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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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28/336

4:1

大陸共通暦1762年:ベルネシア王国暦245年:秋。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。

 ―――――

 第一王子エドワードの婚約者になったグウェンドリン・デア・ハイスターカンプ公爵令嬢。

 15を迎えた彼女は眉目秀麗な美顔に加え、女性が理想とするような黄金比の肢体を持つ。ハーフアップにした長髪は嘆息が出るほど麗しい。まさに美貌の覇道を征く超絶美少女である。


 その超絶美少女グウェンドリンは不機嫌だった。

 婚約者の第一王子エドワードが自分をほったらかして準男爵家の小娘に入れ込んでいたからだった。そりゃ不機嫌にもなろう。


 グウェンドリンはヴィルミーナのオフィスと化した学生活動棟の一室に単身で乗り込んできたかと思うと、ヴィルミーナの取り巻き達をひと睨みして部屋から追い出した挙句――。


「たしかに利害と打算ありきの婚約よ? だからってあんまりだと思わない? 婚約宣言をして一年も経たないうちに野良猫へ入れ込むなんて、私をないがしろにするのもほどがある。そんなに婚約が気に入らないなら、最初から婚約なんてしなければいいじゃない。なんでわざわざ私の顔を潰すような真似をするのよ。こんな仕打ちを受けるいわれはないわ。ヴィーナもそう思うでしょうっ!?」


「ぉおう」

 怒涛の愚痴に、ヴィルミーナをして気圧される。


『茶会のビンタ事件』以来、グウェンドリンはヴィルミーナを嫌っていた。

 これは周知のことだったし、何よりグウェンドリン自身もそのことを公言していた。『ヴィーナはいつか必ず泣かす』と言ってはばからなかったほどだ。

 なお、同じくビンタされたデルフィネの方は、ヴィルミーナを毛虫のように嫌悪して近づきもしない。


 しかし、高等部に進み、アリシア・ド・ワイクゼル準男爵令嬢というまったく予期していなかった脅威の登場により、グウェンドリンはヴィルミーナとの関係を再構築することにした。


 理由は極めて実利的で、ヴィルミーナが第一王子エドワードのいとこだから。ヴィルミーナを通して、エドワードに釘を刺す。一種の迂回戦術だ。

 加えて言えば、先日にヴィルミーナと件の『間女』が知遇を得たことを知ったことも、彼女をこの場へ越させた理由だろう。

 ヴィルミーナを『間女』の味方にさせるわけにはいかないから、旧知を温め直してお友達にしようと言ったところか。


 清々しいまでの貴族的自己本位思考を想像し、ヴィルミーナは苦笑いをこぼす。

「グウェン。私、この件に関しては風見鶏でいるつもりなんだけれど……」

「風見鶏なら無理矢理こちらを向かせるだけよ」

 何をバカなこと言ってるんだ? と言いたげな目つきのグウェンドリン。


 痛快なまでの図々しさ。可愛いなあグウェンは。裸にひん剥いて通りに放り出してやりたくなるわ。

 ドSな想像を脳裏によぎらせつつ、ヴィルミーナは小さく息を吐いた。

「一つ確認しておくけれど」

「何?」

「アリシア嬢に何かしてないわよね?」

「私をバカだと思ってるの? この状況で嫌味一つ言おうものなら、ここぞとばかりにアホ共が便乗するじゃない」


 公爵家の一人娘ともなれば、際限なくワガママで堪え性がなく短気で傲慢で高慢な小娘に育っていた可能性もあった(前世覚醒前のヴィルミーナのように)。しかし、グウェンドリンは自尊心と気位こそ強く高く大きいものの、基本的には良識的な人間だった。

 ゆえに、突如出現した『間女』に対しても、姑息な嫌がらせや暴力的な制裁を加えたりしなかった。


 そして、公爵家の一粒種として生まれ育っただけに、この手の問題に対する嗅覚が鋭い。

『間女』の登場で問題となるのは、グウェンドリンがアリシア嬢に対して、敵対的行動した、という事実が生じると、アリシア嬢のことが気に入らない他の連中が『第一王子殿下の婚約者様の御心痛を慮って』という大義名分のもと、嫌がらせやらなんやらに勤しむことが出来るようになってしまうことだ。


 簡潔に言えば、グウェンドリンは他人に悪さの責任を押し付けられるという迷惑千万な状況に追い込まれていたのだ。しかも、時間が経てば経つほど、この危険性は高まっていく。


「あの野良猫も殿下も取り巻きのアホ共も、人を泥沼へ蹴落とすような真似してっ!」

 確かに酷い。グウェンドリンが怒るのも無理はない。これにはヴィルミーナも同情を禁じ得ない。とはいえ、その心情を口に出すほどヴィルミーナはお人好しでもなかった。


「殿下を説得しろというなら断るわ。無駄だから。完全に浮かれてるもの」

「御懸念無用。そこまでは私も求めない」グウェンドリンは鼻を鳴らして「策が欲しいの。この状況を変える策が」

 グウェンドリンは仏頂面でしれっと続けた。

「性格の悪いヴィーナなら何か手が思いつくでしょう?」


「私に借りを作る気?」ヴィルミーナが愉快そうに目を細めた。怜悧的な冷たさを湛えて。


「取引よ」

 グウェンドリンは手札を晒す。

「貴女のビジネスに私が協力する。私を通じてハイスターカンプ家の利権を使わせてあげる」


 瞬間、ヴィルミーナの紺碧色の瞳が鋭くギラついた。飢えた人食いザメのような目つきでグウェンドリンを見据える。

「……詳しく聞こうか」



 釣れた。

 グウェンドリンは“最初の一歩”が成功し、内心で安堵の息を吐きつつ、ここからが本番よ、と自身を叱咤して気を引き締めた。

 学園の試験や催し事で幾度となくヴィルミーナへ勝負を挑んできたグウェンドリンだが、本格的な交渉事に挑むのは初めてだった。


『茶会のビンタ事件』以来、ヴィルミーナをライバルと見据えてきたから、その人間性はよく分かる。一私人としてのヴィルミーナは『イイ奴』だ。しかし、一公人としてのヴィルミーナは辣腕の実利主義者で、強欲な商売人だ。実際、御用商人などからそうした噂話も耳にする。

 曰く――大公令嬢様はまるで小さな魔女でございます。


 それでも、狡知に長けたヴィルミーナから自分のための策を引き出させる。

 グウェンドリン・デア・ハイスターカンプはヴィルミーナをまっすぐに見据えた。

 絶対に負けない。負けるわけにはいかない。

 自分は王妃候補者として幼い頃から厳しく育てられてきた。周りの貴族令嬢令息が気ままに過ごしていた間も、辛い稽古事や苦しい習い事に耐えて頑張ってきた。王子のことも心から慕っている。

 ポッと出てきた野良猫に引っ掻き回されてなるものか。


 不退転の覚悟を持って臨むグウェンドリンを、ヴィルミーナは質草を査定する質屋みたいな目で見つめながら話を聞く。

 提示されていく利権の内容をひとしきり聞いた後、ヴィルミーナはくすりと小さく笑った。


「国内有数の大手商会4社に有力工房5社との仲介斡旋。それに、外洋貿易の販路協力か。流石は名高きハイスターカンプ家ね。空手形だとしても、大いに気分が高揚するわ」

 ヴィルミーナの怜悧的な笑みを見て、グウェンドリンは内心で、業突く張りめ、と舌打ちする。

「可愛い可愛いグウェンのお願いだから、対価はこの半分で良いわ。代わりに――」

 来た、とグウェンドリンは身構える。


「貴女の叔父、デルク様を紹介してちょうだい」

 ヴィルミーナの挙げた条件。グウェンドリンの叔父デルクは軍高官だった。

「軍に関わる気? 言っておくけれど、軍の権益に手を出せば火傷じゃすまないわよ」

 怪訝そうに眉をひそめたグウェンドリンの言葉は正しい。


 現代でも軍は巨大な消費者組織であり、それゆえに利権の塊である。兵器武器弾薬は言うに及ばず、軍服、軍靴、食料医薬品、平時で使う紙やペンやインクですら、その需要量は莫大だ。当然、生じる利権も巨大極まる。

 それだけに、その利権周辺は闇が深く、身の毛がよだつほどに汚く生臭く闇深い。


 無論、ヴィルミーナもその辺りは百も承知だ。それでも、軍とのパイプが欲しかった。自身の野望に軍とのパイプが欠かせなかった。それに、”個人的な理由”から機密へアクセスできるような高官とのパイプも。


「その辺りはやりよう次第よ」ヴィルミーナは薄く笑って「それで、答えは?」

「叔父上に確認を取る必要がある。私の一存では答えられない」

 グウェンドリンはそう答え、続けた。

「貴女の示す策の内容次第では、叔父上を説得しても良いわ」


「流石はグウェン」

 攻守の逆転を楽しむように喉を鳴らし、ヴィルミーナは頷いた。

「結構。取引成立よ」

 ほ、と息を吐いたグウェンドリンに微苦笑を向け、ヴィルミーナは腰を上げた。

「一服入れましょう」



 で、砂糖とミルクをたっぷり入れた御茶で一服した後。ヴィルミーナは策を開陳した。



「あの『間女』と友達になれ、ですって?」

 目を瞬かせるグウェンドリンへ、ヴィルミーナは首肯した。

「敵こそ最も傍におけ。統治者の心得でしょ」

 誰の言葉だっけ。マキャベリだったかな。ま、誰でも良いけど。


 前世の晩年、サブカルに激ハマりしていた経験則で言えば、悪役令嬢がヒロインに勝つことは出来ない。全ての要素がヒロイン有利に転がっていくのだから、勝てるはずがない。

 倒せないなら調略するしかない。今ならまだ間に合う。決定的対立に至っていない今なら、まだ。


 ヴィルミーナは続ける。

「現状の問題はね、貴女と殿下の距離が離れていることなの。だから、アリシア嬢が入り込む隙が出来た。婚約者なんだから人目もはばからずにラブラブしてれば、この事態は避けられたかもしれないわ」

「ラ、ラブラブ?」

 聞き慣れない表現でも、感覚として小っ恥ずかしいものと悟った辺り、グウェンドリンは賢い。


「そうよ。人目もはばからずに愛を語り合ったり、手を握り合ったり、腕を組んだり、抱きしめ合ったり、キスしたり。そうね、婚前性交渉もしとけばよかったかな」


「そ、そんな、は、は、はしたない真似できるかぁっ!」

 グウェンドリンが顔を真っ赤にして訴える。なんだかんだで蝶よ花よと育てられた箱入り娘である。貞操観念もお堅い。

「だから、アリシア嬢と友達になれ、と言ってるのよ」

 冷ややかに告げるヴィルミーナ。


「ぅ」と仰け反るグウェンドリン。「で、でも間女と友達になるなんて、私の面目が丸潰れじゃない……」

「面目だの意地だの甘えたこと言ってる場合じゃないのよ、グウェン」

 ヴィルミーナは淡々と語り続ける。


「人が大勢見てる前でアリシア嬢をお茶に誘いなさい。殿下が見てる前でも良いわ。その後、アリシア嬢を歓待して相談を持ち掛けて」


「……相談? なんの?」

「自分が殿下の婚約者であること。近頃はアリシア嬢とばかりいること。そのことに嫉妬と不安を抱えていることなんかを正直に言いなさい」

「そんなこと――」

「黙ってお聞き」

「……はい」

「いい? アリシア嬢みたいなタイプは他人の目を気にも留めない半面、自分が興味ある人間へ関わることは大好きなの。特に他人の恋路を応援するとかね。だから、」

 ヴィルミーナは言った。

「アリシア嬢を利用して殿下と関係を再構築しなさい。今度は絶対に逃げられないよう、がっちりと囲い込むのよ。蜘蛛が蝶をからめとるように」


 グウェンドリンは魔女を前にしたような面持ちで、肺から空気がこぼれるように言った。

「貴女って、本当に嫌な奴ね……何を食べて育てば、そんなに性格が悪くなるの?」


 ヴィルミーナはグウェンドリンの反応に冷笑で応えた。

「殿下の取り巻き共も、殿下とグウェンが関係を強くすること深めることを歓迎するわ。なんせ彼らの恋路にとって最大の障害は他ならぬ殿下なんだから」


 現状、王子の取り巻き達がアリシア嬢に手を出すことは出来ない。そんなことをすれば、王子の女を寝取ったに等しい。本物の権力を敵に回したら助からないのは、市井の人間だけではない。貴族とて同じことなのだ。


「貴女とアリシア嬢が友人関係になれば、馬鹿共が貴女を口実にできないという点。この価値は大きい。上辺でなく本当の友人になれれば、アリシア嬢自身が貴女を率先して守る盾となる。殿下の心を捉えた間女が盾になるのは、少し皮肉が利き過ぎかな」


 くすりと喉を鳴らし、


「もちろん、万事が私の絵図通りにいくとは限らない。殿下が貴女を尊重しつつも、アリシア嬢を愛人として囲うことも十分にあり得る。ま、その時は諦めて王妃という立場で我慢しなさい。なんなら、三人で仲良く閨を共にしてもいいかもね」


 長広舌を終えたヴィルミーナは、唖然としているグウェンドリンへ柔らかく微笑みかける。

「私の策は気に入っていただけたかしら?」

 まるで魂を奪い取ろうとする邪悪な魔女のように。


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