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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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192/336

15:10a

お待たせして大変に申し訳なく。

投稿予定が狂いまくり。繁忙期と疲労には勝てなかった……

 大陸共通暦1770年:ベルネシア王国暦253年:中秋

 大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。

 ――――――

 侍女は身の回りの世話やあれやこれやを担うことが仕事であり、日本製サブカル創作物みたいに戦闘技能やらハッキング技能やらなんやらは求められない。


 ただし、ベルネシア王太子妃グウェンドリンの筆頭侍女ヘレンは王太子近侍カイ・デア・ロイテールと似通う役割を持っていた。

 すなわち、グウェンドリンの目であり、耳である。



 さて、中秋の昼下がり、エンテルハースト宮殿の一角でのこと。

 ヘレンは王太子妃グウェンドリンのやや乱れた栗色の長髪を、東方製の木製高級櫛で丁寧に梳いていた。


 美の女神が地上に顕現したなら、それは王太子妃グウェンドリン・デア・レンデルバッハ=ハイスターカンプのことだろう。王太子妃付筆頭侍女のヘレンはそう確信している。


 ヘレンはグウェンドリンを心から敬愛し、敬慕している。その忠義と忠誠は信仰に等しいほどだ。それだけに、そのグウェンドリンにビンタしたり、間女と友誼を結ばせたりしたヴィルミーナのことを強く嫌悪している。

 まあ、ヘレンがヴィルミーナを嫌う最大の理由は、敬愛し、敬慕するグウェンドリンが一番頼りにしている人間が自分ではなく、ヴィルミーナであるという事実かもしれない。客観的に言って、その事実は真実であることをヘレンも理解していた。絶対に納得はしないけれど。


 王太子エドワードと少々“情の深い”昼を過ごしたグウェンドリンは、やや倦怠感を滲ませた声でヘレンに問う。

「デルフィネが動いていた件はどうなった?」


「その件でしたら、グウェン様の予測された通りになりました」

 ヘレンはさばさばとした口調で応じる。


 2人の話題は、王国府の産業戦略部による造船業界の整理――白獅子の造船会社を含めた複数社合併案が交渉前に失敗した件である。

 統制経済派官僚達の暗躍は、白獅子のデルフィネを“外交官”とした対抗策により、あっさりと失敗に終わった。交渉にたどり着くことすらできずに。


 グウェンドリンは気だるそうに微苦笑を滲ませる。

「それはそれは。官僚達は随分と冷や汗を掻いたことでしょうね」


「冷や汗で済んだだけマシでしょう」

 ヘレンは慈しむようにグウェンドリンの髪を梳きながら続けた。

「あの女は自分の庭に土足で踏み込む輩を決して許しません。ましてや母親の名を冠した船を建造した造船会社や白獅子の技術力の根幹である技術研究所を強奪しようなんて。私は死人が出ていても驚きませんよ」


 ヘレンはさながらヴィルミーナをギャングやマフィアのボスのように語る(まあ、それは的外れでもないが)。


 グウェンドリンは苦笑いを大きくした。

「統制派は自分達が命の危機にあったことを理解していないでしょうね」


「しているはずがありません」

 ヘレンは断じた。

「連中は悪意を持っていませんから」


 ヴィルミーナにしてみれば、今回の件は『御上が自分の利権や成果物をかすめ取ろうとしている』に他ならない。

 が、統制派――王国府の産業戦略部にしてみれば、白獅子が独占している新技術をベルネシアの造船業界に普及させて国家全体の産業力を高める方が国益に適う。合理的かつ効率的に国が豊かになれば企業も民衆も豊かになるだろ。という考えだ。


 そこに悪意も敵意も謀も一切ない。純粋な国家への善意的貢献と勤労意欲だ。

 彼らの多くはデスマーチ続きで家にもろくに帰れず、家族との時間も作れない。そうした『私』の犠牲を払いながら働く真面目な人々だ。

 もっとも、その勤勉さと公の奉仕と善意が、ヴィルミーナの逆鱗に触れ、危うい事態を招きかけた。彼らは自覚のないまま獅子の尾を踏みつけ、尻を蹴り飛ばそうとしていたのだ。いやはや。

 

「クリスティーナ様の件で粛清があったばかりだというのに、危機感が足りないようね」

 グウェンドリンは溜息まじりに呟き、

「統制派主体の思い付きなら一笑して終わりだけれど、東メーヴラントの動向が怪しく、ヴィーナが結婚式を控えて大きく動けない時節を考えると……笛吹役がいるわね。でも、誰かしら。“大熊”ハイラムは義理事で礼を欠く真似をしないでしょうし、ルダーティン&プロドームは戦争の裏仕事に勤しんでいる。コーヴレント卿は粛清の後始末に奔走していて、ローガンスタインはレーヌス川大河の利権整理で忙しい」

 ヘレンに問う。

「貴女はどう思う?」


「少し前、ルダーティン&プロドームの会長が統制派の大幹部と昼食を共にした、という情報を思い出していただければ。その時は両者が王立学園の同期で普段から親しく、私的なものなのか、仕事絡みなのか判断できませんでしたが……今、グウェン様の御指摘を鑑みますと、そういうことだったのでは?」

 グウェンドリン好き好き大好きなヘレンは、常にグウェンドリンを立てる言い回しを行う。


「なるほどね……プロドームの会長、道楽者のエルンストか。合併以来、会社は娘婿に専断されているようだから自由に動ける。あり得る話ね」

「我々が把握していないところで動いている者達も多いでしょう。白獅子は今現在も充分に巨獣ですが、今後、さらに強大化するでしょうから。今のうちに力を削ぎたいと考える者は決して少なくありません」


 白獅子の敵は少なくない。

 グウェンドリンの挙げた筆頭格以外にも大勢いる。王国府官僚達や経済界の大物達、様々な貴族達、それに王家親族衆にも。


「たしかに」

 ヘレンの指摘にグウェンドリンが首肯していると、年若い侍女が礼儀正しく入室してきた。

「間もなく陳情面談のお時間です」


 グウェンドリンが応じかけた矢先、ヘレンが口を開いた。

「5分ほど待たせなさい」

 ヘレンにぴしゃりと告げられた侍女は一礼して部屋を出た。


 グウェンドリンが訝るようにヘレンを肩越しに窺う。

「御髪の御仕度だけでは不足ですので」

 ヘレンは眉を下げつつ、自身の首筋を指差す。


 心当たりのあるグウェンドリンがポッと顔を赤くした。グウェンドリンの細く麗らかな首筋には王太子エドワードが先ほど残していったキスマークが。


「……早く隠して」

「かしこまりました」


 くすくすと微笑み、ヘレンは櫛をケースに収めた。代わりにメルフィナの会社が製造しているファンデーションを取り出し、グウェンドリンの首筋に残るキスマークを塗り潰す。

「終わりました」


 グウェンドリンはこほんと咳を一つ打ち、羞恥心を捻じ伏せた後、悠然と立ち上がった。ドアへ向かって歩み出す際、ヘレンに告げる。

「先の件、出来る範囲で構わないから探ってみて。そのうえで白獅子に流してちょうだい」

 聡明な王太子妃らしい権謀術数を心得た人間の顔つきで。

「ヴィーナは身内には甘いけれど、無思慮に甘いわけではない。なれば、恩を売れる時には売っておく方が良い。ヴィーナを嫌う貴女なら加減を間違えない。でしょう?」


「御心のままに」

 ヘレンは信仰する女神を拝むように一礼した。


        〇


 カロルレン王立軍第二軍の主力が立てこもるヴァンデリック侯国侯都は、半年以上の時を費やして要塞化されていた。


 軍事的に不要と見做された建物は例外なく解体されて資材になった。侯都内の道路は戦術的に再構成され、ある通りは瓦礫のバリケードで塞がれ、別の通りは遮蔽物が無くキルゾーン同然になっている。戦略的戦術的要所となる建物は頑強に補強されており、窓という窓が銃眼化されていた。特に市街中央広場にある中央聖堂と侯国宮城の区画は複層のトーチカ線で守られている。


 カロルレン王立軍第二軍は市街内で手ぐすねを引いて待っているだろう。

 街を制圧し、侯国宮城に旗を立てるまでにどれほどの犠牲を払うことになるのか……


 加えてゾッとしない事実もあった。侯都内には街に留まった侯国非戦闘員も多数存在していたのだ。


 聖冠連合帝国は宗主国として彼らを無視し、無暗に犠牲とすることは出来ない。そんなことをすれば、保護国であるヴァンデリック侯国は帝国内部の敵になってしまう。今後も継続される東征においても、現地人の懐柔や支配統治が絶望的に難しくなる。


 よって、帝国軍は相応の金と数日を掛けて侯都内にビラをまいた。

 曰く『侯都攻略戦に際し、住民は郊外に避難せよ。攻勢開始以降、市街内に留まる住民は敵に与する民兵と見做す』。

 もちろん、勧告に従わないアホ、あるいはカロルレン軍に拘束されて留まる者も居るだろうから、順次制圧した地域内の住民を強制的に郊外へ追い出す、もとい避難させる。この時、避難命令/指示に従わない者は敵に与する“民兵”として処理することも合わせて決定した。


 ともかく、不安要素を抱えつつ、帝国軍は侯都の攻略戦を始める。


「準備良し」「準備完了」「準備は整いました」「いつでもどうぞ」「砲撃用意良し」


 魔導通信器から各砲陣地の報告が次から次へと届き、侯都攻略軍団司令部は命令を返す。

「攻撃開始」


『帝国の6姉妹』こと22センチ要塞砲を筆頭に様々な火砲が砲弾を吐き出し、焼夷弾頭ロケット弾が空を駆け、街の上空に達した飛空船が爆弾を落とし、銃砲弾を浴びせていった。ファロン山に展開した帝国軍前線観測所が逐次、座標修正。砲爆撃が続く。


 カロルレン第二軍のある兵士の日記から当時の様子を紹介しよう。

『聖冠連合帝国軍は三日間に渡り、昼夜休まず侯都に鉄と炸薬を叩きつけ続けた。街は燃え盛り、建物が崩落し、道路が穿り返される。立ち昇る噴煙と砲煙、巻き上げられた土砂や灰が街の空を覆い、日中でも夕方のように暗かった』


 兵士の日記では無差別砲爆撃が行われた印象を受けるが、実際は慎重に観測誘導が行われていた。着弾率がブレる砲爆撃やロケット弾攻撃は外縁部に集中しており、市街内には外れ弾が飛び込んでいるだけだった。


 砲爆撃が行われる中、侯都の東西南の三方面から銃兵部隊が進撃を開始。特に攻撃重点が置かれたのは、ファロン山と侯都の間を街道支線が走る侯都東側だった。


 市街戦/拠点攻略戦に長けた装甲兵や戦闘工兵が切っ先を務め、後続の銃兵部隊が建物一棟ごと一部屋ごと、屋根裏から地下室まで徹底的に掃討し、確保していく。


 トーチカと化した建物から直射砲が散弾や榴弾を吐き出し、多銃身斉射砲(ミトラユーズ)が弾丸の嵐をまき散らす。


 あるトーチカ内では、多銃身斉射砲が弾倉内の弾を連射し終えた。汗塗れの操作員が砲尾の開閉ハンドルを回し、装填部を開放。顔中を煤で汚した装填員が活性化残渣の青い粒子が漂う弾倉を引っこ抜く。


 砲身や弾倉には冷却化術理式が描かれており、発射時の余剰魔力が活性化時の熱量を処理しているため、砲身や弾倉は熱膨張や過熱しない。これはカロルレンが施した改造だった。


 装填員が急いで代わりの弾倉を装填部に突っ込み、操作員が開閉ハンドルを大急ぎで回す。

「装填良しっ!!」


「撃てっ!」

 疲れ切った顔の砲長が怒鳴り、くたびれ顔の射撃手が射撃ハンドルを回す。多銃身斉射砲がキツツキのように射撃音を奏で始めた。


 射止められた帝国歩兵達がばたばたと瓦礫の中に崩れ落ちていく。掃射を逃れた数人の兵士達が瓦礫や廃墟の陰からトーチカに忍び寄り、

「ふっとばせっ!」

 銃眼へ手榴弾や梱包爆薬を放り込む。


 豪快な爆発音。銃眼から噴出する爆煙と爆炎。人間の悲鳴は聞こえない。

 トーチカの破壊に成功した銃兵の一人が、安堵の息を吐いた刹那、脳味噌をまき散らして崩れ落ちた。


 瓦礫の山の中に潜んだカロルレン軍の狙撃手が素早く再装填を行う。

 そこへ、降り注ぐ砲弾の一発が確率論的精度で狙撃手の穴を直撃し、狙撃手の肉体と瓦礫を攪拌した。


 近代的な鉄と炸薬の死闘が行われる一方、別の辻では帝国装甲兵とカロルレン軍騎士が中近世さながらの大チャンバラを演じる。砲爆撃の轟音が響き、銃声の合唱が奏でられる中、剣戟の音色と裂帛の怒号がつんざく。


「帝国の薬缶頭共がぁっ! 叩っ殺してくれるわっ!」

 両手持ちの大戦鎚を振るう巨躯の騎士が吠え、

「やれるもンならやってみぃっ! 田舎騎士めがっ!」

 長柄を持つ長身の装甲兵が猛る。大戦鎚と長柄が衝突し、火花が踊り散った。

 人類伝統の勇気と闘志の音曲。


 銃砲と刀剣の衝突だけではない。魔導技術文明世界らしく魔導兵達が戦闘魔導術をぶつけ合っている。攻撃と防御の魔導術が入り乱れる。さながらミサイルが飛べば、チャフとフレアが舞うように。


 そして、両軍の銃兵達が瓦礫の山で、廃墟の中で、砲弾に抉られた通りで、白兵戦を繰り広げる。銃剣で突き刺し、銃床やスコップで殴り、手榴弾を投げ、煉瓦や瓦礫片で滅多打ちにし、両手で相手の首を絞める。敵の血で、味方の血で、自分の血で両手や軍服を汚す。


 殺す者と殺される者。両者の立場は目まぐるしく入れ替わる。


 侯都東側の戦いは四日で決し、街道支線を帝国軍が制圧した。カロルレン第二軍は帝国軍が東部から攻勢を強めると判断、市街内の防御態勢を強めた。

 が、聖冠連合帝国軍は確保した街道支線を使い、戦力を侯都後背へ流し込む。その大半は侯都の後方を遮断して包囲に向かった。


 そんな中、カール大公が率いる一部の部隊――有翼重装騎兵(フサリア)を含めた快速機動部隊がカロルレン国境へ向かって前進してゆき、その背に侵攻軍総司令部直属軍団の二個師団が続く。


 カロルレン王国中央は恐慌状態に陥った。

 ベルネシア戦役において国境防衛線の背後が空っぽだったように、南部戦線において侯都の後背は限りなく手薄だった。第一軍と第三軍を統合した第一軍集団は再編中で、しかもアルグシア軍の正面に張り付いている。辛うじて戦力らしい存在はカロルレン王国南部領主達の領兵団くらいだが、こんな連中が有翼重装騎兵(フサリア)を含むカール大公の精鋭部隊に勝てる訳も無く。


 カール大公の進撃に慄いたカロルレン王国中央は、再編成中の第一軍集団からいくつかの部隊を引っこ抜き、さらに徴兵や招集を急がせた。


 カロルレン王国は帝国軍が王都に迫ってくるものと確信していたが、聖冠連合帝国の狙いはカロルレン王国南東部の鉱物資源地帯を制圧することだった。

 カロルレンの資源地域は東部に集中している。南東部山岳地域は鉱物資源供給地。ここを押さえてしまえば、カロルレンは銃砲や弾丸はおろか鍋や鍬すら作れなくなる。さらに、南東部を制圧することで、ヒルデン経由の交易路も断てる。

 継戦能力の破壊。それが聖冠連合帝国の狙いだ。


 カール大公の副官ラロッシュ大佐が問う。

「いっそ王都を攻略してしまえば、戦争自体に決着を付けられるのでは?」


 久々の前線任務に張り切るカール大公は精気を滾らせながら答えた。

「残念ながらこの兵力では無理だ。連中も王都を的にされれば、必死になって守るだろう。それより継戦能力を断ってしまう方が確実だ」


「戦争継続の可否が掛かっているなら、南東部に進出しても死に物狂いになるでしょう?」

「ああ。だが、必死になる程度が違う。それと、宰相閣下曰く国家戦略上の都合だとさ」


 帝国宰相サージェスドルフは既にカロルレン征服主案の維持は困難と見做している。ヴィルミーナの提案した予備案に切り替えた時、資源地帯と物流ルートを確保しておくことは非常に大きい。

 カール大公はそうした経済的国家戦略には理解が少ない。ただし、軍事的限界についてはよく理解している。

「それに、やはり侯都を制圧していない状態ではカロルレン王都まで補給が持たない。侯都東の街道支線は瓶の口だ。あそこを分断されると我々は敵中孤立してしまう。第二軍もそこを理解しているだろう」


 侯都に立てこもる第二軍はカール大公の軍勢を止めるべく街道支線を奪取するため、市街内の頑強な要塞陣地から出ざるを得ない。畢竟、大きな犠牲を払う。包囲状況下で増援も増強も得られない第二軍は人的資源の限界を迎えるはずだ。


「なるほど。我々は資源地帯を襲う山賊の群れであり、ネズミを巣穴から引きずり出す餌でもあるわけですか」

 ラロッシュ大佐の自虐的ブラックユーモアに頬を緩ませ、カール大公は男性的魅力の滴る笑顔を部下達へ向けた。

「敵が態勢を整えると厄介だ。国境突破を急ぐぞ」


         〇


 聖冠連合帝国軍の一部が侯都を迂回。カロルレン王国国境へ迫れり。


 この情報が届いた時、ヴィルミーナは結婚式当日を間近に控えていた。本来なら完全に仕事から離れて結婚式に備えているはずだったが、この情報が届けられたことで、ヴィルミーナは仕事から離れるどころではなくなった。


 この攻勢の成否は、聖冠連合帝国ディビアラント地域からの資源貿易に影響を与えるし、サンローラン協定の“利益配分”も変化する。影響はソープミュンデ経由の密貿易にも波及するだろう。モンスター素材や天然素材の流通量、市場価格など諸々に影響が出るに違いなかった。


 財閥総帥として、これらの対処を怠れない。

 ヴィルミーナは大量の書類を処理し、側近衆や事業代表者達と会議し、諸々の対処対策に追われながら、カール大公の美顔やサージェスドルフのセイウチ面を脳裏に浮かべて苛立ちを露にする。


 ひとの結婚式が迫っとる時に鬱陶しい真似しよってからに。

 ……それにしても侯都を攻略せず国境へ進撃? 無茶しよんなぁ。


 カール大公を尖兵とするこの攻勢部隊は補給や連絡を侯都東の街道支線に頼っている。まさに『一本の絹糸』に掛かっている状態。街道支線を一日分断されるだけで、カール大公は危機的状況に陥ってしまう。


 これまで慎重な作戦運用をしとったのに、ここにきてこの強行は……征服計画主案の成否が掛かっとるから?


 ヴィルミーナは東メーヴラントの地図を見下ろし、軍事教育を受けているマリサに問う。

「純粋な軍事的事実として尋ねるけれど、カール大公の軍勢は王都まで届くかしら?」

「流石に無理でしょう。如何にカロルレン南部地域が手薄とはいえ、王都まで進撃するには兵力不足ですし、兵站線が細すぎます」


 では、この越境の狙いは別やな。ヴィルミーナは地図を見つめ、気づく。


 カロルレン王国南東部ディビアラント地域。カロルレンの鉱物資源を供給する鉱山地域であり、ヒルデン経由の『東』貿易ルートだ。ここを制圧すれば、カロルレンは鉱物の自給が出来なくなり、『東』から食料や物資を調達不能になる。一国を干殺しに出来るだろう。


 反面、これが成ったなら、ソープミュンデ経由の密貿易がより重要度が増す。イストリアやルダーティン&プロドームは大儲けできるだろうが、カロルレンを干殺しにする絶好の機会だ。アルグシアは見逃すまい。


 となると……強欲なイストリアはアルグシアと交渉するか、カロルレンに裏取引を持ち掛けるはず。北洋経由でより直接的な密輸を図るかもしれない。


 ヴィルミーナの紺碧色の瞳が冷たく輝く。

 ……その密輸を政治的スキャンダルとして利用すれば、イストリアに共通規格と協働商業経済圏を呑ませることもできるか? いや、悪知恵の働く連中だ。やはりルダーティン&プロドームを利用するか。そうなれば、スキャンダルを突かれるのはベルネシアだ。


 や。ちっと飛躍したわ。今は目先の問題に集中せな。


「あまり無理はなさらないでください」

 横から“侍従長”アレックスが心配顔で告げた。


「今は結婚式を控えてらっしゃるのですから。ヴィーナ様は御自身を優先すべきです。組織のことは私達にお任せください」

 他の側近衆の面々も大きく首肯した。


 ヴィルミーナはアレックス達の心遣いに胸が熱くなる。大きく頷き、心善き乙女達の気遣いに応えた。

「アレックスに従うわ。これらの件は任せます」


 かくして、ヴィルミーナは結婚式を迎える。

 万難を排して、となるかどうかはまだわからない。

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