誉が保てるのか? 陛下の御稜威が守られるのか? いいか、ダニー。これは誉れの問題なんだぞっ!」

 怒り狂った竜のようなヴットに、

「やれやれ……演説の最後に『それはともかくとして、パラディスカは滅ぼすべきと考える』付けそうだな」

 辟易顔の海軍卿は古代レムス帝国の名物政務官のセリフをモジった皮肉を告げる。


 が、ヴットは葉巻の残骸を始末しながらニヤリ。

「それは最高に良いアイデアだ。次の議会から使おう」

「やーめーろ」

 海軍卿は頭痛を覚えたように額を押さえた。


気づけば、PVが1000万を超え、総合ポイントも3万を超えていました。

この拙い物語が続いているのは、ひとえに読者の皆さんのおかげです。

更新が滞り気味ですが、今後もお付き合いいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 間が開くと地名が頭から抜けてしまう…
[良い点] 1000万PVならびに3万ポイント突破おめでとうございます。これからも楽しく列強のワガママなお話に期待しています。
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