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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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309/336

21:9

大変お待たせしました

大陸共通暦1785年:王国暦267年:夏

大陸西方メーヴラント:アルグシア連邦:ドムルスブルク市

―――――――――

 ラインハルトはドムルスブルクに到着後、翌早朝から一個旅団が手ぐすねを引いて待つ市街へ進攻した。


 ドムルスブルクは周辺環境上、モンスターの襲撃に備えた城塞都市だ。また歴史的経緯――9年戦争や神聖レムス帝国崩壊の動乱時代に、都市防御設備を補強してある。

 そこへ此度の戦に向け、更なる手が加えられていた。


 市街へ進攻したニーヴァリ独立機動戦隊は炸薬と魔導術の歓迎を受けた。

 主要な通りは街路樹や瓦礫のバリケードで塞がれ、出身領邦を示す色とりどりのシャコー帽と軍服を着こんだ兵士達が槍衾のように銃砲を並べている。


 通りに接する建物の上階や屋上には狙撃兵や銃座が配され、銃弾に加えて火炎瓶や手榴弾が降り注ぐ。

 装甲トラクターで突破を試みれば、魔導術士達が路面を隆起させたり、陥没させたりして前進を阻む。


 挙句は地元の冒険者や志願民兵が故郷や家族を守らんとして、雑多な武器を手に裏道などから襲撃してくる。中には私塾の学生すら混じっている始末。


 まるで怒れる風精(ヴェスパ)鬼蜂(シルフェード)の巣だった。

 市街内の主要通りからは叩き返され、市庁や広場などがある中心部はあまりに遠い。街の制圧など夢のまた夢だ。

 今や戦力不足がはっきりした。


「敵は一個旅団だけじゃない街そのものだ。一個戦隊でどうこうできる状況にない」

 ラインハルトは煤と汗に塗れた顔を拭いながら、通信手へ命じる。

「第117翼竜騎兵大隊の支援を要請。それと、師団主力の先遣隊を急がせろ」


 精鋭の翼竜騎兵による航空支援と兵力の増援があれば、装甲トラクターを用いて強引に突破し、橋まで行けるかも――まだ間に合うかもしれない。


 しかし、第117翼竜騎兵大隊は『別任務遂行中。支援を回せない』と言って現れず。

 師団先遣隊は『現在急行中』と返すだけで兵隊一人やって来ない。

 一方で、師団司令部から『速やかに街を確保せよ』という戯言だけは頻繁に届く。


「こっちの連絡を理解できてないのかっ!? どうなってるっ!?」

 憤慨するラインハルトの疑問に答えられる者はいなかった。


 この時、作戦主力の第23歩兵師団はドムネル=ニムハウゼン湖沼地帯の森林内を遅々と進んでいた。

 彼らはラインハルトが苦労しいしいに啓開した迂回路を使わず、街道や林道沿いに進み、点在するアルグシアの急造陣地を一つ一つ攻略し、落とされた橋をわざわざ建て直していた。そして、第117翼竜騎兵大隊は師団主力の支援と上空援護に留められていた。


 なぜこんな有様だったのか。


 クロブコフ少将にも言い分がある。

 第23歩兵師団約1万5千名の将兵と馬車と重火器を通すためには、ラインハルトの用いた迂回路は許容交通量が乏しかったし、かといって森林内の分進は無用な落伍兵を生む。

 それに、後背に敵を残したまま前進する危険も無視できない。ドムルスブルクを制圧した後、連絡線を確かなものにする意味でも、敵を排除して橋を架け直しておく必要があった。


 秋の攻勢に向けてドムルスブルクに橋頭堡を確保するためにも、第23歩兵師団の損害を押さねばならず、第117翼竜騎兵大隊は空の盾として役割を果たすべし。


 もしも、ドムルスブルクに一個旅団が待ち構えておらず、ラインハルトが順調に街を制圧していたなら、クロブコフの方針通り後方連絡線を用いて橋頭堡を迅速に強化できただろう。


 だが、現実にはラインハルトのニーヴァリ独立機動戦隊は市街外縁で押さえ込まれており――ラインハルトが危惧していた『悪知恵が働く敵』は、カロルレン軍の意図を精確に読み取っていた。

 敵第23歩兵師団の動きは単なる戦線の押し上げではなく、秋冬いずれかに行う攻勢の橋頭堡を得るための準備作戦だと。


 よって、『悪知恵の働く敵』はドムルスブルク市街でニーヴァリ独立機動戦隊を拘束している間に、この予備戦力で第23歩兵師団の側背へ迂回強襲/包囲を狙う作戦を立てた。


 この作戦が成功すれば、第23歩兵師団を完全に叩きのめすだけでなく、カロルレン側の戦争計画そのものを白紙に戻すことが出来るだろう。北部戦線だけでなく戦争全体の主導権を握る好機だった。

 一方で、この作戦に失敗したなら、貴重な予備戦力を失うだけでなくドムルスブルク失陥に至る。アルグシア連邦東部は決定的な危機に至る。


 それでも、『悪知恵の働く敵』は総司令部を説得して予備戦力を搾り取り、作戦を実施させた。危険を冒さぬ者に勝利は無し。

 賽は投げられた。


     〇


 ベルネシア王国のリュッツェン市で歴史的なレースイベントが終わり、誰もが祭りの余韻を楽しんでいた中、

「正直に言えば悔しい」

 ステラヒール社の開発陣は“反省会”を催しており、首席技術主任カーヤ・ストロミロはどこか拗ねた表情を浮かべる。

「私は現状で最高のエンジンを設計したし、ディメ氏もワークスも作りえる最高のマシンを作り上げた。カーヤも最高の運転を見せてくれた。なのに、あと一歩白獅子に及ばなかった。それに、イストリア人共の小細工。あれも癪に障る。魔導機関の開発を目指す私の前で、魔素を用いた加速装置など……実に苛立たしい」


 ディメは太い腕を組んで重々しく唸る。

「確かに悔しい。マシンの速度自体では勝てていた。白獅子やイストリア人に出遅れて発進したのにレース後半で完全に追いついていたからな。部品の耐久試験はしたんだが、実戦の負荷が想定より大きかった」


 問題点の炙り出しは改善と進歩に不可欠な作業だが、敗北の苦みが濃くなっていき、どうしても開発陣の表情が暗くなっていく。


「議論が盛り上がることは構わんが、士気を下げる必要などないだろうに」

 会議に同席して技術者達のやり取りを聞いていたエルンスト・プロドームが笑う。

「今、君達が感じている後悔や反省は白獅子やイストリア人達も感じている。いや、技術的先駆者であり豊富な資金を持つ白獅子の開発陣が抱く感情は君達の比ではないぞ。イストリア人にしても、彼のチームは同国の最大手だ。同じく大変なことになっているだろう」


 事実だった。

 少しばかり白獅子の開発陣の様子を紹介しよう。


 エルンストが語ったように、白獅子の技研やワークスで催された“合同反省会”の雰囲気は重々しい。


 座長の椅子に座る白獅子財閥技術系総奉行のヘティからして、反省会の始まりからずっと機嫌が悪かった。

 理由はもちろんレースの内容があまりに『不甲斐なかった』からだ。


 白獅子は蒸気機関と機械化車輛の世界的先駆者である。技術開発的知見と経験とノウハウの積み重ねは魔導技術文明世界で三本指に入るだろう。加えて西方圏有数の企業財閥らしくレースに際して豊富な資金と資材、人材が揃えられていた。


 ヴィルミーナは必ず勝てとは言わなかったものの、ヘティを筆頭に白獅子技術陣は勝って当たり前、優勝して当然という意識があった。予期せぬアクシデントでもない限り、負けることはあり得ない、とさえ思っていた。


 ところが、蓋を開けてみれば、スタートでクレテアとクェザリンの色物に後れを取り、イストリア人のビックリドッキリメカに驚かされ、ライバル視していたステラヒールには速度性能で負けていた。最後の競り合いで勝てたことも棚ぼたのようであり、技術者達の自尊心を傷つけ、焦燥感を強くしていた。


「今回のレース内容に関し、ヴィーナ様は私達を絶賛された。だけれど、我々はヴィーナ様のお褒めに預かって喜んでばかりはいられない。分かるわね?」

 ヘティは厳しい顔つきで全員を見回す。

「世間は急遽ドライバーになった歳若い女性が準優勝をもぎ取ったことで、ステラヒールは白獅子より速く、本来のドライバーだったら優勝したはず、と思っている。イストリア人はあの小細工が故障しなければ自分達が勝てた、と思っている」


 かつて朗らかな笑顔がよく似合う少女だった白獅子財閥大幹部ヘンリエッタは、こめかみに青筋を浮かべてコツンッ! と会議テーブルを突く。

 出席者の背筋が反射的に伸びた。


「誰もが我々が実力で優勝したと思っていない。私たち自身さえ」

 心を焼く炎熱を抑え込むように深呼吸し、ヘティは告げる。

「大会は来年も開催されるわ。時間は一年しかない。一年で全てを洗い直し、全てを改善し、全てを進歩させなさい。この屈辱は来年、圧勝することで拭い去るのよ」


 ――とまあ、白獅子の焦りは大きい。イストリアのトレビシック・パーソンズも似たような様子だった。


「まず胸を張りたまえ、諸君」

 エルンストは心底愉快そうに演技掛かった身振り手振りを加えて語り、

「君達はベルネシアとイストリアの頂点に立つ企業から、そして、あのレースを目撃し、新聞で知る全ての人々から、機械化車輛作りのスペシャリストとして認められたのだ」


 技術者一人一人を見回していき、最後にディメとカーヤを真っ直ぐ見つめ、にんまりと唇の両端を吊り上げた。まるでメフィストフェレスのように。

「今回のレースで我々は充分に偉業を成し遂げた。そして、この大きな最初の一歩からさらに飛躍していくのだよっ!! 心が躍るじゃあないかっ!!」


 開発陣は互いの顔を見合わせ、そして、心底誇らしげに頷いた。

 まったく人をノセるのが上手い人だ、とディメは苦笑いする。


「社長。私はあくまで魔導機関の開発が本命なのだけれど」

 カーヤは場の雰囲気に流されず、自身の要望をしっかりと告げる。


「ああ。もちろんだとも。貴方との約束を違えることはない。だが、ストロミロ女史。君も楽しかっただろう? イネス嬢が運転する我らのマシンが白獅子を追い詰めた時、血が沸き、心が躍っただろう?」

 にやりと白い歯を見せて笑うエルンストに、カーヤは再び拗ねるように唇を尖らせた。

「……たしかに」


 さしものカーヤも、認めざるを得なかった。あの時、あの瞬間。カーヤの血潮はどっと沸き立った。今まで感じたことのない昂奮。今まで抱いたことのない高揚。

「魔導機関の開発の妨げにならない範囲なら、今後も続けることに否やはない」


「はっはっは。そう来なくてはね」

 機嫌をよくしたエルンストは懐中時計を確認し、腰を上げた。

「さて、私は次の予定があるから中座させてもらおう。ディメ君。会議の結果は報告書にまとめておいてくれ。門外漢の私でも分かるように頼むよ」

「分かりました」と頷くディメ。


 会議室を出たエルンストは打って変わって渋い顔つきになり、秘書へ問う。

「ヴィルミーナ様と面会の予約は取れたか? もちろん内々の、だが」


「はい。ただ、まだ明確な御返事はありません。アルグシア高官との約束が入っているそうで、そちらの調整に追われているようです」

 秘書の報告にエルンストは苦みきった面持ちを作る。

「そうか……なんとか早いうちに時間を設けて頂けるよう、折衝してくれ。必要なら私が頭を下げる。とにかく急げ」


「かしこまりました。なんとかしてみせます」と秘書は頷く。

 エルンストは廊下を進みながら、心底憎々しげに唾棄した。

「“あれしき”のことで、私の竜と乙女を奪われてたまるかっ!!」



 で、だ。



 幾度も繰り返してきたが、この時代は同性愛が不道徳の極みとされる時代だ(実態は別にしても)。嫌悪感や忌避感は強い。特に男性のホモフォビアは凄まじい。公衆の面前で相手をホモ呼ばわりしようものなら、血を見ずには終わらない。

 それに、同性愛者を擁護すれば擁護した者まで社会的に危うくなる。


 ただし、擁護者がレンデルバッハ家の黒い羊、大陸西方圏経済の怪物、国崩しの魔女となれば、事情が変わってくる。

 ヴィルミーナ・デア・レンデルバッハ=クライフ・ディ・エスロナが直々に擁護へ動いたとなれば、話はまったく違ってくる。


 王妹大公家の豪勢な応接室。豪奢なソファに気だるげな調子で腰掛け、ヴィルミーナは向かい側で恐縮しているエルンスト・プロドームを一瞥した。


「プロドーム殿。私は同性愛というものに対し、西方圏において社会通念や倫理的価値観で否定されている以上、大っぴらにせず秘めているべきとも思うし、人を愛することで迫害や弾劾されることはおかしいのでは、とも思う。つまりは気分程度の認識しかない」

 ヴィルミーナは長い脚を組み直し、背もたれに深く体を預けた。

「貴殿の求めに応えれば、私は方々の貴族や聖職者、権力者相手に鬱陶しい話し合いをせねばならないし、気分屋な大衆を扇動して事を無難に済ませねばならないだろう。場合によっては、私が同性愛擁護者と批判に晒される。まったく……実に面倒極まる話を持ち込んでくれたわね」


「返す言葉もありません」

 エルンストは日頃の道楽家振りを一切出さず、深々と頭を下げた。娘の不始末をなんとか穏便に片付けようと骨を折る父親のようだ。


「それでも、どうか御助力をお願いしたい。今ならまだ、ヴィルミーナ様の御力で事を軟着陸させられるはず。どうか、どうか彼女達を大衆の誹謗中傷から救っていただきたい」

 顔を上げ、エルンストは真っ直ぐにヴィルミーナを見つめた。

「そのためならば、能う限りのものを差し出します」


 大陸西方圏でも指折りのモノノケ女はしばし真摯な道楽家を窺い、大きく鼻息をついた。

「――カーヤ・ストロミロ技師は機械化車輛と動力機関の発展に欠くべからざる人材。彼女が失われては業界全体の不利益となるわね」


 ヴィルミーナは薄紅色のマニキュアを塗った人差し指でソファの肘置きをコツコツと突き、

「それに、イネス・バラーサ嬢が成し遂げた功績は“たかが同性愛如き”で否定されてはならない。彼女は女性でも機械化車輛に乗り、男達と競い合えることを証明した先駆者だ。彼女の背に、足跡に、多くの女性達が続くことになる。否定などさせてたまるか」

 裁定を下す。

「この件は白獅子の手が届く新聞や宣伝広告で鎮火を図ろう。余計なことを言いそうな貴族や経済人にも釘を刺しておく。本国だけでなく外洋領土にも可能な限り手を打つ。私に出来ることはこの程度だな」

 ヴィルミーナの表情筋が見事な辟易顔を作っていたものの、述べられた言葉は大権力者のそれ。


「ありがとうございます……っ!!」

 エルンストは心から感謝し、安堵の息を吐きかける。も、腹に力を込めて堪えた。“まだ終わっていない”。眼前の権力者は善意で動いたわけではない。対価が必要だ。

「して、ヴィルミーナ様。多大な御厚情と御恩へ如何様に報いられるでしょうか」


「別に貴方の利権やステラヒールの技術を寄こせなどと言わないわよ」

 くすくすと喉を鳴らし、ヴィルミーナは紺碧の瞳で恐縮している道楽家をねめつけた。

「貴方に求めることはただ一つ。今後も我々白獅子の競争相手でいること。競争無き技術は発展も進歩もしないからね。それと……そうね。可能ならば、お忍びでも良いから、ストロミロ技師とバラーサ嬢とお会いする機会を設けて欲しいわ」


「それは……」

 引き抜きを図っているのか、と警戒したエルンストへ、ヴィルミーナは少しばかり不満そうな顔で続けた。

「私の次男がね。あのレースを見て以来、すっかり貴方のチームのファンになっちゃったのよ」


 だから、とヴィルミーナは微苦笑した。

「少しばかり我が子を喜ばせたいの」


 エルンストは呆気にとられ、次いで高らかに笑い、道化のように仰々しく一礼した。

「御希望を叶えさせていただきます」


 場の雰囲気が和やかなものに変わった。

 潮目の変化を逃さず、御付き侍女メリーナが2人のカップに珈琲を容れ直す。


 その間、ヴィルミーナはレンデルバッハ=クライフ家の次男坊が如何にステラヒールのマシンを気に入り、エルンストが贈ったステラヒールの社章バッジを大事にしているかを語り、エルンストを喜ばせた。


 風味深い香りを漂わせる珈琲が2人の大実業家の手元に置かれる。


 美味い、とエルンストは珈琲を楽しんでから話の水先を変えた。

「そういえば、クレテアのやんごとない御令嬢方がお越しでしたが……」


「あの御令嬢方には大会が終了次第、土産物を持たせてさっさとお帰り願ったわ」

 ヴィルミーナは大きく眉を下げ、ぼやくように答える。

「ある意味、あの大会で一番驚かされたわね……」


 エルンストは思わず破顔した。


       ○


 アルグシア軍は絞り出した臨時編成の増強旅団にドムルスブルクを大きく迂回させ、計画通りにカロルレン第23歩兵師団の横っ腹へ襲い掛かった。


 この臨編の増強旅団には外国人義勇兵――地中海の戦で敗れた後、アルグシアへ逃れたコルヴォラント人将兵が多数参加していた。


 列強への復讐のため。その日の飯のため。アルグシアに救われた恩のため。自暴自棄になったため。様々な動機から、コルヴォラント各国や教会の騎士や従士、魔導術士や正規軍将兵、冒険者等々がアルグシア軍に身を投じていたのだ。


 そして、このコルヴォラント人部隊は決定的な活躍を果たす。


 クラトンリーネ会戦で行われたような集団魔導術の強襲突撃。敵陣に突入後、聖ベンヴェヌート騎士修道院の戦いで聖堂騎士達が猛威を発揮したように、騎士や装甲兵が圧倒的戦闘能力を発揮。

コルヴォラント人義勇兵達の猛襲により、第23歩兵師団後方の寸断に成功。


『悪知恵の働く敵』はここで増強旅団の動きを半日ほど止めた。


 この運動の停止を、クロブコフ少将は『敵は機動を強行して補給不足に至っている』と判断。兵站/連絡線の回復を試みた。妥当な、というよりは常識的な判断と反応だった。


 しかし、これは『悪知恵の働く敵』が図った思考誘導であり、クロブコフは相手が数手先まで準備した罠に掛かったのだ。


 連絡線の回復を試みた第23歩兵師団の動きは増強旅団の強力な待ち伏せで頓挫。挙句、この局地的敗北の間隙を突かれ、増強旅団が猛進を再開。

 クロブコフ少将がようやくアルグシア軍の意図に気付いて延翼防御を試みたが、一日遅かった。


 一日。

 そう一日だ。たった一日。このわずか一日の遅れにより、ニーヴァリ独立機動戦隊と第23歩兵師団はドムルスブルク市街内外に展開したアルグシア軍二個旅団の包囲下に置かれる。


 アルグシア軍の鮮やかな作戦展開にクロブコフ少将は愕然としていたが、

「包囲されたっ!? なんで……何が起きたっ!?」

 ドムルスブルク市街で戦っていたラインハルト・ニーヴァリ少佐の驚きはさらに上回っていた。なんせ自身の知らないうちに作戦が根幹から失敗した挙句、悲劇的戦況に置かれていたのだから。


 だが、ラインハルトは包囲されたことなど後回しだった。

「補給はどうなるっ!? 燃料の手当てはっ!?」

 機械化車輛を扱うラインハルトの部隊は、燃料なくして戦えない。


『後方を断たれたのだ。補給は無い。現地調達せよ』

「ふざけるなっ! 装甲トラクターがそこらの野草でも食うと思ってるのかっ!!」

 ラインハルトの罵倒に対し、師団司令部は通信を切った。


「くそったれっ!! こんな通信器ぶっ壊しちまえっ!!」

 ブチギレまくるラインハルトに対し、ニーデルガルトを始めとする付き合いの長い者達は特に動揺していなかった。


 なぜなら、彼らの指揮官は死神の手すら蹴り飛ばす不撓不屈の男。

 そして、彼を信じて付いていけば、どんな地獄からも生還できるに違いないのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『可及的速やかに第二世代バイオ燃料を開発せよ』
[一言] 絶体絶命の局地だろうが誰もラインハルトくんの逆境補整を信じて心配しないの頼もしすぎる
[良い点] 悪知恵が働く人、芸術的な動きをするなぁ…補給線が絶たれ包囲されたら物理的は当然、心理的にも戦えない。これ、ラインハルト華々しく散る? [気になる点]  イストリアの魔導ブースター、ニトロの…
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