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おまたせしました
スペイン人とポルトガル人の外洋侵略は残忍極まった。異教徒異民族に国土を征服された経験が、彼らを狂信的かつ酷薄な集団に変えたのかもしれない。
彼らは南米でもアフリカでも東南アジアでも、虐殺と略奪と強姦だけでなく、現地民族の歴史と伝統と文化を破壊し、民族の尊厳まで蹂躙した。
後発のイギリス清教徒達による北米進出も、イベリア半島人の蛮行に倣う残忍無比なものだった。それどころか、後のアメリカ人は国策として先住民の絶滅を図った。
新教徒であるオランダ人達の外洋進出はイベリア半島人と違い、現地人の宗教や文化を”然程”迫害しなかった。
ただし、オランダ人は実に欲深く、冷酷非情だった。
たとえば、アメリカ大陸や南アフリカに進出した長老派信徒達は『この土地もここにいる奴らも、聖書に書いてねえから、何をしても許される』と言い出した。
身勝手な大義名分の下、オランダ人達は現地人を虐殺し、土地や家産を強奪し、子女を凌辱し、奴隷化して酷使し、搾取した。このオランダ入植者達の末裔が悪名高き南アフリカ・アパルトヘイトを実施する。さもありなん。
東南アジアへ進出した時も、オランダ人達は欲望のままに振る舞った。水先案内人を務めたポルトガル人の手記には、オランダ人達のおぞましい所業が克明に記録されていたという。
つまるところ、近世近代期の白人侵略者は全てを奪う。金も土地も命も尊厳も、さらには民族の歴史や伝統まで奪い、破壊し、白紙にしてしまう。個々人の倫理道徳はともかく、総体としての近代白人は一片の擁護も不可能なほど、残虐極まりない野蛮人であった。
白人を擁護するためではないが、多少の公正を図るべく同時代の黄色人種や黒人についても記しておこう。
同時代の黄色人種圏は対外侵略こそしていなかったが、内向きは――同胞の弱者に対する向き合い方は非情そのものだった。
たとえば、日本社会は少数の士族階層と富裕商人、地主が強大な権力を有する社会だった。
農民は実質的に農奴とまったく大差がなく、奉公という名の無賃労働、身請けと称する人身売買が公然と行われていた。江戸時代に奴隷はいなかったかもしれないが、奴隷と大差ない人間はいくらでもいたのだ。
明治開闢後も『からゆきさん』という言葉が普及するほどに、若い女性達が海外へ“輸出”され、性産業に従事させられていた。
中国大陸でも朝鮮半島でも、東南アジアでもインド亜大陸でもイスラム圏でも黒人圏でも、奴隷は存在し、その扱いは決して褒められたものではなかった。
アフリカ西部沿岸の奴隷市場で白人に黒人奴隷を売りつけていた者達は、同じ黒人だった。彼らは敵対国家や部族の者を捕えて売り、国内の貧困層を捕えて売り、そうして手に入れた金と物資と武器弾薬で、自勢力を強化していた。
近代とは弱肉強食の時代である。
外に対してだけでなく、内に対しても。
〇
その時、ヴィルミーナは王妹大公家のサロンで、老いた愛犬ガブと共にソファへ腰かけていた。ガブは幼子のように頭をヴィルミーナの膝に乗せて寝息を立てている。
ヴィルミーナは愛犬を慈しむように撫でながら、外洋領土の隣国で発見された産油地について思案する。
どうやって手に入れようかしらん。
誰もが持つ普遍的多面性において、ヴィルミーナはやや極端な背反性がある。
難民キャンプで飢餓に苦しむ者達を視察した帰りに、高級レストランで料理を食べ残せるくらい図太い神経の持ち主であっても、貧苦の中で生きる子供達の透明な眼差しに後ろめたさを抱かないほど、人間をやめていなかった。
であるから、産油地発見の報告を聞いた時、倫理的懊悩に直面した。
産油地周辺の原住民をブルドーザーで一掃してしまうことが一番確実だと冷酷な理性が告げている。ベルネシア低所得層や外洋領土の貧困層を入植させ、ベルネシアの価値観と文化が支配する地域に変えることが、最善の方策だと。
少なくとも、現地人が人口比率で上位を占めるような事態は認められない。将来的な危険性が高すぎる。石油という最重要戦略資源を確保し続けるためには、現地人は邪魔でしかない。
ヴィルミーナは多様性の限界を知っている。
イラク、コーカサス、南米をドサ回りした際、左巻きの学者先生やリベラリストの金持ち連中が推奨する多様性社会の、嘆くべき限界を目にしたからだ。宗教。民族。貧富。歴史。文化。土地。あらゆる差異が対立と不和の種になる現実を体験してきたからだ。
ならば、せめて『相互理解を図れる』人種と民族で要衝を固めてしまった方が良い。
しかし……ヴィルミーナの良心と自尊心がその案を否定する。
矜持と倫理観がアンドリュー・ジャクソンのようなクズに堕ちることを拒絶し、ハイドリヒみたいな非人間的理性主義へ走ることを強く拒んでいた。
冷酷になることと、品性を捨てることは違う。ヴィルミーナは自身が悪党であることは受容できても、クズになることは許容できない。愛おしい姉妹達や誇らしい部下達に穢れた仕事をさせたくない。
「とはいえ」
かつてブラックエコノミー社会で勝ち組上位層へ至った女は、持ち前の狡猾で悪辣な部分を蠢動させる。
「ニーナが言った通り、私と白獅子が矢面に立たないなら大変良い話だ」
現代地球の権力競争原理において、ババとはマヌケに引かせるもの。
狙いは滅私奉公が出来る律義者。あるいは、自己陶酔と独善に走りがちなナルシスト。こういう手合いはちょっと突けば、面白いほどに自己犠牲をしてくれる。
自己犠牲は尊い。が、それは努力を尽くして尽くしてそれでもなお、他に選択肢がない時に発露すべき人間の高貴性であり、端から自己犠牲を前提にした行動は、要領の悪いアホの愚行かナルシズムの自己満足に等しい。
伯父様やエドに汚名を被らせるわけにはいかへん。王国府か貴族界の適当なアホに踊って貰って、死後も人種差別主義者と大量虐殺者の誹りを受けてもらお。
あるいは日本式にやるか。
外務省のクズ共が南米棄民をやった時のように、責任の勘所が分からぬようにしてしまえば、組織として非難を浴びても汚れるのは看板だけ。そして、御上なら看板がいくら汚れようと問題ない。運の悪い官僚が詰め腹を切らされて終わりだ。
「とはいえ、事は一歩間違えれば南小大陸全体を巻き込む大騒ぎを招く。方々への根回しと準備を考えると、月単位どころか年単位の話になるわね」
そんなことを呟いていると、サロンのドアが開く。軍の制服姿の夫が入室してきた。
高い魔力のせいかモノノケなのか、依然20代のように若々しいヴィルミーナと異なり、レーヴレヒトは涼やかな優男然とした容貌に加齢の貫禄が加わり、まさしくハンサムなイケオジへ進んでいる。
ガブが目を開け、レーヴレヒトを視認すると再び眠りへ落ちた。
「ただいま」
「おかえり」
挨拶とキスを交わし、レーヴレヒトは妻の隣に腰かけ、優しい手つきで愛犬を撫でた。それで、と四十路近くになっても小皺一つない妻を窺う。
「今度はどんな悪企みをしてるんだ?」
「藪から棒に何?」
「サロンに入ってきた時の顔。フルツレーテンを痛い目に遭わせた時みたいだった」
妻の反問にさらりと指摘する夫。
「顔に出てたかしら」
ヴィルミーナはむにむにと両頬を揉む。
「いつも百面相してるよ」とレーヴレヒトは指摘して「そこが君の魅力だよ」
「嬉しいこと言っちゃってまあ」
面映ゆそうにしつつ、ヴィルミーナはソファの背もたれへ体を深く預ける。
「産油地が見つかったわ。場所は南小大陸外洋領土の隣ミランディア。国境から約30キロ先」
一瞬で表情を冷酷な策謀家に変えた愛妻に、レーヴレヒトは小さく苦笑い。
「で、君はそこがどうしても欲しい訳だ」
「ええ。採掘権や販売権なんて話じゃなくて、産油地そのものをベルネシアの領土にしてしまいたい」
ぎらりと紺碧色の瞳が獰猛に輝く。
「獲れると思う?」
「南小大陸の旧エスパーナ植民地国家は領土の規模はともかく、国力はどこも貧弱だ。領土割譲を目的とした限定戦争なら方面軍だけで一月もあれば終わるよ」
レーヴレヒトはソファも背もたれを使って頬杖を突き、反対の手で妻の髪を撫でる。
「ただし、これは一対一なら、だ。列強の侵略に対し、旧エスパーナ植民地群が結束して対抗して来たら面倒なことになる。それと旧イストリア入植者国家、今はパラディスカ共和国だったか。連中は首を突っ込んでくる可能性がとても高いな」
「南小大陸全土を巻き込む大戦になると?」とヴィルミーナが嫌そうに眉根を寄せ「流石に悲観的すぎると思うわ」
「最悪のシナリオだけど、あり得るさ。旧エスパーナ植民地群が恐れることはベルネシアに再征服されることだ。御先祖達が大冥洋群島帯を征服した際の前科があるから」
歴史の話をしておこう。
ベルネシアは外洋進出した際、大冥洋群島帯をエスパーナ帝国から奪い取っていた。
この時、ベルネシアは現地のエスパーナ貴族は身代金を取ってエスパーナ帝国へ送還したが、身代金を払えなかった者や平民層は情け容赦なく扱った。これは聖王教の伝統派と開明派の宗派対立が背景にあったし、統治上の都合もあった。
ともかく、ベルネシアは現地先住民の懐柔と統治の安定化を図るため、群島帯のエスパーナ人から土地や資産を没収し、抵抗勢力を武力で叩き潰し、挙句は現地先住民へ抵抗を続けるエスパーナ人へ復讐や報復を奨励さえした。
現地先住民達の報復は激烈を極めた。この『ハーデシアン・ヴェンジェンス』と呼ばれる一連の復讐的武力行使により、群島帯で抵抗を続けていたエスパーナ人の約2割が死亡。5割がなけなしの銭を叩いて逃げ出した。残る3割がベルネシアに完全屈服し、同化政策を受け入れた。
現在の大冥洋群島帯におけるエスパーナ人は過半数がベルネス人か大冥洋群島帯人との混血であり、純血のエスパーナ系ベルネシア人は完全なマイノリティに落ちている(ただし、富裕層である)。
エスパーナ人達はこの所業を忘れていない。
ベルネシアの侵略に屈したら、土地や資産を奪われるだけではない。自分達が百年以上に渡って虐げきた先住民や奴隷をけしかけられる。この恐怖は諸賢の想像の斜め上をいくだろう。
であるから、ベルネシアがミランディアへ侵攻した場合、周辺の旧エスパーナ植民地国家がミランディア救援に動く可能性を無視できない。彼らは不仲であり、敵対し合っている(だから違う国として立ったわけだ)。が、それ以上にベルネシアを憎み恨み、恐れているから。
また、内陸国家としてスタートした旧イストリア植民地のパラディスカ共和国は、協働商業圏から高関税や様々な不平等条件を課されており、まともな対外貿易が出来ずにいる(君主制を否定した叛徒国家に君主制国家群が甘い顔するわけがない)。
そんな状況において、ミランディアの戦争はまたとない“商機”になるだろうし、王制から独立した民主制国家(実態はどうあれ)は貴重な同盟国になりえる。直接介入はなくとも、表裏から干渉してくることは想像に易い。
「……大戦は避けたいわね」ヴィルミーナが唇を弄りながら呟く。
「そうだな。馬鹿馬鹿しいし……それに」
レーヴレヒトは少し逡巡した後、告げた。
「もしかしたら、年齢的にウィレム達が出征するかもしれないな」
その言葉に、ヴィルミーナは頭を金属バットでフルスイングされたような衝撃を受けた。今生30余年。自身で戦争を体験し、自身が戦争を起こした身でありながら、ヴィルミーナはまだ自覚が欠いていたらしい。
二度目の人生でようやく得た我が子が戦場に出る可能性を、完全に失念していた。
「なんで――“たかが”外洋領土の侵略戦争よ。本土防衛の総力戦でもあるまいし、軍人でもないウィレム達がなんで出征するのよ」
明らかに動揺したヴィルミーナの気配から、ガブが目を覚ました。心配そうにヴィルミーナの顔を窺う。
「ヴィーナ。地中海の戦争は君の描いた絵図通りになったかもしれない。でも、現地では君の予想外のことはいくらでも起きていただろう? たとえ外洋領土の侵略戦争であっても、ベルネシアの戦争である以上、ウィレム達が王立学園で予備士官課程に進めば招集されるような事態が起きる可能性は、決して否定できない」
レーヴレヒトは淡々と諭すように語り、告げた。
「そして、貴族として出征を求められたら、これを否定することは難しい。家はもちろんウィレム達個人の名誉にかかわるからな」
「私は我が子を鉛玉の餌食にさせるつもりはないわよ」
ヴィルミーナは眉目を吊り上げて夫を睨む。
「それとも、貴方は子供達が虫や魚の餌になってもかまわないわけ?」
「そんなわけないだろう。俺はあくまで可能性の話をしてるんだ」
流石にレーヴレヒトも鼻白んだ。
「だいたい、子供達が命を落とすかもしれない戦争は、君が起こそうとしてるんだろ。子供達を戦争に行かせたくないなら、戦争を起こさなければ良い」
「産油地はこの国に必要なのよっ! たとえ戦争を起こしてでもっ!」
「必要なのは君だろ。すり替えるな」
「すり替えてないっ! 私が必要としているものがこの国も必要としているのっ!」
両者の声が大きくなり、怒気がこもり始めたところへ、ガブが強く吠える。
落ち着きなさいと叱るようなひと吠えに、ヴィルミーナとレーヴレヒトは毒気を抜かれたように黙り込み、ばつが悪そうに溜息を吐く。
「不安にさせるようなことを言って悪かったよ」と先にレーヴレヒトが詫びた。
ヴィルミーナは謝らない。
が、代わりにレーヴレヒトに身を預けてハグされる。柔らかな手つきで背中をさすられながら、絞り出すように言った。
「子供達を戦争に行かせたくない」
「俺もだよ。子供達に俺がしているようなことをさせたくない」
特殊猟兵として、強行偵察隊指揮官として、レーヴレヒトは数えきれないほどの命を奪ってきた。妻や子供達に話せないようなことをたくさんしてきた。同じことをウィレム達にさせたくなかった。
夫の腕に抱かれ、背中をさすられながら、ヴィルミーナは自身の膝に頭を乗せている愛犬を撫でた。
「産油地は獲る。たとえ戦争を起こしてでも。だけど、大戦にならないように、私達の子供達が戦場に駆り出されないように、子供達が後ろ指差されたりしないようにしないとならない」
「君なら出来るだろうが……時間と金が掛かるぞ。そして、時間が掛かれば、黒色油の価値に気付く者も増えて、面倒も増加だ。難題だな」
「そうね。私が40を迎えるまでに仕掛けられないと、鬱陶しいことになるわね」
今38歳。時間の余裕はあと2年。あと2年で国の内外に根回しし、戦争の準備を整え、戦後の石油採掘事業の展開まで用意しておかねばならない。
何より、泥を被る道化を仕立てなければ。
ヴィルミーナが冷酷かつ冷厳に計算を始めたところへ、背中をさすっていた手が尻に伸びた。
「こらっ! 今はそういう雰囲気じゃないっ! 今さっきいがみ合ったばかりでしょっ!」
「? そうだったかな?」
レーヴレヒトはしれっと嘯き、ヴィルミーナの尻を撫で続けた。
〇
秋の佳日。
両親は仲睦まじい。年の離れた弟妹が出来てもおかしくないくらいに。実際に出来ない辺り、まあ、“そういうこと”には気を使っているのだろう。
思春期を迎えつつあるウィレムは少しばかり生臭いことを想像し、げんなりした。
「どうした? ウィレム」
友人のエルヴィンが問う。
「や。家を出る時、両親の胸焼けしそうなやり取りを見てね」とウィレム。
「その程度ならマシだ。俺のウチなんて寝室から“聞こえてくる”ぞ。防音施工してあるのに」
うんざり顔のエルヴィン。
エルヴィンの家名はヴァン・ノーヴェンダイク・デア・ベルクラウアー。陸軍大佐ユルゲンと元侯爵令嬢リザンヌ夫人の次男坊である。
夫妻は子沢山一家であり、リザンヌ夫人は既に貴族婦人としての務めを充分果たしている。が、今は自身の楽しみとして年下亭主を搾り取っていた。うーむ。
「親のことより今は高等部の件が大事だ。ウィレムはどの課程に進むんだ?」
「僕は教養課程一択だよ」
「そりゃそうか。大財閥の嫡男だもんな」とエルヴィン。
ウィレムは白獅子財閥総帥の嫡男だ。世襲が当然のこの時代、後継者の筆頭候補である。ウィレム自身、幼い頃から既に『僕はママの跡を継ぐんだろうなあ』と考え、近頃は『でも、僕に母上の器量を要求されても困るんだよなあ』とも思っていた。
子供とは言え、10を過ぎれば親の評判も分かってくる。そして、ウィレムの母は良い意味でも悪い意味でも破格というか規格外というか、とんでもない人物だった。
子供ながらにウィレムは理解した。うん。無理だ。僕には母上のような偉才はない。
なんとも子供らしくない達観振りであるが、ウィレムの聡明さと英邁さは父譲りの冷静な思考能力にある。
二代目である自分は鬼才の母が引退後、超絶経営者無き企業帝国を如何に安定させて経営していくか、という途方もない難題と向き合わねばならないことを、既に理解していた。大財閥の嫡男という肩書ばかり見てくる周囲、下心で接近してくる者達、そんな連中に振り回されるような次元に無い。
ある意味で、アダルトチルドレン気味な精神性のウィレムであるが、近頃の悩みは年相応であった。
「アンリエッタ様から手紙が届く。これは分かる。文通の御認可を頂いたからな……でも、アンリエッタ様の手紙と一緒にテレーズ様からも手紙が届いた。これが分からない」
クレテア王家アンリエッタ姫との文通は半月に一度程度。内容は他愛ないものばかり。
が、今回はアンリエッタの手紙にテレーズの手紙も同封されていた。内容はアリエッタのもの同様に他愛ないものだったが、相手がクレテア王の愛する第一王女となれば、軽々な返信など送れない。どうしたものか……
「隣国の御姫様達と文通していること自体が驚きだよ」エルヴィンは声を潜めて「ライナール殿下だってそんなことしてないぞ。妬まれたりとかしないのか?」
「ライナール様には同情されてるよ……おかしいよ。普通に考えれば、アンリエッタ様もテレーズ様もライナール様の御妃候補なのに、なんで僕が文通してるんだ?」
ここ数代のベルネシア王家は国内外から交互に御妃様を娶っている。たとえば、現国王カレル3世は妻をイストリアから。次代のエドワードは妻を国内から。
よって、ライナールは国外から妻を迎えることが確定であり、協商圏として友好国となり、両国の過去を清算する意味でもクレテアの姫を迎える可能性は少なくない。第一王女テレーズは少し年上で、アンリエッタは同年代。どちらもライナールの御妃候補になりえる。
本来ならウィレムよりライナールが彼女達と接するべきなのだ。
「ライナール様にはアルグシアのハイデルン王国から嫁を貰うかもって話を母上が茶会で聞いたらしい」
エルヴィンの指摘に対し、ウィレムは小さく頭を振る。
「それは多分、アルグシア西部閥が流した噂じゃないかな。アルグシアの連邦体制が瓦解したら、西部閥は協商圏に鞍替えする気なんだと思う。その布石造りだろうね」
「マジか」と目を剥くエルヴィン。
「あくまで僕の予想だけどね」
ウィレムは聡明である。同年代の子女の中から一歩も二歩も抜け出ているほどに。
それでも、ウィレムは怪物にはなれない。ウィレムが怪物であることも求められていない。
そして、ウィレムは溜息を吐いた。
「年上の高貴な女の子を喜ばせる手紙ってどう書けばいいんだ?」




