15:5
お待たせすますた。
大陸共通暦1770年:初夏
大陸西方メーヴラント:ヴァンデリック侯国:ファロン山。
――――――――――
東メーヴラント戦争南部戦線。
この日、ファロン山攻略軍団司令官ニーゲンシュタイン中将は海軍飛空船に乗り込み、上空からファロン山の様子を視察していた。
南の矢方面は連日の砲撃により、南翼尾根から『高地603』も『高地596』も焼け爛れた地肌を露出する地獄と化していた。焼け残った樹々の幹が林立する様は墓地を思わせる。
一方、西の矢は戦いがファロン山中央域へ移っていた。峻険な地勢や難地形から砲弾の撃ち込めない場所が多く、大軍もまとめて投入できないため、中隊単位の射撃戦や白兵戦が繰り広げられている。
「これほど寸土に鉄量を叩きこんだ戦は記憶にないな」
ニーゲンシュタイン中将は双眼鏡から顔を上げ、大きく息を吐いた。
「これほど打ち込んで耐えている敵も記憶にない。いや、45年に現れた大飛竜くらいか」
隣に立つ髭面の参謀長が苦笑いを湛える。
「カロルレン兵は大飛竜並みの強敵ですか。この有様を見れば、それくらい褒めても良いやもしれませんな」
聖冠連合帝国はファロン山地の入り口たる『高地184』と『高地291』を確保後、連日に渡って22センチ要塞砲の6姉妹を筆頭に、50ミリ程度の軽砲から平射砲や騎兵砲、臼砲、榴弾砲まで様々な砲弾をカロルレン王立軍陣地へ叩きつけていた。
砲撃の雨で対空陣地が壊滅すると、飛空船や翼竜騎兵の空爆も開始された。空爆には航空爆弾に加え、木樽に可燃物を詰めた簡易焼夷弾もばらまかれている。
間断なく降り注ぐ鉄と炸薬、荒れ狂う炎熱。カロルレン王立兵達はこの熾烈な砲火を耐え忍んでいた。
絶え間ない轟音と衝撃に晒され、砲撃に吹き飛ばされたり、埋め潰されたりする恐怖に耐えながら、塹壕の底や退避壕の中で飯を食い、クソをし、眠る。砲弾の爆煙と焼夷弾の黒煙と土砂の粉塵に、汗と垢が加わって誰も彼もが体も着衣もどす黒く汚れ切っていた。
それでも、カロルレン軍の将兵は銃を手放さない。
先のベルネシア兵達と同じくカロルレン兵達もまた、人間の限界に臨んでいる。
ニーゲンシュタイン中将は眼下の状況を観察し、参謀長へ命じた。
「南翼重点の突破攻勢案を作れ」
「海軍の協力は得られますか?」参謀長は飛空船による空挺攻撃の可否を問う。
「空挺は連隊規模が限界だな。重装備の類は無理だろう」
「分かりました」
参謀長は首肯し、小さく鼻息をついた。
「しかし、この山を落としても次は侯都ですか。カロルレンにはいつ進入できるやら」
「まったくだ。簡単に勝てると言った奴に文句を言いたい」
ニーゲンシュタイン中将は顔を大きく歪めた。
五日後、ファロン山攻略軍団は山地南側から大攻勢に出た。
8時間に渡る砲撃の後、帝国軍が前進を開始。その日の夕刻までに南尾根の残敵を掃討し、『高地603』と『高地596』の足元に辿り着く。両高地とも斜面勾配が厳しく突破困難な地勢だったが、砲撃と空爆の被害で両陣地とも弱っている。
勝った。
帝国兵達が勝利を確信した翌日。東メーヴラントに雨が降った。
連日の砲撃で穿り返され、耕されていたファロン山はたちまち泥濘と化した。特に『高地596』の斜面はまるで田圃のような有様だった。
帝国兵達は斜面の登攀を試みるも為す術なく急勾配の泥斜面を転がり落ちていった。全身泥塗れになって足掻き藻掻く様はまるで風雲た〇し城などのコントみたいだが、風雲〇けし城と違い、カロルレン兵は泥濘に塗れた帝国兵に弾丸や擲弾を浴びせてくる。
特に、カロルレン軍の多銃身斉射砲が凄まじい猛威を振るった。泥濘に絡めとられた帝国兵達を片っ端から撃ち抜き、泥中へ沈めていく。泥水溜まりに帝国兵達の赤い血が混じり、赤黒く澱む。
『高地596』は帝国兵達から『挽肉高地』と呼ばれるようになった。
帝国軍もカロルレン軍も観戦武官達も理解した。連射兵器の恐るべき有効性を。彼らはさらなる高性能な連射兵器の開発へ注力する。
勝利どころか両高地の攻略は字面通り泥に擱座した状態に陥り、突破攻勢のタイムスケジュールは大いに乱れ始めた。
ニーゲンシュタイン中将は頭を抱えて呻く。
「魔導術で斜面を硬化できないのか?」
「現場が試みていますが、敵の魔導術で対応されています。それに、魔導術で補える状況では……」
返答に窮する参謀長へ、ニーゲンシュタイン中将は溜息をこぼした。
「天気には勝てんか。分かった。攻勢を一時中止だ」
この雨がなかったら、帝国軍はこの攻勢でファロン山を落とし、侯都攻略に着手しただろう。カロルレン第二軍は雨によって救われたのだ。
〇
夏を迎え、態勢を整え終えたアルグシア連邦軍カロルレン侵攻軍には、2つの選択肢があった。
A:残存拠点群の攻略とカロルレン第一軍の撃滅。
B:拠点群残余をあえて無視し、街道沿いに前進する。
どちらもカロルレンの戦略予備である第三軍の動向次第では挟撃を受ける可能性があったが、どちらにも利点はある。
前者は着実に障害を取り除き、国境付近を完全に制圧できるため、後々の作戦行動が大幅に向上する。
後者は第一軍を野戦に引きずり出せる可能性があり、仮に挟撃を受けても内線機動で各個撃破を狙える。
いずれにせよ、第一軍と決着をつけることになるだろう。
ただし、偵察では第一軍の物資充足状況は良好らしい。本国が連絡してきた通り、ヒルデン経由の『東』交易とソープミュンデ経由の交易で調達した物資が届いているようだ。
侵攻軍にしてみれば、不愉快な話だった。
本国の事務屋共は何をやってやがる。交渉で帝国、ヒルデン、ソープミュンデに圧力を加えることくらいやってみせろってんだ。無能な味方は優れた敵より恐ろしいぜ。
この状況下で採るべきは前者か後者か。
侵攻軍総司令部で首脳陣が議論を交わす。
神経質なベンカー少将なら前者を選んだかもしれない。だが、その堂々たる体躯に見合った豪傑気質なヤンケ准将は後者を訴えた。
「再び一季節を拠点攻略戦に費やすよりも会戦にて決着を図る方が高効率ですっ! 挟撃の危険性は早期警戒と連絡線の固守で対応できますし、なにより第一軍、第三軍の撃破がなれば、本年中の戦争終結が見込めますっ!」
トロッケンフェルト大将は小指を立てながら口髭を弄り、長く沈思黙考する。ヤンケ准将も他の参謀達も固唾を飲んで司令官の決断を待った。
そして、
「良いだろう。君の提案に乗ろうじゃないか。必要な物は?」
トロッケンフェルト大将は決断を口にした。熟慮の割に口調はランチのメニューを決めるような軽さがあった。
ヤンケ准将は満面の笑みを湛え、
「航空戦力です、閣下っ!」
遠慮なく言った。いつも通りのデカい声で。
「翼竜騎兵と飛空船による制空権を確保すれば、我が軍の勝利は揺るぎありませんっ!」
「よろしい。本国から増強部隊を引き抜こう」
トロッケンフェルト大将は微笑みながら、連絡を取るべき名前をいくつか思い浮かべた。
〇
この話は春と夏の狭間に始まる。
白獅子復帰を控え、パウラは自身の王都屋敷(賃貸)でアストリードと酒杯を重ねていた。
さて、白獅子復帰に先駆け、“元”子爵令嬢アストリード・モーンケナは離婚したことで平民落ちした。が、その現実に肩を落とすことは無かった。というか、
「さいっこーに清々しい気分だぜーっ! あのクソ亭主と離婚出来た上に、クソ実家と縁切りも出来たっ! 自由っ! 自由っ! 自由だっ! ふははははっ! やるぜー、ちょーやるぜー。がんがん働いてしこたま稼いでたらふく恋してイケメンを食いまくってやるぜーっ!」
何杯目不明の酒杯を呷るアストリードは、頭のネジが明後日にすっ飛んで『最高にハイって奴だぁーっ!』となっていた。そこに勝気で思いやりのある女学生だった頃の面影は微塵も残っていない。
「……アスト。大丈夫? 悪酔いしてない?」
御家を出る際、“元”男爵令嬢となったパウラ・オストリンクが、気の毒な人を見るようにアストリードを気遣う。
「やめろ。パウラ。やめろ。その眼差しは私に効く。やめてくれ」
一瞬で真顔になったアストリード。
面倒臭い……。パウラは内心で嘆く。飲ませるんじゃなかった。
それにしても、とパウラは思う。復帰の誘いが来た経緯を聞いた時、白獅子は随分とまあ“イケイケ”になっているという印象を抱いた。ヴィルミーナの気性と気質を考えれば、攻め気が強いことは当然だが、側近衆の面々まで強気になっていることが少し気になった。
もしかしたら。
あの戦争以来、白獅子は大きくなり続けているから側近衆は強気に、悪し様に言えば、調子に乗っているのかも。
あるいは、ヴィルミーナが留守中、レーヌス大河の利権をローガンスタインに掻っ攫われた件が尾を引いているのかもしれない。汚名返上のために焦っているのかも。
いずれにせよ、少し不安を覚える状況だなぁ……
パウラがそんなことを考えていると、アストリードがポケットから煙草を取り出しながら言った。
「なんか色々考えてるみてーだけど、心配すンなら我が身を先に案じた方がいーよ。私らは見習いからやり直しなんだから。ヴィーナ様の期待に応えられなきゃあ、よくて秘書、悪けりゃ下働きだ。側近衆の椅子が欲しけりゃ気合入れな」
腹を空かせたライオンみたいな顔のアストリードに、パウラは思わず苦笑した。
「いったいどんな結婚生活送ってきたの?」
「その話を始めたら徹夜になっちゃう」
アストリードは遠い目をしながら魔導術で煙草に火を点し、ぼわっと大量の煙を吐き出した。
ともかく白獅子へ2匹の雌ライオンが復帰する。
そして、次の日――
「貴女達には側近衆へ復帰する前に勘を取り戻し、現状の白獅子に慣れてもらう準備期間を設けるわ。そのうえで、私が貴女達に求めることは2つある」
小街区オフィスの執務室で、ヴィルミーナはアストリードとパウラへ告げた。
「一つ。側近衆として人手不足の解消へ貢献すること。二つ。一旦は組織から離れた人間として新たな視点を持ち込んでほしい」
「承りました」「御期待に応えてみせます」
アストリードとパウラは大きく、力強く首肯した。
「貴女達のことは信頼しているから、さほど心配していないけれどね」
ヴィルミーナはどこか物憂げに2人を見て、
「この三年で白獅子は急激に大きくなった。貴女達がいた頃とは大小様々なことが異なる。中途復帰の貴女達と他の娘達とでは、権限も発言力も周囲の見方も違う。特に準備期間中は貴女達を下に扱うこともあると思う」
アストリードとパウラがこくりと頷く。
「そうした扱いの中で耐え難い不満を覚えた時は、我慢せずに私の所へ来てぶちまけなさい。貴女達は私が請うて復帰したのだから、何も憚ることはない」
愛娘を見る母親のような顔つきで2人へ告げた後、ヴィルミーナは屈託なく微笑む。
「まあ、いろいろ言ったけれど、貴女達とこうしてまた仕事が出来ることは素直に嬉しい。お帰りなさい、我が姉妹達」
こうして白獅子に復帰したアストリードとパウラの2人は諸々の書類に目を通して報告書にまとめ、あるいは記載された数字や内容に誤りが無いかチェック。不明瞭な点や問題を見つければ、方々に連絡を付けて事実確認。等々出勤から退勤まで延々働く日々を過ごし……
「バカじゃないのバカじゃないのバカじゃないのっ! 何なのよこの仕事の量っ!!」
髪を掻き乱して喚くアストリード。
「うぁあああああぁあああぁあぁあ……」
傘マークの会社の生ける屍のような慨嘆をこぼすパウラ。
それでも、与えられた仕事は抜かりなくきっちり片付ける辺り、ブランクはあってもヴィルミーナが直に鍛えただけのことはある。
アストリードは様子見にやってきたテレサに噛みつく。
「あんた達、いつもこんな仕事量こなしてるの? バカなの? アホなの? 変態なの?」
「あれ? アストってこんな楽しい奴だったっけ?」
苦笑いするテレサにパウラが言った。
「結婚生活がアストを変えちゃったみたい」
「アスト、御愁傷様」とテレサが満面の笑みを湛えた。
「良い笑顔で抜かすなっ! その眼鏡のレンズにバター塗りたくンぞっ!」
アストリードの罵声にテレサとパウラが笑う。
そして、聖冠連合帝国がファロン山攻勢を一時中止した頃――
「カロルレン産のモンスター素材や天然素材の流通量が増えてるわね」
パウラが書類に目を通しながら呟く。
「ソープミュンデ貿易の窓口になったからでしょ?」とアストリードが気軽に応じた。
商経済の世界は政治や軍事の世界に勝るとも劣らない情報戦の世界だ。いや、金という人間の具体的な欲望に基づくだけに、政治や軍事より熱心かつエグい戦いが繰り広げられている。
ルダーティン&プロドームがイストリアとソープミュンデの間に入り、裏口の戦争商売に加担していることは誰もが知っていた。ベルネシア王国府も聖冠連合帝国も知っていたし、アルグシア連邦すら知っていた。
それでも、この裏口商売は黙認されていた。
ソープミュンデの実質的な宗主国であるアルグシア連邦は、戦争遂行のためにソープミュンデへの援助を切り詰めていた。経済戦の理解が乏しい彼らは『この裏口貿易でカロルレンの国富が流出して疲弊が早まれば良い』程度に考えている。
それどころか、アルグシアはソープミュンデにカロルレンから国富を吸い上げさせ、カロルレン征服後にソープミュンデも併合し、その正貨を巻き上げることさえ企てていた。
これはイストリアが売りつけている物資に、武器弾薬が含まれていなかったからこその余裕でもあった。
いずれにせよ、イストリアとソープミュンデは戦争商売で大いに儲けていた。その仲介業者のルダーティン&プロドーム社も。
「よくやるよ。サンローラン協定違反スレスレだろうに」
小馬鹿にするように鼻で笑ってから、アストリードは不意に表情を引き締めた。
「これってヒルデン合意が関係してると思う?」
ヒルデン独立自治領を局外非戦闘地帯とすることを聖冠連合帝国とカロルレンが合意、カロルレンは聖冠連合監視の下で『東』交易を行うことも併せて決定した。これらはヒルデン合意として公表されている。
もちろん、こうした商売に密貿易はつきものだ。ヒルデンを介した貿易は『東』交易だけでなく、カロルレンと聖冠連合のやり取りもあるだろう。
「そりゃ、あるとは思うけれど、どこまで影響があるかは分からないな。でも、なんで?」
パウラの問いに、アストリードは獰猛な微笑を浮かべる。
「クレテアの時みたいに戦時国債とかで仕手戦を仕掛ける好機だと思ってさ」
「いや、今の白獅子があんな危ない橋を渡る必要ないでしょ。実際、ヴィーナ様が私達に求めているのは組織運営と事業育成の効率向上だろうし」
「パウラの言うことも分かるよ。でもさ、アレをまた経験したいと思わなかった?」
「そりゃ、無いと言えば嘘になるけれど……」
アストリードの問いかけに、パウラは言い澱む。
当然だ。
大陸西方経済史における最も新しき伝説。それがヴィルミーナの行ったクレテア戦時国債への大規模仕手戦であり、その伝説の当事者であるアストリード達は往時のカタルシスを忘れていない。
文字通り勝つか全てを失うかの大勝負、その計り知れない興奮とスリル。大国クレテアの背骨をへし折った快感。戦争終結の一翼を担ったという誇り。何より、自分達が伝説的な大仕事を成し遂げたという充足感と達成感と満足感。
忘れられるわけがない。
また味わいたいとも思う。
しかし、同時に冷静な理性があのような無謀極まる危険な挑戦をすべきではない、と強く訴えている。
おそらくは敬愛すべきヴィルミーナも同じだろう、とパウラは思っていた。なぜなら、あの一件以降、ヴィルミーナは金融面で挑戦的な活動をしていない。国債や各事業部の持ち株管理を中心にしており、財閥の稼ぎは各事業の経営で稼いでいるから。
パウラは言った。
「それでも、私はヴィーナ様の期待に応えて、着実に白獅子を成長させる方を選ぶよ」
「あんたってば、ホントにイイ子ちゃんね」
アストリードの言葉は棘を感じさせたが、表情はパウラの意見を全面的に肯定していた。
〇
「ヴィーナ。レヴ君。ちょっとそこへ座りなさい」
初夏の夕暮れ。ヴィルミーナが居間でレーヴレヒト共に愛犬ガブのブラッシングをしていると、王妹大公ユーフェリアがやってきて真面目な顔で厳かに告げる。
ヴィルミーナとレーヴレヒトは互いに顔を見合わせ、いそいそとユーフェリアの向かい側に腰を下ろした。なぜかガブがユーフェリアの隣に座った。
「ママは我慢の限界です」
ユーフェリアは言った。
「今年中に結婚しなさい。たとえ財閥が倒産の危機を迎えても、必ず今年中に結婚しなさい」
カスパーの“告発”時よりも厳格な声色と目つきに、ヴィルミーナは思わず仰け反り、レーヴレヒトは何事かと目を瞬かせる。
「お、御母様。いったいどうしたのですか?」
ヴィルミーナがおずおずと尋ねると、母は眉間に深い皴を刻んだ。
「……今日ね、宰相夫人主催の御茶会に出たの。そこで学生時代の後輩にあったの。その後輩の娘が孫を生んだんですって」
ユーフェリアは苦々しい顔つきで、
「大いに自慢されたわ。物凄く自慢されたわ。思わず魔導術で吹き飛ばしてやろうかと思うほど自慢されたわ。でもね、何が腹立たしいって、その後輩の娘はヴィーナよりも二歳も年下なのよ。二歳もっ!」
ぎろりとヴィルミーナとレーヴレヒトを睨んだ。
「今年中に結婚しなさい。そして、来年には初孫を抱かせなさい」
ヴィルミーナとレーヴレヒトが反射的に言い訳をしようとするも、
「返事は?」
ユーフェリアの目は据わっていた。深い青色の瞳が獰猛に輝いている。
銃砲とも大飛竜とも違う威圧感は、ヴィルミーナをして気圧されるほど強烈で、特殊猟兵のレーヴレヒトも息を飲むほど鮮烈だった。
挙式を先延ばしにし続けていたから、母がいずれしびれを切らすことは想定していた。が、こんなに”怖い”のは想定外だった。
2人には了承の言葉を吐く以外、選択肢があるわけもなく。
夕食後、ヴィルミーナの私室に逃げ込んだ2人は、膝を突き合わせてあれこれ相談し始める。
「俺は今年いっぱい大丈夫だと思う。ヴィーナは?」
「分からない。でも、不可能ではないと思う。ただ……」
ヴィルミーナは大きく眉を下げ、レーヴレヒトへ言った。
「王妹大公家の一人娘で白獅子財閥の総帥が挙げる結婚式って、どんな物になるの……?」
レーヴレヒトは返答に困った。はっきり言って想像もつかない。
「それは……多分、国王陛下の姪としての格式と財閥に見合った規模だろうね」
ヴィルミーナは途轍もない面倒を想像し、は、と気づく。
「……介添人は誰にすれば良いの? アレックス? デルフィネ? メルフィナ?」
「家格と関係性で言えば、側近衆に入っているデルフィネ嬢が良いと思うけれど、それだとメルフィナ嬢との諍いになりそうだな……アレックス嬢にした方が良い。俺はクライフ家の御嫡男殿に頼もう」
「アルブレヒト様や戦友達じゃなくて良いの?」
「クライフ家へ養子入りしている以上、クライフ家の面目が第一だよ。兄上はその辺を理解してくれるだろうし、戦友達は気にしないよ」
レーヴレヒトは苦笑いして続けた。
「司祭はゴセック大主教様にお願いすることになるかな」
「まあ、本人もやりたいと言っていたから否やはないだろうけれど……式を挙げる教会はどこにすれば良いの? まさか大聖堂は無いわよね? それじゃ王太子殿下と同じになっちゃう」
「小街区の教会は? あそこは事実上、君が作った街で、あの教区は君が生んだに等しい。教会は小さいけれど、文句は出ないんじゃないか?」
「あっ!」ヴィルミーナは顔を引きつらせて「どうしよう。クレーユベーレでも教会を作ってるわ。というか、白獅子の根拠地を作ってる。そっちで式を挙げろって話になるかも」
「……それはありえる……というか小街区とクレーユベーレのどちらで式を挙げるか、そういう話でかなり揉めるぞ。しかも、こういう義理事の面倒は後々まで尾を引く」
レーヴレヒトの指摘は前世持ちのヴィルミーナにとって痛いほど覚えがあった。前世祖父の葬式で父と叔父が大喧嘩した時、その後何年にも渡って没交渉状態になった。上司の息子の結婚式を欠席した同僚はその後、冷遇されがちになった。他にもいろいろあったが、要約すれば――冠婚葬祭の面倒事は怖い。
ヴィルミーナは自身の身代の厄介さを改めて自覚し、頭を抱えた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」
婚約者の慨嘆を聞き、レーヴレヒトも途方に暮れた。




