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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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20/336

3:1

大陸共通暦1761年:ベルネシア王国暦244年:晩冬。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。

 ―――――

 王立学園初等部の卒業式後に催される夜会は、卒業祝いの催しであり、卒業生達のデビュタントでもある。


 彼ら彼女らはこれから一人の貴族として紳士淑女として、大人達に混じって茶会や夜会、催事に出席し、婚約者を探したり貴族界の派閥やら密事に触れたりしていく(もっとも、彼らはそのまま高等部へ進学するから、公的身分は学生のままだけれど)。


 デビュタントの会場は王立学園の多目的大ホールだった。普段は学園内の催事や全校集会に用いられる。

 普段は学園内の催事や全校集会に用いられる多目的大ホールはロココ的豪奢な建物で、ヴィルミーナの価値観に言わせれば、ガキンチョの学び舎にここまでの絢爛さは必要なのか、という疑問を覚える。


 プロムみたいなもんだし、体育館で充分だろ。そう思いながら、ヴィルミーナは隣に座る迷惑者を一瞥する。

「なんでここに居るんです、殿下」


 14歳を迎えた第一王子エドワードはまさに正統派イケメンの美少年であり、『王子様』という概念を具現化していた。イストリア人王妃の血がますます目立ち、金髪と青緑色の瞳が恐ろしいほどに美しい。


 第一王子エドワードはにっこりと笑い、微炭酸のジュースを口へ運ぶ。

「いつぞやを思い出すな、ヴィーナ。あの一件は痛快だった。王宮内では未だ話題に上がることがある」

「おかげでいつまで経ってもグウェンとデルフィに恨まれたままです」


 ハイスターカンプ公爵令嬢グウェンドリンとホーレンダイム侯爵令嬢デルフィネは反ヴィルミーナ派の二大筆頭となっていた。グウェンドリンはヴィルミーナを単に嫌うだけでなくライバル視しており、座学の試験や実技で事ある毎に突っかかってきた。

 一方、デルフィネはヴィルミーナを毛虫の如く見做して近づきもしない。


「自業自得だろう?」

「事態を早急に丸く収められなかった殿下の責任です」

「諫言耳に痛い」

 くすくすと笑う第一王子エドワード。それが諫言を聞かされた態度かよと心の中で毒づくヴィルミーナ。


「あの二人は確かにヴィーナを嫌っているが、恨んでいるわけでもない。昨年、ヴィーナがフルツレーテンの変態公弟と揉めた時は、二人共大いにヴィーナを心配していたぞ」

「そうなんですか? てっきり、ざまぁみろと笑っているかと」

「穿ち過ぎだ」


 第一王子エドワードは苦い顔を浮かべた。グウェンドリンとデルフィネの二人は独自に派閥を持ちながらも、エドワードの派閥と付き合いが親密だった。ヴィルミーナの知らない2人の顔もよく知っている(と本人は思っている)。


「近頃、妹達や弟が妙に毒っ気が強くなってる。明らかにヴィーナの影響だ」

「それは濡れ衣です」


 従妹である第一王女と第二王女、末の第二王子は『ヴィーナ姉さま』とよく懐いているので、ヴィルミーナは大変可愛がっている。御三方と会う時は手土産を欠かさないほどに。なお、エドワードには何もない(御三方のついでにお菓子を分ける程度)。

 このことについてエドワードから不満を聞かされた時、ヴィルミーナはさらっと応じた。

 ――殿下は既に派閥をお持ちなのですから、欲しい物はそちらで手に入れてくださいな。


「それより、殿下。婚約者はどちらに決まったんです? 内示は出たんでしょう?」

 エドワードは声を潜め、ヴィルミーナの耳元へ囁く。

「……グウェンドリンだ。母上が外国から招いた王妃だったからな。俺の代は国内貴族から王妃を娶る。ハイスターカンプ公爵家なら家格は充分だし、グウェンドリンなら王妃として不足もない」


「不足はない、ですか。その言い方はグウェンに無礼ですよ。彼女は殿下の隣に立つべくずっと研鑽してきた。なにより殿下を慕っている。たとえ、政略ありきではあっても、グウェン自身をもっと真摯に見るべきです」

「……だな。失言だった」とエドワードはバツが悪そうに息を吐く。


「デルフィもちゃんと慰めてあげてくださいよ」

「いや、下手に慰めるのは、デルフィネを傷つけるだけだろう?」

「だからといって何も言わないのも不味いでしょう。デルフィが外国へ嫁がない限り、間違いなく王立学園卒業後も交流は続くんですから」

 誰かの妻となっても、デルフィネが名門ホーレンダイム家の人間であることに変わりはない。貴族界で重要な立ち位置を得る。無碍にしていい相手ではない。


「まあ、グウェンを妻にして、デルフィを愛人に、というのも一つの選択肢だとは思いますけれどね。殿下とあの子達に覚悟があれば、一応は成立しますよ」

「薄ら恐ろしいことを言うな。そんな気苦労の多そうな未来は要らん」と嘆くエドワード。「そういう君こそどうなんだ? 例の男爵家次男坊とは婚約するのか?」


「しませんよ。彼は我が盟友です。男女の仲になることはありません」

「意味が分からん。素直に婚約すればいいだろうに」

 第一王子の意見に、ヴィルミーナは曖昧に微笑んで誤魔化す。


「ところで、だ。ヴィーナ。官僚になる気はないか?」

 第一王子エドワードの提案に、ヴィルミーナは眉をひそめた。

「というと?」

「君の才覚と知性と度胸なら、外交官でも文官でも十二分に活躍できる。俺としては、君にはこの国に貢献して欲しい。将来、君が国の中核にいれば心強いからな」

「面倒臭いから嫌」

 即答で拒絶するヴィルミーナ。


 王立学園は高等部へ進学すると課程選択を課される。

 卒業後に軍属となる予備士官課程、卒業後に役人となる官僚教育課程、領地経営などを学ぶ高等教養課程。

 半分の生徒は高等教養課程へ進む。実家が軍人貴族や東部南部国境周辺(つまり敵国に接している)の貴族達は予備士官課程に進んで軍事教育を受ける。官職持ちの貴族子弟は親の仕事を継ぐため官僚教育課程で基礎知識と教養を身に着ける。


 ヴィルミーナは高等教養課程へ進み、卒業後は三菱三井住友のような大財閥を起こすつもりでいる。前世では所詮、一勤め人でしかなかった。今度は自分の企業帝国を創設してやる。


「悩む振りくらいしろ」と第一王子エドワードは渋面を浮かべた。

「どこに悩む要素があるのよ」

 ヴィルミーナは椅子の背もたれに体を預け、いとこの王位継承者へ告げた。

「国政に関わるなんて、面倒臭いだけじゃない。だいたい、お母様が許すわけがないでしょう」


 ※ ※ ※。


 亡き先王は男根主義的家父長制信奉者で、家庭人としては暴君そのものだった。


 王妹大公ユーフェリアは17歳の時、恋愛中の貴族青年と無理矢理別れさせられ、異国の種馬男に嫁がされた。

 この時、先王は泣いて嫌がるユーフェリアを張り飛ばし、母と兄はユーフェリアを叱咤した。

 後に、その貴族青年が父王の命令で外洋へ派遣され、風土病で苦しみ抜いて死んだ。これでユーフェリアの家族に対する恨みは完成し、和解の道は完全に閉ざされた。


 娘のヴィルミーナが王家と関わり合いを持つことを許しているが、亡き先王と母親の王太后と実兄の現国王、それと王国府の重鎮達を今もって蛇蝎の如く嫌い抜いている。公式行事で顔を合わせても口も利かず目も合わせない。


 なお、これはユーフェリアに限ったことではない。


 聖冠連合帝国皇族へ後添えとして嫁がされたユーフェリアの姉は、半ば人質同然の扱いを受けており、先王が亡くなった時も弔慰状一つ寄こさなかった。そこにある家族と祖国に対する感情は想像するに恐ろしい。


 現国王の末弟である王弟大公は、子供のできない細君との離縁を父王に強制されると、細君を連れて出奔してしまった。父王が死ぬまで帰還せず、帰還後も父の墓参りを一度もしていない。


 トドメは次男の第二王子で、先王が起こした戦略的に無価値な国境紛争で命を落とした。この時、先王は次男の死を嘆くどころか、情けないと吐き捨てた。このことで、昭和女の如く耐え忍び従ってきた妻の現王太后も完全に愛想を尽かした。


 王侯貴族子女が政略として望まぬ結婚をするのは世の常だが、彼ら彼女らは政略道具ではなく、心を持った人間だ。責務だ義務だと言われても承服も納得も出来ないこともある。

 先王はあまりにも家族への心遣いや配慮に無頓着だった。王という立場上、仕方ない面もあるが、孤独な晩年は自業自得としか言えない。


 現国王はそんな先王を反面教師とし、イストリア連合王国から招いた妻を全力で愛している。

 一方で、王国の安寧のため、第一王子エドワードの婚姻相手は国内有力貴族子女と決めざるを得なかった。続く王女達や末子の第二王子も政略結婚させざるを得ない。

 父親としての判断と王としての決断。このダブル・スタンダードに現国王の苦悩が窺える。


 ※ ※ ※


「叔母上が隔意を抱いているのは、御婆様と父上にだろう? 君が俺に協力することは問題視しないと思うが」

「推測でお母様の逆鱗に触れるような真似はしたくないわ」

 ヴィルミーナはあくまで素っ気無く応じたうえで、言った。

「頼りになる人材が欲しいなら側近を鍛えなさいな」


「気軽に言うな。あいつらは高位貴族の子弟だぞ。面目があるんだ。相応の扱いを―――」

「役立たずを抱えて苦労するのは貴方よ、エド。そして、そのツケを支払うのはこの国の民で、彼らの恨みは全て貴方に回帰する」

 毒舌的諫言を受け、エドワードは渋面を濃くした。

「……手厳しいな。だからこそ、君には官僚課程へ進んで欲しいんだが」

「言っておくけれど、ここまで言えるのも今の内だからね? 婚約が正式に発表されれば、そうそう厳しいことは言えない」

「どうだか。ヴィーナのことだ。言いたいことは気にせず言うと思うがな」

 第一王子エドワードがくつくつと喉を鳴らす。


 演奏が舞踏曲に切り替わった。

 会場の中心が空けられ、ダンスに臨む少年少女達が空いたスペースに出ていく。

「一曲踊るか?」

「まずはグウェンを誘いなさい。次にデルフィ。私はそれ以降に。女心をもっとお察しなさいな。女を軽く扱うと予想以上の敵を作りますよ」

 嫁姑の変種関係なんて御免被る。ということなのだが、理解が及ばないのか、第一王子エドワードは小首をかしげる。

「そういうものか?」


「この世の半分は女で、政治は女よ」

 外交の天才タレイランの言葉を引用するも、第一王子エドワードは怪訝そうに眉をひそめるだけだった。

 やれやれ。とヴィルミーナは密やかに嘆息をこぼす。

 高等部に入った後、ヴィルミーナはこの時、もっと強く、もっとはっきりと薫陶を与えておくべきだったと頭を抱えて後悔する。


「ま、忠告に従おう。また後でな」

 第一王子エドワードはグラスをテーブルに置き、グウェンドリンの許へ向かった。

 と、入れ替わるようにエドワードの側近宰相令息マルク・デア・ペターゼンがヴィルミーナの隣に立つ。


 順調にクール系眼鏡イケメンへ成長中の宰相令息マルクは言った。

「あまり殿下をからかわないでください、ヴィーナ様。殿下のお立場があります」

「いとこ同士の会話がお気に召さなかったようね、宰相殿」

「僕は宰相ではありません」

 ムッとしたマルクに、ヴィルミーナは冷笑を返す。


 この坊やは賢いが、感情に素直すぎる。腹芸を学ばないと政界の中枢には登れまい。

「殿下とヴィーナ様が親しくなさることは結構です。しかし、かように殿下を“操られて”は殿下の沽券に係わります。それに、貴女を介せば殿下に影響を与えられると思われては困りものです」

「たしかにそれは困るわね、側近である貴方達の面目丸潰れだもの」

「そ、そういう意味では」

 だーから、そう顔に出すなっちゅうに。ヴィルミーナは小さく眉を下げた。いや、子供相手に大人げなかったか。レヴ君と同じように扱っちゃあかんわ。

「冗談よ」

 よく冷えた炭酸のジュースを口に運んだ。鼻先で弾ける泡が小気味よい。


「それより、釘を刺すだけで済ませる気じゃないわよね? 一曲誘うくらいはするんでしょう?」

「え?」マルクは無邪気に目を瞬かせた。考えてなかったらしい。

 この坊主は……とヴィルミーナは嘆息をこぼし、グラスをテーブルに置く。

「一曲踊りなさい。上手く踊れたら貴方の忠告を前向きに検討してあげる。もしも私の足を踏んだりしたら、後で殿下の前で貴方を弄り倒すわよ。頑張ることね」

「えっ!? それは、ちょ、あのヴィーナ様? ヴィーナ様?」

 慌てふためくマルクを伴い、ヴィルミーナは容赦なくダンスへ赴く。



 結論から言えば、宰相令息マルクはヴィルミーナの足を3度も踏んだ。

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[良い点] この回で全男の7割はヴィーナに射抜かれたね笑
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