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大陸共通暦1786年:ベルネシア王国歴286年:秋
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム
ヴィルミーナが南小大陸で発見された産油地をいかに確保するか原案を考えていた頃。
南小大陸から帰還した軍の貨物船がいくつかの『御土産』を持ち帰ってきた。
協働商業経済圏列強は南小大陸の旧エスパーナ植民地独立運動が不可逆になり始めた頃から、現地へ干渉を始めていた。
ただし、イストリアは南方亜大陸の征服事業に焦点を合わせていたし、クレテアは地中海戦争の始末や大陸南方西部にビッグゲームを仕掛ける準備に忙しかったし、ベルネシアは各外洋領土の安定化と発展に追われていた。
よって、干渉はあくまで列強の各植民地総督府と現地軍の行い得る範囲に留められた。
彼らの干渉は『エスパーナ植民地独立運動の影響が自国植民地へ波及することを防ぎ、同時に独立する各エスパーナ植民地へ一定の影響力を獲得すること』を目的としたものだった。独立後の混乱を長引かせるため、自分達の影響力を浸透させて都合良くするため、列強は能う限り彼らの独立にケチをつけたのだ。
列強の植民地経営に不都合な者達――独立運動の急進派や拡大思想を持つ強硬派、思想的指導者の排除ないし懐柔や篭絡、親列強勢力の拡大が行われた。ベルネシア外洋派遣軍の特殊猟兵戦隊・南小大陸分遣隊を中核とする秘密作戦。エスパーナ帝国と縁あるクレテアはあの手この手の外交工作。腹黒かつ陰険なイストリアによる政経の両面からの謀略工作。
これら列強の悪意がどれほどの流血と悲劇と不幸を生んだのか、精確に把握する術はない。
一方、イストリアから独立して浅いパラディスカ合衆共和国も、なけなしの国力を割いてエスパーナ植民地独立運動に干渉していた。
南小大陸北部の内陸に押し込められたパラディスカにとって、陸続きで貿易できる相手は喉から手が出るほど欲しかったし、安全保障上の理由から同盟国足りえる友邦も欲しかった(同盟国足りえないなら、自らの領土にしても良いとも考えていた)。
パラディスカは独立派の民主派閥や共和派閥へ表裏の支援を行った。軍事顧問や義勇兵部隊、物資や資金、政治的便宜や戦後の経済協力等々。
当然ながら列強がパラディスカの動きを見逃すことはなく、表に裏に妨害工作を行った。
特にパラディスカ独立戦争時に火の粉を浴びせられたベルネシア人達は、お返しとばかりに嫌がらせした。特殊猟兵による秘密作戦により、軍事顧問や政府公使を暗殺し、義勇兵部隊を襲撃し、移送される物資や資金を強奪や破壊した。
こうして、ベルネシア特殊猟兵達が分捕ってきた戦利品や鹵獲品が『御土産』として、本国へ送られてきた。
『御土産』は余人の立ち入り不可能な政府施設に運び込まれ、各種専門家からなる調査官達にあれやこれやと調べ倒されている。
「元々がイストリアの植民地だっただけあって、中々のものをこさえていますな」
「ああ。だが、技術はあっても、モノと市場がないことが響いているようだな。この鉄なんか品質がイマイチだ。白獅子の添加鋼はもちろん、我が国の標準鉄材より随分と不純物が多そうだ」
「こちらの着衣類も些か生地が粗悪です。製造過程に難があるのか、原料収穫時の問題か」
「奴隷が不足しているという話を聞いた覚えがあるな。沿岸部を失って補充出来ないから綿はもちろん農産物全般の生産量が落ちているらしい」
調査官達がそんな会話を交わす中、軍から出向した調査官が喜色を浮かべた。
「こいつは良いぞっ!」
調査官の眼前に鎮座するパラディスカ合衆共和国製兵器に、他の調査官が眉を大きく下げる。
「こりゃまたデカいな……これはパラディスカで開発された機関銃……銃か? 多銃身斉射砲よりデカいし重そうだ」
調査官達の前に鎮座する機関銃はデカかった。
火砲用のどっしりとした砲架に、6連銃身を回転させて連射する大型機関銃が据えられていた。播種機のようにハンドルを手回しして射撃する仕組みのようだ。
現在、西方圏で主流となっているカロルレン発の手動式機関銃に比べ、あまりにデカく重い。
「稼働方式自体はカロルレンの機関銃と同じ手動です。ただ、我々の機関銃が擲弾連発銃や多銃身斉射砲からの発展であるに対し、彼らの機関銃は播種機の構造を参考にしているようです」
興奮気味の調査官の説明を聞き、彼の上司である技術佐官はうーむと唸った。
「どうして銃身が六つもある? 全銃身から一斉射するわけじゃないんだろう?」
「複数の銃身を回転させて順次射撃させることで、連射による銃身の加熱と線条の摩耗を防ぐためです。この機構によって連続射撃能力が向上し、我が軍の単銃身の機関銃よりも長時間の連続射撃に堪えます。ただ、射撃ハンドルの許容回転速度が我々のものよりシビアですね。限界速度より速く回すとすぐ弾詰まりするようです。それと、部品の工作精度、鋼材の品質はさほどではありません。白獅子の添加鋼を始めとする国産技術で製造したなら、性能向上が図れるかと」
怒涛の勢いで語り聞かされた技術佐官は軽く引きつつ、多銃身回転式機関銃を見つめる。
「製造ねえ……これ、要るか?」技術佐官は顎髭を弄りながら「この図体のデカさは運用上の大問題だ。それに使用弾薬自体は小銃弾と同じわけだから、ミトラユーズ同様に操作員を狙い撃ちされたらそれまでだ。既存の機関銃の方が運用に易いだろ」
「長時間の連続射撃に堪え得ることが大事なのですよ」
調査官はにんまりと微笑んだ。
「これこそアレに必要だったのですっ!」
アレとは何か。
それは共通暦1782年にさかのぼる。
〇
共通暦1782年に、イストリアの趣味人が飛空短艇に蒸気機関を搭載し、船尾プロペラ推進で自立機動を実現した。
もっとも、あくまで動力飛行を実現しただけで積載能力を無視した代物であり、実用性は皆無だった。
このため技術的なもの以上の評価はされず、水上船舶の動力化ほど大きな反応は生じなかった。
イストリアに続き、ベルネシアの大手造船会社オーレンも動力機関搭載の飛空船を発表したが、その性能は実用水準に届いておらず、技術的評価以上のものを得られなかった。
気流や魔導術理に頼らず自在に飛行可能だからといって、蒸気機関を搭載することによって積載許容量を制限される問題を解決できない点が、世間の反応を冷ややかなものにしていた。
つまるところ、地球世界と違って既に空へ進出している魔導技術文明世界では、新技術と言えど、ライトフライヤー程度の代物では見向きもされない。
軍用でも民生用でも、少なくとも既存の飛空船や飛空短艇に劣る性能の物では誰も満足しない。魔導技術文明世界において、航空機は極めて高いハードルを越えねばならないだろう。
多くの経費と資源と時間を投資し、それでも商業化できない。この状況にオーレンの経営陣は頭を抱えていた。
ベルネシア造船業界の大巨人ノルンハイムや業界の雄ラインヴェルメ、両者と比べると経営資本と業界シェア率が一段落ちるオーレンにとって、飛空船の動力化はある意味で社運を賭けたプロジェクトであっただけに、この状況に対する落胆は大きい。
どうすりゃええのん……と肩を落として慨嘆するオーレン経営陣へ、手を差し伸べた者が居た。
ベルネシア海軍である。
地中海戦争の戦訓研究が進み、海軍は飛空短艇が対地攻撃や飛空船の護衛戦闘など様々な目的に運用され、八面六臂の活躍をした事実に注目していた。
本来、こうした多目的運用は空のワークホースであるグリルディ型高速戦闘飛空艇が担う。
しかし、白獅子の私兵部隊は飛空短艇に簡便な自作ロケット弾斉射器や銃火器を搭載することで、高い汎用性を実現させていた。
グリルディ型は高性能であるがゆえに安くない。より安価な飛空短艇で補えるなら、海軍の懐事情に有難い。
また、長いこと特殊猟兵戦隊から「特殊作戦用に高機動で高火力の飛空短艇を開発してほしい」と強く要求されていた。地中海戦争で得られた戦訓とオーレンの発表した技術は、彼らの要求を実現できるかもしれない。
海軍はオーレンに打診した。
『分隊から小隊程度の乗員移送能力。対地支援火力。ある程度の自衛火力。現行の飛空短艇よりも快速な船足。可能ならば対地捜索追尾能力の保有。これらを満たす動力機関搭載飛空短艇の開発は可能か?』
この要求条件に、オーレン社内は紛糾した。
数年掛かりの投資を回収する好機。しかし、海軍は基本的に航空戦力の要求条件を妥協しない。航空戦力はベルネシア国防の要だからだ。
やれるのか。無理なのか。無理でもやるしかない。やるとして本当に要求条件を満たせるのか。
喧々諤々の議論の末、オーレンの老会長は決断した。
「やろう。資金が足りんなら儂も私財を出す」
オーレンの老会長は覚悟を示した。
「半端なものは駄目だ。必要ならば方々に頭を下げ、協力を取り付けてでも、傑作を創り出すのだ。差し当たっては……まず白獅子か」
かくして白獅子財閥はオーレンから技術協力の相談を持ち込まれ、王都内の某有名店でオーレンの老会長と白獅子の女王が共に飯を食った。
共通暦1783年当時、白獅子は地中海戦争の後始末とエンジンメーカーとしての発展を企図していたし、ヴィルミーナも自ら先頭に立ち、蒸気機関搭載車輛の登場に伴う諸問題を解決すべく政府や各種業界、各種企業や要人に根回しやら調整やら忙しくしていた。
であるから、オーレンの協力要請に対し、白獅子は女王と貴婦人達が幾ばくかの議論を交わした末、陸運における動力機関搭載車輛の普及に横槍を入れない等の密約を条件に承諾した。
84年から85年に掛け、世界初の自動車レースが盛り上がっている裏で、オーレンの機械化飛空短艇の開発は進められた。
開発には白獅子に加え、兵器製造業界の最大手エルスタル社も参画していた。
エルスタル社はベルネシア兵器産業のトップ企業だ。彼らの製造火器は国産を冠することが許されていたほどで、一般的には『FNエルスタル』と呼ばれている。
『限られた搭載数で従来以上の高火力を発揮できる武器が欲しい』と言われ、エルスタル社は面食らっていた。
この時代、単独で高火力を発揮する兵器と言ったら、大口径砲と大量破壊魔導兵器くらいであり、飛空短艇という規格と積載限界の面から大口径砲は不可能であり、調達価格やらなんやらいろいろ難のある大量破壊魔導兵器はそもそもあり得ない。
あとは機関銃や擲弾連発銃であるが、こちらは手動の関係で口径に運用限界があったし、給弾作業の問題もあった。
そこでエルスタル社の銃器技師は考えた。
『動力機関から出力を引っ張ってきて手動機関銃を駆動させてはどうだろう。これなら人力以上の大口径弾を使用できるはずだ。これなら搭載兵器を減らしても火力を補えるのでは?』
今度は白獅子の技術者達が困惑した。
「構造上は可能でしょうけど、実際にはどうかしら……出力伝達系辺りに故障やらなんやらに悩まされそう」
手動式機関銃を蒸気機関や内燃機関で稼働させてはどうか、というアイデアは数年前からあった。
が、ミトラユーズや単銃身機関銃では、連射による銃身や機関部の加熱問題を解決できなかったし、そもそも動力機関を搭載してまでぶっ放す必要があるのか、という前提から中々話が進まなかった。
当然ながら、エルステル社のアイデアも中々実現が叶わなかった。
白獅子が四苦八苦して出力伝達機構を開発しても、肝心の外部出力駆動に適した銃器が開発できない。どうしたものか、とエルスタル社が頭を悩ませているところに、南小大陸から『御土産』が届いたのだ。
エルスタル社の銃器技師達は銃身回転式機関銃の報告書を前に、昂奮した。
「この銃身回転方式ならば、動力機関による連射速度にも耐えることが出来るし、銃身部に合わせた大型化によって機関部の構造も頑丈に出来るっ!」
後に『ノコギリザメ』という愛称で知られる重装飛行短艇が生まれるまで、もう少し時間を必要としていた。
〇
ベルネシアで重装飛空短艇の開発が進む中、イストリアは鉄道の普及に血道を上げていた。
運輸業界や冒険者組合や天然素材業界と大喧嘩しながらも、郊外路線の敷設を強行。この時代に発明された有刺鉄線を用い、鉄道路線を大量の有刺鉄線と侵入防止柵で守りつつ、鉄道法――鉄道の運行を妨げる行為(線路泥棒など)をしたら即重罰――といったルールを制定した。
結論から言えば、有刺鉄線と侵入防止策は絶大な効果を発揮した。目論見通り、小型モンスターや動物の線路侵入を防いだ。
また、危惧した通り、アンポンタン共が身体強化魔導術を駆使して有刺鉄線から線路までかっぱらった。
しかし、イストリア王国警察の『鉄道警備局』が血眼になって犯人を捜索/逮捕し、法に則り重罰に処されることが大々的に報道されるに至り、鉄泥棒も大きく抑制された。
最大の懸念である中大型モンスターの襲撃はあまり発生しなかった。
精確には連合王国本土たる島嶼地域の方は、だ。歴史的経緯で開拓開墾――自然破壊が進んだ連合王国島嶼は大型モンスターの生息地が少ない(つまり、彼らの歴史はモンスター禍の歴史でもある)。
原生林や自然豊かな陸繁半島地域ではそれなりに発生し、重武装の冒険者が車輛護衛として常駐することになったし、後に対モンスター用火砲を搭載した武装列車が運行することになった。
「なるほどなあ」現地を視察した白獅子財閥イストリア総支配人エリン・デア・ミューレ・ウォーケルは感嘆を漏らした。
「このやり方がそのままベルネシアに使えるかどうか分からないけれど、有効だわ」
エリンが本社へ報告すると、その日のうちにヴィルミーナ本人から指示がすっ飛んできた。
『有刺鉄線のライセンス生産契約を結び、同製品を自社で改善改良する条項を盛り込んだ特許使用権を“必ず”飲ませること』
「? ? ?」
エリンには長姉の奇妙な熱意の理由が分からなかった。幸いにも、エリンは有刺鉄線による鉄条網のもたらす光景を知らなかったから。
〇
魔導の天才であり刹那的快楽主義者であるギイ・ド・マテルリッツはコルヴォラントから連れ戻された後、修道院に戻される代わりに御上の監視下に放り込まれた。軟禁とまではいかないが、相応の不自由を余儀なくされている。
「これなら修道院の方がマシだったよ。少なくとも女に困らなかった」
暢気にぼやくギイに対し、
「女に関してお前に呆れる日が来るとは思わなかった」
親友の一人カイ・デア・ロイテールが呆れ顔を返す。
アラフォーを迎えたかつての美少年達も今やイケオジである。
ギイは小柄ながら退嬰的な遊び人風のオヤジに。カイは伊達男風のオヤジになっている。前者は一時身を持ち崩した関係で独身。後者は王太子直属の密偵兼何でも屋という立場から所帯を持たずにいる。
なお、2人ともどこかで撒いた種が芽吹いている可能性があったり無かったり。
ギイがあてがわれた邸宅のリビングで紅茶を口へ運びつつ、
「しかし……アルグシアはアレを使わなかったんだなぁ。コルヴォラントから少なからず資料と関係者が持ち込まれたと思ったんだけど」
「お前がこさえた大量破壊魔導兵器か。俺も探りを入れたが、その辺りの情報は引っ掛からなかったな」
カイは銀製ケースから細巻を取り出し、魔導術で火を点す。指先を軽く弾いてから紫煙を吐いた。
「群島帯、いや南小大陸南部産の葉だね。今度は南小大陸かい?」とギイ。
「鼻が良いな」
「これでも貴族のボンボンでね」
「知ってる。俺もだ」
そんなやり取りを交わしつつ、カイは話を戻す。
「アルグシアが例の大量破壊魔導兵器を使わなかった理由。分かるか?」
「アレは金食い虫だからなあ……高密度の魔力蓄積体、高純度の魔鉱に魔導触媒、96もの魔導術理は非主流派のスタロドープ式。もう何から何まで金が掛かる。しかも制御が難しい」
ギイは他人事のように鼻で笑う。
「一言で言えば、アレは失敗作だった。だからアルグシア人が手を出さなかった。そんなとこかもね」
「お前が作ったもんだろうに……今ならもっと良いものを作れるか?」
「いや、要らないでしょ」
鋭い目線を寄こすカイに冷笑を返し、ギイは思案顔で続ける。
「対費用効果が悪すぎる。アレを数揃えるくらいなら戦闘飛空艇を一個戦隊増やす方が安上がりかつ効果的だろう。何かしらの技術革新が生じない限り、魔導兵器は浪漫の域を出ないよ」
「お前がその革新を起こす気はないのか?」
細巻をくゆらせながら、カイが興味深そうに問う。
ギイはカップを卓に置き、優れた魔導術士らしい知的な面持ちで語る。
「僕が今興味あるのは、魔導技術ベースの動力機関開発だよ。ヴィルミーナ様にもその方面で協力を求められているしね」
「ホントか?」カイは眉をひそめ「ステラヒールの美人技師と美人運転手を“食いたい”だけじゃなくて?」
「何で分かったんだい?」
悪びれることなく宣う親友に、カイは紫煙と共に溜息を吐いた。
〇
さて、1786年の中秋は一つのイベントが催された。
現状、白獅子だけが保有する内燃機関を搭載した機械化車輛の長距離走行だ。
「ちょっと冒険して欲しいの」
ヴィルミーナはマリサへフルツレーテンまで自動車旅行を打診する。
地球史におけるカール・ベンツの妻ベルタ・ベンツが夫の作った自動車で長距離旅行を成し遂げた事実を踏襲しようというわけだ。
ちなみに、ベルタ・ベンツの偉業は現代まで語られており、同夫人が走行した道路は『ベルタ・ベンツ・メモリアルロード』と名付けられている。
「気分を害するかもしれないけれど『義足の女性が運転して長距離往復できる』この明確な事実がガソリンエンジン車の性能を雄弁に証明するわ。やって貰える?」
“長姉”の率直な物言いにマリサはニヤリと笑い返す。
「これを成し遂げたら、私の名前が歴史に残りますね」
「何言ってるの」ヴィルミーナは呆れ気味に「貴方は世界初の障碍者競技大会の主催兼参加者でしょ。貴女の名前はとうに歴史入りしてるわ。そういうこと、ちゃんと全部記録してあるんだからね」
というわけで、この年の中秋に広告宣伝を兼ねた冒険が行われた。
マリサは姪っ子甥っ子を連れ、クレテア王国自治領フルツレーテンの白獅子工場まで内燃機関自動車を走らせた。蒸気機関自動車のノウハウが活かされた車両を運転し、各地の白獅子系営業所で燃料を補給したり、自力で整備したり、道中であれやこれやもあったりしたが……まあ、それは別の話である。
ともかく、マリサはフルツレーテンまで辿り着き、魔導通信で連絡した。
『機械化車輛の旅は実に快適』
その後、マリサは勝手に復路の予定を変え、ベルネシア戦役の戦場跡地を訪問。現地の慰霊碑に献花してから帰還した(慰霊碑の前で一筋の涙をこぼす姿が現地メディアに撮影され、後世に伝えられている)。
この長距離自動車旅行は白獅子系の新聞で大々的に紹介され、マリサによるコラム記事が連載された。当人は面倒臭がって自身の秘書にやらせようとしたが、リアにバレて書かされた。
かくして、マリサは自動車産業史にその名を刻んだ。
後世、マリサの走ったルートは『マリサリス・ヒストリーロード』と呼ばれている。
なお、王妹大公家の子供達はこの新聞記事に大きく反応した。
ウィレムが『僕も自動車を運転してみたい!』と言い出し、ヒューゴが『この内燃機関っていうの、見てみたい』と訴え、ジゼルが『ママ! 私達も旅行に行きましょっ!!』と強く要求し、ヴィルミーナを困らせた。




