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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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29/336

4:2

大陸共通暦1762年:ベルネシア王国暦245年:秋。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。

 ―――――

 高名なるロートヴェルヒ公爵家美人三姉妹の次女メルフィナ・デア・ロートヴェルヒ公爵令嬢。アンニュイな眼差しが特徴的な美しい顔。奥ゆかしくも優艶な肢体。煽情的な色気のある雰囲気。少女と女性の狭間にある15歳の彼女は青い果実特有の色気に満ちていた。


「メルは日に日にエロくなるわね」

「褒め方。褒め方が酷すぎます」

 メルフィナはヴィルミーナへ微苦笑混じりの抗議をし、椅子の背もたれに体を預けた。


 王都計画拡張区域の人魚姫通りにあるレストラン『星屑の海亭』の一室。

 休日のこの日、ヴィルミーナとメルフィナはサシで昼食を共にしていた。


 シコンと生ハムのサラダ。ムール貝のガーリックバター焼き。メインは黄毛烏竜のグリル・グリーンソース。そして、籠に入った温かい白パン。


 モンスターが跳梁跋扈する世界だから、当然、モンスターを食う文化も発展した。下手をすると品種改良の未成熟なこの時代の家畜より美味しかったりする。

 たとえば、メインの黄毛烏竜はラムやマトンのような癖のある肉に近い。つまり、その『癖』を適正に処理して調理すれば、とても美味しいお肉だった。


 なお、かつての特権階級はモンスター肉を『下民用の代用肉』――家畜を食えない平民用の食肉として忌避していた。ただ、近代前期のこの時代は『美味いもんは誰が食っても美味い』という開き直りか、王侯貴族もモンスター肉を食う。


 2人は他愛もない雑談を交わしつつ、ランチコース料理を食べ進めていく。

 そして、すっかり満腹になったところへ食後のデザートと珈琲が届けられた。いわゆるベルギーワッフル&アイスクリーム。むろん、女は別腹を持つから甘いものは大歓迎。


「近頃は御茶より珈琲の需要が伸びているみたいですね」

「そうなの?」とヴィルミーナ。

「大陸南方の領土で始まった珈琲と砂糖の大農園が軌道に乗ったそうで、平民にも手が届き易くなったらしいです」


 メルフィナの説明を聞き、ヴィルミーナは少し考えこむ。

 プランテーションか。嗜好品の大増産が進んでいるなら、じきに砂糖と香辛料も大幅に値が落ちる。産業革命も芽吹きだしているし、じきに経済戦争が本格化するわね。


 地球史近代の場合は産業革命による大量生産と植民地搾取によって欧州に莫大な富をもたらした。ただし、その莫大な富は平民に回らず特権階級と富裕層に独占された。

 貧富の格差と度重なる戦禍。啓蒙思想。強大な外敵の登場による国民意識の醸成。

 じきに貴種という存在は否定され、喪失し、過去の遺物にまで落ちぶれる。

 世界のパラダイムシフトは近い。時代の激流が迫っていた。


 デザートのワッフルを食べ終え、珈琲を飲みながら余韻に浸っていると、メルフィナが本題を切り出した。

「グウェンのアレ。ヴィーナ様の仕込みでしょう?」

「良い考えはないかと聞いてきたから、力になってあげただけよ」

「ヴィーナ様は本当に怖い人ですね……」

 しれっと嘯くヴィルミーナに、メルフィナは大きな大きな嘆息をこぼした。

 ヴィルミーナは内心でぼやく。

 本当に怖いのは私やないで、メル。


 ※   ※   ※


 先立って王立学園高等部一回生の間で、衝撃が走っていた。

 第一王子婚約者の公爵令嬢グウェンドリンが、間女と評すべき立ち位置のアリシア嬢と友誼を結び、親しくするようになったのだ。


 こうなると、アリシア嬢に不満がある者達も迂闊に手を出せない。ただでさえ第一王子とその取り巻き達に親しい。加えて、次期王妃候補筆頭たる婚約者のグウェンドリンまで親しいとなれば、待っているのは火傷では済まない。


 有象無象以外に、この縁の確立で臍を噛んでいたのが、他ならぬ第一王子エドワードだったりする。


 ヴィルミーナの読み通り、アリシア嬢はグウェンドリンの相談を受け、大いに賛同、乗り気になった。今や、グウェンドリンとエドワードの仲を取り持とうと発奮している。

 結果、王子はお気に入りのアリシア嬢本人から『グウェンさんにもっと優しくしなきゃダメですよ』とか『グウェンさんも誘いましょうっ!』とか言われる有様に。


 予期せぬ意外性を上げるならば、グウェンドリンはアリシアとつるみ出してから『ま、まあ、存外に悪い子じゃなかったわ』などと言うようになったことだろう。


 私が糸を引いたことやけれど、悪役令嬢ポジの子も落とすんかぃ……(戦慄)。


 ※   ※   ※


「グウェンと王子殿下が仲睦まじいことは喜ばしいことです。でも、取り巻きの方は相も変わらず、というか前より酷くなってませんか?」

「殿下という障害物が排除されかけているからね。当然の帰結よ」

 メルフィナの指摘に対し、ヴィルミーナはどうでも良さそうに言った。


 今までは第一王子エドワードがアリシアの傍に居たから取り巻き達も自重していたが、グウェンドリンの横入りによってエドワードがリタイヤ寸前となれば、話が変わる。


 ホルモンギラギラで性欲ムラムラの思春期真っ只中の彼らは、マタタビに飛びつく猫の如くアリシア嬢へのアプローチを激化させていた(それが余計に第一王子エドワードとって面白くない)。


「軽く言わないで下さいよ……あの人達、私達にとって婚姻候補筆頭格なんですから」

 メルフィナの言う『私達』は、全ての高位貴族令嬢を指している。

 次期国王の側近と結ばれることで御家の安泰と繁栄を図る。貴族として正しい。さらに、高位貴族同士で結婚することで派閥がより強化されるし、影響力も大きくなる。妥当だろう。


「私達にとってワイクゼル嬢の存在は純粋な障害でしかありません。貴族子女として生まれ育った身ですから、結婚は義務と受け止めます。それでも、あからさまに他の女に入れ込んでいる殿方に嫁ぎ、身を開くというのは忸怩たるものがあります」


 先日の王子側近衆の様子を見た限り、ヴィルミーナもメルフィナの見解を否定できない。

「あちらを立てれば、こちらが立たず、か。面倒ねえ」

「ヴィーナ様にはレヴ様がいらっしゃるから、そう暢気に構えられるんです。私と同じ立場なら、今頃はワイクゼル嬢の暗殺計画の一つも練ってますよ、きっと」

「いろいろツッコミたいところだけれど、今回は黙ってお叱りを受け入れるわ」

 微苦笑を湛えながら、ヴィルミーナは背もたれに体を預けた。


「メル達もアリシア嬢と仲良くする?」

「それも一つの選択肢とは存じますけれど、あの能天気振りを見ると、早々親しくしたいとも思いません。私はヴィーナ様のような毒も爪牙もある方が好みですから」

「人をモンスターか何かのように言いよる」

「褒めてますよ?」

「……もっと嬉しくなるような言葉で褒めて。褒める時はもっとちやほやして」

 ヴィルミーナの要求に、メルフィナはくすくすと喉を鳴らした。

「ヴィーナ様。デザート、お代わりしませんか?」

「するわ」

 ヴィルミーナは即答した。

 なんせ甘いものは別腹だから。


                    〇


 メルフィナとの会食の帰り道。

 ほとんど揺れない馬車の車窓から景色を眺めつつ、ヴィルミーナは状況を思索する。


 第一王子エドワードとその婚約者グウェンドリンの関係が良好化の方向へ進んだが、第一王子は未だにアリシアへ御執心だし、取り巻き連中もまったく自重していないから、問題はまったく解決していない。棚上げと先送りが出来ただけだ。


 ただ、アリシアの無頓着さに『エドワードとグウェンドリンを親密にすべし』というベクトル(首輪)を付けられたことは好ましい。王子とグウェンドリンの仲さえ何とか出来れば、取り巻き連中が痴情のもつれから殺し合ったってかまわないのだから。


 ベルネシア貴族制の頂点たる王族が間女に入れ込んで婚約者をないがしろにする、という最悪の状態が続くよりマシだし、この手の話に付き物の『婚約破棄エンド』をやらかされるよりずっとずっとマシだ。


 中世ならともかく近代で王族の浅ましいスキャンダルは致命傷になりかねない。市民の王家に対する失望がそのまま革命の口実に利用される可能性もあるのだ。


 この世界ではまだ、市民革命が生じてないから王侯貴族には危機感がない。

 下民と見下している平民や農民達――社会を構成する大多数層が完全に敵へ回るカタストロフィを想像できない。


 フランス型革命や薄汚いアカのやった革命が生じたら、悪夢だ。アレは守旧特権勢力の一掃どころか既存社会体制を完全に破壊する。机の上でシコシコやってた負け組のインテリ、学も教養もない貧農、小市民という名の愚民、そんな連中が集団ヒステリーを起こして暴れ回るのだから、破滅的な事態しか生じない。


 ヴィルミーナは愛しい人々を脳裏に浮かべる。

 母ユーフェリアと家人達。王家を始めとする親戚達。メルフィナやアレックスなどの友人達。親交の深いゼーロウ家の人達。

 それに、レーヴレヒト。


 彼らをギロチンに掛けさせたりしない。彼らを絞首台に行かせたりしない。彼らを死なせたりしない。そのためなら、冷酷非情な手段を取ることも躊躇しない。


 レヴ君に会いたい、とヴィルミーナは切実に思う。


 メルフィナにもアレックス達にも、ユーフェリアにも、自分の心情は打ち明けられない。彼女達は良い意味でも悪い意味でも、この時代の“普通”の人間だから。

 正直に全てを打ち明けたところで、前世記憶を持つヴィルミーナの異質性を許容できるとは思えない。


 社会適応型サイコパス以外に心から頼れる人間がいないとか、私も大概、イカレとるなあ。

 自虐的な微苦笑をこぼした後、ふ、と息を吐く。改めて思う。

 この世界の異物ということは、根本的に孤独なのだと。


                     〇


 帰宅したヴィルミーナに、母ユーフェリアが尋ねた。

「諸侯御機嫌伺の招待状が届いているけれど、どうする?」


 この場合の『どうする』とは参加の是非を問うていない。どうする、とは? ドレスや装身具をどうする? という意味だ。なんせベルネシア貴族として、諸侯御機嫌伺を参加しない選択肢は存在しないのだから。


 ベルネシア王国では春秋に諸侯御機嫌伺が催される。

 王都社交シーズンの始まりと終わりを意味するこの催しは、王家主催の公式行事で、現国王一家も御臨席される。日頃は王家と疎遠な王妹大公や王弟大公も参加する。

 もちろん、デビュタントを済ませたヴィルミーナも参加する。


 こうした貴族達の準備支度のため、王都中の服飾工房が大忙しだったし、王都中の御用商人達はお得意様の貴族が求める装飾品やらなんやらのために走り回っていた。なお、メルフィナへ完全に移譲した美容サロンは大繁忙期中。


 ヴィルミーナは前に作った和洋折衷ドレスを仕立て直して済ませるつもりだった(成長期だから常に仕立て直しが必要だ)。が、ユーフェリアに止められた。


「せっかくだから、ママと一緒に新調しましょ。ね? せっかくだから」

 母におねだりされ、しゃあないなあ、とヴィルミーナは了承しつつ、ふと思い至る。

「そう言えば、付添人はどうします?」


 貴族女性は催し物に男性の付添人を伴うのがベターとされる。夫や兄弟、婚約者が辺りが良いらしい。恋人でも構わないが、愛人は風聞がよろしくない。

 王妹大公ユーフェリアは基本的に介添人を伴わず、ヴィルミーナと共に出席してきた。

 しかし、デビュタントを済ませた娘をいつまでも子供のように扱うのもよろしくなかった。


「私はその気になれば、いくらでも当てがあるけれど」

 色気たっぷり美熟女なユーフェリアはさらりとモテ女をアピールしつつ、ヴィルミーナに尋ねた。

「ヴィーナは誰か当てがあるの? その、レヴ君以外に」


 消息不明状態のレーヴレヒトの名前を言い難そうに挙げるユーフェリア。母の優しい気遣いがいたみいる。

「ないです。友人達と集まって参加すれば……」

 ヴィルミーナは顎先に右手の人差し指を添えながら、なんとなしに言い、ふと脳裏に“彼女”が浮かぶ。


 あ。


 ええこと思いついたわ。せや。そうしよ。御機嫌伺なん貴族のお祭りみたいなもんやし。大丈夫やろ。多分。きっと。めいびー。

なんかイベントが茶会とパーティばかり。是正せねば。

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