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お待たせしました。
大陸共通暦1786年:皇紀2446年:晩秋
大陸東方サンライジア:旭祥皇国:陽京
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大陸極東の島嶼国家、旭祥皇国。
武州に築かれた陽京は民衆や諸外国から皇国首都として認識されているが、公文書上は朝廷があり、皇主のおわす京――“皇京”が首都となっている。
もっとも、朝廷は形骸化著しく、旭祥皇国の国家運営に彼らが果たしている役割は極めて小さい。幕府も形式的に朝廷を立てているが、国家運営に口出しを許してない。
当然ながら、朝廷は幕府に軽んじられている現状が面白くなく、時折、復古主義者や攘夷主義者なんかにテコ入れして嫌がらせしたりしている。
まあ、朝廷の凋落は彼ら自身の傲慢と愚昧によって引き起こされたものだ。
旭祥皇国は1000年に渡って延々と離合集散の内乱を重ねてきたが、大抵の戦乱は朝廷のアホ共が内の権力抗争に外の武家勢力を利用して引き起こされたものだった。
そうして、武家勢力を利用するためにあれやこれやと権威を与えた結果、武家が公家に取って代わってしまったわけだ。
極めて前例主義的なくせに、同じ失敗を繰り返す。公家とはそういう生き物だった。
戦国時代には『下手に数がいるからバカが湧く。ここらで両手に収まる程度へ間引きしてはどうか』と宣った武家も居たほどだから、推して知るべし、であろう。
朝廷は魔導技術文明世界18世紀になっても、さして変わらない。
日本史における幕末期、公家の一部が勢力の復権を企て田舎軍閥のクーデターに加担したように、旭祥皇国でも公家の連中は復権を企てている。
で、そんな公家の動きは、幕府に筒抜けであった。
「忠永公の宮中御成敗で懲りたと思ったが……まあ、あれから100年以上経つ。痛みを忘れた頃か」
武陽城。
幕府の中枢施設にして、大要塞であり、将軍とその家族の住居である。
陽光優しい昼下がり。当代将軍の斉定公は紅葉の美しい本丸庭園の池へ餌を投げていた。巨大な錦鯉達が先を争うように餌へ群がってくる。
「あるいは痛みを忘れておらぬが故かもしれませぬ。公家は執念深くございますれば」
斉定公の三歩後ろに控える五十路の老人が告げた。
幕府七大老の一人である里見房州守賢義は裃ではなく着流しを着ていたら、ヤクザの親分と間違われそうな容貌をしていた。しかし、粗暴そうな見た目と違い、里見房州守は冷徹な内政屋で知られている。『骨まで削ぐカミソリ里見』だ。
「お主にしては迂遠な物言いよな。皇京の鴉共は余の後継に嘴を差し込む算段であろう」
主君の直截な発言に里見房州守は沈黙で肯定する。
斉定公は御年60手前。威容に乏しい小柄な初老紳士であり、見た目通り肉体的頑健さに乏しいため、どうも長生き出来そうにはなかった。
そして、困ったことに斉定公は跡継ぎの男子がいない。正室と側室合わせて14人を囲ったが、生まれてきた子供は皆、女児ばかり。いや、男子も三人ばかり生まれたが、皆七五三を迎えることなく早逝してしまった。
旭祥皇国は公家も武家も基本的に男系であるため、幕府の裏で斉定公の養子の座を巡る戦い――後継者争いが始まっていた。
将軍家宗家は嫡流が絶えて久しい。御三家も今や本家筋から随分と血が離れている。数代前の将軍が起こした御三卿家から養子を迎えることが妥当であろうが、ここで待ったが入る。
御三家の次席紀州家の現当主は斉定公の娘を娶っていた。それも、公卿筆頭たる摂家から迎えた斉定公正室の娘を。
紀州家当主は義父たる斉定へ提案した。それがしの許に生まれた男子――斉定公の孫を嫡孫として迎えては如何か。
これに御三卿家が猛反発。なんたって御三卿は実質的『部屋住み』である。こういう時に後継者を輩出できなければ、存在意義が根底から揺るぎかねない。
特に後継者候補筆頭の一橋卿慶匡は酷く憤慨した。気持ちは既に将軍を就任したつもりだったところへ、冷や水をぶっかけられたに等しいから無理もなかろう。
慶匡の弟である慶景も紀州家の横槍に激怒した。
軍人となっていた慶景は斉定公に男子が生まれぬ状況から、兄が次期将軍候補になると踏んで以来、御家と兄のために勲功を積まんと努力してきた男だった。それだけに、紀州家の横槍は自身の重ねてきた努力と奉公を踏み躙られた気分を覚えていた。
他方、御三卿の末席である磐田卿篤保は『年齢的に丁度良い』という事情から後継者レースに引っ張り出されてしまった男だった。本人は食い扶持が約束された『部屋住み』暮らしを嫌っておらず、適度にお役目をこなして(実務は家臣に丸投げ)趣味の盆栽やなんやらをしていたかった。
ウェブ小説の主人公なら『実は英邁な切れ者』となるところだが、篤保は気質通りの暢気なボンボンだった。篤保が後継者レースに登場した時の周囲は『逆立ちしても名君や賢君にはなれぬであろうが、暗君や暴君にもなるまい。太平の世にあって凡君はむしろ望ましい』と鷹揚なんだか、辛辣なんだか分からない評価を下している。
長々と語ったが、要するに幕府は次期将軍の座を巡って色々面倒なことになっているわけだ。
この問題を一言で解決できる唯一人の男、斉定公は鯉に餌遣りをしながら、泡立つ水面を茫洋と眺める。
「房州守。はっきり言えばな、後継者など誰でも構わんのだ。余のような凡人であっても幕閣にしっかり諮って政を行えば、御国はそうそう動じぬし乱れぬのだからな」
「御謙遜なさいますな。上様の御采配あっての我ら幕臣でございます」と里見房州守が年上の主君へ小言を呈す。
「余としてはお主らが大したものと褒めたつもりであったが」
上品に微苦笑し、斉定公は侍従へ餌箱を渡して手を拭わせる。里見房州守へ『ついて来い』と首を振り、池の傍に用意された縁台へ腰を掛けた。
里見房州守が縁台前に片膝をつく。大老といえど、将軍の隣に腰を下ろすことは許されない。
侍従が速やかに用意した緑茶を口に運び、斉定公はフッと息を吐く。
「但州守が申すには、一橋の次男坊辺りは武勲を上げて発言力を増そうと企んでおるようだ」
「あり得る話ですな。方向性はともかく慶景殿は御家と兄君に忠孝を尽くしております」
されど、と里見房州守は言葉を続ける。
「今日日、賊徒や叛徒も大した規模がおりませぬ。北方の“ろうじな”も秦華と北東馬賊を破れず、我らの北方領土まで到達出来ませんでした。後は秦華沿岸地域への“定期便”ですが、秦華の沿岸防衛が固くなって久しく、難しいかと」
説明しておく。
大陸東方は二強というか、大天洋西端と東洋の分け目に浮かぶ島嶼国家の旭祥皇国と、大陸東端に広大な国土を有する大秦華帝国以外、国家らしい国家がない。
現在に至るまで、東洋の島嶼は軒並み旭祥が征服して併呑したし、東方の大陸東端付近は秦華がほとんどを征服して併合していた。例外は僻地や極地の狩猟氏族共同体や平原騎馬民族の氏族連合くらいだろう。
また、地球世界なら日本列島と大陸中国の間に朝鮮半島が生えていたが、魔導技術文明世界の旭祥と秦華の間に独立国家がある半島なんて、どこにも“無い”。
そして、旭祥と秦華は古代から海賊や海上軍閥が互いの沿岸や島嶼を襲撃し合っていた。
中世頃から旭祥が造船技術や海上戦闘で優位に立ち始めると、旭祥はヴァイキングよろしく大秦華帝国の沿岸全域を襲撃し始め、時に内陸侵攻を図ることもあった。
この秦華侵攻の極致が、旭祥皇国史の英傑たる津田信永公が行った大遠征『秦華征伐』であり、この失敗以降、旭祥皇国は秦華の内陸侵攻を諦めた。
もっとも、殴られっぱなしで済ませるほど秦華は甘くない。
太閤英吉公時代の晩期、報復を掲げる秦華の大艦隊が来寇。辛くも撃退したものの、この莫大な戦費と恩賞の不備等が原因で内乱が発生。最終的に陽京幕府が発足することとなった。
陽京幕府は『秦華の来寇から御国を守るため』という大義名分の下に先制予防攻撃を国策とし、三光作戦的な大秦華沿岸襲撃を重ねてきた(ここで上っ面でも和約を結ぶという発想が出てこないところが、大陸東方“らしさ”であろうか)。
この“定期便”と呼ばれる予防的沿岸襲撃も、秦華の沿岸防御態勢が堅牢になるにつれ、成果が上がり難くなっていた。
「となると、大陸東南方か」
「はい。皇国海洋共栄圏の最南端防波堤の確保は、戦略上の決定事項ですからな」
主君の指摘に里見房州守は頷いた。
「大陸東南方にて拠点を築き、西夷達の侵略を防ぐ。これが成れば東洋を完全に内海化できましょう。慶景殿の狙いは御国の大願に適います」
「大陸東南方は複数の国と複数の民族が乱麻の如くあり、人界の理及ばぬ化外の地も広いと聞いておる。武で御国の大願は能うや如何」
将軍の諮問に大老は迷わず答えた。
「軍は陸と海を合わせて是と考える者が7、否と考える者が3と。是と答えし者の多くは現地蛮人や西夷の軍勢など何するものぞと吠え、慶景殿を神輿に担いでおります。否と言いし者の多くは現地の難環境や西方列強との衝突を懸念しておりまするが……武功を求める者共に後れを取っております」
「ふむ」
斉定公は空になった湯呑を侍従に渡し、紅葉を眺める。
しばし、美しい庭の秋模様を楽しんだ後、将軍は告げた。
「まずは彼の地にて表裏から文言の交わりを始めるべし。これには磐田卿を用いよ。また、一橋卿の次男坊を加えて武の策を練るべし」
文と武にて両家を競わせるか。里見房州守は頷きつつ、問う。
「紀州家がなんぞ申して来るやもしれませぬ」
「なに。どうやら紀州は腹に寄居虫がおるようだ。虫を下してやれば良くなろう」
斉定公は氷のような冷たさを漂わせながら言った。
彼は正室との間に生まれた初子である寿姫を大いに可愛がっていた。紀州家へ嫁に出したのも、“最も安心できる嫁ぎ先”だからだ。にもかかわらず、紀州家は要らぬ欲を出した。これは斉定公にとって裏切りに等しい。何より、可愛い娘と孫を利用する公家が気に入らない。
と。
「上様」
侍従が声を掛け、目線で枯山水の道を示す。
道の向こうから清楚な着物をまとった女性陣が姿を見せた。
侍女達を率いる尼僧頭巾を被った妙齢の美女は、出戻り娘の淑姫――今は出家して鳴浄院だ。
嫁いだ先で子が出来ず、側室の間には子が出来てしまった。今年の春頃、亭主が先頃病で逝去した期に出家、四十九日が明けるや否や、幕府が止める間もなく婚家を辞して帰ってきてしまった。
曰く『石女と散々に嗤われてきたのですから、十分でございましょ。それとも、幕府は将軍の娘に寡婦となってまで嗤われろとおっしゃるの?』
幕臣達は何も言えず、将軍は『好きにさせてやれ』と苦笑いし、鳴浄院の母である小楠の方は『あんなに気が強かったかしら……』とぼやいたという。
「上様。里見様」
鳴浄院が微笑みと共に声を掛ける。20代半ばの若々しい美貌と野暮ったい尼僧の装いが却って背徳的な色気を感じさせる。
母似の垂れ目を柔らかく細め、鳴浄院は父と重臣に問う。
「御邪魔してしまいましたか?」
「よいよい。人払いも命じておらぬ。さ、父の隣に座るがよい」
斉定はぽんぽんと縁台の隣を叩く。
「では、御言葉に甘えて」
鳴浄院は父の隣に腰を下ろし、柔らかな笑みを大きくする。
「里見様が居られるなら、一つお聞きたいことがございました」
「はて、某にでございますか?」覚えのない里見房州守はわずかに身構える。
「飛空船小僧さんのこと(特別閑話5を参照)ですわ。嫁いでからも、件の小僧さんがどうなったのか、ずっと気になっていましたの」
「飛空船小僧……でございますか?」
鳴浄院の言葉に里見房州守は困惑し、覚えがある斉定公が楽しげに笑った。
「10年前にべるねし国の姫から大層な贈り物があったろう?」
「……ああ。思い出しました。下級武士の倅が密やかに西方列強へ文を送った件ですか。たしか、返礼に立派な模型と書籍が贈られてきましたな」
「うむ。アレは中々に愉快な出来事であった」
「私も上様と一緒にあの見事な飛空船の模型を見聞しましたの。朝比奈様からも顛末をお聞きして、とても楽しくなりました」
楽しげな斉定公と上品に喉を鳴らす鳴浄院へ、
「ええ。ええ。朝比奈殿がえらく上機嫌でございましたな。あのような小僧がおる我が国はやはり大したものだ、とよぉ笑っておりました」
里見房州守は眉を下げて苦笑を返し、小さく首肯した。
「あの飛空船小僧はたしか海軍造船局に進み、設計の仕事をしておると聞き及んでおります。海軍の年寄り達が大した若者が入ってきたと申しておりました」
「まあ。見事に夢を叶えたのですね。大団円で良かった」
にこにこと微笑み、鳴浄院は『ところで』と父へ笑顔を向けた。
「女の身で政に口を出す気はございませんけれど、南の方で大きな戦をされるので?」
「なんだ藪から棒に」
斉定公が片眉を上げて訝り、里見房州守が微かに強面を強張らせる。
「一橋家の慶景様は少しばかりお声が大きく、奥にまで届いておりますの」
くすくすと鈴のように喉を鳴らし、鳴浄院は垂れ目を糸のように細めた。
「慶匡様は弟君を御してらっしゃるのか、振り回されているのか、怪しぅございますね」
「手厳しいな」
娘の辛い物言いに苦笑を漏らし、斉定公は大きく深呼吸した。
「東南方へ進めば、“べるねし”が最大の脅威となろうな」
旭祥皇国は共通暦1779年の白獅子財閥『展示会』を機に、初めて西方圏へ公使を送り込んでいろいろと見聞させてきた(この際、ベルネシアは“極東の友人”を下に置かぬ扱いで丁重に遇している)。
この公使派遣により、西方圏の豊かさと技術力の高さ、産業などの発展具合などが分かり、ある種の危機感が生じた。この“危機感”が大陸東南方進出の動きを加速させた一因でもある。
「御神君の御世よりお付き合いがありますのに、兵馬で争い競わねばならぬとは。政とは複雑難解でございますねえ」
ころころと笑う鳴浄院に、
「まったくその通りだ。政はややこしいことばかりよ」
「鳴浄院様の御言葉、まことに金言でございますな」
将軍と切れ者の大老がぼやく。
モミジの枝で羽を休めていた鴉がのんびりと鳴いた。
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ベルネシア南部閥の領袖ロートヴェルヒ公爵家は建国以前からある御家で、ベルネシアでは数少ない領地持ち貴族だ。
中央集権体制が著しいベルネシアにおいて、領地持ち貴族に対する税制は厳しい。というより、数代で領地を手放すまで追い込むよう図られている。
『ベルネシアにおいて、領地を持つ者は王のみ』という王制基盤を絶対化するべく組まれた法的スキームだ。特に、旧神聖レムス帝国西部を占領し、同地の領主貴族を取り込んで以降、彼らを弱体/無力化するべく領地持ち貴族を狙い撃ちにしてきた。
逆に、領地を早々に手放した貴族には官職や特権で報いている。
つまるところベルネシア王家は貴族から『土地』という権力基盤を奪いとることで、王権を強化し、貴族達を従属させてきた。
その意味において、建国以前から大身貴族として存在し、今もなお相応の領地を保持するロートヴェルヒ公爵家は、ベルネシアにおいて別格の超名門であった。
同時に、超名門たるロートヴェルヒ公爵家は過酷な税制に対処すべく、常に政治と経済に敏感だった。
資産運用と領地経営で優雅に暮らす? バカ! バカバカバカっ! そんな暢気なことで生き延びられると思っとるのかっ!!
当主と当主夫人は常に政府や貴族界の動向へアンテナを向け、自分達に不利益が生じそうならロビー活動や根回しで防ぎ、わずかでも領地を維持する実入りへつながるならガンガン食い込む。茶会や夜会、催事に足繫く赴き、情報を得る。
もちろん、それらの場で他家にマウントを取ることも忘れない。なんたってロートヴェルヒ家最大の資産は超名門という大看板なのだから。
ロートヴェルヒ公の次女で大実業家であるメルフィナも、実家のためあれやこれやと社交に勤しんでいる。まあ、大抵の場合、メルフィナの社交とは王妹大公家へ遊びに行くことを意味するのだが。
「近頃、何やら動いていらっしゃるようですね。しかも、地中海で暴れた時のように。何か知らないか、と方々から尋ねられました」
白磁のカップを手に微笑むメルフィナ。
自社ブランドの高級衣服に厚手のショール。極普通の貴婦人的装いなのだが、四十路を控えた美貌は妖艶そのもの。官能的で煽情的で、されどどこか恐ろしげで。古の魔女王とはこんな感じなのかもしれない。
垂れ気味の双眸で流し目を向ける様は実に妖美だ。
「最終的には地中海と同じことになるかもしれない」
ヴィルミーナは頬杖を突き、横髪を右人差し指に絡ませる。
30を半ばすぎてから薄茶色の長髪は基本的に結いまとめられていた。個人的にはうなじに掛かるくらいに切っても良いと思っているのだけれど、御付き侍女メリーナや“姉妹達”から『ヴィーナ様の御髪に櫛を通す楽しみを奪わないでくださいまし』と言われては切るわけにもいかず。
「産油地が見つかった。そこを何としてもベルネシアに領有させたい」
「それはまた剣呑な事業をお考えで」
メルフィナは艶やかに微笑みつつ、頭の中で算盤を打ち始めた。
自身とロートヴェルヒの事業は軍需や外洋領土とさほど関わりが深くないが、戦争のもたらすビジネスチャンスは多岐に渡る。食い込む先は必ずあるだろう。
「確保した地域はカロルレンのように白獅子で掌握されるおつもりですか?」
「エネルギー資源を一財閥で保持できると思うほど、私は傲慢ではないわ、メル。魔晶魔石公社や関連業界に合資会社を起させる。ウチは優先割当権で十分よ」
ヴィルミーナは大陸国家の戦略資源事業が持つ“危うさ”を知っている。欧州染みた地域の大陸国家において、戦略資源は国家統制を受け易く国有化の標的になり易い。
ましてや、ヴィルミーナは根の深い政府不信者であるから、国に取り上げられるような商売には手を出さない。苦労して創業して育成してやっとこさ利益が出る、というところで横取りされるなど御免被る。
重要なのはベルネシアがエネルギー資源を持つことであり、白獅子がエネルギー資源を握ることではない。パイは御上へ譲って良い。ただし、切り分けた分はしっかり頂く。
「これ以上、悪名を増やしてもね」
「今更の気がしますけれど。ヴィーナ様はクレテアやコルヴォラントでは魔女と同義ですよ」
くすくすと笑うメルフィナに渋面を返すヴィルミーナ。
同時に、ヴィルミーナは思案する。
メルの耳に届いているということは、相応に広まっていると見るべきやな。そろそろイストリアかクレテア辺りからも接触があるかもしれへん。や。外洋領土系財閥が先かな。
さて、誰が侵略者の汚名を被ってくれるかしらん。
そんなヴィルミーナを窺い、メルフィナは思う。
あらあら。とっても悪い顔して。いくつになっても可愛い方ね。
「何をなさるにしても、今少し慎重に動いた方がよろしいですよ」
「……忠告?」とヴィルミーナは冷ややかに訝る。
「いえ。衷心からの助言です。地中海の一件でヴィーナ様は少し目立ち過ぎました。王国府や貴族界の老人達も流石に危機感を覚えています」
「ふぅん」ヴィルミーナは疎ましげに鼻を鳴らし「これまで散々に王族であることを利用してきたけれど、今度は王族であることが枷になる、か」
「ベルモンテの末路を前にすれば軽挙妄動に出ることはないでしょうけれど、侮られないことです。連中はヴィーナ様よりも悪企みの経験が豊富ですから」
メルフィナが善意から心配の言葉を掛ける。
も、ヴィルミーナは冷笑をこぼしてしまう。
なんたって前世ウン十年と今生40年弱。王国府や貴族界の老人達よりずっと“経験豊富”なのだから。
老獪気取りの“ガキ共”。私に喧嘩を売るなら棺桶入りを早めてやるわ。
ヴィルミーナは面持ちを和らげ、
「難しい話はこの辺で切り上げましょ。御主人やお子さん達の様子はどう? 元気にしてる?」
親友にママさんトークを持ちかけた。




