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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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313/336

閑話36:愛国の限界。あるいは一つの提案。

ちょい長めです。

誤表記が判明したので修正します。内容自体に変更はありません(12/16)

 時計の針を少し戻す。

 大陸共通暦1785年。リュッツェン市で世界最初のモーターレースが終わり、ドムルスブルク攻防戦の決着がついた頃だ。


「お久しぶりです、ヴィルミーナ様。私は足を運べませんでしたが、リュッツェンでの催し物は見事に成功されたそうですね。おめでとうございます」

「ありがとう、シュタードラー子爵様。さ、おかけになって」

 アルグシア連邦の元高官シュタードラー卿が白獅子財閥総帥ヴィルミーナと会談の場を持った。


 2人が初めて顔を合わせたベルネシア戦役から約20年。艶々の美貌を保つヴィルミーナとて40歳が迫っているし、シュタードラー卿とて還暦が見えている。俳優サム・ワーシントン似の端正な顔立ちが老いの渋みを与えていた。


 両者の関係性は公的立場に基づくものでしかなく、故クライフ翁やゴセック老司祭のような個人的友誼を抱くほどの親しみは無かった。


 それでも、ヴィルミーナは公的関わりを通してシュタードラー卿に信義を抱いている。

 苦労の対価が少ない立場にある者は、自己犠牲と要領の悪さを区別できない阿呆か、律義者と相場が決まっており、シュタードラーは後者だった。


「少し難しいお話をさせて頂きたい。御人払いをお願いできますか?」

 シュタードラーの要望にヴィルミーナは了承した。白獅子財閥王都社屋の応接室から秘書と護衛が退室していく。


「此度の御訪問は我々のカロルレン支援に対する苦情申し立てかしら? だとしたら一周も二周も遅れていらっしゃいますけれど」

「そうイジメないでください」

 ヴィルミーナの非礼すれすれの毒舌に、シュタードラーが小さく眉を下げた。

 思ったより反応が鈍い。公職を退いた立場だからかしら。とヴィルミーナは密かに測る。


 第一次東メーヴラント戦争の講和会議後、シュタードラーは外務高官を勇退。その後は領邦貴族として領地経営と外務屋時代のコネを活かし、地場産業のコンサル紛いな仕事をしていたらしい。

 白獅子財閥総帥ヴィルミーナと直接顔を合わせられる者がそう多くないことを考えれば、シュタードラーのベルネシア・コネクションは特筆に値しよう。


「貴国、特に御社がカロルレンに大きな権益を持っていることは承知しております。我が国が聖冠連合と共に承認したことですからね。それに、本来ならカロルレンではなく我々が貴国を始めとする協商圏の支援を受けるべきだった」

 淡々と語り、シュタードラーは珈琲を口に運ぶ。美味いですね、と呟いてから。

「私が今日、ヴィルミーナ様の御時間を頂いたのは、戦後に関してです」


「戦後?」

 ヴィルミーナは目を細めた。

「先頃、ドムルスブルクの戦いで小さな勝利を得たとはいえ、貴国は新領土を奪い返され、連邦東南部を大きく占領されたままだ。現段階で戦いを止めれば敗北と領土失陥を免れない。アルグシアがそのような幕引きを許容すると?」


「許容の是非など論ずるに値しません。既に限界なのですから。我々も、カロルレンも」

 シュタードラーはカップを置き、膝の上で手を組んで続けた。

「此度の戦は来年で必ず終わります。どちらが勝つにせよ、共倒れするにせよ、ね」


 その見解はヴィルミーナがアルグシア出先商館で集めさせた情報の分析結果と相違しない。ただ、アルグシアの元高官であるシュタードラーが開陳したことには、些か意表を突かれた。

「……サンローラン協定が白紙になりますよ?」


「サンローラン協定は聖冠連合がカロルレンへ関心を失った時点で、実効力がありません」

 ヴィルミーナの指摘に、シュタードラーは些か語気を強めて断じた。

「我々はカロルレンの実力を過小評価していた。加えて……非難がましくなりますが、貴女達の“狡猾さ”を理解していなかった」


「面白い」ヴィルミーナは楽しそうに唇を三日月にし「卿の分析を聞かせて」


 冷笑する魔女へ、シュタードラーは持論を語る。

 サンローラン会議の時点では、確かに列強と聖冠連合はカロルレンを滅ぼすことを前提にしていた。しかし、カロルレンが想定外の粘り強さ(なりふり構わぬ類だが)で戦争を耐え抜き、サンローラン協定が段階的征服案にシフトして以降、協働商業経済圏と聖冠連合は方針を切り替えた。


 前者は北東部のベルネシア権益経由でカロルレンを実質的に勢力圏内の市場化した。今やイストリアとクレテアもベルネシアを経由し、マキラ沼沢地の天然素材とカロルレンの金を吸い上げている。

 後者の聖冠連合帝国は予期せぬ果実――ヒルデン自治国を保護国化したことで、プロン造山帯の“東”と空運貿易しつつ、カロルレン南東部の鉱物資源を間接確保している。


 ここで“面白い”ことは、この不平等な経済交流が引きこもり内需経済国カロルレンを衰亡させるはずが、にわかにカロルレン経済を活性化させ、逆に息を吹き返させたことだ。


 ベルネシア資本で開発されたマキラ沼沢地を中核とする北東部は、疲弊した同国経済を支える重要地域となっていた。

 また、南東部の鉱物資源を用いたヒルデン空輸貿易も大きい。ロージナの脅威に晒された“東”が、カロルレンの鉱物資源を得る代価に大量の食糧やその他原料を提供した。

 これらの貿易経済が生命維持装置となり、カロルレンを生かし続けた。


 では、アルグシアはどうか。

 カロルレンは極端な例だが、アルグシアも歴史的に地域内経済で切り盛りしてきた国だ。北洋をイストリアに塞がれ、西でベルネシアとクレテア、南で聖冠連合と対峙してきたため、どうしても対外貿易が鈍かった。


 それに、現状の貿易は西部のレーヌス大河圏経済とソープミュンデ経由貿易だけ。ヴァンデリック侯国経由でヒルデン空輸交易とコルヴォラント貿易に紐づけしているものの、芳しくはなく、アルグシア経済を支えられる規模ではなかった。

 こうした対外経済の弱さと周辺国とのつながりの薄さは、カロルレン軍の連邦内侵入を許したことで、アルグシア国内経済――特に物資不足と高騰を招き、国民の生活を急速に悪化させている。


 露骨に言ってしまえば、今や列強にとってカロルレンは鶏だ。絞めて肉を貪るより活かして卵を産ませる方が良い鶏。

 そして、アルグシアは……食肉加工される寸前の豚の扱いだろう。


 シュタードラーは上記の分析を語り終え、最後に“まとめ”を告げた。

「我が国もカロルレンも第一次戦争以来、貴女達の掌で弄ばれている」


「弄ばれる身の上を恥じることね」とヴィルミーナは子猫を踏みつけるように言い放つ。

「……承知しておりますとも」

 シュタードラーはどこか自嘲的な顔つきで目線を手元に落とした。

「国際社会は謀られる隙を見せた方が悪い。足元をすくわれたくなければ、強く賢く狡くあらねばならない。それゆえに、相手の視点や立ち位置を理解せねばならない。相手を理解せずして対抗など出来ないのだから」


「しかり」ヴィルミーナは冷厳に「秘密外交がまかり通る現状では、卿の言葉通りだ」

 頬杖を突いて人差し指でこめかみを撫でつつ、

「……戦後か」

 ヴィルミーナは元外交官へ問う。怪物が鼻先の獲物を品定めするように。

「何をお求めか? 資金援助? 食糧や医薬品の支援?」


「もちろん、それら“も”お願いすることになるでしょう。今次戦争前と比べ、あらゆる物資が値上がりしていますし、一部物品は配給制になっていますから」

 シュタードラーはカップを口に運び、長広舌を癒す。珈琲は冷めていた。淹れなおそうとしたヴィルミーナを手で制し、話を再開する。


「勝敗がどちらに転ぼうと、連邦は長期的な不況に至るでしょう。仮に勝利してカロルレンから巨額の賠償金を経ても、その金を復興再建と物資調達に費やさねばならない。戦時財政赤字を解消しきれない。

 おそらく、この経済不況が連邦に大きな動揺と混迷をもたらします。既に、三度の戦による犠牲と戦費をめぐり、連邦内の対立は不和という次元に無い。眼前の敵に意識を注いでいる今は抑えられますが、戦後はどうなるか……」

 魔女の紺碧色の瞳を真っ直ぐ見据え、シュタードラーは手札を切った。

「もしも……アルグシア連邦が解体した時、協商圏列強に西部諸国の後ろ盾となって頂きたい」


「―――」

 西方経済界の女妖にして思わず息を呑んだ。

「……何をおっしゃっているのか、お分かりか?」


「破滅的な9年戦争。神聖レムス帝国崩壊。二度の悲劇を経験しても、アルグスは一つであろうと試み続けましたが、三度目を経験すれば、もはや一体であり続けられないでしょう。連邦西部諸邦は……アルグス国家より自領と子々孫々の安寧を優先する。これは総意です」

 苦しげに語るシュタードラー。連邦高官だった彼が連邦体制に見切りをつけることにどれほどの苦悩と苦悶を重ねたのか、他国人のヴィルミーナには想像も及ばない。


 同時に、単一民族の島国国家の前世意識が強いヴィルミーナは、改めて大陸国家の生存戦略のシビアさを思い知らされる。

 まさかここまで腹を括るとは……


 ヴィルミーナは驚愕を素直に表しながら、悲壮な覚悟を湛えたアルグス人貴族をまじまじと凝視する。

「それは……些か悲観的に過ぎませんか? 貴国はまだ戦う力が残っている。北部軍は海軍飛空船部隊を有しているし、南部軍もザモツィア防衛軍団が健在だ。何より、西部軍の主力が温存されているではありませんか」

 動揺のせいか、ヴィルミーナがシュタードラーに翻意を促す滑稽な事態になった。


 アルグシア西部軍は連邦内で比較的豊かな西部領邦によって養われている関係から、西部軍主力は員数と装備の充足率が万全で、訓練頻度の高さから練度も良い。


 ただ、これまで東メーヴラント戦争へ一度も全力派遣されていなかった。

 西部軍は列強ベルネシアとクレテアに対する西の守りであるため、協働商業経済圏と不可侵条約を結ばぬ限り、西部軍の全力派遣は不可能だった。

 これは北洋沿岸地帯の守りを担う北部軍や聖冠連合と対峙する南部軍も同様で、カロルレンと戦いながらも、北部軍は沿岸防衛戦力を引き抜かなかったし、南部も国境警備部隊を張り付けている。

 戦争だからと言って全戦力を戦場へ放り込めるわけではない。それを可能とする条件を整えなければ、背中や脇腹を刺されかねない。


 それに、とヴィルミーナは険しい顔つきで続けた。

「……卿の言う西部諸邦の総意を本当に実行すれば、二度とアルグスは一枚岩にまとまれないぞ。ガルムラントを見れば分かるだろう。同一民族で分断が起きるぞ」


 シュタードラーは俯き、膝の上で組んだ自身の手を見つめ、

「我々は既に分断していますよ。カロルレン、聖冠連合。そこへ新たな分断が加わるだけの話です。いえ、我々は真の意味で結集し、連帯したことなど無かったのかもしれない」

 顔を上げてヴィルミーナへ問う。

「一つだけお教えください。どこまで計算していたのです?」


「? ……なんのことかしら?」と怪訝そうに眉根を寄せるヴィルミーナ。


「貴女の白獅子財閥が連邦西部に出先商館を作ってから、連邦領邦間の経済格差は、いえ、貧富の差による不和の拡大が本格化した。第一次東メーヴラント戦争以来、ソープミュンデ経由で行われてきた密貿易も無視できない。かつてリュッヒ伯は仰っていた。貴女がクレテアの背骨をへし折ったような経済攻撃を連邦に仕掛けられたら、連邦はたちまち崩壊してしまうと」

 大きく息を吐き、シュタードラーは悪魔を前にして無力な聖職者のように問いを繰り返す。

「現状は貴方が描いた長期的策謀だったのではありませんか?」


「―――」

 ヴィルミーナは再び絶句し、激しく、それはもう大嵐のように激しく困惑した。


 いやいや……いやいやいやいや、なんやその被害妄想的な陰謀論はっ!? 私は何もしとらんわっ! むしろアルグシアから手を引いとったからっ! なんで私が全ての黒幕みたいな扱いされとんねやっ!? 誤解を通り越して風評被害やぞっ! なんでやっ!? なんでこない酷い悪評押し付けられなあかんのっ!?


 では、振り返ってみましょう。

 10代で大財閥を築き、仕手戦でクレテアの背骨をへし折った。

 20代で協働商業経済圏の絵図を描き、サンローラン国際会議の差し手を務め、当代屈指の大賢人サージェスドルフと互角に渡り合い、国内産業革命を主導。

 つい数年前には自身の血縁国を解体滅亡させ、コルヴォラントの地図を書き換えた。

 これは誤解されますねえ。


「……シュタードラー卿。貴方は疲れているのよ」

 ヴィルミーナはあらん限りの労りを込めた声音で言った。これほど気遣いの念がこもった声色の言葉は、夫のレーヴレヒトも“姉妹”たる側近衆も聞いたことが無いだろう。

 珈琲を口に運び、確実に内心の動揺を沈めてから言葉を紡ぐ。


「私は確かにクレテアを経済破綻させ、ベルモンテを実質的に滅ぼした。でも、それはクレテアが故国を侵略する敵だったからこそだし、ベルモンテは“私の敵”だったから。アルグシアはベルネシアと友好な関係とは言えないけれど、滅ぼそうなんて考えたこともない。これは神と聖王に誓っても良い」

「では、あくまでこの事態は貴女やベルネシアの企図したものではないと?」


 当たり前やろっ!!

「そもそも私はカロルレンを滅ぼすことに同意し、私がサンローラン協定に段階的征服案を盛り込んだのよ。侮辱的に聞こえるかもしれないけれど、誤算があったとするなら」

 ヴィルミーナは少し迷ってから、告げた。

「現状の苦境は貴国が私の想定より“弱かった”ために生じた、と言っても良い」


「……全ては、そこに帰結するのでしょうね」

 シュタードラーは両手で顔をつるりと撫でた。どこか諦観を漂わせながら。

「此度のお話は秘密協定の提案として、ご検討いただきたい」


「この件は私が直接王国府中枢へ報告する。それは約束しよう。ただ、それ以上の協力は難しい」

 迷惑そうにしかめ面をこさえ、ヴィルミーナは仰々しく溜息を吐いた。

「私に恃んだ卿を失望させてしまうかもしれないけれど……ベルモンテの一件以来、私は王国府と王家一門からかなり疎まれている。少々悪目立ちが過ぎたわ」


「コルヴォラントの地図を書き換えた件は『少々』という次元ではないでしょう」

 シュタードラーはこの会談で初めて笑みをこぼす。苦笑いだったが。

「しかし、ベルネシア政府や王家一門の憂慮は他国人の私でも理解できます。貴女の存在は大きすぎる。非礼を承知で申し上げれば、貴女は排除されていてもおかしくない」


 でしょうね、とヴィルミーナは嘆息をこぼした。

「私は国政に興味はないのだけれど、どうも信じてもらえない」

「興味が無いとおっしゃるには、国政への関わりが深いのでは?」と興味深そうにシュタードラーが尋ねる。

「ビジネスも規模が大きくなれば政治と無縁でいられない。私としては役人に嘴を突っ込まれぬよう、相応の力を持っただけのこと。私の邪魔をしなければ、私も政治に関わったりしないわ」

「それはまた……」シュタードラーは眉を下げて「傲慢ですな」


「私は王族の端くれよ? 傲岸不遜でなければ恰好がつかないでしょう?」

 ヴィルミーナは不敵に微笑み、卓の端に置かれたポットを手にし、魔導術で温め直してから自身と客人のカップへ珈琲を注ぐ。うっすらと湯気を煙らせる珈琲へ氷糖とミルクを加えた。


 シュタードラーは熱い珈琲を口に運び、小さく頷いてから告げる。

「この会談後、連邦政府から期限付き不可侵条約の打診があるでしょう。聖冠連合にも同様に。その不可侵条約の成否に基づき、我が軍は最後の決戦に臨みます。西部諸邦はこの不可侵条約の締結を是非ともお願いしたい」


 ヴィルミーナの鋭敏な頭脳がシュタードラーの意図することを察し、眉をひそめた。

 西部諸邦は“西部軍を消耗させる”つもりだ。来たる戦後の動揺期、西部諸邦の民に連邦へ見切りをつけさせるために。

 西部軍が温存されていたら、野心的な者や連邦主義者は『西部軍の力を用い、西部領邦が主となってアルグスを統一すべし』と言い出しかねない。

 だから、西部軍を消耗させておく。もう連邦は駄目だと諦めさせるために。


 ――そこまでやるのか。

「……貴方達の計画が全て叶っても、待っているのは我が国の東の防壁としての役割。それも同じアルグス人相手のね」

「ですが、貴方達も我々を助け、救う務めを負う。我々は寄る辺をアルグスの同胞ではなく、協商圏を選んだ。これはそういう話です」

 そう語るシュタードラーの顔は寂寥感に満ちていた。


      ○


「それはまた……思い悩んで道を踏み外したと言われるような案だな」

 レーヴレヒトはどこか呆れ気味に呟く。


 この日の夜。

 王妹大公屋敷の寝室で、ヴィルミーナはレーヴレヒトの腕に抱かれながらシュタードラーとの会談内容を語って聞かせていた。

「正直、想像の外だったわ」ヴィルミーナは夫の腕枕を楽しみつつ「ベルネシア戦役の時、自分達だけでも助かろう、なんて動きは無かったじゃない?」


「だけど、地中海戦争では君も見ただろう? 生き残るために連合を裏切ったコルヴォラント諸国を」

「まあ、そうだけれど……あれはしょせん、コルヴォラント人とはいえ、外国同士の集まりじゃない。アルグシア連邦は曲がりなりにも統一国家よ?」

「精確には領邦連合体制だ。アルグシア連邦制度に従属している独立国家の集まり。コルヴォラント連合と大差ないよ」

 妻の疑問にさらりと答え、レーヴレヒトはヴィルミーナの薄茶色の髪を指で撫で梳きながら、鼻息をついた。

「しかし、西部諸邦の協商圏従属か……東部の盾に出来るかもしれないし、埋伏の毒にもなりかねないな」


「駐留軍を認めさせれば、多少は変わるかもね」

 米軍よろしく従属後の西部諸邦に協商圏駐留軍を置き、その維持費を負担させれば、裏切りの芽を大分押さえ込めるだろう。

「どんな施策を取ろうと、将来の厄介事になるでしょうね、間違いなく」

 間違いなくアルグシア連邦が崩壊しようと、後継のアルグス人国家は西部諸邦の再統合を口実にする。それが一番手っ取り早い国民意識と連帯感の醸成方法だから。


「そういえば、君がカロルレンに送り込んだ玩具だけど、アルグシア人が戦場遺棄されたものを回収して復元と解析調査をしてるようだよ」

「でしょうね」ヴィルミーナはレーヴレヒトへ首肯を返し「兵器だもの。戦場へ送り込む以上、損失することも鹵獲されることも考慮済みよ。戦艦でもあるまいし、絶対に鹵獲されないようにするなんて不可能でしょ」


 第一次大戦でアメリカ人は最新鋭のブローニング軽機関銃をドイツに鹵獲されることを恐れ、兵士に戦場放棄を禁じたが、数千数万丁を配備しておいて完全に防げるはずがない。イギリスの戦車にしても何両もドイツ側に鹵獲されている。

 二次大戦時においても、日本の零戦、ドイツのフォッケウルフが些細なミスから開戦から間もなく鹵獲され、徹底的に解析された。80年代のアフガン戦争では米軍のスティンガーも供給先のアフガンゲリラからソ連へ横流しされ(手癖の悪い奴はいくらでもいる)、対抗策を取られている。


 前線で用いられる兵器の完全な鹵獲防止など、作り話の中でしか実現できない。だから、兵器開発はいたちごっこなのだ。


 ヴィルミーナは悪戯っぽく微笑む。

「それに、アルグシアの技術者達がアレを解析して、どういう答えと対策を出すか、興味がある。面白いことになるかもしれない」

「軍人としては仮想敵国が強力な兵器を持つことを楽しめないなぁ」とぼやくレーヴレヒト。


「ところで、レヴ」

 ヴィルミーナは真面目な顔で夫に問いかけた。

「私ってそんなに黒幕っぽいかしら? 世界を裏から牛耳ろうとする悪の親玉っぽい?」


「ああ、シュタードラー卿に言われたこと、気にしてるんだ」

「……妻が魔王のように言われて何で笑ってんの」

 愛妻が唇を尖らせてむくれると、レーヴレヒトは宥める代わりに抱き寄せた。

「ヴィーナは慈愛の聖人君子より我欲に突っ走る暴君の方が似合いだよ」


「おい、待て。暴君? 言うに事欠いて暴君? 暴君だと?」

 眉目を吊り上げるヴィルミーナに、レーヴレヒトは笑う。

「そんな暴君をベッドで子猫のように鳴かせられると思うと、ちょっと興奮する」

「急にエロいこと言うのはやめろ。ちょっと待て、乳を揉むな。話はまだ終わってない。こら、服を脱がせようとすんな、あ、」


 この夜、ヴィルミーナさん(38歳・三児の母)は子猫のように鳴かされましたとさ。


     ○


 年明けて共通暦1786年。

 アルグシア連邦が西メーヴラント列強と期限付き不可侵条約を結び、虎の子の西部軍主力が戦場へ派遣された。


 第三次東メーヴラント戦争が佳境を迎える。

 あるいは、最後の大波乱を迎えた、というべきか。

ヒロイン(経営者・38歳・既婚・三児の母)……令嬢?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 転生(した時は)令嬢(だった)ヴィルミーナの場合 なのでセーフ
[良い点] さすがレーヴレヒトと言わざるを得ない。 というかそんなんじゃないとアレと結婚できんて。
[良い点] >ヒロイン(経営者・38歳・既婚・三児の母)……令嬢? そこに気づいてしまわれましたか…。 辞書的には「貴人の娘、他人の娘の敬った呼び方」なので、間違いではないっぽいのですが。 正直、女…
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